12 底辺配信者の俺がS級廃村に行ったらバズって人生■わった件
俺と健太は廃墟や廃村の探索を生業としている。
生業と言っても、別に金目のものを漁っていたりするわけではない。
【ジョイケンの廃れたとこイってみよ】というチャンネルで動画配信をしているのだ。
一応、ギリギリ収益化はできているが、それだけで食っていくなんて当然できなくて、俺たちは時間に融通のきく仕事もしながら、なんとか生き抜いている。
レストランの人間も、気まぐれに受け取りに出てくる配達先の住人も植田丈一がジョイだということにも、先島健太がケンだということにも気づきやがらない。
くそったれ、死ね。いつか俺だってこれくらいのマンションに住んでネットでうまくもない飯注文して、SNSでぼやいてやるさ。
配信チャンネル・コミュニティへの書き込みをチェックしていると、視聴者からのリクエストがあった。
X県Gのあたりに地図には載っていない村があるという。
そここそが、かつてインターネット上で報告された「巨頭オ」だと思うので確かめてほしいという。リクエストと一緒に送られてきた数秒の動画からはなんともいえない気味悪さがにじみ出ていた。
どう思うと聞いた俺に、健太は「行くしかないっしょ」と笑った。
ライブ配信で一本、あとでそいつを少し編集して一本、ショート動画で見どころを作ってチャンネルに誘導をねらう。撮れ高の望めそうなネタなのだ。
多少遠くとも行くしかない。聞く前から俺たちの意見は一致していたわけだ。
「ガソリン代は割り勘な」
俺は念を押した。
◆◆◆
運転する俺の横で健太がしゃべっている。
サービスエリアで飯を食べるあたりからライブ配信をはじめたのだ。
「最後の晩餐」といって健太がおどけてそのサービスエリアの名物だという肉入りうどんをすするのを俺が撮影したり、俺がわしわしとカツ丼を食べるところを「はいお約束のカツ丼タイムです!」と健太が撮影したり。いつも通りだ。
もちろん、いつも通り、反応はほとんどないし、視聴者もそもそもいつも通りに少ないが俺たちは、それでもいつも通りテンション高めで臨んだ。
「はいっ! ナビ! やばいです、ナビ! ナビでは何もないはずなのにトンネルがあります」
健太はナビにスマートフォンを向けた後、フロントガラスの先にうつるトンネルを映す。
まだ昼過ぎだというのに、トンネルの周囲は薄暗い。
「この先に地図にない村があって、僕たちは巨頭オで追いかけられてしまうのでしょうか! うわっ、まじこえーよ!」
健太の大声に「やめろよ、こっちまで怖くなってくるだろ」と返す。
「はい、ジョイさん、相変わらず塩対応ですねってコメントが入っています。塩じゃないんだよ、こいつ、ツンデレだから」
俺たちは少ない観衆の前で演技を続ける。
アクセルを踏み込むと軽自動車がすぅーっとトンネルの中に入っていく。
「トンネルの中で誰かが突然窓にはりついてくるんじゃねぇの? うわ、やべぇ、まじやべぇ」
健太の大げさなリアクションとはうらはらに、俺たちは何事もなくトンネルを抜けた。
さすがにここでなにかにあったらバズること間違いなしだろうが、そのようなことがないから俺たちは今の地位なのだ。それくらいには、すれている。
すれているからこそ、期待していないものが出てきたときの衝撃は大きい。
「えっ、まじ、うそ? ちょっ、なに?」
先に声を出したのは俺だった。
トンネルの先には本当に集落があったからだ。
ナビではここは山の中で何もないはずなのに。トンネルだけでもおかしな話だが、集落まであるなんて、狂っている。素晴らしく狂っている。
集落の入り口にあたるところには擦り切れた看板が一つ立っていた。
【よ■こそ■■■■の里■】
肝心の集落の名前はわからない。
看板の前で車を停めて外に出る。
