33 旅は道連れ
母方の実家は、土葬の習慣があったそうだ。
俺は亡き祖母の話を思いだす。
ばあちゃん、俺がちんけな悪党になってしまったと知ったら、嘆くだろうな。
机の上の菓子盆、びびる妹が脳裏に浮かぶ。俺は怖くはなかった。
祖母の話は面白いものばかりだった。
とりわけ、あれは……。
◆◆◆
土葬の習慣は、祖母が若い頃にはまだ見られたという。
「ホトケ様になっても、身体もあるし、寂しかろう言うてな、ホトケ様が生前いつも使うていたものを入れてやるんじゃ。でもな、気をつけないといけんことがあってな……」
祖母はにっと笑う。笑うと、たまに入れ歯が外れそうになる。
こういう話し方をするときの祖母は、大抵、怖い話をする。
だから、妹はびびり、俺はわくわくする。
「たとえばな、ばあちゃんが死んだときに、タッちゃんやリィちゃんのハンカチとか間違って入れてしまうとな……」
祖母が死ぬということは、あのとき、考えられなかった。
「死んだばあちゃんは、寂しくなってタツヤとリナをお墓の中に引っ張り込むんよ!」
こういうときの祖母は、今思うと、結構悪ふざけをしていたようで、必ず妹の足首をさすったりしたものだ。
祖母の演技力はなかなかのもので、冷たい手に触れられると、俺だって少しだけビビったものだ。
◆◆◆
昔々、本当にあったことさ。
ばあちゃんがリィちゃんくらいのころな、ばあちゃんちの隣に、しわしわの婆さんが住んでおった。
今のばあちゃんよりもしわしわでな、梅干しみたいだったよ。
この婆さんの孫の中に、絵がたいそう上手い子がおった。
マサシにいちゃん言うてな、東京の美大に通っている絵描きの卵だったんよ。
ある年、マサシにいちゃんは、婆さんの絵を描いてやったんだそうだ。
婆さん、それはそれは喜んでな、玄関に飾って、来る人来る人に自慢してたよ。
ばあちゃんも隣に住んどったからな、もちろん見たさ。
「ハツコちゃんや、マサシの描いた絵を見てくれな。誰を描いたか、わかるかい」
隣の婆さんは、お茶とお菓子を用意してくれてな、「モデルは動かないでと言われるから辛かった」、「あたしみたいなのを書かないで、もっと
孫が好きで好きでたまらんかったんだろうなぁ。
ばあちゃんもな、タッちゃんとリィちゃんを食べてしまいたいくらいに大好きだから、ようわかる。
そんな婆さんもある日、ころりと死んじまった。
なんで死んだかは、子どもだったばあちゃんにはわからなかったけど、まぁ、しわくちゃの梅干し婆さん、年だったんだろうね。
葬式はにぎやかで楽しかったよ。
ご馳走もたくさん出たしな。
いざ埋めるときに、自慢の絵を一緒に埋めてやることになったんだよ。
絵というのは、残しておくものなんだろうけれどな、毎日毎日、孫の自慢と絵の自慢を欠かさなかった婆さんだからな。
ホトケ様になっても、自慢したかろうということになった。
マサシにいちゃんも、それが良いというもんで、埋めることになった。
翌月もな、葬式があったんよ。
そう、マサシにいちゃんの葬式よ。
マサシにいちゃんが描いた絵だから、マサシにいちゃんのものということになったんだろうかねぇ。
婆さんは、いくら寂しかろうと、大事な孫のマサシにいちゃんを連れていきたいとか思わないだろうにねぇ
ホトケ様のものさしというのは、人とは違うし、だから、絵もマサシにいちゃんのものということにしてしまったんだろうなぁ。
怖いなぁ怖いなぁ。
◆◆◆
祖母の膝にすがりつく妹と、妹を優しく撫でる祖母の姿が脳裏から消える。
続いて、脳裏に映ったのは先月の光景だ。
山の中、俺は後輩たちに手伝わせて、男を一人埋めている。
あいつは仕事の競争相手で、とにかくいけすかないやつだった。
俺がやっとこさ開拓した取引先を、ゲスな手口と根も葉もないウワサ話で潰して、もっていく。
抗議してもぎゃーぎゃーとわめいて、「ぶち殺すぞ」とイキリ倒す。
煮え湯を飲まされ続け、腸の煮えくり返るような思いをさせられ続けたら、我慢の限界だ。
だから、埋めることにしたんだ。
だいたい、あいつは日頃から「ぶち殺す」、「埋める」、「吊るす」と言い続けてきたんだ。
俺は命の危険を感じまくってしまって先に埋めたわけで、正当防衛と言っても良い。
あいつは泣き叫んでいた。
てめぇだって、誰かをぶち殺したり、埋めたり、吊るしたりしてきたんだろう。
往生際が悪いったら、ありゃしねぇ。
心底、腹が立ったので、生きたまま少しずつ埋めてやることにした。
土に埋まっていないのが、あいつの首だけになったあたりで、俺はゆっくりとタバコを吸った。
それでも腹も括らず、命乞いするんだもんな。
あんだけ、イキリ倒しておいて、どうなんだよ、それ。
鼻水と涙で土を溶かして顔に貼り付けた薄汚いあいつの顔。
俺は、ゆっくりとタバコをあいつの額に押し付けて、消す。
そのあと、思い直して、火をつけ直して、やつの頭の上に放り投げてやる。
そして、小さなショベルで少しずつ土をかけてやった。
ギリギリまで後悔し、恐怖に怯えるようにな。
◆◆◆
脳裏から映像が消える。
俺は次々と映っては消えていった脳内の劇場から、現実に目を向ける。
それにしても、理不尽だろう。
あいつが、俺の吸いさしのタバコを握りしめて、俺の足元に座っていやがるなんて。
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