第11話 鎧武者
玄関先を塞ぐように佇む長方形のダンボール。
「…………まじか」
「きゅう?」
俺の予感は見事に的中した。この玄関を塞ぐダンボールの送り主は実家である。しかも今回は父親の名前が記されている。何?爺ちゃんから始まり、次は父さんなのか?俺に謎の物体を送るのは持ち回り制ですか?新しい伝統を作ろうとしているのかな?止めてくれ!俺は気ままに大学生活を過ごしたいだけだ。
「このままでも……よくはないか……」
聳え立つダンボール箱を見上げる。正直なところ、このダンボール箱を開けたくない。このままにするのが一番である気がする。
そもそも配達員さんにその場で、受け取り拒否をすれば良かったのではとも考える。しかし重そうなこのダンボール箱を二階まで届けてくれたのに、そんなことを言えるわけがない。
しかしいくら現実逃避をしたところで、現状は変わらない。このダンボール箱は縦横と玄関ドアぎりぎりのサイズである。玄関ドアを塞ぐこれを如何にかしなければ、部屋への出入りが出来ないのだ。一生この部屋に籠っているわけにはいかない。早急に退かす必要がある。
「一体、何が入っているのかな? 冷蔵庫とか?」
「きゅう?」
ダンボール箱を開けるにあたり、中身が何であるかを考える。毛玉の時のように、予想外のことで驚きたくはないからだ。父親は祖父のように電化製品破壊マンではないため、電化製品の可能性も考えられる。この大きさから導き出されるのは、冷蔵庫である。単身者用というよりは、家族で暮らすサイズである。だが毛玉と生活をし始めたことを考慮し、食料品が多く入るようにと大きいサイズを購入してくれたことも考えられる。毛玉のことがあるからと、少し神経質になっていたかもしれない。
俺はダンボール箱を開けるため、箱へと近付いた。
ずぼっ!!
「……え?! おわっ!?」
「きゅう!!!」
何かが破られる音と共に、毛玉が俺の膝に体当たりをした。俺は膝カックンをされた状態になり、床にひっくり返った。
「ちょ……毛玉!? 危ないだ……ろ……」
「きゅ! きゅうう!!」
急な膝カックンは本当に危険なのだぞ。頭を打たなくて良かった。俺のただでさえ少ない脳細胞が死滅したらどうしてくれるのだ。俺は毛玉に文句を言おうと、起き上がろうとして止めた。それに合わせて、言葉も途中で勢いを無くした。
「……え……? う、腕?」
「きゅい!」
ダンボール箱から腕が生えていた。いや、正確にいえば中身がダンボール箱を突き破ったのだ。俺の呟きに毛玉が肯定するように鳴き声を上げた。
腕は黒い色の甲冑を付けているが、人の肌や指が見える。つまり、この中身は甲冑を身に纏った人間ということになる。生きた人間を宅配しないでくれ!というか中の人も、声を出すとかし助けを求めてくれ!父さんはなんてものを送ってきたのだ!?
「あ……あの、家族がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ありません。あの、今開けますね……」
「きゅうう!!!」
身内が人道的に問題のある行動をしてしまったようである。実家は田舎の田舎であり、そこから東京まで何日この箱の中に居たのだろう。中の人の安否が気になり、再びダンボール箱へと近づこうとすると毛玉が大きな声を出した。
「ん? ダンボール箱が怖いのか? 大丈夫だって、入っているのは人間だから」
「ぶうぅ!!」
大きなダンボール箱が怖いのだろう。腕も生えているからな。毛玉が落ち着かせるために抱えた。
「……お……おぉ……」
「……わぁ……」
派手にダンボールが破れる音が響いた。中の人の限界が迎えたようだ。ダンボール箱から、鎧姿が露わになる。怒りを含む地を這うような低い声が玄関に響く。彼の怒りは分かる。何日間も箱に詰められて辿り着いたというのに、中々外に出してもらえない状態になれば激怒して当然のことである。
「おのれぇぇ!! 人間!!」
「いや! ちょっ……銃刀法違反!」
黒い鎧を纏った男性は、腰に差してあった刀を抜いた。何で帯刀しているの?刃が鈍く光っているけど、刃の部分は潰してあるよね?本物じゃないよね?というか貴方だって人間じゃないですか!?種族名で呼ばれるぐらいに嫌われている!?まあ、ダンボール箱に詰められて実家から送られてきたらそれは大激怒するよね!?だが、何事においても感情のままに行動すると碌な結果にはならない。しかもそれに暴力が含まれているならなおさらである。少しでも彼に思い留まってほしくて、法律用語を叫んだ。
「きゅう!!」
「え!? おい! 毛玉!?」
何故か毛玉が怒り狂う、鎧武者へと飛び掛った。刀を振りかざす人物に丸腰で立ち向かうのは、勇猛果敢ではあるが急に如何したのだ?毛玉が意外にも勇ましいのは分かったが、こういう時は大人しくしていて欲しいのだが!?やっぱり反抗期か!?
