第33話 望んだルート
――そうして始まった魔帝との戦いは、はっきり言って弱いものいじめに近かった。
というのも、こちらには瞬間移動の如く動けて攻撃できる居合い切りバグも、一度で最大効率を叩き出す多段ヒットバグもあったし、何より……このゲームの世界最速記録所持者がいたからである。
魔王戦と違って制約のなくなった時乃のプレイングは、まさにすさまじいの一言だった。自身はヘッドショットを連発、こちらには的確な指示、そしてラスボスを前にしても一切物怖じせず、全ての回避行動を攻撃へと繋げてゆく大胆で達観した姿勢。正直、隣で見ていて圧倒されるほどのオーラが時乃にはあった。
「……すごいな」
「褒めてる暇があったら陸也も頑張ってよ、CcD1回でも当てるだけで相当早く終わるんだからさ」
そして思わず出た呟きにも、しっかり対応してくる余裕まである。下手に手を出して足を引っ張らないかといった懸念が頭をかすめても来るが、しかし流石にぼうっと眺めているのもそれはそれで目覚めが悪い。
なので俺もまた、時乃の合図で居合い切りバグを解放し魔帝へと肉薄すると、騎乗している馬の前足と後ろ足を同時に巻き込むように攻撃を加えていった。
すると、不意に魔帝が苦しみ始め、やがてごろごろと馬から転げ落ちていく。
「おっけー、これで第一段階終了。……じゃあ次は爆弾石を用意しておいて。どでかい竜の姿に変身する前に投げておけば、勝手にダメージ食らってくれるからさ」
そんな指示に一つ頷きつつ、俺はカバンから爆弾石を取り出し、ふと口にする。
「……まさに、これまでのバグ技のオンパレードだな」
時乃は思わず苦笑を返してくる。
――魔帝がひときわ大きな断末魔を放って消え去ってゆくまで、それほど時間は掛からなかった。
+++
「……終わった、か」
ため息を一つつく。そうして魔帝の姿が霧になって溶けてゆく様を眺めながら、俺はゆっくりと刀を収めていった。魔帝があれほど焦がれていた魔剣も、戦いの最中に砕け散ってしまっていた。
「そうだね、これで一応戦闘は全て終了。後はこれから出てくる闇のオーブに、一撃を加えるだけだね」
時乃がそう解説してきた直後。
魔帝が消え去ったその場に、コテンと杖が転がった。
「ええっと……闇のオーブって、この珠の部分だろ? そこを叩くのか?」
そのオーブとやらが思っていた形で現れなかったため、俺は何気なくそう時乃に聞き返していた。……だが、何故か時乃から返事が返ってこない。
「……時乃?」
「あ……えっ? な、なんか言った?」
俺が時乃へ思わず怪訝な顔を向けると、そこでようやく生返事が漏れ出してくる。
「……えっと、丸い部分叩けばいいのかって聞いたんだが……」
「あ、うん、えっと……そう、だね」
ようやく得られたその回答に、しかし俺は納得できないでいた。
「……どうかしたのか? 何か急にしどろもどろになってる気がするんだが……」
……そう、あまりにも時乃の様子がおかしいのだ。
何故か慌てているというか、余裕がないというか。先ほどまで魔帝を叩いていた時の落ち着きようはどこへやら、といった感じである。
「えーっと……その」
時乃は幾ばくかの後、流石にごまかしきれないと判断したのか、一瞬頭を掻いてから向き直ってきた。
「あ、あのね! 誤解がないように今から言っとくと……これってゲームだよね⁉」
「……は?」
「ゲーム! だからリアルで起こった事じゃないよね? そうだよね⁉」
ずいと詰め寄りながらのそんな確認に、俺は思わずのけぞりつつコクコクと首を縦に振る。だが。
「そんな適当に相づち打たないでよ! こっちは真剣なの!」
と、何故か怒られてしまう。
「いきなりそんな事言われてもな……大体、何でいきなりそんな話をし始めたんだ? 今から諸悪の根源を絶って、エンディングを迎えるって言うのに……」
「だからなの! その……」
一瞬視線を逸らした時乃は、一拍置いた後、意を決したとばかりに顔を上げた。
「……オーブ砕いたら、エンディングまでノンストップなの。で、選んだルートによって、その演出が変わるんだけど……」
「ああ、ええと確か、姫ルートを時乃に妨害されたから、姫と結婚は出来ないんだっけか」
