第13話 ごまだれ


 ――暗転が開けると、俺は知らない所に立っていた。

 

 《こちらが、アルティメットブレイドが封印されている聖域でございます。少々朽ちていますが、それでも神聖な場所である事には変わりありません》

 

 いつの間にか近くにいた宰相のそんな言葉を受け、俺はゆっくりと周りを見渡す。

 ――長い年月が経ち天井が抜けてしまったのか、そこは屋根もなく吹きさらし状態で、大理石のくぼみには所々雨水が溜まっていた。しかしそれでも完全に荒れ果てているわけでは無く、どこか厳かな雰囲気が漂っている。

 

 《剣は一番奥にございます。一旦お帰りになる際は、私めにお申し付け下さい》

 

 そう言ってまた恭しくお辞儀をし、2~3歩下がってゆく宰相。その動作を見ながら、俺は時乃へと近寄ってゆく。

 

「……なんか無駄に広いし入り組んでるみたいだが、まさかここもヤバイぐらい長いダンジョンだったりしないよな?」

「ううん。前にも言った通り、ここは特に敵も出てこないし、安心して進んで行って大丈夫だよ。まぁ、DLCではダンジョンになるんだけどさ」

「……ああ、ここが……」

 

 そう呟きながら、俺は思わずもう一度周囲を見渡す。

 

「元々はダンジョンにする予定だったらしいんだけど、開発が間に合わなかったとかで、結局マップ作り込んだだけの場所になっちゃった……って、後で開発者がこぼれ話ぶっちゃけてたよ」

「……だから追加パッチで本来の形にした、ってわけか」

「そういうこと。間に合わないの、何かあるあるな話だよね。……そうそう、だからBGMとかもちゃんと作り込まれてるんだよ。フルートの音色が雄大で荘厳だし、鐘の音は心に染み渡ってくるかのようで……」


 そうして時乃はオプションウェアを操作し始めるので、俺は慌ててそれを止めた。


「待て時乃、まずその曲のタイトルを言ってからにしてくれ」

「……陸也さ、ヤケに名前にこだわるよね。ええと……『神聖領域カネナルゴーン』、だったかな」

「よし、何もかけずに行くぞ」

 

 かくして、国外逃亡した元社長をも想起させるクソダサBGMを断固拒否した俺は、そのままさっさと歩き出す。

 対する時乃は小首をかしげつつ、そんな俺の後をついてくるのだった。



  +++

 

 

 やがて俺たちは、円形状の広場のようなところに差し掛かった。

 中央には水瓶を持った美しい女神の像が安置されてある。ふとその足下を見れば、そこには大きな皿が置いてあるのが見てとれた。

 

「……お供え物とか特に持ってない気がしたが、そういえば高級マンゴーってあったよな。高級って名がついてるし、お供えしちゃってもいいか?」

 

 そう伺いを立てつつ、俺は何気なくカバンからマンゴーを取り出すが、時乃は慌ててそれを止めてくる。

 

「いや、それは敵をおびき出すために確保したものだからね。どっちかってと女神というより敵へのお供え物だし、ここで消費しないでよ?」

「……なるほど」

 

 浅く頷きつつ、もう一度マンゴーをしまい込む。……しかしまあ、敵の方を優先させられる女神様の心境や如何に。

 というかなんだか可哀想になってきてしまったので、これで翼でも授かっといて下さい、という気持ちを込め、腐るほどあるラストエリクサーの方をそこに一つ置いておく。

 ……当然と言っちゃ当然だが、女神像が唐突に喋ったりお礼を言ったり、セーブをしますかと訊いてきたりすることはなかった。

 

 と、そんな女神像のちょうど後ろの方向を見やると、明らかに一段高くなっている広場があるのが確認出来る。

 

「……あれか」

 

 ――その広場の中央、台座に突き刺さった状態で光り輝いている一本の剣。それこそがまさに、タイトルにもなっている『アルティメットブレイド』なのだろう。

 ごくりとつばを飲み込みながら、俺はゆっくりとその台座へ近づいてゆく。

 

「……鎖でがんじがらめにされてるが、そのまま引き抜いていいのか?」

「いやいやそんなわけないでしょ、何のために封印の鍵を集めたの? 鍵をこっちのコンソールに二つ差し込むと、鎖が外れるんだよ」

 

