~9 ローラの暴走、棚から牡丹餅~
アリゼは走り去ったローラを見た後、泥塗れの自分の恰好を見るが、まぁ、時間は待ってはくれない。着替えないでいくか。離れでは何人かアリゼことキリが髪を引っ張られている姿を見ている。別に違和感もないだろう。ローラに着替えるな、って言われたって言えばいいし。使えるところまで使わなくちゃ損。
アリゼは本丸を狙いに行くことにした。カナリアとグレイは何処にいるのか。離れの何処かに移動したはずだ。別に広い場所ではないし、手あたり次第でどうにかなるだろうし、調合が上手く行っていたらちょっとは騒ぎになっているはずなので、そしたら探す手間も少ないかも。何事も楽観的に行動しなきゃね。
泥だらけのメイド服で再度離れに入っていくアリゼことキリを、警備兵は目を丸くして驚いたように見ていたが、その間にさっと入っていった。
「あ、あなた、大丈夫?」
廊下を闊歩していると声をかけてきたのは、年若いメイドだった。三つ編みで可愛らしく、でも自信なさげな子という感じのイメージ。アリゼが眠る前と同じ年ごろかなぁと思う。
「私に話しかけない方がいいわ。ローラさんに目を付けられちゃうわ」
あまり言葉を交わしまくると、何処で伏兵が出てくるか分からない。さっさと本丸を見に行きたいので、またしてもローラを使う。うん、もう使いまくれるまで使うよね。
そう言えば、年若いメイドはアリゼにタオルだけ渡して去って行った。うん、本音は優しい子なんだとこれだけで分かる。ローラの本音も見たいけど、本丸も待ってはくれないのよねー。さらに廊下を進んでいくと、廊下の前で数名のメイドがたむろっていた。おぉ、事件の香り!
「どうかしたのですか?」
アリゼことキリは普通に話しかけた。メイドたちは泥だらけの姿を見て、アリゼことキリの事態を把握したらしい。
「あぁ、あなたね。逆に聞きたいんだけど、あなた、ローラに何かしたの?」
「え?」
すっとぼけながらも思い当たる事はある。何かはしました。言いませんが。そしてさらに何かする予定もあります。うん、これも言いませんが。
アリゼことキリは首を傾げると、もう一人のメイドが目線を廊下の先の扉にチラっとうつして、アリゼことキリを見る。
「あの部屋にローラが突撃していったのよ」
「はぁ……。私の報告でしょうか?」
「そりゃ始めは皆そう思うわよ。でも、その部屋では既に旦那様とカナリア様がお楽しみ中だったから、私は止めようとしたんだけど、ローラは何か目が血走ってて止まらなくてね。あちゃーと思いながら、すぐ出てくるか、って思ったわけ」
「ふむ」
「そ、れ、が、出てこないのよ。それどころか、ローラの悲鳴とカナリア様の悲鳴が聞こえてね。今は何か収まったんだけど、さっきまで凄かったのよぉ」
うわぁ。それは是非とも聞きたかった。二人の悲鳴は何故に上がったのか。薬の事もあるから尚更気になって仕方がない。まさか効果はグレイにも出た? それともカナリアの効果が強かった? うん、想像だけで楽しい。
もちろん楽しがっている表情は出さずに、アリゼはあくまでも行儀見習いキリの仮面を被る。
「それはローラさんが飛び込んだから、でしょうか?」
「それだけだったら一瞬よ。ローラを放り出せば済む話。それがね、驚くことに、あ、これ声だけの憶測よ。聞えてきた悲鳴ってのが、カナリア様は驚いて怒ったような金切声で、ローラはキャアーって襲われたような感じだったのよ」
「え……」
声も出ない振りをしながらも、これは薬の効果がグレイに出ている可能性がある。カナリアは出てないのか気になるし、ローラがどうなっているのかも気になる。うん、あの扉、透視したい。
「驚くわよねぇ。だってここだけの話、よ。あんた、ローラに泥だらけにされたんだろうから教えてあげる」
メイドはアリゼことキリの耳元で小さく呟いた。
「ローラは旦那様のお手付きよ」
囁いたメイドは耳元から離れて、にっこり笑う。他のメイドも知っている様で、ニヤニヤしている。それは波乱しかない! アリゼのテンションは上がりまくりだ。どうやらアリゼは知らず、火に油を注いだようだ。きっと大炎上しているか、今からするか。うん、何度も思う。あの扉、マジで透視したい。ってゆーか何で今、何も聞こえてこないの。あー、気になる。気になって仕方がなーい。
「ほんと、今静かよねぇ」
アリゼの気持ちを代弁してくれるかのような周囲のメイド。本当にそれ。何故に今、静かなのか。それが余計に好奇心が疼く。せめて声だけでも情報があれば、色々考えることが出来るのに、声すらなかったらもう仮定の想像しか浮かばなくて、気持ち悪い。折角仕掛けたのに、仕掛け人が結果見れないってないよね。うん。
