第10話 バズる
なんやかんやあって動画の撮影に成功した俺たちは、ミューピコによるワープによって先輩の家に帰ってきていた。
河童さんはきちんと見送ってくれたし、ワープによって風景が歪む一瞬前、なにかいくつもの気配を川や林の中から感じた気がする。もしかしたらそれは、河童六十四郎の仲間の河童たちだったのかもしれない。
「それじゃ、ちょちょいと編集してアップするんだよ」
「ちょっと待った! 動画を最大限効果的にするために、私がいじらせてもらうわ。ミューピコちゃん、先輩のタブレットで編集できるようにできる?」
「任せてなんだよ」
「葵、なにか手伝うことあるか?」
「ない。駿とジョー先輩は休んでて大丈夫。私に任せなさい」
というわけで、葵とミューピコが動画を編集する間、俺たちはヒマになった。
いれてもらった麦茶を飲みながら、俺は先輩にたずねてみる。
「ジョー先輩、河童は人間を信じられないんですかね?」
「なんだい藪から棒に?」
あ、そうか。先輩は尻子玉を抜かれてふぬけていたんだったな。
俺は河童六十四郎との会話を、かいつまんで説明した。
「……なるほど。見世物にされてきた歴史に、地球環境の破壊か」
「そうなんです。姿を見せてくれた河童六十四郎でそうなんだから、他の河童たちはよりそうなのかなって」
帰り際、他の河童たちの気配を感じた。だから俺たちのことを少しは信用してくれたのかもしれない。けれど河童たち隠れ住んでいるという事実が、彼らが人間を信用していないという現実を物語っている気がする。
「そうなのかもしれないね。今も全国各地に河童のミイラと呼ばれる物は残っている。生きたまま捕獲したという話は聞いたことないし、中には偽物もあるだろうけど、河童を見世物にしてきたという話はこのあたりだろうね」
「河童のミイラ? そんなものがあるんですか?」
「昔は見世物小屋によくあったみたいだよ。時代が進んで、今ではお寺できちんと供養されていたりするけどね」
へえ、人間は昔からUМAを探してきたんだなあ。
「河童さんが語ったように、昔は河童もよく姿を現し、子どもたちと相撲を取っていたらしい」
「河童さんめちゃくちゃ強かったですよ。あんなのと日ごろ相撲を取るなんて、昔の子どもめちゃタフですよね」
「あはは、そうだね。しかし開発によって
そうか。色々説はあるけど、元々河童たちは移住してきたんだっけ?
住む場所が奪われるって大変だよな。あれ? でもそれって……。
「気づいたようだね。宇宙評議会によって今まさに地球という住処を奪われようとしている、人類そのものさ」
「そうか、だから河童さんは『罰が当たった』なんて……」
「
「イ、 インガオーホー……?」
「良い行いをすれば良いことが起こり、悪い行いをすれば悪いことが起こるとい仏教の教えさ」
な、なるほど。先輩は難しい言葉をよく知っているなあ。さすがは天才。
「その、将来河童たちが人間と一緒に暮らすなんてことあるんでしょうか?」
「どうだろうね? 仮に環境問題を解決したとしても難しいかな」
「それはどうしてですか?」
「言葉は通じるようだけど、だからこそ理解しあうのには大きな時間がかかるだろうね。僕たち人間と彼らとでは大きく文化が違う。文化が出会うと、どうしても齟齬が生まれてしまうのさ」
うーん、つまりどういうことなんだろう?
