21 送りつけ商法
チャイムの音で外に出ると、段ボール箱を持った青年がいた。
宅配便だという青年からダンボールを受け取り、受領のサインをする。
送り主は聞いたことのない会社であった。
家族宛ての荷物かと思いきや、そうでもなかった。
「送りつけ商法ってやつかね?」
私の言葉に妻が顔をしかめた。
代引きならばわかるが、代引きではなかったのだ。
それも妻の顔をしかめさせる原因だったのかもしれない。確かに気味が悪い。
◆◆◆
ダンボールの中身は一冊の古い本、過剰包装も良いとこだ。
図書館の品物だろうか、本の背表紙には三列の数字が記されたシールが貼られていた。
黒瓜阿連『実践 怨嗟の声のための呪術入門』147/25/18。奥付はなく、まるで私家版のようであった。
「なに、このタイトル、気味悪い」
妻は顔をそむけると、寝室に行ってしまった。
確かにそのとおりだ。パラパラめくると、題名に偽り無しで、すべてが人を呪う方法の本だった。
さすがに精読する気はしないが、なんとなく気になって書斎に放り込んでおいた。
数日後、再び段ボール箱を持った青年がチャイムを押した。
中身はやはり本だった。あいかわらずシールの貼られた私家本であったが、この前のような気味の悪いものではなかった。
伊貫洋人『喫肉球道』792/13/11。
辞典のような分厚い本で、犬猫の肉球の香りを楽しむ遊戯について書かれているものらしかった。
面白そうであるが、ぱっと見る限り、どうにも読みづらい文章であった。とりあえず、書斎に放り込んでおく。机の上には二冊の奇妙な本が並んだ。
その後も、数日おきに本は届いた。
妻が気味悪がって、受け取り拒否をした。
すると、置き配された。
ドアを開けると、ひっかかる段ボール箱。
◆◆◆
置き配が続く中、妻がいつもより高い声で私に告げた。
「なんとかして!」
そう言われても困る。
気味の悪い本は最初の一冊だけだったし、私は気にしていなかった。
ただ、妻の声がいつもより高いときは従わないと面倒なことになる。
待ち伏せて、置き配しているやつをつかまえた。
「君、何をしているのかね? 受け取り拒否をしたものを置いていくのは、もはや不法投棄と言わざるをえない。警察に通報されたいのかね」
帽子を目深にかぶった若者に問い詰める。
「ゴホンゾマイラスル。カミノミコトオクリゾマイラスル。メサレテトドケヌハ、キネンゾカエルベク」
気味の悪いおかしな言葉が若者の口から出てくる。
それでも、私はめげずに話を続ける。
「君に依頼した業者のところに戻せば、良いだけだろう。私は必ず受け取りを拒否するから、君はわざわざここに来なくても配達したことになるし、私たちも気味の悪い思いをしないですむ。お互い、そのほうが得だろう?」
「イナビタマフハ、ミサキク。ユエ、ゴホンゾトドケマイラスル」
若者はよくわからない言葉を吐き散らす。
目深に被った帽子に隠れがちな目は白目をむき、口の端からは泡が流れ続けていた。
私はそれでもなんとかして返そうとドアの前に置かれた段ボール箱を抱える。
「しかし……」
私が段ボール箱を若者に返そうと思ったときには、若者は消えていた。
通報したほうが良いかもしれない。
私は届けられた本を証拠品として書斎の机の上に積んだ。
その後はチャイムすら鳴らされなかった。
気がつくと書斎の机には一三冊の本が積まれていた。
通報する前に誰かに相談しようと思った。
こういうときにはあいつに相談するのが良かろう。
知り合いに、本の虫がいたので呼び出す。
常に活字を追っていないと気がすまない質の男で、ジャンルにこだわりなく本を読み続けるようなやつだ。
この手の気味の悪い話にも詳しいかもしれない。
◆◆◆
本の虫、多田は図書館の本を片手に現れた。
「自分でも買うけど、さすがにそればかりだと置き場所も金もなくなるからさ」
多田は聞いてもいないのに、言い訳めいたことをいうと、着席する。
コーヒーを注文するとき、背表紙をつい見てしまう。謎の〈図書館本〉のせいだ。
