13 トイレの

 仕事の合間を見つけて稽古に行く。

 警察官でもなければ実業団にいるわけでもない。そのような私の稽古場所はもっぱら近所の学校である。

 学校開放という制度のおかげで、私たちのような者でも鍛錬に励むことができる。ありがたいかぎりだ。


 稽古を終えた私は腹に違和感をいだいてトイレに向かう。

 学校のトイレといえば、昔は薄暗く恐ろしいものであったが今は違うようだ。最近は随分ときれいになった。

 隣のコートでインディアカをやっていた青年が入っていくと、ぱっと明かりがつく。人感センサーというのだろう。私も後ろから続く。

 小用を足す青年の後ろを失礼と声をかけながら通り過ぎて私は個室に入る。

 青年は会釈すらしない。最近の若い者は……そのようなことを考えるようになった自分が嫌になる。


 個室で座っていると、ふいにトイレの電気が消えた。

 真っ暗だ。

 やめてくれよ。

 私は天井に向かって手をふる。ここにいる。ここにいるよ。

 人感センサーは、個室の中には反応しないようだ。

 設計ミスだ。何が人感センサーだ。


 学校のトイレが嫌だったのは、入るとからかわれるからだけではない。汚いからだけでもない。

 トイレにまつわる怪談がとても怖かったからだ。

 「赤い紙青い紙」、今、外からそう問われたらどうしよう。

 私は大人だ。そのようなことは起こらないことを知っている。でも、もしかしたら……。

 私は真っ暗な中、紙を巻き取る。少しだけ手が震えて、うまく巻き取れない。。


 外からはまったく音が聞こえてこない。

 どうしてなのだ。コートから声がまったく聞こえてこない。

 はやくここから出たい。


 でも、外に、真っ暗な中で何かが待ち構えていたらどうだろう?

 私はぶるっと震える。


 花子さんは男子トイレには出てこないだろう。

 でも……。

 ああ、便器の中から手が出てきて、私をひきずりこむのではないだろうか。


 焦りながら、トイレットペーパーを再度巻き取る。

 からからという音に何か恐ろしいものがこちらに気がついたりしないだろうか。怖くてたまらない。


 上から何かがのぞいていたりしないだろうか。

 私は目を伏せる。

 下から何かがのぞいていたりしないだろうか。

 私は視線をあげる。

 もしかして、のぞき穴が開いていて気味の悪い目がじっとこちらを見ているのではないだろうか。

 目をつぶる。再び目を開けたら、何かが目の前で笑っているのではないか。


 怖い。とても怖い。ここは真っ暗でとても怖い。

 私は暗闇の中で震える。

 叫びだしたくなる。


 …………。


 まぶたの外に明かりを感じる。私は恐る恐る目を開ける。

 インディアカグループだろうか、二人組が入ってきたようだった。

 ほっとして外に出る。

 相変わらず彼らはこちらを無視する。


 ◆◆◆


 「ここ出るらしいよ。前にここで突然死した人がいたらしくてさ。その人、自分が死んだってわかんないらしくてよ」


 「突然、個室の扉が開閉したり、水が流れたり……ほら、誰もいない武道場から足を踏み鳴らす音が聞こえたり……」

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