第六章 もう、ゴールしてもいいよね!
第32話 元凶
「……ここは……」
全てを知り、それでもなおエンディングを見に行くことを決めた後。
時乃に案内されやってきたのは、どこか見慣れたことのある野営地だった。
「もう分かったよね? これからやろうとしてること」
「……ああ。アレを使うんだな?」
最初期に訪れた場所で、俺は以前と同じ所にある鉄枠付きの大きな木箱を指さす。時乃はそれににんまりと微笑んだ。
「そう。SfCでもう一度あの屋上回廊に飛んで、ラスダンとなったあの城を上から攻略していこうってこと」
「なるほどな……」
そんな相づちを挟みつつ、俺は早速その木箱を石垣まで移動させると、時乃の指示を受けながら微調整を入れる。
そしてそこへ以前と同じように弱攻撃を13回当てれば……都合3度目となる人間発射台の完成である。
「……カウント、0からで良いか?」
木箱によじ登りながらそんな冗談を放つと、時乃は無言で頬を膨らましてくる。
「……」
「……すまんすまん、ちゃんとやるから……」
それはあまりにも可愛らしくはあったのだが、しかし時乃の本来の性格を知ってのそれは多少性根が悪かったかと、時乃のむくれ顔を眺めながら反省する。
「もう……前と違ってけが人なんだし、前みたいな仕返しも出来ないじゃん。意地悪すぎでしょ?」
「悪かったって。……じゃあ、行くぞ。5、4、3、2、1――」
+++
そして十数秒後。
空へと射出された俺と時乃は、以前と同じように城の屋上回廊へ降り立つことが出来ていた。
「……っつつ」
着地の際に力んでしまったばっかりに、大分落ち着いて来てはいた脇腹の痛みがすこしぶりかえしてくる。そんな様子を見て、時乃が慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫? やっぱりちゃんと下から登ってったほうが良かった……?」
「……いや。大丈夫だ、問題ない」
心配させまいと、俺は努めてゆっくりとそう告げる。すると、時乃は間髪入れずにこんなことを言ってきた。
「……一応言っておくけど、一番良い装備は、頼まれなくても既に持ってるからね」
「は? ……いや、そんな事はもう随分前に説明されてるが……」
面食らいつつもそう受け答えをすると、時乃は何故かちょっと恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻く。
「いやまあ、つい流れで……。……もうこういうの言わなくても良いのに、何か癖になっちゃってるね。えっと、気にしないでいいから」
そうして視線を逸らす時乃。そんな様に思わず首をかしげたその瞬間、俺はとある事に気がついた。
「ああ、そうか……! それでここの宝箱に、その一番良い装備が入っていたって事か……!」
「あ、うんそう、そういうこと。だから序盤じゃ行けなくなっていたところに、ラスダン仕様の宝箱が置かれていたわけ。……トラップの宝箱を開けちゃいけない理由も、これで分かったでしょ?」
「……ゲーム開始直後の装備で、ラスダンの敵がわらわら湧いてくる状況に追い込まれる、ってことか……」
未だに残されたままになっている最後の宝箱から思わず距離をとる。そんな様にくすくすと笑いを漏らした時乃は、その後一つわざとらしい咳払いを挟んでから、近くにあった扉を指さした。
「それじゃ、今回はそこの扉空くようになってるから。中に入れば、ラスダンももうかなり終盤の地点だよ」
+++
そうして侵入した城の内部は、何というか、おどろおどろしい邪気に満ちていた。豪奢な絨毯や装飾などは見る影もなくボロボロになっており、長く続く廊下にはモンスターが巡回を重ねている、という状況である。
そしてそんな廃墟と化してきている城の中を、俺は時乃の案内の元、内部へと進んでいっているのだが……ラスダンでもこれまでと同様に一切詰まることなく、流れるように進む事が出来ていて、ちょっと驚きを隠せずにもいた。
――ここはスイッチの判定が壁裏まで来ているから、壁越しに手を置くだけで扉が開く。
――ここの中ボスは壁抜けで通ればスルー出来るから、特に交戦の必要はない。
――ここの透明な床の形状は全て把握しているから、可視化させる為にあちこち回る必要はなく、指示通りに動いてくれればいい。
そうして、特にシビアな要求をされてもいないにも関わらず、嘘のようにずんずんと進められている現状に、ちょっぴりの罪悪感を抱えつつも、歩みを続けてゆく。
「しかし、何というか……改めて感じるが、時乃って凄いな」
「……えっ、いきなり何?」
「いや、ホントプレイによどみがないな、って思ってさ」
高級マンゴーをエサに、視界に入る雑魚敵全てを別の部屋に閉じ込めていく様を目の当たりにした俺は、思わずそう呟いてしまっていた。
――ちなみにそのマンゴー自体は、ずいぶん序盤にニワトリ小屋の主人から買ったものである。プレイの正確性だけじゃない、知識力や計画性も含めたプレイの質の高さというものが、こんな所からも覗える。
