第8話 妖怪と人間

「くそ、どこだ!?」


 飛び込んだ方向を考えると、たぶん河童は上流の方へと逃げたはずだ。

 もしこのまま見つからなかったら……いいや、落ち着け。考えろ。


 例えば似た生き物の亀だって、晴れた日中は甲羅を干すために陸に上がる。だから水中に潜りっぱなしなんてことはないって、生物部に体験入部したとき言っていたぞ。そんなに遠くへ行った可能性はないんじゃないか?


「――あ、いた!」


 見つけた! 予想した通り、岩の上でのんきに甲羅を干している。

 ここら辺は民家も見当たらないし、ここが住処か!


「やい河童、先輩の尻子玉を返せ!」

「ああん? 河童河童うるせえぞ。ったく最近の子どもはどいつもこいつも口の利き方ってもんがなってねえな」


 こちらに気が付いた河童はよっこらしょと立ち上がると、睨みつけてくる。その手にはピンポン玉くらいの玉が握られている。間違いなく先輩の尻子玉だ。


「なんだと! 河童は河童だろ!」

「河童は種族名だろうが。お前は他人から人間と呼びかけられて良い気分になるか?」


 うっ、確かに……。


「それは……ごめんなさい。俺の名前は柳田駿です。あなたのお名前は?」


 悪いと思ったらごめんなさいだ。そして挨拶は大事だ。

 俺はここに河童とケンカするために来たわけじゃない。

 尻子玉を返してもらって、動画撮影に協力してもらうためにきたんだ。


「わかりゃいいのよ。オレの名前は河童 六十四郎かっぱ ろくじゅうしろうだ」


 河童六十四郎。なんて九九みたいな名前なんだ……。


「あの、なんて呼べば? 六十四郎さん?」

「ああ、河童さんでいいぞ」


 結局河童じゃねえか!


「お前いま『結局河童じゃねえか』って思っただろ!」

「い、いや、思ってない!」


 思ったけど。


「重要なのは“さん”だよ“さん”! 明らかにオレの方が年上だろうが。敬意払おうや」

「は、はい」


 河童の歳なんて見た目じゃわかんねえって。

 あんたが俺の人生初リアル河童なんだって。


「それで、尻子玉を返せだと?」

「あ、はい。それがないと先輩がふぬけたままなんで」

「うーん、でもなあ。こいつ動画を撮ろうとしたんだぞ? オレを見世物にしようとしたんじゃないのか? 人間はすぐにオレ達を見世物にするからな」

「誤解です! それには深いわけがあるんです。実は――」

「おーい、しゅーん!」


 俺が河童さんに説明しようとしたちょうどその時、葵がジョー先輩を抱えたミューピコを引き連れて遅れてやって来た。



 ☆☆☆☆☆



「――というわけなんだよ」

「ほーん、地球存亡の危機ねえ。それは大変だな」


 ミューピコから説明を聞いた河童六十四郎さんは、興味深そうにうなずいた。


「でしょう? だから協力してください!」

「どうすっかなあ。地球ごとお陀仏ってのは困るなあ」

「なら……!」

「いいや、嫌だね。動画に出ろだあ? それはお前ら人間が昔からやってる見世物小屋と何が違うんだ? お前たち人間のためにさらし者になんかなるかよ」

「そ、それは……」

「だいたいお前ら人間は我が物顔でゴミ捨てすぎ、自然破壊しすぎ。まあ罰が当たったってやつだな。ゴミの排出量がどうと、SDGsエスディジーズがどうとか言ってるみたいだが、そんなの人間が決めたルールじゃねか。信用できるか!」


 くそ、別に俺たちはそんなつもりないし、ゴミをポイ捨てしたこともないけど反論しづらい。そんな俺に、葵が近づいてきて小声で話をする。


(ねえ駿)

(なんだ葵?)

(この川って他にも河童がいるのよね?)

(どうだろうな。ミューピコに聞けばわかると思うけど)


 ふとミューピコの方を見ると、葵の話を肯定するようにうなずいた。

 聞こえていたのか? 地獄耳! いや、宇宙耳か?


