第5話 16回

「着いたんだよ」


 ミューピコの声がして目が覚める。

 ぱっと起き上がって周りを確認する。見覚えのない景色だ。ここは?


「ま、ま、まさか……!」


 後ろを振り向くと、ジョー先輩が青い顔で口をパクパクさせていた。


「ミューピコ、ここは? 僕たちは可矢山にいたはずじゃ?」

「駿、ここはなんだよ」

「サバンナってアフリカじゃないか!? つまりミューピコ、君は僕たちをワープさせたのか!?」

「ジョー、その考えで正解なんだよ」


 アフリカってあのゾウとかいるアフリカ!?

 あ、あっちの方にいるデカいのってゾウじゃん。本当にアフリカじゃん。


「え!? ていうかなんでアフリカなの!?」

「葵が言ったからなんだよ」

「私が?」

「そう。動画に求めるのは“ネコ”それも“人気”。それで検索したらでてきたんだよ」

「それがアフリカにいるんだ?」


 へー、俺も知らなかった。

 そんな人気な種類のネコがアフリカにいるなんて。


「わかったわ! で、そのネコちゃんはどこいるの? 早速撮影に入りましょ」

「見えるところにいるんだよ。ほら、あの木の下」

「へー、どれどれ?」


 俺と先輩もミューピコが指し示した方に目をやる。

 だだっ広い平原の中、一本生えた木。その下にいた動物は――。


「「「――ライオンじゃん(じゃないか)!!!」」」


 きれいにハモる、俺たちの声。

 木の下にいたのはそう、通称百獣の王ことライオンさんだ。


「ネコじゃないじゃん!?」

「あれ? でもウチの検索にはネコと出たんだよ。それに地球上では、古来から紋章として広くデザインされる人気なんだよ」


 いや、まあ確かにネコ科でしょうけど……。


「さすがにライオンじゃ癒しは……でも待って、宇宙規模でバズるならそれくらいのインパクトが必要?」


 え? なんか葵がブツブツ言ってる?


「どうしたんだ葵?」

「ふふふ、わかったわよ! 駿、あのライオンをなでなでしてきなさい!」

「えええ~っ! 無茶だろそんなん!」


 いま寝てるみたいだけど、起きたら食われるやつじゃん!


「あんた、いつもの全力全開はどうしたのよ!」

「さすがに命の方が大事だろ!」

「やらなきゃ来週には全人類命がないわよ!」


 うっ、たしかに。


「でもさすがに……そうだ、先輩は!?」


 先輩は文武両道の天才。走れば陸上部のエース並みだって。

 それならちょっとなでて逃げるとかできるかも。

 けれども葵は首を横に振る。


「先輩はほら」

「き、気絶している……!?」

「ライオンを見た瞬間ああなったわ」


 UMAを探しているのに、ライオンはだめなのか。


「だったらミューピコは?」

「ウチは撮影するんだよ。それに地球人が映らないと意味ないんだよ」


 そりゃそうか。


「じゃあ葵!」

「私は監督よ! それにか弱い乙女はそんなことできない!」


 幼馴染的には、十分強いと思うんだけどなあ。


「大丈夫、ちょっとだけだって。駿ならできる!」

「気休めでしかないよな。でも……」


 やるしかないか。

 俺はそろりそろりと、決してライオンを起こさないように近づいていく。

 あと三歩、慎重にあと二歩、そして勇気をもってあと一歩。


(頼む。起きないでくれよ……)


 地球がなくなると君も困るだろ?

 だから少しだけなでさせてくれ。

 そう思いながら手を伸ばし、ライオンに触れる――。


(おおっ! おおおっ!!!)


 モフモフだ。すっごいモフモフだ。

 ミューピコの方を見ると、何か古いビデオカメラみたいなもので俺を撮影していた。きっと中身は宇宙最新式なんだろう。続いて葵の顔を見ると、「いい調子よ」と言いたげな表情。けれどその顔がみるみる青く染まっていって――。


(どうしたんだあいつ?)


