第9話 全力勝負!
「に~し~、柳田駿~」
「よっしゃ! 全力全開だ!」
「ひが~し~、河童六十四郎~」
「おら、かかってこいや!」
ここは河童が多く住むと言われる筑後川流域。
その川沿いに造られた、即席の土俵。
土俵に立つのは俺こと、柳田駿。対するは河童の河童六十四郎。
そして行司を務めるのは、褐色の肌に銀髪の宇宙人ミューピコ。
「駿、がんばりなさ~い! あんたに地球の命運はかかっているわ~! あとついでに先輩の尻子玉~!」
「ふにゃにゃ~ん」
応援してくれるのは幼馴染の葵と、尻子玉を抜かれてすっかりふぬけてしまった我らがUMA部部長ジョー先輩。
(そうだよな、地球の命運がかかっているんだよな)
俺が勝たなきゃ、河童六十四郎は動画撮影に協力してくれない。
つまり、一週間後には地球の終わりだ。
少し。その途方もない現実に少しだけ震えてしまう。でも――。
(怖気づいているひまなんてない!)
いつでも全力全開。猪突猛進。当たって砕けろ。
それが俺の信条だ。困難な壁にもとりあえずぶつかってみる。
だってバッターボックスに立ってみないと、何も始まらないじゃないか。
「坊主、河童に相撲を挑むその根性だけは認めてやる
「両者、見合って見合って~」
実際、相撲なんてしたことない。
まさか俺も、河童が初めての相撲相手なんて思わなかったよ。
「はっけよ~い、のこったッ!」
「「――ッ!」」
ミューピコの合図と同時に俺と河童六十四郎はぶつかり合い、組み合う。
くそ、さすが妖怪だけあって力が強い。というか――。
「
めちゃくちゃ生臭い。なんか生乾きの雑巾のにおいがする。
もしくは洗わずにしばらく放置された牛乳パック。いずれにせよ臭い。
「生臭いとか言うな! 失礼だろ!」
「あ、すいません……」
確かに。今日会ったばかりの人(?)に生臭いは失礼だよな。
それはいいとしてだ。問題は他にもある――。
「なんかヌルヌルする!」
河童の肌は緑色で、表面はウロコなんかにおおわれていない。
けれど粘液って言うのか? そういうヌルヌルしたものが体をおおっている。
「うわっ、すべる! おいヒキョーだぞ!」
「ヒキョーもトーキョーもあるか! 体質だ!」
……くっ! 体質とか言われたら言いづらいじゃないか!
でもヌルヌルすべるという事実は変わらない。
つかみづらい。ただでさえ相手の方が力の強いのに!
「うおおおおっ! 全力全開だッ!」
「あめえ! お前の全力くらいでこの俺が負けるかよ! 水中を自在に泳ぐにはな、とんでもねえ筋肉がいるんだよ! 陸の生物に負けてたまるか!」
強い。河童と言えば相撲、相撲と言えば河童。先輩がそう言うだけはある。
俺は河童に押されて、じりじりと土俵際まで追い詰められていく。
「坊主、これで終わりだ!」
「駿っ!」
葵の叫びが響いた。
押し出されそうになった俺は、間一髪踏みとどまる。
負けたら地球の終わりの前に、葵からなにされるかわからん。だから気合と根性で耐えた。
「なにっ!? くそっ、次は全力だ!」
(――来た!)
相手の力は強い。それは事実だ。
だとしたら、その力を俺は逆に利用してやればいいだけだ。
柔道はその技によって相手の力を利用し、小さくても大きな相手を投げ飛ばすことができる武道だ。海外では女性が護身術として習うこともあるらしい。
俺はその経験を活かす。
たった数日の体験入部。しかも本入部することなかった部活だ。
けれど全く知らないとほんの少し知っているとじゃ、天と地ほどの差がある。
「力を利用して……!」
「な、なんだあああっ!?」
俺は勢いよくつっこんできた河童の力を利用し、そのまま導くように土俵の外へ力を向けさせる。押してダメなら引いてみなだ。勢い余った河童六十四郎の体が土俵の外へと飛び出し、そのまま転倒する。つまり――。
「駿の勝ちなんだよ~!」
ミューピコの声が高らかに響いた。
――つまり、俺の勝ちだ。
☆☆☆☆☆
「くっ……。お前、なかなかやるな」
立ちあがった河童六十四郎は、俺との勝負でなかなか消耗していたみたいで、川の水を可愛いた頭の皿にかけて落ち着いてから話を始めた。
「負けを認める。河童にとって相撲の勝敗は絶対だ」
「じゃあ……!」
「ああ。お前の仲間の尻子玉は返すし、動画撮影とやらにも協力してやる」
よっし! ふぬけた先輩以外の俺たち三人は、ガッツポーズで喜ぶ。
「見事な相撲だったぜ。久しぶりに楽しかった。もしかしたら俺は、協力してやる理由が欲しかったのかもな」
「協力してやる理由?」
「お前の言う通り、俺は別に心の底から人間が嫌いなわけじゃねえ。『滅びろ』なんて言ったのも嘘だと思う。他のやつらも一緒さ。昔はよく人間とも相撲していたしな。――でも人間は文明を発展させるにつれて、川を汚し、沼は埋め立てるようになった。そのうさ晴らしみたいなのをお前にしちまったのかもな」
「河童さん……」
人間が自然を破壊している。それは紛れもない事実だ。
けれど自然を守ろうとしている人間もいる。それも事実だ。
たぶん河童六十四郎はその二つの事実の間で、人間に対してどうやって接するべきか悩んでいたのかもしれない。
「おい、尻子玉は返したぞ」
「ふにょわっ!? はっ! ここは一体……?」
「「先輩!」」
「ジョー、ふぬけが治ってよかったんだよ!」
「へ? うわっ、河童!? そうか、僕は尻子玉を抜かれて……! だ、誰か現状を説明してくれたまえ!」
よし、先輩も大丈夫そうだな。
「河童さん、あとは本題の……」
「動画だったな。もちろん協力させてもらうぜ。河童に二言はねえ」
「よし、じゃあミューピコ、撮影の準備をしてくれ」
「……あ」
なんだミューピコのやつ。気まずそうに視線をそらしやがって。
そのそらした視線の先には、葵の姿。自然と葵と目があう。
「動画ならもう撮り終わったわよ」
――へ?
