38 コドクな僕と彼女たちのコドク
僕は女性にモテない。
彼女いない歴イコール年齢なんてのは、当たり前で、そもそも女性に触れたことすら、ほとんどない。
コンビニで釣り銭を受け取るときに女声の店員と偶発的に手が触れたことをいちいちすべて相手の表情とともに憶えているなんて言えば、大抵の人間はひくだろう。業務に集中した、あるいは集中していないことに依る無表情、僕のことを嫌がる顔、笑顔はレアだ。こんな僕にひかない人間がいるのだったら、教えてほしい。ひとつひとつの経験について、ときめきとともに語ってやるから。
そんなキモい僕にだって様々な欲望がある。こんなものなければどれほど楽なのだろうと思ってもそう簡単に消すことができないのが欲望だ。
だから、アダルトサイトをひたすら見続けた。でも、そこには恋愛は当然なくて、ないからこそ余計に僕に恋愛を求めた。
コンカフェやキャバクラといったところにいけばよかったのだろうが、僕には金がなかった。まぁ、多少の金では見向きもされないだろうし、たんまり金をもっていたとしても太い客ぐらいにしか思われないだろう。だから、幸運なのかもしれない。
セット料金を支払う金にすら困る、風俗にもいけない。そんな僕にできるのは、虎の子を出して買ったアダルト動画を見続けることと、恐る恐る違法動画サイトを回るくらいだ。小さなスマホの画面の中でしか、女性は僕に肌を見せてはくれなかった。
ある年の誕生日、僕は自分へのプレゼントとして購入したプリペイドカードをチャージしようとアダルトサイトにアクセスした。
すると、アンケートの通知があった。
こいつに答えれば、なにかクーポン券やポイントがもらえるかもしれない。
助平なサイトをみながら、助平心を出して、アンケートに答えている自分がなんとも憐れで惨めだ。僕は世の人々が恋人と語らっているだろう時間をアダルトサイトのアンケート画面と対話をしているのだ。
結局、アンケートに答えても、「ありがとうございました」の一言で終わってるんだから、なおさら憐れで惨めである。
後日のことだ。
購入したアダルト動画を楽しむためにサイトにアクセスした僕はまた通知マークに目がいった。
今更クーポンでも送ってきたのだろうか、ならば、この前購入するときにくれたらよかったのに、もうチャージした金もないぜなどと思いながらメッセージを開くと【オーディションのご案内】という文言が画面に映し出された。
普段ならば、一読もせずに捨てるところだが、僕は持ち前の助平心でメッセージを開いた。
入っていたのは、恋愛リアリティ番組のオーディションに参加しないかというものだった。
天候のせいか、疲れのせいか、それとも両方か。
十把一絡げにされて雑に扱われたあげく笑いものにされるのだろうという恐れは、それでも女性と話ができるかもしれないという期待に潰された。
こうして、僕はオーディションに申し込んだ。
年齢に釣り合わない職業――アルバイトと書き込むのも、写真ボックスの取り直し回数をフルに使っても常に歪んだ笑みしか浮かべられない自分の写真を貼るのも嫌で仕方がなかったが、熱に浮かされるようにして応募書類を出した。
せめてパソコンでも持っていれば、ウェブで応募できたのだろうけれど、そこは仕方がない。片道一時間半歩いて、なるべく知り合いと出会わないような遠い郵便局に、マスクと帽子で目一杯顔を隠しながら封筒を出しにいっった。知り合いなんて、そもそもいないのに。
ほどなくして、「二次選考のお知らせ」なるものが届き、その案内にしたがって、僕は電車を乗り継いだ。僕のやっている仕事は、スマホで毎回応募する類のものだったから、いつでも暇をつくることができた。
オーディションは、面接だけだった。
シフトが組まれるたぐいのアルバイト面接でもするかのように。そう。僕がこれまでされて嫌になって逃げ出したやり方で、僕が嫌がることを根掘り葉掘りたずねられた。
僕には友だちもいないし、彼女もいないし、職歴もない。右手だけが友だちですなどと言えるほどの潔さもなければ、すかした首巻きを巻いたいけすかないプロデューサーの前で暴れる度胸もなかった。
嫌なことばかりだった。お礼と称した一〇〇〇円のプリペイドカードを帰りの駅のホームのベンチに座りながら削った。
だから、合格通知が来たときには、何の冗談だろうと思った。
◆◆◆
本当に何の冗談なのだろう?
