07 変わらぬ味

 餃子の隠れた名店があった。

 話題になっても良さそうなものだが話題にならない。店主がころころと変わるからだろう。

 それなのに店の味は変わらない。不思議な店である。


 ◆◆◆


 メニューは焼餃子と水餃子の二種類だけ。飲み物は瓶ビールとカップ酒。

 常連たちは誰もメニューを見ない。

 「ビールと焼き二人前」「水餃子に酒一つ」「まずビールな、あと焼きと茹で、どっちも一人前ずつな」

 

 味、食器、ところどころにできた凹みが年月を感じさせる木製のカウンター、店の片隅の本棚とそこに並ぶ油でベタついた漫画、変色した貼り紙、何も変わらない。

 この店で変わるのは調理場に立つ店主と客の一部だけである。

 気がつくと店主の姿が消え、常連の一人が調理場に立っているのだ。

 常連は店主になるか、そのうち消える。

 味は変わらない。

 荒く挽いたひき肉主体の餡が口の中ではじける。クセになる美味さである。


 「おい、どうやってこの味を再現してるんだ?」

 客の疑問に店主はたとえば、こう答えるのだ。


 「へい、歴代主人が全身全霊を注いできた味を自分は受け継いだだけですよ」


 ◆◆◆

 

 ある日、目を血走らせた女がやってきた。

 常連の一人にくっついていたのを見たことがある。

 たしか、大学生みたいな若い男だ。そういえば、最近見ていない。


 「たっくんを返してっ!」


 女が叫ぶ。

 餃子が不味くなるからやめてほしい。

 俺は他の常連たち同様、女に少し目をやって舌打ちしてから、目の前の餃子に視線を戻す。

 

 女はひとしきりわめいたあと、カウンターに伏せてあったコップを掴み、投げ捨てて帰っていった。

 店主は表情を変えずに割れたガラスを片付けた。


 ◆◆◆


 その日の夜、俺はどういうわけか無性にあの店の餃子が食いたくなった。

 昼飯も餃子、夜も餃子、餃子中毒だ。餃子の神というものがいたら、それに呼ばれたのかもしれない。

 足早に店に向かう。


 そして、俺は落胆する。

 明かりがともっていなかったからだ。

 今日に限って休みだなんて。それならば昼間に貼り紙ぐらい貼っておいても良かっただろう。

 俺の腹もあきらめがついただろうに。


 そのとき、がしゃんという音とわめき声、そして騒音にも等しいモーター音が店の裏から聞こえてきた。

 店主がいるようだ。

 ならば、餃子を少し分けてもらうこともできるかもしれない。

 わめき声は女の声だったが、そんなことはどうでも良い。

 俺は餃子の神に呼ばれているのだ。


 裏に回る。

 扉にカギはかかっていなかった。

 中で女――「たっくん」の彼女――が店主に食ってかかっていた。

 巨大電動ミンサーの騒音のおかげで詳しい内容はわからない。

 しかし、聞き取れなくても彼女の話している内容はわかる。

 たっくんを返してと繰り返しているのだろう。


 店主はしばらくうなずきながら食ってかかる女の話を聞いていた。

 俺が餃子を少し分けて欲しいと言い出すタイミングを物陰で待っていると、店主が動いた。

 女の手を取ると合気道の達人のようにくるりと投げ飛ばした。


 投げ飛ばした先はぶるんぶるんと震える大型ミンサー。

 悲鳴は出なかった。

 なぜなら、最初に入ったのが頭だったから。

 店主は器用に女をミンサーに詰めていく。

 鮮血とともに新鮮なミンチが生み出されていく。俺は一瞬で感覚が麻痺していた。叫ぶことすらできないで呆然としていた。


 「お客さん、出ておいで」


 俺はのそのそと物陰から出る。

 「あの、餃子、分けてほしくて」

 今言うことかとも思ったのだが、それ以外の言葉が思い浮かばかなかった。

 「いやぁ、ちょうど良かったです。最近、繁盛していて材料が足りなくてね」

 会話は噛み合わない。ミンサーがびちびちと動いて女の上半身を挽いた。

 店主は女の足まで入れてしまうと、「あとはよろしく、じゃ」と爽やかに言い残して、ミンサーの中にダイブした。

 店主がうねうねと細かくなって出てくる。

 びちっという音ともに詰め物をした歯が飛んできた。

 鈍く光る巨大ミンサーの前で俺は理解した。


 ◆◆◆


 「しかし、ここの味はかわらないねぇ。先代のおやっさんは元気かい?」

 俺は調理場で答える。

 「おやっさんか、おやっさんは今もみんなと一緒だ」

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