「なによマヌケ面しちゃって。動画ならもう撮り終えたって言ってんの」
「いつの間に?」
「あんたが相撲しているときよ。忘れた? 今回撮る予定の動画、『河童と相撲を取ってみた』だって言っていたじゃない。あんたが相手、ミューピコが行司、そして私が撮影で役割分担完璧じゃない」
え? つまり隠し撮りしてたってこと?
「ええ、そんなの聞いてないんだが……」
「言ってないわよ。あんたの事ですもの、それを知っていたら表情に出ちゃうでしょ。そもそも止めるだろうしね」
さすが幼馴染。よくわかってらっしゃることで。
「でも『駿!』なんて叫んで、迫真の演技だったんだな……」
「え? あれは素よ。駿(ここで負けたら勝負が早くつきすぎて尺が足りないわ)! の駿! ね。あんたが負けたらミューピコちゃん連れてさっさと逃げていたわよ」
「ひでえ! 俺と先輩はふぬけたままおいてけぼりかよ!」
「尊い犠牲よ。駿たちのおかげでバズる動画が完成し、地球は救われるわ」
この幼馴染は昔から計算高い。計算高いのは頼れる部分ではあるのだけれど、もう少しこう……人情というか、そういうのを心に留めていてほしいのだが。あれ、でもそうなると……?
「おい嬢ちゃん。黙って聞いてれば、それって盗撮じゃねえか!」
と、河童六十四郎。
まあそうなるよな。せっかく丸く収まりそうだったのに。
撮影対象の許可を得ない撮影は炎上するんだぞ。俺でもそれくらい知っているぞ。
確かしょーぞーけんの侵害ってやつだ。
「事後承諾は悪いと思うけど、協力してくれるって言ったじゃん。河童に二言はないんじゃなかったの?」
「ぐぬぬ……」
すごい。葵のやつ妖怪を言いくるめようとしてる……じゃなくて、怒らせて「やっぱさっきのなし!」って言われたらどうするんだよ。もう一度相撲で勝てと言われても無理だぞ。
心配で青ざめる俺とミューピコ。バチバチと火花を散らす葵と河童さん。
そんな中動いたのは、意外な人物だった。ジョー先輩だ。
「まあまあ河童さん、ここは抑えて抑えて」
「なんだお前。協力するとは言ったが、隠し撮りなんてだまし討ちじゃねえか。俺は出るとこ出てもいいんだからな。事務所通してもらおうか」
事務所どこだよ。河童なのに芸能人気取りかよ。
先輩はそんなツッコミどころありありな河童さんの発言を受け流すと、背負ってきたリュックの中から何かを取り出した。
「まあまあ河童さん、ここはどうかこれでひとつ。産地直送ですよ?」
先輩が取り出したもの。それはキュウリだ。ちなみに四本袋入り。
というかワイロじゃねーか!
「産地直送だあ? 俺はそんなもんで買収されねえぞ」
「まあまあ河童さん、ほんのお気持ちですから」
そう言って先輩は、リュックの中から同じキュウリの袋を取り出す。
二つ、三つ、四つ。いつの間にか河童さんの両手はキュウリでいっぱいだ。
おいおい、あの河童六十四郎がこんなワイロに乗るかあ?
「このキュウリ、どこで買った?」
「今日の朝、駅前の農協の直売所で」
「……ま、しょうがねえなあ。まあ俺もケチじゃないからよ、動画の一本二本、なあ? 別に買収されたわけじゃねえからよ?」
ば、買収成功したー!?
さすがは先輩、中学生ながら大学の研究会に呼ばれるだけある……というか、単に汚い大人の世界を見ただけな気がする。
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