「鬱陶しいぞ!!」
「ぶうう!」
毛玉は案の定、鎧武者に片手で鷲掴みにされた。分かるよ、鎧武者さん。俺も彼の立場だったら同じ行動を起こしただろう。毛玉はじたばたと体を揺らしているが、体格差からして抜け出せる兆しはない。
「人間……」
「……っ!」
鎧武者さんは、赤い瞳で俺を見下ろした。いかん、怒りのあまり目まで充血をしてしまっている。
「覚悟ぉぉぉ!!!」
「ああ! もう! 土足厳禁だし、毛玉を放せ!」
彼はダンボール箱を蹴り破ると、刀を振りかぶった。そしてフローリングに足を着けようとした。いや、ちょっと待ってくれ。鎧武者の靴は草鞋だろう?つまり土足である。ダンボール箱に詰められる際に、新しい物へと履き替えたかもしれないが土足の可能性もある。毛玉に続き、何故俺の家を汚そうとするのだ!?借りている部屋なのだぞ?綺麗に使って、綺麗に返すのが常識だろう?あと、刀も振り回さないで欲しい。天井とか壁とか傷がついたらどうしてくれるのだ?大家さんに何と報告したら良い?『実家から鎧武者が送られてきまして、それが刀を振り回しました』とでも言えばいいのか?正直に言って病院を紹介されるだろう!?俺を不審者にするのは止めてくれ!!
俺は下駄箱の上に置いてあった除菌スプレーを手に取った。動物の行動を落ち着かせるためには、一種の驚きが必要だと思ったからだ。決して平常運転の人間に向けていいものではないが、今は緊急事態であり彼は理性的ではない。良い子の皆は真似をしてはいけないぞ。俺は緊急時だから仕方がない。俺は鎧武者の顔に向かって、スプレーを噴射した。
「ゔぁぁ!! お! おのれぇぇ……!!」
除菌スプレーを顔面に浴びた男性は悲鳴を上げると蹲った。如何やら想像していた以上に彼の無気力化に成功したようだ。普段は靴や鞄の除菌に頼りになる存在だが、目に入れば撃退スプレーと化す。除菌スプレー頼れる子である。
彼には実家からダンボール箱に詰められ届いた先で除菌スプレーをかけられるという、踏んだり蹴ったりの状況にほんの少しだけ申し訳なく思う。しかし俺にも借りている部屋を守るという使命があるのだ。文句は全て実家に言ってくれ。
「危ないな……」
鎧武者が蹲った際に刀と毛玉を落とした。刀が落ちてフォローリングを傷付ける心配があったため、両手で受け止めると傘立てに挿した。確か刀は武士の魂だとか聞いたことがある気がしたが、気にしないことにした。
「きゃう!」
「あ、ほら。毛玉、こっちに来てな」
そして毛玉は一回バンドした後に受け止める。鎧武者に掴まれたからか、毛並みが乱れているのを手で直す。汚れてはいないが、あの鎧武者が年代物だった場合汚れている可能性がある。そうすると、毛玉も汚れた可能性が出てくる。犬や猫ではないため、どれくらいの頻度で毛玉を洗った方がいいのか分からない。ネットで検索をするにしても、生きて動く毛玉など他に実例がない。その為、体調や毛並みを見ながら日々洗っている。俺はこう見えて、綺麗好きなのだ。外に出掛けたというのに、洗わないという選択肢はない。毛玉が送られてきてから、一週間毎日洗っているが今のところ体調面に問題は起きていない。体質も頑丈のようだ。今日も念のため洗った方がいいだろう。
「うぅ……俺は……ここは……」
「あ、落ち着きました? いきなりすいませんでした。目を洗いますか?」
