24 エンキリサマ

 運というものがあるならば、わたしには男運がまったくない。

 沙知子さちこに言わせれば、運以前に見る目がないというが、つきあったあとにどうなるかなんてのは見通せないのが普通だと思う。


 ◆◆◆

 

 今の同棲相手は大学の時からの付き合いだ。

 学生時代は輝いていた。

 会社でパワハラを受けなければ今でも輝いていたと思う。

 達央たつおは悪くない。

 でも、今の達央は甲斐性なしのヒモだ。わたしの稼ぎを使って遊ぶヒモ。

 断ち切ろうとしてもべったりとまとわりついてくるどろりとしたヒモ。わたしを縛るヒモ。


 久しぶりに沙知子と会った。

 「達央くんはまだダメ?」

 わたしはうなずいて、もう限界かもと告げる。

 沙知子は目を伏せる。

 「エンキリサマって知ってる?」

 隣の県の小さな神社、祀られている神様の名前もよくわからないが、エンキリサマという呼び名が定着しているという。

 呼び名の通り、願えば必ず縁を切ってくれるという神様。

 「達央くんと別れたくても別れられないなら、試してみれば?」

 沙知子はそういった後、付け加える。

 「でもね、エンキリサマは察してくれないというから。ちゃんとした言葉にしないといけないよ」


 ◆◆◆


 レンタカーを運転して、エンキリサマのある場所へと向かう。

 街頭のない真っ暗な道をわたしは走る。

 着いた場所は寂れた神社であった。

 何か出そうなとても気味の悪い場所。

 沙知子に言われた通り、わたしは境内をくぐり、反時計回りに境内をまわる。

 九周したところで、手を合わせる。

 「今同棲している達央と縁を切らせてください」


 帰り道、スマホが鳴った。

 学生時代の男友達、達央とわたしの共通の友人からだった。

 「みっちゃん? 落ち着いて聞いてほしい。達央が死んだ」

 急ブレーキを踏んだ拍子に耳にかけていたイヤホンがとんだ。


 ◆◆◆


 友人と飲んでいた達央は駅のホームで酔っ払いにからまれた。

 もみ合いになって、達央はホームから突き落とされた。

 そこに電車が入ってきて……。

 達央が轢かれた時刻は、自分がエンキリサマの社にいたときだった。

 どうしようもないヒモだったけど、悪い男ではなかった。少なくとも死ぬほど悪いやつではなかった。

 それにわたしは達央が好きだった。

 口に入った涙と鼻水はとてもしょっぱかった。


 ◆◆◆


 男とは金輪際つきあわない。

 わたしはそう決めた。

 でも、不思議なことに悲しみというのは癒えるものなのだ。

 愛した男をうしなっても、再び恋に落ちる日はきてしまう。

 そして、わたしの男運は相変わらず悪いままだった。


 付き合い出した頃はあれほど優しかった正男まさおはわたしに手をあげるようになった。

 なぐられて歯が折れた翌日、わたしは歯医者に行かずにエンキリサマに向かった。

 「今の同棲相手、正男と縁を切らせてください。でも、あの男が死んだりしませんように」


 帰ったわたしを正男が待っていた。

 エンキリサマと心の中で叫んで、逃げる。

 追ってくる正男を制してくれたのは一人の青年だった。

 その青年、雅司まさしは輝いて見えた。顔立ちの美しさもあって、天使のようだった。

 

 なぜ、わたしは恋に落ちたのだろう。

 どうして、雅司が輝いて見えてしまったのだろう。

 その輝きは幻でしかないことに、どうしてわたしは気がつけなかったのだろう。


 雅司は嫉妬深い人だった。

 会社の同僚からの連絡で、雅司の美しい顔は歪む。

 外を歩いていると、天使は鬼へと変化する。

 わたしがすれ違った男に色目を使ったと鬼は言う。

 「君には家事という仕事があるじゃないか」

 仕事はすぐにやめさせられた。

 「どうして君はこんなこともできないの?」

 家にいればいたで、自分のいたらないところを延々と指摘される。

 この人はわたしの何が好きで一緒にいるのだろう。

 この人はわたしに何をしてほしいのだろう。

 スマホを取り上げられたところで、わたしは我慢できなくなった。

 雅司の出張のときにわたしはレンタカーを走らせる。

 もちろん、向かう先はエンキリサマの社だ。

 「今一緒に住んでいる雅司、あの男と縁を切らせてください。もちろん、雅司が死んだりすることのないように」

 どうして、わたしは男運に恵まれていないのだろう。

 涙があふれでた。

 「……そして、金輪際、別の悪い男たちとも縁が切れますように!」

 

 「美千代よぉ」

 わんわんと泣きながら、レンタカーに戻ろうとするわたしの名前を暗がりから呼ぶ声がした。

 そこには鈍く光る刃物をさげた正男がいた。

 涙でぐしゃぐしゃになった自分の顔が正男のナイフに写った。


 ◆◆◆


 小さい頃、大好きだった父はわたしたちを置いて蒸発した。

 初恋の相手は不良とよばれる子だった。

 高校生のとき、つきあった相手は別れた後にストーカーになった。

 ああ、誰も彼もみんな……。

 そうか。わたしがいなくなれば、この世の悪い男どもと縁が切れるというわけか。

 男どもの顔が流れていく。

 正男の血走った目に血まみれのわたしの姿が映る。

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