第18話 最後の可能性
「私たち、タイムオーバーってことなの……?」
涙をこらえるように葵がつぶやく。
まるでそれに答えるかのように、空に浮かぶ黄金の花は輝きを増していく。
「あきらめるな葵! 今は五時半。まだ三十分ある。タイムオーバーなんかじゃない!」
よく考えろ駿。なにかあるはずだ。なにかが。
こんなの横暴だ。それは間違いない。だからそんな横暴を止めるなにかが。
そんな時、「ピー、ピー、ピー」というけたたましい電子音が鳴った。
ミューピコが持つ携帯端末からだ。
「ミューピコ、その音は?」
「退避勧告なんだよ。うちは宇宙評議会を組織する星間連合の国民だからね」
「なあミューピコ、やっぱり君は逃げた方が」
俺がそう言うと、ミューピコは少し悲しそうに笑って、
「駿たちと一緒。それはしないと決めたんだよ。せめて最後くらい一緒にね」
「そうか……、わかった」
「うう、ミューピコちゃん!」
ついに泣き出した葵が、ミューピコに抱き着いた。
本当にもう終わりなのか? まるで心の奥底に重い石が沈み込むようだ。それはきっと――絶望という名の感情だ。その感情に負けそうになった時、何かを閃いた先輩が口を開いた。
「ふむ、ミューピコ君。ここに君がいるのに、惑星破壊は実行されるのかい?」
「そうなんだよ。だから地球で言う座り込みみたいな事は意味ないね」
座り込み……ああ、「〇〇反対!」って言いながら座って妨害するあれのことか。まあ惑星事一瞬で光にするのなら、あんなの意味ないよな。
「ほう、宇宙評議会と言うからにはお役所仕事かと思ったが、案外強硬な面もあるようだ」
「そうだね。一応警告はくれるんだけどね」
「ふむ、しかしそれならなおさらだ」
「なおさら? どういうことなんだよジョー」
「いやね、あれほどの超兵器、自国民ごと消滅させることも可能ということならば、完全にオートメーション化されているということはないだろう。なにせそんな超兵器が誤作動で、自分の惑星を消し去るということもありえるわけだ」
オートメーション……、自動化ってことか。
もしあれが完全自動なら、誤作動を起こした時のセーフティがあるはず。そう、例えば自国民がいると発動しないというような。そうじゃないと先輩が言うように、惑星破壊マシーンの誤作動で自分たちの惑星を破壊する可能性ができてしまう。
でもミューピコがいても天を覆うように浮かぶ黄金色の物体は、いまなお輝きを強めている。つまり自動で防ぐセーフティはない。ないということは、逆説的にあれは自動なんかじゃなくて……。
「つまり、あの機械には人が乗っている?」
「僕はそう考える。どうかなミューピコ君?」
「その通りなんだよジョー。操縦者がいくつもの承認を得て、初めて起動できるんだよ」
俺の脳裏に、宇宙人たちが何枚もの書類に承認のハンコを押している姿が思い浮かぶ。そんな会話をしていると、葵が焦った声をあげた。
「ちょっとみんな! 雑談はいいけど、あと十五分!」
「フフフ、安心したまえ。どんな兵器にも最大の弱点が存在する。なにかわかるかい?」
「こんな時にうんちく語っている場合じゃないでしょう!」
「うんちくではないさ。答えは人だよ」
「人?」
「そう。どんな兵器でも、オートメーション化されていない限りは、人が引き金を引かねばならない。なんらかのスイッチを押さねばなるまい」
「それはそうでしょうけど……まさか乗り込んで制圧するとか?」
「フフフ、ハリウッド超大作ならそうしただろう。だが我々はUМA部だ! ウルトラ・ミステリー・アソシエーションだ!」
久しぶりに聞いたな、その正式名称。
「我々は宇宙人と直接交渉し、破壊を食い止める!」
「そんな無茶な!」
「無茶でも
確かに。残り時間は十分と少し。
それぐらいの悪あがきをしたって、罰は当たらないだろう。
「でもどうやってあそこへ?」
「安心したまえ駿君。さあミューピコ君、君の乗ってきた宇宙船で向かおうか!」
そうか、ミューピコの宇宙船は可矢山にあるはずだ。それなら!
けれどミューピコは首を横に振り、
「無理なんだよ。ウチの宇宙船を起動しても、飛んで、入口を見つけて着陸するまでにタイムオーバーなんだよ」
「なんと! そ、それならワープはどうだい?」
「あれは強力なジャミングがかけられているから、中にワープできないようになっているんだよ」
無理か。まあそうだよな。そんな制限でもなければ、国家機密の場所にも入り放題だ。
「あっ、そういえば……!」
何かを思いついたミューピコが叫ぶ。
「一つだけあるんだよ。方法が! 退避警告についていた緊急退避プログラムを起動すれば、あの中にワープできるはずなんだよ。しかも操縦席の近く!」
「本当か!?」
「うん、間違いないんだよ。ただし――これは緊急退避用。つまりウチの端末からは一人しかワープできないんだよ」
「一人……」
たった一人で、あの中に乗り込んで、そして地球の破壊を待ってもらう。
その一人の肩には地球全人類八十億の人口と、この惑星に存在する全ての動植物、そしてUМAたちの命運がかかっている。責任重大なんてもんじゃない。
全員が沈黙する。何も言えない。けれどそうする間にも時間が過ぎていく。
それはもしかしたら一瞬だったかもしれない。しかしまるで永遠のように感じた。
そして誰かが言葉を発して、
「私は……駿がいいと思う」
「俺!?」
そんな無茶な。
「俺はミューピコなら説得できるかもと思ったんだけど」
「ウチは散々抗議して、全部はねのけられたんだよ。でも、現地人の言葉ならあるいは聞いてくれるかもしれないね。だからウチも賛成」
「ほら、覚悟を決めなさい駿」
覚悟って言われてもな。少し不思議な経験をしたといっても、俺は単なる中学生だ。特別な力なんて持っていない。頭もよくない。運動は好きだけど、全国トップレベルなんて夢のまた夢だ。
「あんたならできる。そう思うから私はあんたを指名したのよ。先輩はどうですか?」
「う~ん、宇宙人との最終交渉。そんなおいしい場面、本当なら譲りたくないのだが、君に譲ろう駿君!」
「先輩まで! 天才の先輩の方がきっとうまくいきますって」
「何を言うんだい? 例えば河童の時、誰が河童と相撲を取った? 僕はふぬけていただけだよ」
それは……。なにか反論しようとして言葉に詰まる。
「ネッシーの件だって、チュパカブラの件だって、君の活躍だ。謙遜する必要はない。君ならできる!」
「そうよ駿、あんたにしかできない! 不器用でも、あんたならできる!」
「みんな……」
みんなは俺を信用してくれている。勝負しろと、マウンドに立てと言っているんだ。全力全開をだすのにこれ以上の場面があるだろうか? いや、ない。だとしたら俺は――。
「あと七分切ったんだよ!」
「よしミューピコ、俺をワープさせてくれ! そうさ俺はいつだって全力全開なんだ」
「わかったんだよ!」
俺の言葉にミューピコは、ピコピコと端末を操作する。
そして、また一瞬だけ風景が歪んだ――。
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