15 花刈りじいさん
にいさん、夜の散歩かい?
ここは蓮の花が綺麗ですからって、おやおや、ここの蓮の花はなかなか咲かないのに。本当なら、いいもん見たね。うらやましいや。
咲いたときは、それはそれは美しいからね。オレもまた見たいんだけど、なかなか咲いているところにお目にかかれねぇ。
なんで咲かないのかって?
そりゃ、昔々な、花刈りじいさんっていうのがいたからさ。
このじいさん、蓮の花が咲かないようにツボミのうちに摘んでしまうのさ。
花刈りじゃなくてツボミ摘みじいさんじゃないかって、にいさんも細かいこと気にするねぇ。
この花刈りだかツボミ摘みだかのじいさん、ずっと昔からじいさんだった。
ただ、じいさんだってずっとじいさんでいられる訳じゃあない。
じいさんはある日、足腰立たねぇじいさんになっちまった。
それでもじいさんは車椅子に乗り、高枝バサミを片手に深夜にこの池に通い続けた。
じいさんがよぼよぼになっても蓮はよぼよぼにはならないさね。
ツボミが多すぎて摘みきれなくなった。
ある日、とうとう花が咲いた。大きな大きな花が咲いた。
花の真ん中には綺麗な女の首も咲いた。
いや、本当に綺麗な人だったよ。
咲いた首は大きくなって肩が出てくる。
肩から伸びた綺麗な腕がじいさんが振り回す高枝バサミを捉えると、ぬらりぬらりと花から咲き出してくる。
池の水でぬらりと濡れた肌や吸い付きたくなるような胸がまぁとても綺麗だったよ。
よく、そんな恐ろしいもの平気で見ていられたなって。
いやぁ、オレもな、そんときゃ、腰抜かしてたんだよ。
腰抜かしながら、どきどきして綺麗な裸に見とれてたんだ。
花からぬるりと出てきた女、本当に綺麗でな、もう一度見たいもんだね。
じいさんが動けなかったのは見惚れていたせいか、恐ろしかったからか。多分、両方かもしれねぇな。本当にぞっとするくらいに美しい女だったんだよ。
この綺麗な女はこれまた鳥肌が立つような笑みを浮かべてな、じいさんに歩み寄る。オレもあんな綺麗な女に迫られてみたいもんだよ。
まぁ、迫られてたら、ここでにいさんとお話もできてないんだけどな。
というのもな、この女、じいさんに覆いかぶせるようにその身を預けたら、喉笛にかみついて殺したんだ。
小汚いじいさんの地ですら、あの人にとっては紅になるんだよ。とてもとても綺麗だった。
あとでわかったんだが、このじいさん、どうやら若い頃に女を殺して池に沈めたらしいのさ。
それからずっと花が咲かないように池に通い続けたのかねぇ。なんであのじいさん、蓮に女が咲くなんて知ってたんだろうねぇ。
どういうわけかな、ここらへんはそういうやつを引き寄せるみたいでねぇ。
兄さんも、その格好、ツボミを摘みに来たんだろ。
でもさ、兄さんはさ、昔話になるにはちいと根気が足りないようだね。
まぁ、オレもけっこうな歳だからな。にいさんが根気強かったら、昔見たあの綺麗な姿を二度と見られなかったわな。ほんと、ありがとな。
ほら、にいさんを待ってる女が綺麗に咲いたよ。
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