40 おすそわけ

 花咲はなさきさんは一人でひっそりと暮らしているじいさんで、この小さな町の有名人でもある。

 ひっそりとひとり暮らしをしているだけの老人が町で有名なのは、彼の家の庭が目立つからだ。

 彼の家のさほど大きくない庭には、いたるところに様々な種類の果樹が生えているのだ。

 彼はたまに家の外に出てきては、近所の人や道で出会った人に果物をおすそわけしている。

 おすそわけは、彼が自らおこなうばかりではない。

 俺をふくめた近所の子どもたちは、庭の外に伸びた枝に実る果樹をおやつ代わりに食べていた。

 花咲のじいさんは、にこにこして怒ることなど一切なかった。

 その名前と、果樹の花を咲かせていることから、子どもたちは彼を花咲かじいさんと呼んでいた。

 「昔話の花咲かじいさんが撒いたのは可愛がっていた犬の灰だけど、近所の花咲かじいさんが撒くのは、庭にまで入り込んだ欲張りな子どもの灰だ」

 誰が言ったのかわからない。調子に乗りがちな子どもをいさめるために大人が広めたくらいが真相だろう。それなりに効果があるもので、子どもたちは、じいさんの家の庭にまで入りこんだりはしなかった。


 人の出入りもたいしてない町に、妙な一家が引っ越してきたことがあった。

 とかくずうずうしいのだ。

 その家の子どもは、よその家に出入りして勝手に冷蔵庫を開ける。

 夕方、母親が通りかかったので連れて帰ってもらおうとしたら、「ご飯いただいてきな」という声とともに食卓に子どもが戻ってくる。

 母親も母親で町内清掃には参加しないくせに寄り合いで弁当を食べに来るわ、よその家のものを欲しがるわ……。

 父親は影こそ薄かったが、後で聞いたら、酒席で会計のときにはいつも消えていたらしい。

 もちろん、そんなことをすれば、歓迎されないのは、当たり前で、彼らは要注意人物として、マークされた。

 度を越した図々しさを持つ一家だから、花咲かじいさんの家に気がつくのは、当たり前で、会うたびにひったくるようにして、おすそわけをもらっていたらしい。

 それどころか、禁断の庭の中にまで入り込むようになった。

 彼らはじいさんがニコニコしているのをいいことに、庭で果物をもぎ続けた。

 自分たちで食べる量を越えてもいでいたらしく、隣町で果実の路上販売をしているところを目撃されたなんて話がまことしやかに語られたものだ。

 それでもじいさんは常にニコニコしていた。

 ただ、一家は庭に入るようになってからしばらくして、消えてしまった。

 「果物の食い過ぎでブクブクに太って、一家揃って病院行き」

 そんなことを誰かが言って、大人もふくめて笑っていたことを思い出す。


 花咲かじいさんは、いくつだったのだろう。

 もしかしたら、それほどじいさんでもなかったのかもしれない。

 じいさんはお盛んなようで、たまに若い女を家に連れ込んでいた。

 後になって合点がいったが、おそらく商売女だったのだろう。

 いつもニコニコしているじいさんでも、さすがに女と楽しんでいるときには邪魔されたくないようで、若い女を連れ込んでいるときは、よくわからない旗が掲げられていたものだ。

 そのときばかりは、子どもたちも(消えたずうずうしい一家の子どもを除けば)家の垣根に近づいたり、果物に手を伸ばしたりしなかった。

 もちろん、子どもたちは口さがないもので、「旗のかかっているときに家に近づくと、花咲かじいさんに獲って食われる」などと触れ回ったものだ。

 まぁ、じいさんがスケベジジイであるのが原因で自業自得ともいえるが、それにしたって、普段あれほどいろいろもらっておきながら、ひどい話もあったものだ。


 ◆◆◆


 小さな町から通えるところには大学なんてものは当然なく、高校を卒業した俺は実家を出た。

 田舎町、それでも俺の生まれ育った土地から見れば大都会にある大学、俺は国語の教師を目指して勉学に励んでいた。

 教育学部の教員が皆教育学部を出ているというわけでもなく、教育学部を出ていない教授たちは自分の専門や興味に合わせて結構好き勝手なことを話していた。

 俺はそれが嫌いではなく、教師になったときに使わないであろう分野の講義にも真面目に出ていた。

 国語科教育法講義3という講義のシラバスの冒頭は「伝承文学論」というもので、この講義では神話と伝説、昔話の話ばかりであった。

 どの分野も初等・中等教育の国語の教科書でほぼ触れられないところなのだから、詐欺みたいな講義で、教授が出席をとらない――人がいなくても「今回も皆様、全員出席していただいてありがとうございます」と必ずいうのだ――こともあって、人はほとんどいなかった。

 俺はたまに居眠りしながらも真面目に出席していた。

 

 ある日の講義で、ハイヌウェレという変わった名前の少女の話がはじまる。

 国語科教育法のはずなのに、もはや日本ですらない。

 俺は話を聞きながら、メラネシアの少女を想像する。

 惜しげもなく高価な財を周囲に振る舞う。

 まるで、故郷の花咲かじいさんみたいではないか。

 教授が続けて富の出どころについて、ニコニコしながら説明を続ける。 

 そいつは聞きたくなかった。

 必死に気張るじいさんの姿を脳裏から追い出そうとする。

 教授はうんこの話がよほど楽しいらしく、「余談ですが、有用なものを便として出すという話は日本にもありまして……」と東北の昔話を始める。

 脳裏の花咲かじいさんの尻から柿が出てくるからやめてくれよ。

 

 下ネタに俺が頬を緩めている間に、メラネシアの少女の話は急展開をみせた。

 人々の嫉妬と恐れを買ったハイヌウェレは、祭の夜に生き埋めにされて殺されてしまうのだという。

 バラバラにして埋められた遺体から作物が生じる……。

 その話に俺の脳内でニコニコしながら尻から柿を出していたはずの花咲かじいさんの顔が再び――今回は穏やかながら目が笑っていない顔が浮かんだ。

 あのたくさんの果樹は何だったんだろう。

 吐き気がした。

 俺はプリントと筆記具、カバンを乱暴にひっつかむと、逃げるようにして講義室を退出した。


 ◆◆◆


 郷里に戻って教職につき結婚してもなお、花咲かじいさんは元気に果物を配り続けていた。

 別の町出身の妻には、人からものを貰うのはやめるようにと伝え、果物が嫌いだともウソをついた。

 彼女が妊娠する前に花咲かじいさんが死んでくれてほっとした。


 じいさんは天涯孤独というわけでもなく、葬儀は遠い親戚がとりおこなった。

 更地にして売るということで、精進落としでは最後のおすそわけがおこなわれた。

 もちろん、俺は手をつけなかった。


 更地にしたら結構な値段で売れるというじいさんの遠い親戚の目論見は外れた。

 ザクロの木を掘り起こしたら頭蓋骨が、梅の木の下には骨盤が、上腕骨からはレモンが生え、胸骨一揃いに枇杷の根がからみつき……。

 多くの女たちの他にずうずうしい一家もそこで木の根に抱かれていた。

 

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