 トイレにでも行きたいのか? え、違う? 指さしているのは俺? いや、ライオンか。

 なんだろうと思ってライオンの方を振り返ると――。


「「…………」」


 眠りを邪魔されて機嫌の悪そうな、百獣の王と目が合った。


「あはは……。あの、えっと、お早う?」

「ガルルルルオオンンッ!!!」

「うわああああっ!?」


 叫んだのが先か、逃げ出したのが先か、たぶん同時だ。

 回れ右をした俺は、全力全開一目散に逃げだした。

 後ろを見れば、吠えながら迫る百獣の王ことライオンさん。


「食われる食われる食われるっ!!!」

「ちょっと駿、こっちに逃げてこないでよ!?」

「その発言、薄情すぎるだろ!?」


 文句を言いあいながらも逃げる俺と葵。


「そうだ、ジョー先輩は!?」


 先輩は気絶していたはずだ。まさかもう食べられたんじゃ!?


「それならミューピコが!」

「へ? うわっ、すご!」


 葵に言われてみると、ミューピコが気絶しているジョー先輩をまるで丸太のように担いで走っていた。人一人をあんな軽々と担げるなんて……。


「こんなの楽勝なんだよ」

「さすが宇宙人……じゃなくて! ミューピコ、俺たちを早く元の場所に戻してくれ!」

「もう動画撮影はいいの?」

「このままじゃお見せできないスプラッタ動画しか撮れないよ! だから早く!」

「わかったんだよ」


 ミューピコはまるで危機感のない調子でそう言うと、腕についている装置を何度かいじった。その次の瞬間――。


「はあはあ、もう無理! 食べられる――ってあれ?」


 次の瞬間、俺たちはアフリカのサバンナじゃない場所に立っていた。

 たぶんここは……元いた可矢山だ。


「ワープ完了なんだよ。二回目だからワープ酔いもなかったみたいだね」


 ワープ酔いって行くとき意識を失ったやつか。それにしても――。


「た、助かったあ」

「私、今までの人生で一番早く走れたと思うわ。あれが生存本能ってやつなのかもね」

「かもな……」


 俺も葵も完全に食べられると思った。

 いま命があるのは、たぶん完全に運だ。


「……ん? ここは可矢山か? いつの間に?」


 今頃起きたジョー先輩が、そんな調子で辺りを見渡した。


「せんぱ~い。もう大変だったんですから……」

「そ、そのようだね。僕はライオンを見たあたりから記憶がないけれども」


 そりゃそうだ。気絶していたんだから。


「そうだ! お腹も減っただろうし、ご飯を食べに行こう!」


 俺と葵は先輩に何か返事する気力はもう残っておらず、ただうなずくことしかできなかった。



 ☆☆☆☆☆



「おいしい! おいしいですね、ここのうどん屋!」

「そうだろう? さあ、入部祝いに今日は僕のおごりだ。じゃんじゃん食べてくれたまえ」


 仮入部ですけどねと野暮なツッコミはいれず、お礼を言ってうどんをすする。うまい! おいしい! さっきまで自分がライオンのご飯になりそうだったのを、忘れるくらいお腹が満たされる!


「ミューピコはどう? おいしい?」

「とってもおいしんだよ」


 宇宙人も満足なおいしさなのか。

 まさか店主も宇宙人が食べに来ているとは思わないよな。


「そういえば、食べる前にさっきの動画を編集してアップしたんだよ」

「「「早っ!?」」」

「宇宙最新の編集ソフトを使えば簡単なんだよ」

「それほしい……じゃなくて! 再生回数はどうなの? バズるかは初動が大事よ!」


 葵によると、バズるネット動画は投稿直後から再生数の伸びがすごいらしい。じわじわ話題になってというのはほとんどなく、ましてや一週間しか時間のない俺たちは、バズるのを待ってなんかいられない。


「確かにそれは宇宙でも同じなんだよ。ちなみに動画の再生数は……」

「再生数は……?」

「16回だね」

「「「じゅうろっ回!?」」」


 俺たちの叫びが、うどん屋さんに轟いた。

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