第三章 魔剣の一撃

第15話 木箱でGO!2 火山編


 翌日。

 まだ日も昇らないうちに叩き起こされた俺は、寝る前のやりとりについて改めて聞く間もなく、早々に出立させられていた。


「……ふわぁ~あ」


 そうして荒野をひたすら南下する最中、本日何度目か分からないあくびを噛ます。すると時乃は、そんな様に思わず眉をひそめてきた。

 

「……あのさ陸也、さすがに緊張感なさ過ぎなんじゃないの? もうすぐ魔王戦なんだよ?」

「だって、あんな早くから起こされたらなあ。……大体何で、昨日と違ってこんな早いんだよ?」


 そんな不満を漏らせば、時乃は今し方路肩の敵を屠った弓をしまいつつ、ため息。

 

「陸也がCcDしたくなさそうだったから、気を利かせて早めに出発したってのに、その言いようなの?」

「……居合い切りバグか……いやまあ、そりゃあもちろん、使わないに越したことはないんだが……」


 昨日とんでもなく酷使した右腕を軽く揉む。時乃はそんな様を見やり、またもため息を漏らした。


「だったら文句言ってくるのは筋違いでしょ? ……ほら、さっさと行くよ」

「……」


 そうしてとりつく島もなく、時乃が先を促してくる。……そんな無愛想な態度を見て、俺は心の声をぽつりと漏らしてしまった。

 

「……なあ時乃。今日起こしに来たときから、なんかいつもと違うよな。普段はもっと余裕があったような気もするし……」


 時乃はそれに、何故かビクッと反応する。


「あっ……ああ、そうだね。……ごめん、わたし、ちょっとピリピリしてたかも……しれない」

「……」


 急に今までの態度を恥じ、しどろもどろになってゆく時乃。

 ……なるほど、やはり時乃は無意識に余裕をなくしていたようだ。となると、その原因は恐らく……。


「……それほどまで、魔王は強いのか」


 心中を察しそう聞くと、時乃は一旦黙った後、言いずらそうにしつつ言葉を紡いでいった。


「……。……その、なんて言ったらいいのかな。少なくとも、面倒なことは間違いないと思う」

「面倒?」


 そんな聞き返しに、時乃はこくりと頷く。


「単純にHPが高いとか、攻撃パターンが結構厳しいとか、理由は何個かあるんだけど……厄介なのは、絶対避けられない確定攻撃があるってところだね」

「……ああ、前に聞いたやつか……」


 ……以前、無の取得云々でニワトリにつつかれた時のことを思い出す。確か、悶絶するとかどうとか言ってたな……。


「うんそれ。多分ね、本当に痛いと思う。しかもそれ喰らって、まだ終わりじゃないからさ。いくら陸也が『痛みに強い』っていっても、難しい戦いにはなると思ってる。それで……ちょっと、焦ってたのかも」

「……そうか」


 ……あの時乃が言うのだから、本当に厳しい戦いなのだろう。そしてそれを、いくら手助けがあるとは言え、俺が初見でクリアしなければならないわけで。確かにそう考えると、昨日の夜に予め伝えたかった言葉を言っておいたのも、今朝から調子がおかしかったのも、どちらも頷ける。

 しかし。だからこそ俺は、安心させるように告げた。


「でも、自分で言うのも何だが。俺って、これまでのボス戦は上手く立ち回れてたんだろ?」

「え? う、うん……それはそう、だけど」

「じゃあ大丈夫だ。今度もきっと、俺は上手くやれるさ」


 そうやって、時乃を安心させるように告げた。

 ……そう。時乃の余裕がなくなりつつある今こそ、甲斐性の見せ所、つまりはかっこつけられるいいチャンスだと思ったのだ。

 

「……」

「時乃はいつものように、良く分からない冗談でも言っておいてくれよ。ええと……あれだ、土管でもあれば一瞬で移動できるのに~、とか言ってさ」

「……さすがに、ひげの土管工は知ってるんだね」

「そりゃまあな」


 わざとらしく肩をすくめる。そんなおどけで、時乃はようやく表情を緩めてくれていた。

 