俺が完全に頭がパンクしている顔だったのか、察して先輩が続ける。
「例えば君の家と葵君の家とでは、近所なのに色々ルールが違うだろう?」
先輩の言葉に、俺は葵の家に泊まった小さな頃を思い出す。
うちの家族は目玉焼きに醤油をかけるけど、あの朝葵の家族は塩コショウをかけていた。その違いに、幼いながらすごく驚いた記憶がある。
「それは国同士でも一緒だし、民族同士でも一緒なのさ。いきなりお互いを理解するのは無理な話だし、無理やりそうさせようとすると反発が起こる。時間をかけて分かり合う努力をしないとね」
「難しいですね……」
「だよね。そもそも簡単に分かり合えれば、彼らは妖怪というカテゴリーになっていないさ。でも君は河童さんと話し、相撲をして、少しは相手の事がわかったんじゃないかい?」
言われてみると確かに。最初は突然ジョー先輩の尻子玉を抜いて逃げ去るなんて、河童六十四郎はひどいやつだと思った。
けれど話せば河童さんには河童さんなりの言い分があり、そして相撲を取ったことで正々堂々とした性格であると感じた。河童さんは卑怯な手は使わなかったし、ヌルヌルしていたのは体質だ。
「ほんの少しくらいはわかった気がします」
「それでいいのさ。少しずつでも理解する、それが異文化コミュニケーションさ。まあ、今の僕たちに置き換えてみたら、ゆっくり理解してもらう時間はないんだよね。だから動画を作る。さて、そろそろ編集が終わったようだし、見に行ってみようか」
☆☆☆☆☆
「じゃーん! 自動編集だと早いけどなんていうの、エモさが足りない感じだったのよね~。そこをこの私がちょちょいのちょいよ!」
そう言って葵が自慢げに見せてくる画面には、「【地球】河童と相撲を取ってみた【UМA】」というタイトルの動画が表示されていた。サムネイルは河童さんの写真に、目立つ色で「謎の生物」や「ヌルヌル」といった文字がおどっている。
「ねえミューピコ、動画をバズらせるためには投稿時間も肝心なんだけど、今って地球で言うとどのくらいの時間なのかしら?」
「うーんと、宇宙標準時はちょうど日本時間と同じくらいなんだよ」
「つまり夕方ってことね。本当は週末がいいんだけど、まずまずだわ」
葵によると帰宅時間である夕方や、夕食後のリラックスタイムの時間が再生数を稼ぎやすいらしい。ミューピコによるとそこら辺の生活様式に宇宙で大きな差はないそうだ。
「そういうことなら地球の文化を認めてくれてもいいのに」
「ウチもそう思うんだけど、文化を測る尺度みたいなのが違うんだよ」
そうなのか。やっぱり難しいな異文化コミュニケーション。
「そういうことなら葵君、早速投稿してくえたまえ!」
「いいんですか、編集内容を確認しないで?」
「構わないさ。君を信じて任せたわけだしね。駿君もそれでいいかな?」
「はい。編集の事はわからないし、葵の事を信じます」
ミューピコが河童を探し出し、俺が相撲を取る。それを葵が撮影して編集する。みんなの得意を活かしたチームプレーだ。ジョー先輩は……ほら、キュウリで河童さんを買収とかしたから。
「よし、じゃあ投稿!」
葵がマウスをカチッとクリックし、動画が投稿される。
本当に先輩のタブレットパソコンから宇宙に投稿できるのか?
まあミューピコが大丈夫だって言ったから大丈夫なんだろう。
「ミューピコ、拡散お願い」
「任せてほしいんだよ」
どんなに素晴らしい動画も、目に留まらなければ存在しないのと同じとは葵の言葉だ。
ミューピコの友達にも頼んで宇宙的なSNSで可能な限り拡散してもらい、動画の投稿者欄にも地球存亡の危機の事実をありのまま書くことで、とにかく拡散をお願いする。
とにかく「#拡散希望」だ。「#地球存亡の危機」もつけてもらう。
というか#はハッシュタグって読むんだな。初めて知った。
「出だしが勝負よ……来た! 再生来てる! ミューピコ、SNSの方は!?」
「いいねもリツイートも順調に増えているんだよ。あっ! フォロワーじゃない人にも拡散され始めた!」
「つまり……、つまりどういうことなんだ!?」
「知り合いじゃない人にも伝わり始めたってことよ!」
そうか! 頼む。宇宙中に広がってくれ!
画面の中では、良い感じに編集された俺と河童さんとの激闘が行われている。
……というか相撲前の会話も動画になってんじゃん。いつ撮ったんだこんなの。
「だっていきなり相撲勝負! じゃ盛り上がりにかけるでしょ。全力の駿、そこをフォローする計算高い私でバランスとれてるじゃない」
「……自分で言うか?」
「君たち、僕のことを忘れていないかい? そもそもこの動画は僕が提案した――」
「ジョー先輩はキュウリで活躍しましたね」
「そうそう、ナイスキュウリ」
そんなことを言っている間にも、動画の再生回数はどんどん増えていく。
あっという間に前回の再生回数である16回を超えた。
そしてあとは、まるで倍々ゲームの様に増えていく。
「100……、いや、300を超えたぞ! 500! いけるか葵!?」
「おバカ、その程度の回数ではしゃいでいんじゃないの。でもこれは……!」
――いける。
いける。バズる。言葉に出さなくても、それが伝わってくる。
そう願っているからかもしれない。けれどそれは、次第に現実となってくる。
「すごいんだよ! SNSのいいねとリツイートが止まらないんだよ!」
「フフ、これぞ我がUМA部による地球存亡の危機回避の第一歩だ!」
その日の夜、俺たちがアップした動画が宇宙中でバズっているらしいと葵から連絡があった。こうして俺たちは、先輩が言ったようにまさに一歩目を踏み出したのだった。
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