28 ころんと落ちる夢

 夜中にふと目が覚めるんだよ。

 目が覚めるんだけど、身体は動かなくてさ、あ、やばい、これ金縛りってやつだって思うわけよ。

 そうすると、横に人の気配がしてさ、これって絶対やばいやつがいるだろ。

 だから、目ぎゅっとつぶって布団の中に逃げ込もうとするんだけどさ、やっぱり身体は動かない。

 でも、目だけが勝手に開くんだよ、開けたくないのに。

 開けた瞬間に後悔しかねぇよ。だって、俺の横に女が座っているだもん、それも白装束で。

 女の後ろに白装束の一団がやっぱり座ってて、みんな、俺のこと見てるわけよ。

 もうここまでで気味悪さマックスだろ。

 でも、まだ続くんだよ、一斉に首がごろんと落ちるんだよ。やめてくれよ、本当に。

 先頭に座ってた女の首がさ、俺の眼の前まで転がってきて言うんだ。

 「ねぇ、お願い」ってさ。


 ◆◆◆


 「そこで、ようやく目が覚めるんだけよ。これがな、ここのところ、毎日なんだよ」

 塗ってるんじゃないかと思うくらいのクマの理由を僕は理解する。

 普段は僕に話しかけてこない高田がわざわざ心霊研究会にまでやってくる理由もだ。

 「毎晩あるけれど、今のところ、実害はないだろ」

 なにか言いかけた高田を制して続ける。

 「いや、すでに君の生活に支障をきたしていることを否定するつもりはないよ。僕が言いたいのは、白装束たちは何かを君に求めているんじゃないかってことだよ」

 もちろんじわじわと呪い殺していくという可能性はなきにしもあらずだが、それだと「ねぇ、お願い」ということばと整合性がつかない。

 「だったら、はっきりと要求を言えよな」

 そんなことを僕に言われても困る。

 「とはいえ、首が落ちるというのにもなにかのメッセージ性はありそうだし、そこらへんから調べてみようか」

 「えっ、俺も?」とはどういう了見なのだろう。

 面白いから調べることにはやぶさかではないが、当事者のおまえがのほほんとしていてどうするつもりなんだよ。


 ◆◆◆


 地域と「首が落ちる」ということに注目してみると、比較的ローカルな怪談が見つかった。

 高田はサークルの部室で突っ伏しているだけで役に立たない。

 廃部寸前の人のいないサークルで本当に良かったな。

 人がいたら、勝手に上がり込んで、なにもしないでいる、若ぬらりひょんみたいなおまえは許されないぞ。

 

 僕はネット上で見つけた近所を舞台にしたとおぼしき実話怪談を整理していく。

 いくつかの異伝はあるけれど、必ず出てくるのは「開かずの踏切」と「列車事故」だ。


 K高校の近くには開かずの踏切があった。

 迂回路はあるけれど、迂回路を使うと踏切待ちと変わらないくらいの時間がかかるから、皆、文句を言いながら待っていたらしい。

 ある日の夕暮れ時、部活帰りの女子高生一団がここを通った。

 先頭組は運良く踏切を通れたが、後ろの二人の前で踏切が閉じてしまった。

 よくあることなので、「また明日」となるのだが、この日に限って、どうしても伝えたいことがあったらしい。

 今なら、スマホでなんとでもなるが、そういうものがなかった時代だ。

 大きな声で伝えたいことを叫ぼうとしたらしい。

 とはいえ、踏切はけたたましい音をたてている。

 少しでも相手に伝わるようにと、身を乗り出したところに運悪く列車が通った。

 身を乗り出した女子高生は頭をひっかけられるようにして飛ばされた。

 遺体は数メートル先で見つかったが、頭部だけは見つからない。

 どこかに飛ばされたのか、それとも肉片になったのか。

 ただ、それ以来、時折、何かを探すように地面を這い回る女子高生が見られるようになったらしい。

 声をかけると、その女子高生は振り返る。

 暗がりでわからなかったが、その首はなく、声をかけた者は首をもがれるのだという。

 異伝では、その事故を境にようやく歩道橋が架かったというものもあった。


 よくありそうな話ではあるが、やはり、気味の悪さがある。

 落ちた首を探して歩き回る姿を想像しているときに、高田が「ひっ!」という短い悲鳴とともに目を覚ました。

 いきなりこういうのは、心臓に悪いから、やめてほしい。

 「お前もびびった?」とかこいつはこの期に及んで何を言っているのだろう。


 僕は高田に怪談を説明する。

 「で、どうしたら良いんだよ?」

 高田はどういうわけか偉そうだ。

 自分で考えろといって、部室の外に追い出そうかと思ったが、なんとか思いとどまって考える。

 「うーん、首を探しているわけだから、首を見つけてあげて弔ってやるしかないんじゃないかな?」

 「でも、そんなもの見つからないだろ?」

 たしかに高田のいうとおりだ。

 ただ、それについてはなんとかできそうな気もした。

 「呪いをかけるときに人形を使うように、呪術というのは模倣で働くものもある」

 怪訝な顔をする高田に説明をしてやる。

 似たものを用いれば、それは呪術的にはニアリーイコールで結ばれるということなのだ。

 どこまで、理解したかはわからないが、まぁ、スマホと一緒だ。

 原理はわからなくても、使えれば良い。

 僕は高田に用意するものを伝えた。

 

 ◆◆◆


 結構時間を深夜にしたのは、目立ちたくないからだ。

 踏切は今でもあるし、相変わらず開かずの踏切ではあるが、貨物線が通らぬこの路線だ。深夜に「開かずの踏切」となることはない。

 深夜ならば人もほぼ通らないし、車が万が一通ったとしても素通りしていくだろう。

 線路脇でマネキンの首とおそなえものをもった不審者として通報されるのは避けたい。


 あらかじめ用意させた花束と厚手のソックスと百均の化粧品を線路脇に置かせる。

 「なぁ、気持ち悪ぃから、はやくすませてくれよ」

 マネキンの首をかかえた高田が僕を急かす。

 どこまでも人任せな高田に手順を指示する。

 「あなたの首を見つけました。ここにお返しします。首とともにお帰りください」

 ひざまずいた高田がマネキンの首を置いたときに、カンカンと警報機の音がけたたましく鳴り始めた。

 どうして? 

 深夜にここを列車は通らない。

 間違ったのか?

 ひざまずいた高田は首根っこを誰かに押さえられているかのように突っ伏し、そのまま線路に引きずられている。

 向こうから電車がやってくる。

 高田が足をばたばたとさせる。うっすらと見える首のない制服姿の女子高生。

 僕は自分の目を覆い隠すことしかできなかった。

 警報機の音が鳴り響く中、まぶたと指で覆い隠してなお目をさすような光が走った。


 ◆◆◆


 気がつくと、僕たちは暗がりの中にいた。

 高田の頭は、無事だった。

 踏切の遮断器は上がったままだったが、高田は確かに線路まで引きずられていた。

 やつのいる位置と、土の上に残った爪のあとがそれを示していた。

 僕らは顔を見合わせた。

 「多分、大丈夫だったんだと思う」

 僕のかすれた声に、高田の口が絞り出すようにありがとうと返した。


 ◆◆◆


 結果は大丈夫ではなかった。

 高田は数日後、工事現場の横を通っている際に上から落ちてきた建材にあたって死んだ。

 建材は、高田の首をきれいに押し潰したという新しい怪談ができつつある。


 僕は間違っていた。

 たまに枕元で見つめる男女がいるかもしれない。

 それに反応してはならない。徹底的に無視しなければならない。

 僕は首筋を撫でる。

 鳥肌がたっている。

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