第14話 伝えたかった言葉
そうして俺たちは、視界の反転一回だけで、何の苦もなく城下町まで戻って来ることが出来ていた。
宰相への挨拶もそこそこに、俺たちは街の通りを歩いて行く。
「んー、そろそろ暗くなってきたね」
ふと時乃は空を見上げ、そう呟く。……確かに時乃の言うとおり、いつの間にか街明かりがポツポツとつき始めてくる頃合いだった。
「……今日はここで一泊するのか?」
俺がそう会話を先回りして聞くと、時乃はオプションウェアを一度確認した後、くるりと振り返る。
「そうだね。明日はいよいよ魔王戦だし、英気も十分に養っておきたいから……ちょっと早いけど、今から寝とこうか。次の通りを右に曲がってくれる?」
「ん、了解」
端的に頷いて、俺は指示通りに歩みを進めていく。
+++
――そうして訪れたのは、城下町の宿屋などではなく、文字通りのゲームスタート地点、主人公マリクの家だった。要するに、俺が最初に目を覚ました場所である。
「ここはこのゲーム中、無料で泊まることが出来る唯一の場所なんだよ。それに一人一部屋使えるのもここだけだから、お金払って一部屋に二人で泊まるより、よっぽど良いでしょ?」
部屋の扉に背を預けつつ、時乃が軽く説明を入れてくる。既に別室でベッドメイクを済ませて来たらしく、寝る前にこちらの様子を見に来たらしい。
「それは分かったが、その……両親とかはいないのか?」
俺もまた荷ほどきなどを簡単に済ませつつ、ふとそんな質問を投げかける。……というのも、ここに戻ってくるまで誰にも出迎えられなかったからだ。
「両親は既に他界してて、マリクは今この家に一人暮らしなの。だから部屋をこんなに余らせてるってわけ。……裏を返せば、結婚相手絶賛募集中、ってことなんだよ」
「じゃあますます魔王を倒して、姫と結婚しないと、ってことか」
国王の演説を脳内で振り返りつつそう口にすると、時乃はけろっとした表情で、衝撃の事実を言い放ってきた。
「え? もう逆立ちしたって、お姫様と結婚するエンドにはならないよ?」
「……えっ、マジなのかよそれ⁉」
思わずガバッと顔を上げ聞き返すと、時乃はしたり顔になりながら続ける。
「……なに? そんなにお姫様のこと気に入ってたんだ。でも残念でしたー、中庭での演説の後、お姫様に話しかけに行かなかったでしょ? 実はあそこでフラグ飛んじゃったからね」
「おまっ……だからあの時、あれだけ意地になって先を急ごうとしてたのか……!」
その問いに時乃はニッコニコの笑顔を浮かべる。……どうやら確信犯らしい。
「ま、実際お姫様と結ばれるためには、別途サブクエ何個もこなす必要が出てくるからさ。そっちのルート選ばれると困るから、それでね。……後はまぁ、その……こっちのエンドにしたかったっていうのも、あるんだけど……」
最後の方はぼそぼそっと喋ったため聞き取れなかったが……つまりこの状況下に置いては、ある意味仕方のないことではあったらしい。俺はため息と共に、あり得たかも知れないお姫様との結婚生活をしばし妄想する。
一方時乃は、何故かそれに少し不満そうな顔を浮かべてはいたが、唐突に何かを思い出すと、ぽつりとこちらを呼ぶ。
「……ねえ、陸也」
「なんだ?」
反射的にそう聞き返すが、しかし時乃は何故か、後に続く言葉を出せないでいた。
――思い詰めた表情、伏し目がちの眼、不安そうに胸に置かれた両手。
……これまでとは明らかに違うその雰囲気に、俺は思わず眉をひそめる。
「…………」
「……?」
そうして、流石に何かこちらから発言を促した方が良いのだろうか、などと考え出した頃。
ようやく意を決したらしく、一つつばを飲み込んだ後。時乃はかすかにかすかに、言葉を紡ぎ始める。
「……明日はいよいよ、魔王戦じゃない。もしかすると、万が一って事、あるかも知れない……でしょ?」
「まぁ、時乃の手助けがあれば大丈夫だとは思うが……一応、その可能性はあるな」
「……うん。だから今、陸也に言っときたいことがあるの」
そうして、時乃は俺を真正面から見つめ直す。
「――助けてくれて、ありがとう」
「……? それ、いつの時の話だ?」
当然湧き上がった疑問をそのままぶつけてはみるのだが、時乃はそれに全く答えることなく、くるりと背を向けてしまった。
「……それじゃ、お休み。明日は早いから、さっさと寝てね」
パタリ、と締められる扉。
そうして部屋に一人残された俺は、時乃が先ほどまでいた場所を眺めながら、首をひねることしか出来なかった。
「………………?」
……確かに、今はゲームオーバーで命を失うかも知れないという状況ではある。さらに明日は魔王と戦うことが明白という現状だ。だからもし言いたいことがあるならば、今このタイミングで言っておくという事自体は理にかなっているのだろう。
――だが、そうまでして伝えたかった言葉が、助けてくれてありがとう……?
考えても考えても発言に対しての心当たりがなく、結局俺はモヤモヤを抱えながら就寝する羽目になってしまったのだった。
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