「カナリア様に謝罪しようと思ったのですが、メイド服もよく考えればこのような姿なので、着替えてきます」
「あーそうね。確かに着替えたほうがいいわ。ふふ、で、また様子気になったら来たらいいわよぉ。メイド何人かで交代制で見てるから」
「そうなのですね。分かりました」
お淑やかそうに礼をして、その場を去っていくに見せかけて離れを出て、さぁ回れ右! メイド服が汚れてても着替えはありません。帰ったらランファがいるから二度目の出陣できるか分からないし、何より、事は一刻を争うのだ。のんきに着替えてられない。
アリゼは離れを回り込み、あの部屋の窓の近くにくると四つん這いで窓下を陣取る。
だがこの場所でさえ、声は聞こえない。アリゼは好奇心に負けて、そっと窓から中を覗いた。
「うっわ……」
思わず漏れ出た声に自分で両手で口を塞ぎつつ、もう一度窓下にしゃがむ。
見えた光景はもう、悲惨。大炎上してくれたみたいだが、思った以上に燃えたというか、燃料投下しすぎたのかもしれない。
だがここはアリゼ・フォン・グランゼル侯爵夫人の出番じゃないか? もちろん、まだカナリアとグレイは糾弾する気はないが、ちょっと弱みを握るくらい必要かもしれない。本人は知っているけど、相手に知っている、と教えることが大事。
多分あの状況、アリゼがダッシュと言う名の小走りで、ランファにちゃちゃっとメイクしてもらって、離れに突撃するまでの時間はありそうだ。そう思ったら、思ったで、やはり時間は進む。急いで危険地帯は四つん這いで通り過ぎた後、メイド服が汚れている為、それなりに屋敷には使用人がいるので、必死に隠れながら自室に飛び込んだ。
ランファは汚れて、髪も引っ張られてぐしゃぐしゃのアリゼを見て、わなわなと震えていた。
あ、ネズミ持ってくるの忘れてた。そう思いつつ、ランファの雷を覚悟したが……来ない。
「ラ、ランファ?」
「おぉおお、お嬢様ぁああ。絶対に何かするって思いましたが、やめてください。また寝ちゃったら、ランファはランファは!」
「落ち着いてちょうだい! 寝込む気はないわ。こんな素敵なシチュエーション逃がしてる場合じゃない。アリゼ侯爵夫人を特急で作って欲しいのよ」
「……まだ何かするんですか?」
「ふふ。次は一緒に行きましょうね、ランファ。さ、侯爵夫人作って!」
「ついていけるならいいですが、特急ですね?」
「超特急よ!」
ランファは汚れたメイド服を剥いで、アリゼ相手に容赦なく本当に超特急で侯爵夫人アリゼ・フォン・グランゼルを作り上げていく。見事な腕前過ぎて、行儀見習いキリの詐欺メイクといい、実はランファは超有能すぎるメイドなのではないか、と今更ながらに思う。多分、こんなアリゼの難題ばっかり熟すメイドはいないと思う。
うん、一旦これ終わったらランファに何か買ってあげよう。
そう思っているうちに、さて完成、アリゼ侯爵夫人。
「あはははは! 最高ね。うん、さすがランファ―」
「急いでいるんですよね。行きますよ」
「私より乗り気で嬉しい限りよ」
アリゼはランファを連れて離れに向かうと、警備兵はアリゼの姿を見て顔を引きつらせる。
良い衣装を着てるのを見て、さすがに先ほどの泥だらけのメイドだとは思うまい。
「こ、侯爵夫人でいらっしゃいますでしょうか!」
警備兵の言葉にアリゼは軽く頷く。お嬢様スタイル発動だ。
だがその頷きに警備兵は顔を青ざめていく。まぁ、この先の出来事を思えば、当然っちゃあ当然よね。修羅場まで知らなくても、グレイとカナリアが揃っている事は知っているからだろう。
まぁ引き下がりませんけどね。
「入るわね」
拒否の選択しなくそう言い、アリゼは足を踏み入れた。警備兵は一瞬止めようとしたが、礼をした。ふふ、そっちの方が正しい選択肢ではあるのよね。
さぁ乗り込みますよ、旦那様? 楽しみだわぁ。
ある日目覚めたら、結婚していて相手はイケメン&お金持ちでした! 最高すぎる未来に喜んでいたら、実はお飾り妻で、浮気相手がいたのですが、修羅場大好きなので、喜んで乗り込みます! え、なければ作ります! 宮野 楓 @miyanokaede
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ある日目覚めたら、結婚していて相手はイケメン&お金持ちでした! 最高すぎる未来に喜んでいたら、実はお飾り妻で、浮気相手がいたのですが、修羅場大好きなので、喜んで乗り込みます! え、なければ作ります!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます