第6話 聖女って具体的に何ですか?

 皆さまこんにちは、聖女ハナヨです。異世界へ召喚されてから一ヶ月ほど経ちました。最初毎日のように訪れていたおでこテカテカ、じゃなかった、エドマンド殿下のご来訪は“身分ある方に訪ねていただけるほど作法がなっていないので”、とお断りしました。脂のおでこを見ずに済んでいるのでそれだけは精神的に楽です。

 今日は朝から軽いドレスを着てダンスレッスンをし、休憩にお茶をいただいています。

(王女さまとか王妃さまってこんなに大変なの……)

 コルセットの締め付けがつらい。この国の人だけじゃなくて王女さまや王妃さま、貴族の女性たちは常にこれをお腹に締め付けているらしい。歴史の教科書でチラッとやったけど、実際に巻いてみたら想像以上に窮屈きゅうくつだし暑いし肌着がムレるしつらい。こんなにつらいと思わなかった!

「うう……」

 私がコルセットをつける生活に慣れていない、と話したらノイブンのメイドさんたちは「他になにをお召しになるんですか!?」と叫んでいた。そのくらいコルセットは肌着と同じくらい重要らしい。

(あれはパンツを履いてない人に対する反応だった……。つまりコルセットはパンツなのよ)


「ハナヨ、顔色がよくないようですけれど……?」

 声をかけてくれたのはノイブン王国のナントカ公爵さまの娘さま。名前が長いので最初のマリアベラの部分しか覚えていない。マリアベラさまは聖女である私の話し相手になってくれている十六、七歳の女の子。本来なら私なんかが話しかけちゃいけないような高貴な子だと思う。金髪碧眼、まさに西洋人形みたいなお姫様だもの。

「まだコルセットに慣れなくて……」

「まあ」

 大変ね、と含みを持たせながらマリアベラさまは困ったように微笑む。

(本当は心の中ではコルセットも着れない子って思われてるんだろうなぁ……)

「すみません……」

「どうして謝るの?」

「だって、マリアベラ様は本当なら私なんかが話しかけちゃいけない方ですし……」

マリアベラ様はまた困ったように笑う。

(いいんです、お嬢様からすれば下品でドン引き案件で好かれてないの分かってますから……)

 ノイブン王国へ来てから溜め息は毎日のように出る。

(育ちが悪いと思ったことはないけど、お嬢様たちから見れば下品な食べ方なんだろうなぁとか分かったり、コルセットも知らないなんてどんな生活してたの? とか、口に出さなくてもどん引かれてるのありありと伝わってくる)

「はぁ……」

また溜め息。自分でもやんなっちゃう。


 お茶の後はお城の祭壇の間へ行って、日課にお祈りの時間。

 お祈りって、手を合わせる以外に何をすれば……? と最初は思っていたんだけど、一応指を組むだけでもいいらしく、聖女様ポーズを続けている。つまり具体的なことは一切ない。聖女様が祈ってる。その姿勢が大事らしい。

(退屈……)

 最初は真面目に祈ってましたよ? この国の人が健やかに暮らせますように、とか。魔女さんことOLさんが怪我しませんように、とか。でも一ヶ月、毎日祈らされてると慣れてくると言うかえてくると言うか……。

(早くこの国を出たい……)

 異世界から来た聖女サマだから、待遇は悪くない。むしろすっごくいい。でもこの国の人は基本、聖女サマであり異世界人である私にものすごく遠慮している。常識が通じないとすぐ引かれる。居心地は最悪。

(そう、居心地が最悪……)

 お祈りのあいだは溜め息は我慢。でも先を思うと溜め息は何回ついたって足りない。

(そもそも私は魔女さんを探してるけど、向こうは違うよね)

OLさん、魔女さんを探しているのは私の都合。同じ日本人と一緒に暮らしたいから。それだけの理由。

(でも、OLさんは魔導王? さんに連れて行かれたし、向こうでの生活があるよね。今どうしてるんだろ……)

魔女さんの状態が知りたい。ちゃんとご飯食べてるかな? ちゃんとしたベッドで寝てる? いじめられたりしてないよね?

「はぁ……」

 お祈り中なのに思わず出てしまった溜め息。

(魔女さん、大丈夫かな……)

私は知らない。魔女さんが元々築いていた生活スキルが案外こちらでも役に立っていることを。意外と彼女はこちらの生活に馴染むのが早かったことを。

 それから、私の溜め息は毎日聖職者さんたちに聞かれていて、生活に不満があるように思われていたことを。


 思わずお祈り中に溜め息をついてしまった翌日、食事がやたらに豪華になった。ただでさえコルセットがきついのに食べきれないくらいの量が出てしまっては残すしかない。

「ごちそうさま……」

もう食べられません、と付け加えると大量の食事は下げられた。あの残り物はどうなるんだろう? 捨てちゃうのかな? だとしたらもったいない。

(ご飯と味噌汁が恋しい……)

 ハンバーグもコーンポタージュも知ってる。でも、パンとフルコース料理の毎日は苦痛になってきていた。

(お母さんのご飯が食べたい……)

知らずに溜めていたストレスのせいで、私の視界がにじむ。

 自分が泣いていると気付いた時には、周りのメイドさんが大慌てでタオルを持ってきていた。

「聖女さま、どこか痛みますか?」

「に、庭に薔薇バラが咲いておりますよ! これからぜひ散歩を……」

「……い……です……」

「は、はい?」

 なんと私は、たった一ヶ月で限界が来てしまった。自分ではもうちょっと根性があると思っていたのに、ははは。

「……もうやだ……お母さんのご飯が食べたい……! ご飯と味噌汁食べたい! 友達に会いたい! 毎日コルセットきつくてやだ! 元の世界に返してよぉー! うわーん!」

号泣する聖女さま。

 それまでいたメイドさんは私のご機嫌が取れなかったからとクビになり、私はお城の奥にあるきれいなお庭が見られる離宮へと移され、マリアベラさまの前でも大号泣して呆れられた。

 彼女はやっぱり私が嫌いだったみたいで、その日以降全く来なくなった。私はわんわん泣いて、毎日枕を濡らすようになった。

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