第5話 駆け出し魔女はキッチンで戯れる

 ウレイ初の手料理が大成功だったこともあり、アーサーたち果ての塔の魔導士たちはウレイの知識がどのくらいなのかはかるためにも、彼女に料理を続けることをすすめた。

 ウレイからしても居候先で役割があることは喜ばしく、進んでキッチンに立った。


「こんなおいしい! プディングまで作れるなんて!」

 ウレイが果ての塔に着いて三日。ミラは彼女の料理のレパートリーの多さに呆れを通り越して怒り出した。

「カスタード・プディングなんて出来たばかりの宮廷コース料理のデザートですよ!? なのにちゃちゃっとお作りになる! その手広さはなんなんです!?」

「す、すみません……」

 異世界のヨーロッパではまだバニラ・ビーンズが栽培されておらず、ウレイはシナモンとハチミツでプリンを作ることに。手伝いに来ていたミラに味見を差し出したら美味しすぎて怒り出した、という状況だった。

「ウレイさんがよく分かりません! 魔導を習うための完璧な下地がおありなのにお国には魔導がないという!」

「あ、あはは……」

「もう一口ください」

「まだ温かいけど食べていいですよ」

「やったぁ!」

「本当はすぐ冷やすんですけど……あ、先生」

 怒ったり喜んだりと忙しい弟子の声を耳にしたアーサーは家畜小屋から戻った。ウレイは魔導王が開発した“冷蔵庫”に、粗熱あらねつを取ったプリンをしまう。

「冷えたら先生もどうぞ」

「うむ」

魔導王は弟子の一人、セルの声で答えた。セル本人は畑にいて雑草抜きをしている。

「まだ出来て間もない宮廷コース料理を魔女が知っていると聞いたら、ノイブンの王侯貴族は身をよじって悔しがるだろうな」

「いやプリンくらいでそんな……」

「悔しがるといいです。でもあいつらは食べられませんものね! 役得〜」

「プディングはどのくらい冷やす?」

「ええと最低でも一時間くらいは……。本当はおやつの時間にみんなで食べられればと思ったんですが」

アーサーの顔には早く食べたい、と書いてありウレイはふっと笑う。

「お好きなタイミングで。一人一個ですからね」

「このプディングも最高においしいですよウレイさん。もう食堂開きましょうよ? 毎日ひっきりなしに客が来ますよ」

「街中に宮廷デザートのプディングと“冷蔵庫”が揃った食堂ができたら、あちこちで宮廷料理人がクビになるだろうな」

 素材や状況など、広めるための下地が揃っていない異世界の知識は、イタズラに流せば世に混乱を招く。さらに広め方も慎重にしなければ場合によってはすでにいる職人や商人が職を失いかねない。

(なかなか難しい)

「“冷蔵庫”に近い物はあったがこちらでは“温度を常に一定に保つ”というところまで技術が追いついていない。試作の冷蔵庫は食材を芯まで凍らせてしまったしな……」

庫じゃなくて庫になっちゃいましたもんね」

「うむ」

「ウレイさん! 外まで甘い香りがしているよ!」

 玄関にパッと現れた太陽のようなセルの笑顔を見てウレイも嬉しくなった。

「カスタードプリンを作ったんです」

「何ですかそれ!? おいしいですか!?」

「美味しくできたと思います。一時間ほど待っていただければよく冷えたデザートが食べられますよ」

「わぁ、楽しみです! 先生、畑のほう終わりました」

「うむ、ご苦労。休んだら好きに過ごしていなさい。私は街に出る」

「え、先生お出かけですか?」

「ああ、あなたのメガネに代わる物を調達できればと思って。それをかけたまま街へ出ると一発で異世界の人間とバレてしまうからな」

「あ、そっか……」

先生とはまだ一緒に出かけられないのか、とウレイは肩を落とす。

「なるべく形の近い物を見つけてくる」

「ありがとうございます」

 メガネはまだかなり高価な物だが、アーサーは必ず手に入れると約束した。彼は故障した体を治す魔導もあると提案したが、ウレイは唯一残った日本からの物が必要なくなってしまうほうを危惧きぐした。本当に帰れなくなるようで嫌で。

(先生たちの前ではとても口に出せないけど)