ニグラ・プローボ『フンダ・ヒムノ・エン・エスペラント』999.1/19J/プ
「なんだ、エスペラント語でも勉強しているのか」
私の言葉に多田は「そんなところ」と答えた。
多田が手にした本をもう一度ながめる。何か気になる。
「君はエスペラントとか興味無いだろ?」
たしかにエスペラントに興味はない。自分のなかでのもやもやしたものが焦点化する。
「中身じゃなくて、シールが気になったんだよ」
私は一冊だけ持ってきた本を机の上に出して、多田に見せると最近身の回りで起こっている気味の悪い出来事について話をする。
「で、これだよ。図書ラベルかと思ったけど、なんか違うよな?」
私の言葉に多田がうなずく。
「確かに分類表に沿っているかのように見えるけど、これだと図書館に並べにくいな」
本好きが高じて司書の資格まで取った男の講釈に耳を傾ける。
図書ラベルの書き方、一段目こそ分類記号を書くことが一般だが、それ以外は図書館ごとに違うのだそうだ。
数字だけだと、二段目以降があらわしにくいから、アルファベットやカナを使って著者の名前とかを書くのが一般的らしい。
「たとえばさ、このラベルの一段目はエスペラント文学、二段目の数字はたぶん受け入れ順かなにか、Jは和書ということを意味するんだろう。三段目のカナは著者名かな。著者がニグラ・プローボだからプ」
固く閉じられた本のシールだけを見せて、多田が説明する。
「じゃあ、これは何なんだろう?」
謎の数列が並んだ本を掲げた私に多田は首をかしげてみせる。
しばらくの沈黙の後、多田が口を開いた。
「本に関わる数列ならさ、ページ、行、何文字目とかじゃないかな」
言われて、その規則にそって文字を探してみる。
150/12/20
一五〇ページ目の一二行目。
「のように問いの建て方自体に問題がある。殺すなかれという命令文で……」
三列目の数字は二〇だ。数えながら指さしていくと、指は「殺」の上でとまった。
「なんかいきなり物騒な文字出てきちゃったね」
多田が頭をかく。
とはいえ、一冊の本ではわからない。
私は多田に礼を言うと、別の話を始めた。
久しぶりの再会だ。
酒を酌み交わす約束をしていた。
◆◆◆
翌日、昼過ぎになって、多田の言葉を思い出した。
机の上に並ぶ十三冊の本。私は案外几帳面な正確で、届いた順番に並べてあった。
一冊目から多田の暗号解読法で文字列を探していく。
「き」「づ」「い」「た」
今のところ意味が通る。多田の解読法は正解の可能性が高い。
「お」「ま」「え」「を」
ここまできたところで、背筋に嫌な汗が流れた。えんぴつを持つ手も汗ばんでいる。
次に来るのは昨日持ち出した本で、「殺」の文字がくるのだ。
「し」「に」「い」「く」
心臓が痛む。
「きづいたおまえを殺しにいく」
突然、チャイムがなる。
心臓が破裂するのではないかと思った。
私は大ぶりのペーパーナイフを片手に玄関に向かう。
恐る恐る開けると、外には誰もおらず、いつもどおりの段ボール箱。
震える手で段ボール箱を書斎に運び込むと、開く。
中に収められていたのは革で装丁された本だった。
本を持ち上げた私の手に生暖かい空気が吹きかけられた。
私は本を裏返して、生暖かい空気の原因を探る。
原因はすぐにわかった。
「あぁあ!」
なめされた人の顔、表紙の眼球のないまぶたがこちらを見ているかのように動く。
茶色く押しつぶされた唇が動く。
「お前もこうなるさ」
◆◆◆
月曜日は休館日だから嫌いだ。
火曜日になって、私はうきうきとして図書館に入る。
開架図書の背表紙を見ながら、歩いていると、先日会った友人のことを思い出した。
そういえば、結局どうなったのだろう。
メールを送った。
返事は返ってこなかった。
友人の名前は新聞で見つけた。
行方不明になったそうだ。
置き配ボックスは叩き壊した。
それでも、来る時は来てしまうのだろう。
本は好きだが、届かないで欲しい本もある。
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