「……そっか。ならまあ、出来るだけ肩肘張らないように頑張るね」

「ああ。むしろ時乃がテンパってると、こっちまで切羽詰まってくるからさ」


 そうして柔らかく笑みを浮かべ、時乃がそれに微笑み返して来たところで、俺はかねてからの疑問をぶつける。


「ところで……俺たちは今どこに向かってるんだ? 魔王を叩きに行くとしか聞いてないし、あとどれくらい歩くのかも正直良く分かってないんだが」


 そんな問いに対し、時乃はキョトンとした顔を見せてきた。


「あれ、言ってなかったっけ。……ごめんごめん。もう目的地はすぐそこだよ。というか、既に見えてるし」

 

 ――そうして時乃が指さしたのは、前方に高く高くそびえ立つ大きな火山だった。

 思わず仰ぎ見ながら、呆然と立ち尽くす。

 

「……えっ、まさかこの山登ってくんじゃないだろうな?」

 

 ついついそんな拒絶反応を見せてしまう。

 ……いや、それも仕方無いだろう。登山道も、あるいは目指すべきゴール地点も見えず、ただゴツゴツとした赤褐色の山肌が広がるだけの斜面と、至る所に群がっている雑魚敵たちを見せられれば、誰だって絶望するに決まっている。

 

「最終的には火口に行かなきゃいけないからね。でも……流石に徒歩であれ登るのは嫌でしょ?」

「いや、もう、嫌とかそういうレベルの話じゃないぞこれは……」

 

 無情なる宣告にクラクラしながらも何とかそれだけ返すと、時乃は笑いながら俺の懸念を否定してくれた。

 

「大丈夫。全部すっ飛ばして直接火口に行けるから。あそこからね」

 

 そう言って時乃が示したのは、その裾野にある比較的大きな野営地だった。



  +++

 

 

 程なくしてその山の麓の野営地へ辿り着くや否や、時乃は入り口にたむろするNPC達の脇を通り抜けつつ、俺を先導していく。


「おい、一体どこに行くんだ?」

「いいからいいから。火山の攻略は全部すっ飛ばすって言ったでしょ?」

「飛ばすって言ったって、そもそも登山口はあっちだが……ていうか、ターバンをつけた奴らが無表情のまま踊り狂ってるのは一体何なんだよ、ヤケに怖いぞあれ」

「商人だからだよ」

「いや、商人なのは見ればなんとなく分かるが、何でなんだよ?」

「商人だからだよ」

「同じ回答しか帰ってこないんだが」


 思わずそう不満を漏らすと、時乃はため息の後、こちらに振り返ってくる。


「そういうもんなの。……いいから来て」


 そう言いつつ、時乃は無意識に俺の手を取る。


「……!」


 ……ここまで色々とありはしたが、時乃の体に触れたのはなんだかんだこれが初めてで。なので何だかちょっと照れくさく感じたのだが、しかし時乃はそれに気づいてはいない様子でもあり、中々振り払ったりも出来ず。

 なので結局俺は、意外に小さくてすべすべなその手の感触にちょっとドギマギとしながら、成されるがまま引っ張られていったのだった。



  +++


 

 そうして時乃が連れてきたのは、くたびれたテントが並んでいるような場所だった。何故だか誰も彼もが生気を失った顔をしている。

 

「こんな所に連れてきてどうするつもりなんだ? 悩みでも聞いてやればいいのか?」

 

 時乃に握られていた手をこっそり撫でつつ、周りを見渡しながらそう聞くと、時乃は呆れた表情そのままに振り返ってきた。

 