「……。いやまあ、確かに姫ルートを回避させたのはわたしだけどさ……でも流石に、土壇場になって恥ずかしくなってきたというか、何というか……」
「……?」
思わず首をかしげてしまう。ただ、時乃はそんな俺に構わず、顔を赤らめながら何とか言葉を紡いでゆく。
「だから確認というか、ちゃんと念を押しておきたいの! いい? 今から起こることは、現実じゃない! ……復唱して!」
「……え、ええ……?」
「ほら早く!」
「……今から起こることは、現実じゃない」
「ていうか、むしろ忘れて! お願いだから!」
「……ていうかむしろ忘れて、お願いだから」
「いやそこまで言わなくていいから!」
良く分からなかったため真似し続けたのだが、何故か時乃は非常におかんむり。対する俺は流石に付き合いきれず、ため息を漏らす。すると時乃はそんな様にも苛立ち、頭を掻きむしった。
「もういい! さっさとオーブ割って、早くゲーム終わらせて帰るよ!」
「……帰る、のはいいが。傷の具合とかは聞かないのか?」
「あっ……そ、そうだった。ど、どうなの? まだ痛むなら、もう少し待たないといけないけど……」
その問いを受け、急に時乃は落ち着きを取り戻し、心配そうに覗いてくる。
「いや、まあ、痛むことは痛むが。……ずいぶんと軽くはなったし、正直これくらいならショック死なんてすることはないと思うんだよな。さっきもダイビングロール、普通に打ててたしさ」
「そう。……まあ陸也がそういうのなら、信じることにする」
そうしてこくりと頷く時乃。……やれやれ、これで時乃の雰囲気もかなり元に戻ったようだ。
そんなわけで、ひとまず帰還の許可も取れたということもあり、俺は斬新の太刀を抜き去り、魔帝が持っていた杖の珠に刃を這わせた。そして。
――カィィィィン!
気持ちいいほどの効果音が鳴ると同時に、闇のオーブが8つに砕け散ってゆく。
そしてそれらは、そのまますうっと宙へ消えていったのだった。
すると、突如背後から足音が聞こえてくる。
《おお、ついに闇のオーブを砕かれましたか!》
振り向くと、礼拝堂の入り口にはいつの間にか姫と宰相がやってきていた。
《これでようやく、この国にも平和が戻ってきますね……。改めてお礼を申し上げます、勇者様》
そうして最敬礼のお辞儀をしてくる姫。
すると宰相は、柔和な笑みを浮かべつつ、こんな発言を口にしてきた。
《しかし、魔王に続き、我が王の魂まで救われるとは。まさにあなたこそ英傑の中の英傑……。姫様、我が王はこの方に魔王討伐の見返りを約束しております。それに仮にそれがなくとも、姫様に最もふさわしい殿方なのではありませんか?》
そうして宰相は、姫に俺を伴侶とするよう勧めてくる。
しかし姫はゆっくり首を振ると、一言。
《……いえ。私よりもふさわしい方が、どうやらおられるみたいですよ》
そうして、姫はにっこりと微笑みながら、俺の隣の人物――時乃を指さした。
《これまでずうっと、勇者様を側で支えられてきたお方が、そこにいらっしゃるではありませんか!》
「……は?」
俺はこのとき、人生で一番素っ頓狂な声を上げていた。
そうして思わず横へ振り向けば。
「……っ~~~‼‼‼」
時乃の顔が、完全に真っ赤になっていた。
「いや、え? つまり――時乃と結婚エンドなのかよ⁉」
「ば、ばか‼ バカ‼‼ わたしじゃない! 幼馴染が、マリクと結婚するだけ‼」
完全にうろたえつつも、時乃は何とかそう否定するのだが、しかし無情にもそんな俺たちの戸惑いを余所に、イベントは進んで行ってしまう。
《はっはっは、これはこれは私としたことが……。どうでしょう? 勇者様さえよろしければ、祝宴も兼ね、そちらのお方とこの礼拝堂で式をあげてみては?》
そうして宰相は俺に一旦顔を近づけて来た後。
俺が何も答えていないにも関わらず、にっこり微笑み頷いた。
《――そうですか。かしこまりました。ではすぐに、手配を致します……》
そうして、俺の視界はゆっくりと暗転していく――。
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