第19話 まだ仮入部
「ここは……?」
目を開くと、そこは銀色の空間だった。よくSF映画であるような光り輝くボタンや、奇妙な機械もないシンプルでのっぺりとした銀色の空間。例えるならそう、料理に使う銀色のボウルだ。
ここが惑星破壊マシーンの中なのか?
早く操縦者を見つけなくちゃ。そう思っていると、ドアなんてなかった壁がすっと開いて、一人の男の人が近づいてきた。出会った時のミューピコと同じ、宇宙服みたいなものを着ているおじさんだ。
「〇▲※……☆●〇!?」
「あわわ、ハローハロー、アイムシュン。ストップ! ストップ……えーっと破壊は英語で……そうだ! ストップデトロイト! ……って、それはアメリカの都市か!?」
しまった、ミューピコに翻訳機の使い方を聞いてくればよかった!
万事休すか、そう思った時――。
「アー、アー、こちらの言葉はわかるかな?」
「わ、わかります!」
「君はシアトリア星系のミューピコかい?」
「いいえ、地球人の柳田駿です」
それを聞いた男の人は、困ったような表情を浮かべた。
「やはりそうか……。君だけでも逃がしたいという事かな?」
「違います。俺は交渉に来たんです」
「交渉? けれど私は単に仕事を受注した、君にわかるよう言うならば、ただの土木業業者だよ。私に決定権はない」
そうなのか。正直その可能性は頭にあった。例えば地球でも公園を造るとき、市長が直接重機を操縦するわけじゃない。実際に公園を造るのは依頼された業者だ。だからこのおじさんに決定権がないのは本当だろう。
けれど俺は地球の破壊を止めるために来たんだ!
だから誠心誠意、心を込めて言葉を選ぶ。
「それでも、あなたが実行しなければ地球は救われます」
「困るなあ。たとえ私が何もせず帰っても、明日には別の者がやってくるよ」
「そうなのかもしれません。けれど話を聞いてください」
「もう実行の時間が迫っている」
「まだ五分あります。五分だけでも聞いてください!」
会話は常に平行線だ。けれど俺の熱意が届いたのか、「じゃあ五分だけ」とおじさんは渋々とうなずいた。
「どうしてここへやって来ようと思ったんだい? すぐに攻撃してくるような狂暴性がないのなら、ここに来ても無駄だということは、見当がついていただろう?」
「それでも、バッターボックスに入ってバットを振らないと、良いことも悪いことも何も起きませんから」
「バッターボックス……? 検索、検索――この惑星のスポーツ用語に関係すると推定。こん棒を振り回す競技かい? ずいぶんとまあ非文明的だなあ」
おそらくその反応が宇宙の基準から見た、地球のイメージなんだろうな。文化的ではない。だからこそ消してもいいと考える。
「確かに宇宙からしたら後進的なのかもしれない。けれど地球には地球なりの文化がある、多様な生き物がいる。俺たちの動画がバズっているのがその証拠でしょう!?」
「動画……ああ、ミューピコちゃんねるか。あれなら私も見たよ。個人的に面白いと思った」
「でしたら……!」
「けれど無理だ。いくらかのサンプル回収は提案されたが、自然保護惑星の認定まではされなかった。だから潰した方が有効活用できるというわけだ。これは決定だよ」
「決定? 誰が決定したって言うんですか?」
「評議会だよ。つまり各惑星から選出された評議員だ。つまり君たちは、宇宙の人々の意志、宇宙の民主主義によって滅ぼされる」
「そんな……!」
民主主義だって? そこに俺たち地球人や、河童さんたちの意見は入っていないじゃないか。横暴だ。やっぱり横暴だ。
「もういいかね? そろそろ時間だ」
「待って、最後に一つだけ」
「なんだい?」
「俺はこの一週間で、俺が今まで知らなかった沢山の不思議な生き物に会いました。けれど彼らUМAは、今まで存在しなかったんじゃなくて、俺が気づいていなかっただけで元から隣の家の人みたいに住んでいたんだと思います。宇宙人だってそうです。そしてそれは、宇宙評議会にとっての地球も同じはずです。隣の人の事を、少しずつでも理解する。それが異文化コミュニケーションだと俺は思います」
おじさんは俺の話を黙って聞いて、そしてうなずく。
「わかった、君の言葉は作業が終わった後、議会に提出する報告書に書いておくとしよう」
「ありがとうございます」
「さあ、地球の日本時間午後六時だ。つまりタイムリミットがきた。どうするかね? 君が望むなら、君だけは保護されるよう私から議会に嘆願しよう」
「いいえ、仲間のもとへ帰してください」
やるだけのことはやった。全力で。けれど無理だった。その時間があるかはわからないけれど、信じて送り出してくれた仲間に一言謝りたい。
「そうか。わかった」
少しだけ悲しそうな顔をしたおじさんは、手に持った端末を操作する。そしていつものように――風景が歪まない。
(なんだ!?)
