11 消えたあの子が
久しぶりの通学路、ふと思い出す。
もう十五年になるのだ。
仲直りすることができなかったことが心に澱として残り続けている。
消えちゃえと言った。
彼女は本当に消えてしまった。
◆◆◆
小学校は校庭開放日で子どもたちが自由に遊んでいた。
私たちはいい大人だから中に入って遊ぶことはできない。
でも、かまわない。
ここは待ち合わせ場所みたいなもので、皆でかつての学び舎を仰ぎ見て思い出話をしたいだけだから。
時間に遅れたわけではないけれど、私がたどり着いた時、他の四人はもう居た。
今日は昔良く遊んだ五人だけのプチ同窓会だ。
「昔はあの雲梯も鉄棒も、ものすごく高く見えたんだけどね」
マサキが笑う。前ならえで腰に手をつけていた彼も今では一八〇は確実に越えていそうな大男だ。
「そういえば、四年生になるまでずっと一番前だったよね。小さいけれどすばしこくてドッジボールであたらないし」
「鬼ごっことかでせまい隙間とか通って逃げたりしてたよね」
そう、鬼ごっこだった。
「鬼ごっこといえば、ハナちゃんは……」
皆が押し黙る。
ハナちゃんはある日、鬼ごっこの最中に消えてしまった。私が消えちゃえと言った翌日に消えてしまったのだ。みんな、ハナちゃんのこと嫌いだからと言った翌日に。ハナちゃんはとろくて、それがたまにイライラするだけだったのに。
カナコが小さな声で呼びかけた。
「ハナちゃん、そろそろ出ておいでよ」
気づいたのは私だけだったのか。たしかに一瞬だけ彼女が現れた気がした。
今では見かけないキャラクターのプリントされたトレーナーを着た女の子、忘れていた顔が一気に蘇る。
あれはハナちゃんだった。ハナちゃんの声だった。
「顔、青いよ。大丈夫?」
心配そうな声で問いかけるリョウタに私は大丈夫と答える。
◆◆◆
学校から喫茶店に、喫茶店から居酒屋へと移動しながらも私たちは昔話に興じた。
「こんなのだったら、もっと頻繁に集まっても良かったよね」
カシスオレンジをちびちびと飲みながら、マリコが言った。
「だよね」「ほんとほんと」、口々に肯定する。
「なんで集まらんかったんだろうね?」
マサキがつぶやいたあとに、しまったという顔をして中ジョッキで口を塞いだ。
その答えを皆知っている。
ハナちゃんの件のあと、なんか気まずくなってしまったのだ。
そのあとも遊ぶには遊んだのだが徐々にその回数は減っていき、中学に入ったあたりから疎遠になり、高校、大学でばらばらとなり、現在に至る。
「それにしてもリョウタのやつ、帰ってこないね」
マサキが場を取り繕うように笑った。あいつ、便所で寝てるんじゃね、俺もトイレ行きたいし。マサキはそう言うとトイレに向かった。
二〇分後、騒然とする店の中、担架に乗せられたリョウタが運ばれていった。
心肺停止という言葉が私たちに突き刺さった。
警察ではしつこく薬物をやっていないか聞かれ続けた。
尿検査もされた。
しかし、何も出てこなかった。
検死の結果も何も出てくることはなかった。
リョウタは原因不明の心臓麻痺で事件性はないということに落ち着いたのだ。
これが始まりであった。
リョウタの通夜の日、トイレでカナコが死んだ。
やはり心臓麻痺で、私たちは喪服をクリーニングに出す間もなくカナコの通夜に出席することになった。
警察には再び根掘り葉掘り聞かれた。
心当たりはあったが、それを話したとしてもおかしくなったと言われるだけだろう。
カナコの通夜でまた誰かが死ぬということはなく、私は喪服をクリーニングに出すことができた。
数日後、私たち三人は再び喫茶店に集まった。
「なんなんだよ?」
マサキが頭をかきむしりながら言う。
学校でハナちゃんを見たことを話すべきか迷う。彼女の唇がどのように動いたのかを話すべきか迷う。
話したってどうなるのだろう。
何か解決策を考えてくれる? いや、そんなことにはならない。二人で私を責めておしまいだと思う。
だいたい、ハナちゃんがどうして八つのときの姿のままで現れたりするの。ただの偶然が重なっただけだ。リョウタもカナコもたまたま心臓麻痺になっただけ。
私はコーヒーをすすりながらだまっている。
話すかわりに目に涙を浮かべているマリコの手をさすってあげた。
がたんと音がした。
マリコの手から目をあげると、マサキが立ち上がるところだった。
「あれ! あれ!」
そう言って指差した先には何も見えなかった。
でもマサキはそのまま店の外に向かって駆け出した。
途中でウェイトレスを突き飛ばした。地面にストロベリーパフェが飛び散り、サンデーグラスが割れた。
きゃっというウェイトレスの悲鳴は外でした鈍い音とともに絶叫へと変わる。
ちりんちりんというドアベルの音をさせながらマサキは戻ってきた。
血塗れで手足をあらぬ方向に曲げてだ。
マサキの死因に車は関係なかった。
喫茶店の外に走り出したマサキはそのまま道路に飛び出し、車に轢かれるときには心臓麻痺で死んでいたのだという。
「訳わかんないよ、もう」
顔なじみになってしまった警官が愚痴った。
喪服はクリーニング店に出したままだ。取りに行くことすらせず、私は鍵をかけた部屋にとじこもっていた。
マリコから電話がかかってきた。
「ねぇ、あんたのせいなんでしょ? あんたのせいなんでしょ? なんとかしてもうおねがいだからなんとかして。たすけてくださいおねがいしますから」
私のせいなのか。
消えてと言ってしまったのは事実だ。でも、そんなこと言ったって、ただの子どものケンカだ。
少し強い言葉を使ってしまっただけ。
本当にハナちゃんが消えてしまっただけ。
私が何かしたわけではない。
私は唇をかみながら黙りこくる。
「ハナちゃんは、あの日、校庭で見たハナちゃんは恨み言なんか言ってなかった」
絞り出すように告げる。
彼女はこう言っていただけだ。
「コンドハワタシガオニヨ」
ひっという短い悲鳴がしてマリコの声が途絶えた。
「アトハミサキチャンダケ」
鍵なんてかけていても意味がないことを悟った私は外に逃げ出した。
◆◆◆
私は逃げ続けている。
マリコの通夜には出なかった。
ハナちゃんがどのようにして追ってくるのかはわからない。
でも、彼女が近づいてくるとわかるのだ。
ペタペタという足音と気配がすると私は急いで逃げ出す。
でも、それも限界だ。
そのうち捕まる。
ああ、またペタペタ……。
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