「気をつけて行って来てくださいね」

「ああ」


 魔導王が出かけていくと、セルはいそいそと冷蔵庫を開けた。

「やっぱり待てなくて」

「一人一つですよ」

「はぁい」

セルは席に着くとプリンを一口味わい、はぁと溜め息をついた。

「もう地元で食事できる気がしません……」

「どうしてですか?」

「ウレイさんの手料理が美味しすぎて……。何でしたっけこれ?」

「カスタード・プディングです」

「プディング……持って帰りたい」

「私も持って帰りたいです! ご近所に配って歩きたい!」

「ふふ」

 魔導士たちが頭を突き合わせてみることには、ウレイには手作りの物に魔力を載せるすべが備わったのだろう、と推測された。それは魔力の基礎的な使い方で、魔導士や魔女が古来からやっていたまじないに近い。ウレイ自身には普段の味付けでも、アーサーたちが特に美味しいと感じるのはじゅつの効果を受けているからだろうと。

(そんな大袈裟な……と思ったらそれなりに理由があった、ってのは発見だったよね)

「皆さんのお役に立ててるなら嬉しいです」

「役立つどころか色んな概念アイデア持ち込んでますけどね」

「先生のことだから絶対いくつか発表する気ですよ。時期を見て」

「え、そうなんですか?」

「こんな美味しい物を独り占めするなんて、“もったいない”、ですよ」

「ふ、普通逆では……?」

「先生は物も技術も広めた方が豊かになると主張してます。昔からそう。だからえらぶってる議会とは水が合わないんですよ」

「そうなんですね」

(資本主義的なんだな先生……)

「でも今は私たちだけがウレイさんの手作り料理を堪能たんのうできますから、ここだけの話です」

「そうですね」

「はー、おいしい! あと百個食べたい!」

「さすがに百個は食べ過ぎですよ」




 魔導王アーサーは精霊の道を使い、親・魔導派であるマグダラス王国の街中に降りた。先に噴水前へ着いていた弟子のリドが片手を軽く上げて合図をする。

「先生」

 アーサーは買い物の際、必ず弟子を同行させている。魔導王は今だに全く喋れないことになっている。しかし弟子とは会話できたほうが都合がいい。もし人前でうっかり喋ってしまっても、借りているのが弟子の声なら弟子が喋ったことにできる。

「眼鏡職人に先に話をつけたのですが、先日税金が上がったとかで価格が高騰こうとうしてます」

「それは困ったな」

 二人は噴水前から歩き出し、余人よじんには聞こえないよう結界を使いながら会話をする。

「ええ、なので先生からを聞ければ……態度が変わるんじゃないかと思いまして」

外界こちらではウレイが来てからどのくらい経った?」

「それがまだ一ヶ月くらいなんです」

「……何だと? 果ての塔ではもう三日が過ぎたぞ?」

「塔の機嫌は先生でも相変わらず?」

「読めん。塔での一日が外では半年だったり五年だったり……。今回は随分とズレが少ないな。何故だろう?」

「原因としてはやはりウレイさんが起因では? ですし」

「その可能性はなくはない。しかし……」

(塔は人の都合に合わせたりしない。少なくともこれまでは……。だがウレイは特別だ。ほかの世界から来た客人なのだから)

「それで先生?」

「何だ」

「ウレイさんを塔にかくまったのはいいですが、いつまでも閉じ込めるわけにはいきませんよ? それに男女の同居なんて危なっかしくて見てられません」

「……お前はこの前から何を言っている。私がウレイに粗相そそうをするとでも?」

「はぁー、やっぱり無意識ですか」

「何の話だ」

「では言っておきますが、先生が初対面の女性に軽々しく触れるなど私が弟子になってから一度も見たことありません。すっとぼけないでください」

「……ウレイに対してあるのは罪悪感だけだ」

自分の勝手でほかの世界から連れてきた女性。こちらでの常識が備わらないうちは外に出すわけにはいかない。

「彼女は私のせいで二度死にかけた。世話をするのは当然だ」

「……まあそう思うならどうぞ」

「本当にこの前から何だお前の態度は?」

「これ以上は野暮なのでやめておきます」

「んん……?」


 眼鏡職人は高給取りだ。基本的な相手は貴族、豪商。彼らはいい物を作る代わりに手間賃をいくらでも積む。相手が魔導士だろうと値切りには応じない職人。

 だが彼らは物作りにたずさわっている。物を作る職人は、よりよい作品のために手間も寝食も惜しまない。魔導士が新しい眼鏡の形を思いついた……などと口走ったら、彼らはどう受け取るだろうか?