……ただまあ、高級マンゴーを片手に舌なめずりしながらスニークプレイをする時乃の姿は、端から見ればちょっとシュールではあったのだが。
時乃はそんな俺の感想に、ちょっと照れくさそうに応じてくる。
「……褒めても何も出ないけど……?」
「いやでも、実際後ろで見ているだけでも面白いというか、何というか……ここまで洗練されたプレイを見ていると、それはそれで爽快感があるな」
「まぁ、うん、それはそうだろうね。実際そういう実況プレイを見るイベントとかも開催されてるし……。ま、こちらとしては、もうかれこれ何百回もやってきた事だし、むしろつまずく方が恥ずかしいっていうぐらいなんだけどさ」
そう言ってはにかむ時乃。それに対し、俺はふとこんな言葉を漏らしてしまう。
「……俺としては、自分でプレイするよりも、むしろそういう時乃のすご技を見ていたいけどな……」
「……え?」
「あ、いや、ほら、タイムアタックしようって何回か俺の事誘ってきただろ? 個人的にはプレイするよりも、時乃のやっているのを後ろから眺めたりする方がきっと楽しいだろうな、って思ってさ」
「……」
そんなフォローを入れるが、時乃はなおも俺の顔をぼうっと眺め、固まったままだった。それに首をかしげていると、時乃は聞こえないぐらいの音量でぼそぼそと何かを口にしてゆく。
「そう、だね、うん。……そっか。プレイして貰わなくても、わたしがわたしらしくプレイしてる様を見せるだけで、陸也はこれからも一緒に……」
「……何か言ったのか?」
「へ? あ、ううん何でもない、こっちの話……。っと、こんなことしてると敵が湧いて面倒だし、さっさと廊下を抜けないと、だね」
そうはぐらかし、時乃はそそくさと前を歩いて行ってしまう。
+++
なおも城の中を進んで行くことしばらく。
次第に周囲に黒い霧が立ちこめるようになり、徐々に最深部に近づいている予感をひしひしと抱いていく中。
俺たちの前に現れたのは、いかにもという大きな大きな扉だった。
「……ここで、最後か」
その入り口に立ち、感慨深げにそう呟く俺。時乃は一つ相づちを打った。
「そう。ここが文字通りの、ラスボス前。……本来ならここで、陸也に全てを打ち明けるつもりだったんだけど……ね」
そうして苦笑する時乃に、俺もまた苦笑を返す。
「……恨むならあの金髪を恨んでくれ」
「まあ、確かにあいつのせいなんだけど。……あ、そうだ。実はもうここからラスボス戦の曲になってたりするんだよ。最後ぐらい、BGMオンにしてみない? これ、名曲中の名曲だよ」
そうして時乃は慣れた手つきでオプションウェアをタップし始める。
「……そうだな、最後ぐらいはかけてみるのも悪くないかもな」
そんな提案に、俺もまた二つ返事で頷いていた。
時乃はその答えを待ってから、BGMボタンをオンにする。
――決戦のファンファーレとばかりに、出だしからトランペットがリズムを刻む。そこへ緊張感のあるピアノの旋律が一瞬割って入ると、その後からプレイヤーの勇気を称えるかのようなヴァイオリンのメロディが流れ出す。
時折重厚な管楽器と合わさり重なり、壮大さや雄大さを伴いつつ流れてゆくそれは、こちらのテンションを否が応にも上げてゆく。
戦闘曲であるにもかかわらず、どこか安心感すら覚える弦楽器の調べが流れる中、いまだ、行け! というそんな後押しすら感じられる、要所要所のトランペットが心地良い。自然と握る手に力がこもる。
「……気に入ってくれたみたいでなによりだよ。……一応、曲名も言っておく?」
「ああ」
恐る恐るではあるが頷く。
……といってももう最後の最後なのだし、流石にどんなダサい名前だろうと、俺はBGMを止めまでするつもりはなかった。
のだが。
「曲名は……」
「――究極刀身アルティメットブレイド、っていうんだけど」
……。
…………。
……おい、作曲者‼‼
このゲームのダッセェタイトル、おまえ発案だったのかよ‼‼‼
「よし消そう。絶対に消そう。やっぱり無音が一番集中できるしな、うん!」
これまでの疑問点が全て解消され、元凶がつまびらかになったものの。それでも俺は反射的に曲へ……いや、作曲者のセンスへ拒否反応を示してしまっていた。
対する時乃は、やはりかという表情を浮かべ、ため息をつきながらBGMをオフにする。
「……そっか。んじゃまあ、気を取り直して……。ラスボス戦の前にいきなりシューティングゲームが始まったりすることもないから、陸也のタイミングで中に入っちゃっていいからね」
「……? ……ああ、分かった」
俺はひとまずそう頷いた後、肩をグルングルン回しつつ、念のため左の脇腹の様子を確認した。
……うん。これくらいまで痛みが引いているなら、一戦ぐらいは支障なさそうだ。――全力でラスボスである魔帝を、ふるぼっこに出来るだろう。
「……時乃。行くぞ!」
俺はそう高らかに叫び、決戦の場に足を踏み入れてゆく――
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