手足をぐっと伸ばす俺の横で健太は看板に顔とスマートフォンを向けていた。
「まじ読めないっすねぇ、でも巨頭オっぽいことは書いていないようです。さぁ、ここはどこなんでしょう?」
健太にハンドサインでスマートフォンをよこせと伝える。
車から降りた後はテンション高めの健太を俺が撮影するというのが基本だ。
「はいっ! じゃあ、ケンが先に行くよぉ。誰か、お話聞かせてくれる人いないかなぁって思いますけど、頭でかい人とか出てきませんように!」
健太が集落の入口近くの家の前で立ち止まる。
二一世紀になるのに戸の隙間から土間が見えてしまう家だ。
埃と蜘蛛の巣まみれで人が住んでいるのかそれとも空き家なのか、判断に困る荒れ具合である。
健太が片手をあげると手首をふった。いかにもおっさんくさい挨拶。
【はい、いつものおっさん、突撃、隣の廃墟笑】【笑笑】
常連のコメントがはいる。
「おっじゃましまぁーす! どうもー! 動画配信やってますジョイケンの……」
急にカメラから健太の姿が消えると、短い悲鳴が聞こえた。
動物を叩いたときのようなものであったが、声は健太のものだった。
俺は後退りする。
中から黄色く光る大きな眼がこちらを見つめていた。
気がつくと、俺は車の中だった。
バックで戻ってきたのだろうか。眼の前にトンネルが見える。
左手には撮影に使ったスマートフォンを握りしめていた。
ライブ配信は途中で切れていたようだ。
俺は恐る恐る動画を再生してみる。
黄色く光る眼の下に不釣り合いに小さな体が映っていた。
俺はクラクションを鳴らした。
トンネルの中に無数に光る黄色い眼。
俺は健太を見捨てて逃げた。
◆◆◆
皮肉なことにあのライブ配信は驚くくらいの視聴者を呼び込み、アーカイブはバズった。
チャンネル登録者と再生数は恐ろしい勢いで増えていった。
健太は帰ってこない。
そのことについて説明をした動画は「仕込み」「やらせ」というコメントでボヤと呼ぶには少し大きめに燃え上がりながらも再生数を稼いでくれた。
過去の動画も一気に再生数が伸びていく。
俺は配達のバイトをやめられそうな気がしてきた。
ただ、やめるためには新しい動画を撮らないとならない。それなのに健太はいまだに戻ってこない。
新しい相棒を探すべきなのだろうか。それとも一人で配信していくべきなのだろうか。
そんなことを考えながら車を走らせる。
実家に顔を出すつもりだった。
実家といっても親が住んでいるというだけのことだ。俺自身が家を出てから、引っ越した「実家」にはナビ無しでたどり着けない。
「右折デス」
ナビが無機質な声で俺を案内する。ナビは今日に限ってマニアックな道ばかり示す。
これまで通ったことのない道を俺は走らせる。
「目的地ノ近クニ到着シマシタ。案内ヲ終了シマス」
たどり着いたのは実家ではないところだった。
それなのに見覚えはある。
健太が消えた日、トンネルの先にあった小さな集落。
いや、そんなことがあるわけはない。
X県Gは俺のアパートから二〇〇キロメートル離れているのだ。
普通に走っていてぽんとたどり着けるような場所なわけないだろう。
俺は高速にも乗っていないし、時間の計算があわないし、なによりもトンネルなんかくぐっていない。
それなのに、目の前の光景はあの日の集落のものだった。
【よ■こそ■■■■の里■】
バックミラーに通った憶えのないトンネルが映る。
どうなっているのだ。
俺は夢でも見ながら運転していたとでもいうのか。
背中が濡れそぼったタオルを当てられたかのように湿っていく。
ハンドルを握る手はぐっしょりとしている。力を入れすぎているのか、筋肉が痛んだ。
引き返そうと思ったときに、バイトで訪れたマンションの若者の顔がふと思い浮かんだ。
「うっくせっ!」
