第2話 その名はUМA部!

「それじゃあ入部は?」

「えーっと……、すみません!」

「そっか。うん、もし考えが変わったらいつでも来てね。歓迎するから」


 俺と葵は、笑顔で見送ってくれる部長さんに頭を下げて文芸部を後にする。


「なんか心痛むはわこれ。文芸部の人たち、みんな良い人だったし」

「だろ?」

「“だろ”じゃないでしょ。駿が私を巻き込んでんじゃーん」


 葵に協力してもらっての文化系部活体験入部生活が始まってから三日が経った。

 これまで回ったのは美術部に吹奏楽部、そしてさっきまでいた図書室で活動している文芸部だ。


 でもそのどれもがだめだった。楽しくはあったし少し興味が湧いたけれど、何か俺の心に訴えかけてくるものがなかったのだ。


「というか俺、図書室に初めて入ったわ」

「あー、私も入学してからまだ二回目……かな?」

「いや、入学してからじゃなくて小学生の時から合わせて」

「……まじ?」

「まじ」


 葵の「こいつまじか」という視線から、俺がいかに非文化的な生活をおくってきたかを自覚する。だってほら、本って読んでると三行くらいで眠くなるし……。


「それでよく文芸部へ体験入部したわね?」

「なにごとも挑戦だろ? 食わず嫌いなのかもしれないし」

「駿ってばほんとチャレンジャーよね。まあそういう姿勢、大事だと思うわ」


 お、珍しく褒められた。

 葵が俺を褒めるのは珍しい。しかもだいたいあきれた顔をしながらか、苦笑いを浮かべながらだ。ちなみに今回は前者。


「で、次はどこに体験入部するの? もう残された部活もそう無いと思うけど」

「えーっと、オカルト研究会だったかな?」

「ああオカ研ね。それなら確か理科準備室りかじゅんびしつが部室代わりだったと思うわ」

「なるほどな。調査サンキュー」

「まあね。私のリサーチ力にかかれば楽勝よ」


 思い立ったら一直線な俺と違って、葵は昔から抜かりのないタイプだ。

 そんな軽口を叩きあいながら、俺たちは理科準備室へと向かった。



 ☆☆☆☆☆



 理科準備室は文字通り理科の準備室で、実験で使う道具や理科に関係する資料が保管されている教室だ。場所は東棟四階の一番奥にある。普段使う教室は西棟だから、それからかなり離れた場所だ。