 時乃は呆れながら、少し離れた場所にある台を指さす。

 そうして、なんだか司会の人が使う講演台を想像してしまうそれに近づけば、確かに刃と柄の絵が描かれたくぼみが小さく書かれている箇所があった。……まるで電池のプラスとマイナスみたいな表記だな、などと思いつつ、俺はその表記通りに鍵を差し込んでいく。

 すると刃や柄に巻かれていた鎖が、それぞれ対応する鍵によって砕け散っていった。

 

「……これでようやく、アルティメットブレイドとやらが手に入るわけか……」

 

 俺がそう口にし、確認も兼ねて時乃へと振り返ろうとした、その時だった。不意にどこからか、聞いたことのある足音が聞こえてきたのは。

 

 《……ははっ、まさかアルティメットブレイドの封印を解くのが君だとは思っていなかったよ! だが、感謝はしておこうか! 僕が姫を手に入れる、その素晴らしいアシストをしてくれたのだから!》

 

 そんなキザったらしい声と共に、先ほどの女神像の影から現れたのは、やたら重そうな甲冑に身を包んだ、例の金髪の男だった。


「出たね、お馬鹿さんが」

「……まさかとは思うが、こいつは鍵集めに行かないで、ずっとここに張り込んでたのか?」

「うん」

「……うわあ……」


 その性根に思わずドンビキしてしまうと、気持ちは分かるとばかりに、時乃は苦笑を返してくる。


「まあ、元々ヘイト買うためだけのキャラクターって位置づけだから仕方無いんだけど、とことん酷いキャラ造形されてるよね、ほんと」


 そうしてため息をつく時乃を余所に、金髪はなおもぺちゃくちゃと喋ってゆく。

 

 《鍵を取りに行くなんて醜い競争に混ざらずとも、こうしてここで張り込んでいるだけで、こうしてバカがのこのこと鍵を僕の元に届けに来てくれるわけだ。……そんな単純な事に誰も気づかないのが、本当に滑稽で滑稽でならないよ。さあ、後は僕がこの剣を抜き、魔王を討伐しに行くだけだ……!》

 

 そう言いながら、その金髪はスタスタと台座へ近づいていってしまう。なので俺は慌ててその後ろを追いかけようとするが、それを時乃は何故か軽く首を振って制してきた。


「今回こいつは『ねんがんのアルティメットブレイドをてにいれるぞ』からの、『ころしてでもうばいとる』をしにきたって感じだけどさ。まあそんなのって往々にして、上手くいくわけないでしょ?」

「……なるほど?」


 ……つまりは、そんなに心配しなくともいい、ということなのだろうか?

 と、そうして怪訝な表情を浮かべている間にも、金髪は剣のすぐ側まで近寄ってしまっており、躊躇無く柄を握りしめていた。だが。

 

 《……っく、ぐぬぬぬぬ……!》

 

 柄に手を置いたまま、徐々に顔を赤らめていく金髪。それでも剣は、ぴくりとも動かなかった。

 

 《……我が王が、しっかりと説明をしていたはずです。鍵を集めるだけでなく、アルティメットブレイド自身からも、清き心の持ち主だと認められなければならない、と》

 

 ふとそんな声に振り向けば、セリフの主は入り口にいたはずの宰相だった。険しい表情を金髪へと向けている。

 

 《……っな、なんだと、くそっ、たかが剣のくせに、偉そうにっ……!》

 

 そう口にし、なおも剣を引き抜こうと粘る金髪。だが唐突に、パキゥン! という効果音が鳴ると同時に、台座から弾き飛ばされてしまった。

 その一部始終を冷めた視線で眺めた後、宰相がこちらへゆっくりと振り返る。

 

 《さあ、他人の成果をかすめ取ろうとする不届き者には構わず、台座へとお進み下さい。――あなたこそ、正当な手続きを経て、このアルティメットブレイドへ辿り着く事が出来た……まさに清く正しい心の持ち主なのです》

 

「……いや、俺も正当な手段全く使ってないんだけどな?」

 

 ……迷路の答えカンニング、壁抜け乱用、不正でヤバイ武器を持ちこんでの無双。我ながら、どこに清く正しい精神が宿っているのだろうか、と問い詰めたくもなる所業である。 

 