なにかアラーム音みたいなけたたましい機械音が、宇宙船の中に鳴り響いた。そして同時に銀色の空間が、七色に輝きだす。
「警告音と……通信? こんなときに?……はい、まだ実行前です。――え? 中止!? あ、はい。了解しました。はい、失礼します」
どうやらどこかの誰かからの通信みたいだ。何を言っていたのかは断片的だけど、中止ってもしかして……?
「あの……、中止って……?」
「ああ、良かったね。太陽系区画整理事業は中止だ」
「え? よっしゃあっ! でもどうしてですか?」
「元々市民やマスコミが騒ぎ立てて、この計画に議会は及び腰になっていたんだ。けれど合理的に考えて宇宙基準の文化は存在しない。けれどそれを覆す発見があった」
「発見ですか?」
俺の疑問におじさんはそうだよとうなずいて、手元の端末を少し操作した。すると空中に、何か文字や数字が書かれたデータが表示される。
「君のメディカルデータだよ。緊急退避でこの宇宙船にワープする際は、現地の病原体などを持ち込まないようにメディカルデータが自動送信されるのさ。そこにある情報があった」
「……ある情報? それが中止の理由なんですか?」
「部活動と言ったかな? 原始的だが様々な運動や文化を君たちのような青少年が、自発的に行っている。それは宇宙ではあまり見られない行為だ。評議会はその重要性と文化性を認めた。今は未熟でも、この惑星には文化や文明を育む土壌があるってね」
「つまり、将来性を買ったということですか?」
「そうなるね。しかし驚いたよ、君のメディカルデータにはありとあらゆる種類の部活動のデータが含まれていたらしいね。地球人はそんなに熱心にいくつもの活動をするのかい?」
「あ、あはは……」
まさかここに来て体験入部巡りが活きてくるとは。人生何が起こるかわからねえな。
「さあ、君を仲間の所へと帰そう。そういえば君は何者なんだい? こんなところに乗り込んでくるなんて、とても普通の少年とは思えないが」
俺が何者なのか? 自分でもわからないな。しいて言えばただの中学生だろう。ヒーローや救世主なんかじゃない。けれど一つはっきりしていることがある。
「UМA部の部員ですよ。仮入部ですけどね」
男の人は「仮入部?」と首をかしげていた。まあわからなくても大丈夫か。
そしてまたいつものように、周囲の景色が歪む――。
「しゅん!」
「駿君!」
「よかったんだよ!」
次の瞬間、俺はUМA部の仲間たちに抱きしめられていた。
「お、重い……。とりあえず、地球の危機は去ったってさ」
「うん知ってる。さっきミューピコちゃんが宇宙のニュースを見せてくれたわ!」
あ、なるほど。でも俺の仮入部巡りが決め手なのは知らないだろうな。知ったら葵も先輩も驚くぞ。
「君たちUМA部部員は僕の誇りだ!」
「「仮入部ですけどね」」
「んがっ!? まだ正式入部を決めていなかったのかい……?」
まあそれはおいおい。葵は葵でどうするか知らないしな。
「ジョー、ウチもUМA部でいいピコ?」
「当たり前じゃないか! ミューピコ君、君は大切な仲間だ!」
その通りだ。もしミューピコが伝えに来てくれなかったら、俺たちは今頃何も知らないまま光になっていただろう。全てはミューピコのおかげだ。
「えへへ、照れるんだよ。じゃあ地球も救われたという事で、ウチは帰るんだよ」
「え、ミューピコちゃん帰るの!? もう少しゆっくりしていけばいいじゃない」
「そういうわけにはいかないんだよ。ムーブメントを起こしちゃったからね。騒ぎ立てるだけで責任を取らなかったら、ただの迷惑な人なんだよ」
そうか。宇宙評議会が動くレベルの活動をしたもんな。
「安心してほしいんだよ。責任と言っても犯罪をしたわけじゃないし」
「そうだよな。わかった。今までありがとう」
「宇宙に帰っても元気でね」
俺たちは涙をこらえ、握手をして別れを告げる。そして先輩は――。
「帰るってもしかして自転車かい? 自転車なのかい?」
「いいや、普通に宇宙船なんだよ」
先輩は最後まで先輩だった。
きっと先輩の頭に浮かんだのは、あの古い映画なんだろう。
「じゃあね、地球の友達。バイバイ」
そう言って飛び立ったミューピコの宇宙船は、すぐに見えなくなっていった。
夜空には星が輝き始めていた。きっとあの星々には、いろんな生活をおくっている人々がいるんだろうな。それこそ星の数だけ。そう思えるようになった激動の一週間は、こうして幕を閉じた。
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