14 記念写真

 母子家庭で育った。

 不満はない。むしろ、女手ひとつで大学まで行かせてくれた母には感謝しかない。

 大学を出て、それなりに良い会社に入社した私はそこで妻となる女性と出会い、結婚した。

 数年経って母が足を痛めた。転んだだけだが、大変不便そうであった。これを機に母と同居することにした。

 「他に方法はないの?」

 妻はそう言ったが、私の中に他の選択肢はなかった。


 これまで別々に暮らしていた嫁姑が一緒に暮らし始めたのだ。多少の軋轢があるのも不思議ではない。双方から不満は聞いていたが時間が解決してくれるはずだ。

 「母は大変だったんだ。君がもう少し譲歩してもいいじゃないか」

 私は妻を諭す。母はこれまでずっと我慢してきたのだ。少しは自由にさせてやりたかった。

 「君も母みたいに趣味を見つけたら良い」

 しばらくしてから妻は写真に凝りだした。アドバイスした甲斐があったというものだ。

 妻のストレスが趣味で少しでも解消されたら良いと思う。

 趣味といっても、彼女は外にカメラを持ち出したりはしない。

 毎日、家族の写真――記念写真のようなもの――を撮るだけだ。

 「お義母さんが我が家の一番ですから」

 構図は常に決まっている。

 母を中心に座らせて、左右を私たち夫婦が囲む。

 毎日撮られる、幸せな家族の記録。写真を撮っている間に母は少しずつおとなしくなり、妻も穏やかになっていった。

 晩年の母はとても幸せだっただろう。

 記録を取りはじめて程なくして鬼籍に入った母の写真を見て思う。


 母が亡くなった後に妻はカメラ趣味をぱたりとやめてしまった。

 ストレスから解放されたのかもしれない。一方、私は悲しみの気持ちを一人で抱えきれずにいた。気持ちに余裕がなくなった。妻にきつい言葉を投げかけてしまうことがあったのは申し訳なかったが、仕方がない。

 妻は外出しがちになった。

 一人のときは反省するものの、私の不用意な一言は妻を傷つけることが多かったのかもしれない。それでもやめられなかった。

 もう終わりかもしれないと思ったときに妻の妊娠が発覚した。

 私は心を入れ替えて暖かい家庭を築きたいと思った。衝動的に言葉を発しないように自分に言い聞かせ続けた。

 

 子はかすがいということわざは本当だ。

 二人の間にまだ残っていたかもしれない空白を隆はすっぽりと埋めてくれた。

 それに隆が生まれてしばらくしてから、妻はさらに美しさを増した。

 隆が自分で座れるようになった頃から妻は再び写真を撮り始めた。


 「この子の成長を毎日記録しないと」

 妻は写真を撮る。

 子どもが主人公ならば子どもを真ん中にすれば良いのに我が家は違う。

 「パパが大黒柱だからね」

 常に私が真ん中である。

 家族のアルバムに丁寧に貼り付けられていく写真を見る。

 まだまだ若いと思っていたが私も少し年を取ったのかもしれない。

 少しずつ痩せていっているのがわかる。

 ただ老け込むのはまだはやい。隆と妻のために私はもっと頑張らなくては。

 私は栄養ドリンクを飲むと明るい顔をつくって外に行く。

 カメラを手にした妻が見送ってくれる。


 いつものように会社に向かう。

 今日は大先輩の定年のお祝いである。

 記念写真を撮っていく。

 「これからこの部署を担ってい次長と新人、そして勇退後もまだ私たちのために残ってくださる部長の三人で一枚撮りましょう」

 部下の提案に乗って私は入社一年目の期待の新人と大先輩に声をかける。

 「三人の真ん中はやめてくれよ、早死するっていうからさ」

 これからも再雇用で残る大先輩が妙なことを言う。小さい頃に聞いた言い伝えなのだそうだ。

 私たちは笑って、もう一人足して四人で写真を撮った。

 少し頭が痛む。


 お祝いの会は休んだ。

 「どうせただの役職定年で来週からもいるんだ。気にせず安め」

 私の顔を見た主役はそう言ってくれた。


 どうにもふらつく。

 別に何か特別なことがあったわけでもない。

 私は家に帰らないといけない。妻は今日も写真を撮るだろう。

 今度は胸が痛み始めた。理由はわからない。

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