「いいのいいの、完全犯罪だから。バレなきゃ正義だよ」

 

 しかしその悪行をそそのかした本人は、そう悪びれもなく答えていた。

 俺は思わず後頭部を掻く。

 

「……まあ、状況が状況だし、非常手段だよな。仕方無い」

 

 最近ちょっと忘れかけていた、ゲームオーバーで命を失うかも知れないと言う状況を盾にした後、俺は台座へと近づいてゆく。すると、パァっと光が台座や剣から漏れ始めた。

 やがてその光は剣の柄の部分だけをより照らし出し、暗にここを握れーと促してくる。俺はその光に誘われ、ゆっくりと柄を手に取り、台座から剣を抜きに掛かった。


「――おりゃあっ‼‼」


 ――スポンッ!


「ごまだれ~‼」

 

「……勝手に効果音を付け足すな」

「いやでもさ、さすがにあっさりと抜けすぎだと思うんだよ、この剣。あ、あっさりだったから、ごまだれじゃなくてポン酢の方が良かったのかな」

「調味料の話をしてるんじゃないんだよ」


 とツッコんではみたものの、確かに究極の刃って言うぐらいなのだし、もうちょっと豪華な演出が欲しかったような気もしてくる。

 ……かなりもったいつけるだとか、何ならライフを削っていくようなものでもいいので何かあっても良かったんじゃないか。そんなことを思うぐらい、それは簡単に抜けてしまっていた。

 

 ――ただ、このアルティメットブレイドなる剣自体は、とても見栄えが良いエフェクトにて自らを自己主張し続けてきていた。

 燃えるように色が移り変わってゆく刀身、時折走る電撃、素振りするたびブォンブォンと鳴る効果音。それでいて重量はさほどなく、むしろ扱いやすい類いの武器でもある。

 ……名前はかっこ悪いことこの上ないが、さすが究極と名付けられるだけはあるようだ。試し振りだけで、自然と笑顔がこぼれてくる。

 

  


「――あ、お楽しみのとこ悪いけど。それ、使うことは一切ないからね」


 


「……いやちょっと待て、どゆこと?」

 

 ものすごい素っ頓狂な声で、俺は時乃に食いついていた。

 ……いや、こんなにかっこいいのに、もう剣としての出番はないのかこれ⁉


「言葉通りの意味だよ。CcDがある以上、斬新の太刀の方が有用だからね」

「いや、でも、最強の剣なんだろ? なんせ副題にもなってるんだしさ……」

「うーん……そんなにその剣使いたいなら、縛りプレイとして使っても良いけど。でも余裕、今のわたし達には全くないでしょ?」

「……いや、これを使うことが、そもそも縛りプレイになってくるのか……?」

 

 愕然としつつ、俺はもう一度その剣を眺める。

 ……ただ、もちろん時乃が言わんとしていることは十分に分かってもいた。というのも、曲がりなりにもボス戦を二つ経験し、俺もなんとなく斬新の太刀の有用性が身に染みていたからである。

 

「だからそれ、とりあえずしまっちゃって良いからね」

 

 そう無情にも告げる時乃。俺は無念の感情をあらわにしながら、究極の刃と名の付いたその剣を、抜き身のままカバンに収めていった。

 ……嗚呼、哀れなる剣。タイトルになっていたとしても、メタ要素には抗えないんだな……。

 そんなことを考えつつ、この完全なる実力社会に人知れず涙を流していると、時乃は吹っ飛ばされたまま転がっている金髪に一瞥をくれた後、こちらに向き直る。

 

「……よし、それじゃその剣引き抜いてフラグも立ったし、さっさと帰ろうよ。宰相に話しかければ、そのまま城下町に戻してくれるからさ」

 

 その言葉に従い、俺は宰相へと近寄った。

 

 《……しかし、やはりあなたでしたか。実は先代勇者様の子息を呼ぶよう我が王に進言したのは、このわたくしめなのです。あなたは見事、その期待に応えて下さりました。わたくしとしても、鼻高々といったところですね。……では、城下町へとご案内致します》

 

 そんな言葉の後、俺の視界はまたも暗転していったのだった――

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