「ここか。でも人の気配がないような。本当に間違いないのか?」

「間違いないわよ。というか間違いだと思うのなら自分で調べなさい」


 それもそうだ。俺はごめんと頭を下げて、理科準備室の扉をノックした。


「すみませーん。……留守なのかな?」


 返事はない。もう一度ノックしてみても、結果は同じだった。


「休みなのかな」

「そうかもね。あれ、でもこの教室鍵がかかってないわよ」


 葵がそっと扉を動かすと、スライド式の扉は確かに開いた。

 おかしい。高価な実験材料や取り扱いの難しい薬品がある理科準備室は、基本的に鍵がかかっているはずだ。


「ちょっとトイレとかに行ってんのかもね。中で待っていれば部の人が来るんじゃない?」


 それもそうか。葵の提案にうなずいた俺はノックをし、「すみませーん」と声をかけながら理科準備室の中へと入る。


 薬品の香りが混じった独特の匂いだ。中は整頓されていて、いくつか置いてある机の上には何もない。実験用の器具は、行儀よくガラス張りの戸棚の中に並んでいる。


「へえー、ここが理科準備室か。小学校の頃はなかった実験道具とかいっぱいあるなあ」

「駿、勝手にいじっちゃだめよ」

「わかってるって。あれ、これは」


 目についたのは、紫色の下地に何か金色の文字が書かれた看板だ。書いてあるのはアルファベットで三文字。UMAユーエムエー。そして漢字で部。


「ゆー、えむ、えー、部。ウマ部? なあ葵、この学校に馬を使った部活ってあったけ? 例えばそうだな、馬術部とかさ」


 俺はその謎の文字列に、オリンピックの中継で見た馬術競技を思い浮かべる。けれども葵は、そんな俺の質問に首を振った。


「ないわよそんな部活。北海道ならともかく、馬術部って中学部活的には珍しいでしょ。平凡な公立中学校のここにはないわ」

「だよなあ。そしてここはオカルト研究部のはず。じゃあこの看板はなんだと思う?」


 俺が掲げた看板を見て葵が何かを言う前に、聞きなれない声が後ろから響いた。男子の声だ。


「おおっ、ついに新入部員がやって来たか!」


 振り向くとそこには、整った顔立ちでスラっと背の高い男子生徒が立っていた。


「よく来た、よくぞ来た! さあ、この千賀院 丈せんがいん じょうの下によくぞ集った若人わこうどたちよ! さあ早速――おっと、少し忘れ物だ。悪いが待っていてくれたまえ」


 こっちが何か答える前に、男子生徒は今入ってきた扉からビューンと出ていてしまった。


「……なんだったんだ?」

「千賀院……ああ、!」

「葵、知っているのか?」

に聞いたことあるわ。スポーツ万能、学力優秀、それにルックスもすごい千賀院って先輩が二年にいるって」

「そんなにすごいのか?」

「それはもう。走れば陸上部のエース並み、武道はどれも達人級、球技をやらせても超一流。勉強でもテストは常に学年一位だし、中学生ながら大学の研究会に呼ばれるとか、五か国語をマスターしてるとか。もうとにかく、すごい超人なんだって」


 す、すごい。すごすぎてよくわからないレベルだ。でもなんでそんな人が平凡な公立中学校に?


「ただのウワサじゃないのか?」

「ネット記事とかでも見たことがあるし、たぶん事実よ。それにルックスも良くて、女子に人気なんだから。でも……」

「でも?」

「でも、なんだかすごい変人なんだって」

「なるほど……」


 確かに少なくとも最後の部分は合っているのかもしれない。戻ってきた千賀院先輩は、何かよくわからない物が詰め込まれた段ボール箱を抱えている。


「あの、それはなんですか?」

「ん? これは捕獲装置さ。近くの林に設置していたのだが、残念ながら今回は捕獲失敗のようだね。改良が必要だな」

「はあ……」


 チュパカブラってなんだろう?

 なんとなく、二つに折って吸うタイプのアイスを思い出す名前だ。


「えっと、君たちの名前を聞いていいかな?」

「あ、はい。一年の柳田駿です」

「同じく今宮葵です」

「駿君に葵君か。志高き若者を、僕はいつでも歓迎しよう!」

「あの、ここってオカルト研究部ですよね?」

「いかにも! ここは歴史ある栄光の最都中学オカルト研究部で、僕はその部長だ。だがしかぁし! オカルト研究部という社会に迎合した名称は仮の姿!」


 フフフと、千賀院先輩改め千賀院部長は、まるで映画のクライマックスでついに現れた黒幕のように不敵に笑った。


「しかしてその実態は……! 駿君、そこのボードを掲げたまえ」

「……ボード? ああ、これか。ウマ部のやつですね!」


 オカルト研究部だと思っていたが、本当は馬を研究する部活だったってことか?

 千賀院先輩に言われた俺は、先ほどの赤いボードを掲げる。


「ウマじゃない! ウマじゃないぞ、駿君!」

「え、じゃあなんなんですか?」

「ユー、エム、エー。UMAユーマ部さ!」


 UMA? 馬じゃないのか?

 疑問に思う俺とは違い葵はなんのことかわかったようで、あきれた顔をした。


「ああ、駿ってばそれでさっき馬術部がどうのって聞いてきたの?」

「そ、そうだけど。なあ葵、UMAってなんだ?」

「UMAは何か英語の略称で、日本語で言うと未確認生物みかくにんせいぶつって意味よ。あんたテレビとかネットで聞いたことないの?」


 聞いたことないような、あるような?

 でも興味ない言葉って耳を素通りするしなあ。


「素晴らしい葵君! 付け加えるならばアンアイデンティファイド・ミステリアス・アニマルスの略だね。そしてそんなUMAに名前を借りたこのUMA部は、ウルトラ・ミステリー・アソシエーション――超神秘協会だ!」

「でもUMA部だから超神秘協会部?」

「部は校長との話し合いでつけざるをえなかったのだ! 気にしないでくれたまえ。ともかく、ここはUMA部! そんな未確認生物を発見し、調査し、研究する部活だ!」

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