(ならもう他の河童に頼んで動画撮っちゃいましょうよ)

(先輩の尻子玉はどうすんだよ?)

(それは……後で考えるわ)


 後回しなのか……。でもまあそれが一番か? 他の河童に頼めば、河童六十四郎が持っている先輩の尻子玉も取り返してくれるかもしれないし。


「おい、なんの話してんだ?」

「え、いや、河童にSDGsを説かれるは思わなかったなと」


 どこで知ったんだろう?


「そんなもんワイドショー見てりゃ耳にすることもあるだろ」


 ワイドショー!?


「それにもし、他の河童を見つけようとしてんのなら無駄だぜ」

「……どうしてですか?」

「決まってるだろ。うかつに人間の前に出るようなら、妖怪なんて言われてねえよ。人間と異なる世界に生きてきたから妖怪なんて言われてんのさ。つまり、みんな大なり小なり俺と同じような考えってことだ」


 それもそうか。河童は妖怪、そしてジョー先輩流に言うならUMAだ。簡単に人前に現れるようなら、未確認生物なんて言われていない。


 じゃあどうすればいいんだろう?

 言動から察するに、この河童さんは人間に対してひどく不信感を抱いているみたいだ。


 ゴミ拾いでもして信用を得る? ――いいや、だめだ。そんな表面的な事じゃ、きっと信用を得ることなんてできやしない。第一、この川にはゴミが落ちていない。きっと地域の人が大切にしているんだ。久留米の人ありがとう。


 河童さんが言っているのは、もっと歴史的なこと、地球規模的なことだ。ワイドショーも見ている河童さんだ。きっと世界の環境問題に頭を悩ませているんだろう。


 くっそー、ミューピコの件といい、単なる中学生には重い課題だぜ。

 でもなんかあるはずだ。考えろ。考えろ駿。……そうだ!


「河童さん、あんた人間が嫌いなんだよな?」

「ああそうさ。滅びろと思うくらいにはな」

「じゃあなんで俺に声をかけたんだ? 他の河童たちは隠れているというのに」

「それはお前……、ひまつぶしだよ」

「いいや嘘だ。だって河童さんは俺にこう聞いた。『友達が川におぼれでもしたか? 助けが必要か?』ってね」


 本当にただ人間が嫌いなだけなら、俺に話しかけることなんてなかったはずだ。姿を見せない他の河童たちと同じようにしていればいい。けれど河童六十四郎はそうしなかった。


「ただの気まぐれだ」

「そうかもね。けれど本当に心の底から人間の事を嫌っているだけなら、そんな気まぐれおきなかったはずさ」

「だったらなんだってんだ。今さら協力しろなんて言って、はいと言うと思うなよ」

「それはわかってる。だから協力しなくていい」

「……なに?」


 よし。今まで取り付く島もなかったけれど、初めて疑問の表情に変わった。

 ゆさぶりは野球の基本だぜ。


「ちょっと駿……」

「駿、ジョーのためにも動画のためにも、河童さんの協力は必要なんだよ」

「わかっているって二人とも、心配すんなよ」


 はっきり言って俺は、考えるのは苦手だ。

 けれどこれはなにもヤケクソになって言った言葉じゃない。


「河童さん、あんたに相撲の勝負を申し込む!」

「なに? 相撲の勝負だと……?」


 河童六十四郎は、警戒して続く言葉を待つ。


「俺が勝ったら先輩の尻子玉を返して、撮影に協力してもらう」

「はん、お前が負けたらどうなるってんだ?」

「尻子玉を抜くなりなんなり、好きにしてどうぞ」


 大丈夫。大丈夫なはずだ。河童と言えば相撲、相撲と言えば河童。そうすごいUMAマニアのジョー先輩は言っていた。河童六十四郎はきっと勝負に乗る。


 そして河童六十四郎は、頭の皿を軽くたたくと口を開いた。


「おもしれえ。やってやろうじゃねえか!」

「そうこなくっちゃな。全力全開で挑ませてもらうぜ!」

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