暫く毛玉をこねくり回してしていると、男性が声を上げた。その声からは、とげとげしさが消えていた。低音でありながら、聞き取りやすい音質だ。簡単に言えばイケボというやつである。
如何やら彼は本来の落ち着きを取り戻したようである。それならば、目を洗ったほうがいいだろうと提案をした。本当ならばスプレーが掛かった直後に対応するべきであるが、彼が怒りにより暴走していた為である。その暴走していた原因が、我が実家あることは伏せておこう。
「その……貴殿は……」
「清水清音です。俺の実家が申し訳なかったです。ダンボール箱に詰められて大変でしたでしょう?」
呆然と彼は俺を見上げた。如何やら、彼は怒りのあまり記憶を失っているようだ。まるでアニメのキャラクターのようである。いつの間にか、男性の瞳は琥珀色へと変わっていた。これはもしかして、除菌スプレーが目に入って色が変わってしまったのだろうか。
加えて、鎧も深紅の鎧へとカラーチェンジャーを果たしていた。毛玉を撫でている間に、彼の身に何が起こったのだろう。不思議に思いつつも、男性に簡単な自己紹介と詫びる。
「しみ……ず……っ!? 怪我はないか!? 俺は自身を制御することが出来ず封印されていた筈だ……」
「え? いや、ないですけど。貴方こそ、目は大丈夫ですか?」
俺の名前を聞くと、彼は琥珀色の瞳を見開き大きな声を上げた。そして中二病的なことを言い始めた。やはりアニメのキャラクターのような人だ。封印というのは、ダンボール箱に詰められたことの比喩表現だろう。鎧武者姿ではしゃぎ過ぎて、痛い人になって封印されたということなのだろう。表現方法が独創的な感覚に持ち主である。俺の心配をするよりも、彼は自身の心配をした方がいい。何故ならば、思いきり除菌スプレーをかけたからだ。一般人で良識のある俺には、少しだけの罪悪感はあるのだ。
「……そうか、貴殿が俺を救って下さったのだな! 俺が刃を向けたかもしれないというのに、俺の身を案じるという慈悲深さ……感服致した!」
「いや……あの?」
男性は歓喜の言葉を上げると、琥珀色の瞳を潤ませた。感謝されることなど、何一つ行っていない。だというのに、何故そういう反応になるのだ。彼が刀を振るおうとしたのは事実だが、俺は除菌スプレーをかけた。慈悲はないと思う。正当防衛だと主張することも出来るが、相手から攻撃される前に俺が先手を決めた。どちらかと言えば、彼が被害者である。だが、彼が何かを勘違いしているならば、こちらとしても都合が良い。示談にすることが出来るからだ。
しかしこれは話が通じない相手の可能性がある。全く面倒な人を実家は送ってくれたものだ。如何やってこの人に、穏便にお帰り頂くかを思案する。
「この鬼束烈火、一生をかけてお仕えさせていただく! 主!!」
「…………うん。じゃあ、先ずはその鎧を脱いでもらってから話しをしようか……」
「きゅう!」
俺が打開策を考えていると、男性はその場で土下座を綺麗に披露した。『仕える』や『主』とか非日常的な単語に困惑する。加えてそれを告げられているのが、俺という一般人ということに違和感が膨れ上がる。彼の世界観が独創的過ぎて、着いていけない。俺は頭を抱えたくなったが、先延ばしにする方が事態の悪化を招く恐れがある。早期解決を目指して、話し合いの場を設けることを提案した。
何故かそれに対して、毛玉が楽しそうな鳴き声を上げた。
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