「そんなわけないでしょ? 第一このあたりのNPCは皆、魔王の幻影体に村を焼かれて避難をしてきた人達だもん。悩みを聞いてあげたところで解決はしないよ」

「ああ……なるほどなあ。でももしそうなら、避難先はここで良かったのか? 山からモンスターが降りて来る危険もあると思うんだが……」

「うーん、上に湧いてる敵は暑いところにしか湧かない敵だから、大丈夫なんじゃないの? 良く分からないけど」

「なんだか適当だな……」


 思わず渋い顔を浮かべてしまう。ただ時乃はそんな事はどうでもいいとばかりに軽く息をつくと、おもむろに前方を指さした。

 

「そんな事より、用があるのはアレね」

 

 それを辿るとそこには、以前どこかで見たことのある、鉄枠付きの大きな木箱が何個か置いてあった。

 

「鉄枠の木箱って事は、またアレに乗って飛ぶのか? ……ああ、そうか、そういうことか。天井も何もないもんな」

 

 俺は勝手に納得しながら、もう一度火山を仰ぎ見る。

 ……なるほど確かに、城を軽く飛び越えた時のように相当高く飛べさえすれば、火口まで一気に移動できる気はした。

 

「そ。SfCなら一瞬で火口まで行けるってわけね。……ただ今回は、箱の移動がちょっと面倒でさ。タイムアタックしてる時は、かなりのお祈りポイントだったりするんだよ。スムーズに行けば良いんだけど……」

「お祈りポイント?」

「うん。ほら、木箱の前にNPCがいるでしょ? アイツがホント邪魔でね……」

 

 時乃の目線を辿れば、そこには顎に手を当てながら右往左往している青年がいた。確かにその行動範囲に、目的の木箱が被ってはいる。

 

「別に敵じゃないんだし、避けりゃいいだけだろ? で、アレはどっちに運ぶんだ?」

 

 俺はそう軽く捉え、時乃に移動先を聞く。そうして時乃が指し示した先を確認した後、俺はその木箱に近づいていった。

 すると、その青年はふらりとそっぽへ向かったと思った次の瞬間、急に反転しこちらに向かって来てしまう。

 

 《あぁ、大変だ大変だ。丘の砦も麓の訓練場も、魔王の幻影体によって壊滅させられたらしいぞ。このままじゃ俺たち、一体誰に助けてもらえば良いんだよ……!》

 

「……あーあ、引っかかっちゃったか。こいつね、何故か会話の範囲が広いし、ランダムに動くから避けづらいしで、ホント厄介なんだよ」

「……なるほどなあ」

 

 そう答えつつ、俺はもう一歩箱へと近づこうとするのだが。

 

 《あぁ、大変だ大変だ。丘の砦も麓の訓練場も、魔王の幻影体によって壊滅させられたらしいぞ。このままじゃ俺たち、一体誰に助けてもらえば良いんだよ……!》

 

「お、おう。いやさっきそれ聞いたし、もう一度同じこと言わなくてもいいからな」

 

 そうなだめつつ動こうとするのだが、その青年は勝手に会話を終わらせると、またちょこまかと辺りを歩きつつ再度接近、再度同じ台詞を並べてくる。

 

 《あぁ、大変だ大変だ、丘の砦も麓の訓練場も、魔王の幻影体に……》

 

「おい」

 

 《あぁ、大変だ大変だ……》

 

「……ちょっとお前いい加減に」

 

 《あぁ、大変だ大変だ……》

 

「……お前ぇ!‼‼」

 

 ……ついに怒鳴ってしまった俺に対し、時乃は腕を組んで頷きを繰り返していた。

 

「やっぱりそうなるよねえ。このループ、一度嵌まるとなっかなか抜け出せないんだよ。わたしこいつ、金髪の次くらいに嫌い」

「……まあ気持ちは分からなくもないが、あいつと同列にするのもどうかと思……」

 

 《あぁ、大変だ大変だ……》

 

「あーもう‼ あっちいけって煩いなあ‼‼」

 

 ついには叫んでしまうが、しかし青年は当然それを意に介すことなく、その後も一方的に話しかけてくる。

 結局その行動範囲外まで木箱を押すことが出来たのは、それからそこそこ後になってからだった。

 


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