25 手紙を拾う

 郵便受けを開ける。

 封筒が雪崩を起こす。

 ダイレクトメールも多少は混じっているが、大半は違う。

 宛名のない手紙を拾ってはいけない。


 ◆◆◆


 ある日、道端に一通の封筒が落ちていた。

 よせばいいのに、私はそれを拾ってしまう。

 少し前に配達員が配達物を捨てるという事件があった。それに巻き込まれてしまった私にとって、道端の封書は他人事ではなかったのだ。

 もう一度、ポストに入れてやればいいのだろうか。

 近いのなら直接入れてもいいかもしれない。

 そんなことを考えて封書を見返すと、宛名がなかった。

 

 宛名がない。差出人もない。

 それなのに、切手が貼られていたし、消印まで押してあった。


 そのまま郵便局にもっていけばいいものを、私はそれを開いてしまう。

 中には薄桃色に桜の花びららしきものが何枚か描かれた綺麗な便箋が一枚。

 

 「届け先、これであっているかな?」

 から始まる手紙であった。

 

 なんとも気味が悪い。

 封筒を見つけた時にわきおこった親切心は一瞬で霧散する。

 封筒を捨てようとしたところで、先程まで何もなかったはずの封筒の表に自分の名前と住所を発見してしまった。

 封筒の端が汗でふやけた。


 ◆◆◆


 翌日から手紙が届き始めた。何通も届くようになった。

 見知らぬ相手が、私と最近行ったところについて語る。

 ただのでたらめであったら、気にもとめなかっただろう。

 本当に私と一緒にいたとしか思えないような内容なのだ。

 たとえば、「先日、一緒に行ったデパート楽しかったね」で始まる手紙。たしかに手紙に書かれた日付に私はデパートに行っていたし、そこで一着シャツを仕立てたのだ。


 受け取り拒否のやり方をネットで調べた。

 受け取り拒否する旨を朱書きし、ポストに投函すれば良いらしい。

 何通か、実行してみた。

 しかし、効果がない。

 

 手紙は届き続ける。

 この前は、私の幼い頃の思い出を語られた。

 この話を知っているのは両親くらいだ。

 当然、実家に電話した。

 万が一、イタズラだったら、家族であっても許さないぐらいの剣幕で捲し立てた。

 母が当惑しているのは声でわかった。

 父にも確認をしてもらったが、当然、父も知らないということだった。


 「仕事、忙しいの?」

 母の心配そうな言葉に、つっけんどんな答え方をしてしまったことは申し訳なく思っている。


 ポストではなく、郵便局に直接行った。

 送り主のない郵便物は配達しないように頼んだ。

 翌日届いた封書には切手も消印もなかった。

 

 警察に相談をした。

 「……と言われましても、とりたてて実害のない段階ですから、少し様子を見るということでいかがでしょうか」

 「若い女性や作家さんやタレントさんならばともかく」と苦笑いされた私は拳をにぎりしめるしかなかった。

 ぶつけようのない怒りで火照った私の顔を冷やしたのは、郵便受けからはみ出さんばかりに詰め込まれた封書の山だった。


 私は手紙を読まずに捨てるようになった。

 すると、封書は葉書へと変わった。


 ――どうして読んでくれないの?


 赤でびっしりと懇願と呪詛の書き連ねられた葉書を私は捨て続ける。


 数日経って、葉書がぴたりと止んだ。

 その代わりに一通の大型の封筒が届いた。

 封筒に触れたときに緩衝材のような手触りがした。しかし、中を開けてみると、それは髪の毛らしきものだった。

 大量の毛髪らしきものだけが封筒にぱんぱんに詰められていた。


 もう耐えられない。

 私は数着の着替えと仕事用のPCだけを詰めて部屋を出た。

 家から離れたかった。

 幸いなことに職場の近くのビジネスホテルに部屋が取れた。

 

 ユニットバスで熱いシャワーをかぶると少し落ち着いた。

 着替えた私は夕食を取りにいこうとドアを開けた。

 ドアが何かにぶつかった。

 視線の先にあったのは箱。

 胸元に抱えられるくらいの段ボール箱が部屋に置かれていた。

 箱はがさがさと動くと、ゆっくりと開いた。


 ◆◆◆


 「来ちゃった」

 箱の中の生首が微笑む。

 私が逃げる先は、窓しかない。


 翔べ。

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