僕は架空の名前と経歴を与えられた。
戦前から続く資産家一族の末裔にして、アーティスト。
子どもの落書きにしか見えないものが、僕の前衛的な作品らしい。
「まぁ、適当なこと言っといて、わかんなくなったらさ、芸術の解釈は君が自由にして良いんだとか言ってごまかしといてよ」
クビマキがひらひらした首巻きをねじねじといじくりながら、ねちょねちょとした笑みを浮かべた。何が面白いのか僕にはまったくわからなかった。
ハリボテの大富豪、図画工作二のアーティストは、こうして、美女たちの前にお披露目された。
お遊戯会レベルの動きしかできないハリボテ相手だ。正直なところ、期待はしていなかった。覚悟を決めていたといっても良い。ああ、自分のことを棚に上げてだ。
だから、眼の前に一〇名の美女が並んだときには、本当に本当に驚いたのだ。
顔合わせの撮影が終わったあとに、クビマキに笑われた。
「おまえ、露骨に見過ぎだから」
ねじねじねじねじねじねじ、むかつくやつだが、ここで反抗しても始まらないし、あの美女たちにもうひと目会いたい。あんな子たちが僕に笑顔を向けてくれるなんて、現世ではこれっきりだろうから。
僕はぎこちなく笑顔をつくる。口の端がひきつる感覚がする。
「ゆっくりと選べばいい。いや、選ばなくても良い」
僕はそう言われて、美女たちとの生活に入った。
R18、すなわちアダルトサイト主催の番組ゆえに、僕は性的な接触を期待していたのだが、それはないらしい。
僕は美女たちにこそ、そんなことは言えなかったが、クビマキには言ったことがある。
怒られるだけに終わった。
でも、個室に備え付けられたパソコンとタブレットでアクセスできるアカウントには、大量のアダルトコンテンツをいれてくれた。
◆◆◆
期間も明示されていないし、生活費がかからないどころか、給料までもらえる。
美女の肌に触れて喜びを感じることはできなくとも、大量の動画もある。
このまま美女に囲まれて優しくされているだけでも、ここに来る前の僕よりはるかに幸せだ。
このまま、ここを追い出されるまで過ごすのも良いかもしれないなんて思い始める。
美女といっても、当たり前だが、それぞれ個性がある。
正直なところ、どの子に誘われてもついていくに違いないのだが、それでも話し方や話の上手さ、気づかいなどで僕の中の好感度が格段にあがる子もいる。
マリンちゃんは僕のお気に入りだった。
でも、ある日、彼女は消えた。
僕のことが嫌いになったのだろうか。
話し方がすこしきつめで、苦手意識をもちはじめたチャーミーも姿を消した。
マリンちゃんの次に好きなカオリンの顔が日に日に険しくなっていく。
どうしてなのだろう。
クビマキに聞こうにも、やつは僕の前に姿を見せなくなっていた。
一人減るごとに彼女たちの顔は険しくなっていく。
僕には変わらず優しいし、僕の前ではとびきりの笑顔でいてくれる。
それでも、ふとした拍子にみせる暗い目の輝きには、どきりとさせられる。
僕だって気づかいはした。
最近、辛いことない? 何でも話を聞くよ。誰だって楽しいときばかりではないしね。
僕はさり気なく、彼女たちに問いかけた。
そんな話は聞こえなかったように彼女たちは僕に抱きついた。
良い匂いでやわらかい肌に、僕はしばしば耐えられなくなって、トイレに駆け込んだものだ。
多分、気づかれてはいないだろうが、やっぱり気持ち悪く思われたくない。
世のモテる男どもは、どうしているのだろうか。
とうとう美女の数は二人になった。
しばらく前から気づかいどころか、話しかけることすらできない。
彼女たちは、もう片方がいないときに、ひきつった笑顔で話しかけてくれる。
二人で暮らすときに何をするのか、語ってくれる。
ただ、それは一方的なものだ。
僕の返事は伝わらない。僕の答える声は彼女たちの耳には入らないようだった。
◆◆◆
ある日、僕はタキシードに着替えさせられた。
偉い人以外は結婚披露宴で着るか着ないかとった服装。結婚披露宴、僕の心のなかにほわりと浮かび上がった単語は、ピンボールの玉のように跳ね回った。
でも、連れて行かれた先は披露宴会場というよりも、コロシアムのようなところだった。
貴賓席に座らされた僕の横にクビマキがあらわれた。
やつの顔を見るのは久しぶりだった。いつものクビマキはせずに仰々しいスーツ姿だったけど、ねじねじとネクタイをいじっている。
貴賓席からは刃物を持った美女二人が相対しているのが見える。
クビマキが立ち上がり、両手をあげる。
客席にはこれまた豪華な服装の男女たち、彼らの歓声がやんだあとにクビマキは甲高い声で叫ぶ。
「愛をかけた最後の闘いです!」
クビマキのことばに観客たちは歓声で、中央の美女たちはものすごい雄叫びで答える。
美女たちが走った。
綺麗なドレスが血まみれになる。
斧が大きな胸を切り裂き、血と脂肪を撒き散らす。
指が飛んでいる。耳が飛んでいく。口が裂ける。
そして、ショートカットがよく似合うマキちゃんが、リナちゃんのワンレンを掴む。
首をかききろうとするマキちゃんの薬指と中指の欠けた――それでいて鋭利なナタをしっかりとにぎりしめた――手にリナちゃんが噛みつく。
絶叫するマキちゃんに頭突きをしたリナちゃんは髪を振り乱しながら、手にした斧でマキちゃんを殴り続けた。
血が飛び散り、歯が飛び散り、目がぽろりと落ちたとき、ようやくリナちゃんは斧をおろした。
二人の大男が僕の両脇に立つ。
そのまま、連行される宇宙人のように僕はコロシアムの中に連れて行かれる。
うつむいて肩で息をするリナちゃんの顔はワンレンで隠れて見えない。
ひゅーひゅーという呼気をはさみながら、彼女は僕に呼びかける。
「私の愛しい人、ずっと一緒だよ。二人で幸せになろうね」
クビマキが僕について語り始める。
僕の経歴がすべて偽りであること、資産がいつわりであること、本当はアルバイトであること、コロシアムの上の大スクリーンにはエロ動画を見ながら呻く僕の姿が映し出される。
ひゅーひゅーという呼気があぁーあぁーといううめき声に変わる。顔を覆い隠したワンレンの奥から黒い黒い目が一つ刺すような視線を投げかけてくる。
リナちゃんが後ろにはねのけるように首をまわす。彼女の顔は、以前の美しい顔ではない。
ところどころに傷がぱっくりと空いた顔、爛爛と輝く目は片方潰れ、怒号をあげる口は裂けている。
リナちゃんが斧とナタを拾った。
血走った目が僕をとらえる。切られて裂けた口からは血と怒号がほとばしる。
会場から大歓声をあびながら、彼女は僕に突進してくる。
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