汗まみれの俺を指差す高そうな服のあいつの言葉が脳内で再生されたとき、俺は配信を始めていた。
「はい。突然ですが、ジョイでーすっ! 本日はケンが消えたあの村を電撃再訪してみました」
画面に映る俺の顔は汗だくなのに青い。
いや、恐ろしさで売るのが今の俺だ。
これは最高のメイクではないか。
「気がついたら、ここに居たんすよ。もう、俺、怖くて怖くて、ねっ、この顔凄いでしょ」
さっそく、コメントが入る。
【ゲリラライブ!】【まじかおやべー】【まってました!】【コッチコイ】【そこには変わり果てた姿になったケンの姿が】【こえーよ】
俺は筋肉を動かして口角をあげようとした。顔の筋肉がぴくぴく動いているのがわかる。
スマートフォンであたりを撮影しながら進む。
案の定というべきか、それとも、不幸にもというべきか。
それはすぐに出てきた。
集落の入り口近くの荒れ果てた民家、土間から出てきたそれはいつものように片手を軽くあげた。
上げた手首を軽くふる挨拶、日常生活でも動画配信でもおっさんくさいからやめろとツッコみ続けたやつだ。
こちらに手をふるそれの頭は不自然に巨大にふくれあがり、目鼻がなんとも間延びしている。
それでもそれは健太であったものだ。
「ジョウイチ、コッチコイ」
巨大な頭に比べると短い手足を不器用に動かしながら、それは近づいてくる。
後ろから別のものも出てくる。どれもこれも頭だけが奇妙に大きい。
「コッチコイ」
それが走り出した。
これまで気にならなかった蝉の鳴き声が一斉に鼓膜を叩き出す。
蝉の鳴き声が合図であったかのように俺は走り出す。
スマートフォンをバトンのようにいただき、車に飛び込む。
健太だったそれが窓に顔を押し付ける。
目が合う。
叫び声は俺のものか。
エンジンボタンを押す。
シフトレバーR、アクセルをふみこむ。
別のそれ、フロントガラスにはりつくようにして中を覗き込んでいるやつが落ちる。
あーあーあーあーあーあーあーあー……。
叫べば加速するわけでもないのに、俺は叫びながらアクセルを踏み込んだ。
暗がりの中で黄色い目が迫ってくる。
トンネルをバックで抜ける。
けたたましいクラクションの音がする。
車は狭い道の真ん中でとまっていた。
トンネルはどこにもなかった。
車を路肩に寄せると固まった指をほぐして、スマートフォンを手から外した。
ライブ配信はまだ続いていた。
コメントが入っている。
【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】【コッチコイ】
俺はスマートフォンを窓の外に捨てる。
カーナビをセットする。
自宅のボタンを押した。
目的地として表示されたのは■■■■の里。
【案内ヲ開始シマスコッチコイ】
遠くから無数の黄色い光がみつめていた。
助手席においてあったノートパソコンでナビの液晶画面を何度も叩いた。
文字が判読できないくらいに何度もたたき、ノートパソコンも窓の外に捨てた。
俺はアクセルを踏み込む。
◆◆◆
家に帰り着くことはできたのだ。
後日、ネットカフェでアナリティクスにログインし、コメントの発信元を調べる。
どれも文字化けしていた。
俺は動画のチャンネルを閉じた。
廃墟も廃村もごめんだ。
新しいスマートフォンを買うこともなく、ネットも解約した。車は二束三文で売り払った。
……それなのに、深夜に「コッチコイ」という声がするのだ。
電車の中で前のやつがいじっているスマートフォンの画面に「コッチコイ」というコメントが流れるのだ。電光掲示板が俺にささやくのだ。すれ違う人が耳打ちするのだ。
コッチコイコッチコイコッチコイコッチコイコッチコイ。
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