 赤い絨毯じゅうたんが誇らしげに店内を飾る中、魔導士リドの口から出た言葉に眼鏡職人クリスは特徴的なギョロ目をさらに大きくした。

「……紐ではなく細い金属で耳にかける?」

「ええ。新しいと思いません? 形も優美ではないかと」

「細い、というとどのくらい?」

「耳かき棒くらいの細さです」

「……そんな細さで厚いレンズを支えられると?」

「王室も認めるクリスさんなら出来ないことはないかと」

腕前を褒められ、クリスはやや胸を張る。

「ふ、ふん。魔導士が突然きて何をいうかと思ったら……」

「ここからは商売の話なのですが、新しく作った眼鏡はクリスさんだけではなく他の街で違う職人さんにも作っていただきます」

「……何故?」

 実は既にリドだけではなくセルやミラの地元でも、さらに魔導にも情報を流してウレイが持ち込んだ眼鏡の形を広めている。街中の人間がほぼ同時期にウレイと似た眼鏡を使えば、誰がウレイなのかわからなくなる。眼鏡を使うのは高貴な身分ばかり。ウレイを探すために人相書きをしたとしても相手が貴族では手が出しにくくなるだろう、という作戦だ。何なら懐を探られたくないために貴族がウレイをかばってくれるかもしれない。

「新しい形の眼鏡が流行ったらこの工房ももうかります。そこで」

「利益の一部を発案者であるあなた方に収めろと」

「さすが話が早くて助かります」

「ふん……。で、具体的にどんな形だって?」

「先に契約していただかないとこれ以上はお伝えできません」

「む……」

リドは笑顔で契約書をちらつかせ、クリスは仕方ないなと話に乗った。

「で、利益はどのくらい欲しい?」

「そうですね、一個売れたら全額の五十分の一でどうでしょう?」

「そんな少額でいいのか?」

小金こがねが欲しいんですよ。それにクリスさん以外にも職人さんはいらっしゃいます」

「全体で見ればそれなりの利益になると。まあもうかるなら構わん。こちらも金はいくらでも欲しい」

「助かります」


「良かったですね」

「うむ」

 眼鏡職人クリスは早速工房にこもった。納得のいく形が作れるまで工房から出てこないだろう。店外へ出た魔導士二人は人混みに紛れながら大通りを移動する。

「協会に手伝ってもらえるのが大きいですよね今回は」

「彼らも議会には手を焼いているからな」

「で、滞在はどのくらいに?」

「三日で一ヶ月ほどだったから……そうだな、二週間ほど粘ってみるか」

「案外二、三日で完成させるかもしれませんよ」




 リドの想像通り、クリスは試作品を四日で作り上げた。ウレイが持ち込んだ眼鏡の形そのままではないものの、レンズの繋ぎ目を鼻の骨に引っかけそれを支えるつるの構造はしっかり模倣もほうできていた。

「さすがです」

「ふん」

「では支払いを。半額にしていただけませんか?」

「ダメだ。全額払え」

「えー、教えたの私たちなのに」

「報酬はきちんと出す。代わりに全額で払え。まだ流行るかわからんのだからな!」

「保険ですか。仕方ないですね」

リドが提示された金額を支払うと、クリスはその場で計算をして仮の料金から2%のを返した。

「ほら」

「助かります」




 アーサーとリドが試作品の眼鏡を持って帰ると、ウレイはミラとセルの前でハーブの本を広げていた。

「お帰りなさい。早かったですね」

「こちらではどのくらい経った?」

「さっきお昼ご飯食べ終わったところです」

「二、三時間と言った感じか。ウレイ、土産だ。手を」

気軽に渡されたメガネを見て、ウレイはおおっと目を輝かせた。

「こっちの世界のメガネ!」

「試作品だが近いものを作らせた。それを付ければ街を歩ける」

「貴族相手に広めるよう職人に話をつけてきました。ご令嬢と思わせれば身辺捜査もまぬがれるでしょう。まあ魔女ならフード被っちゃえば顔はほとんどわからないんですけどね」

 そこまで考えていてくれたのかと、ウレイは顔が熱くなるのを感じながら視線を泳がせた。

「あり、がとう、ございます……」

「流行るといいですねぇ、新しい眼鏡」

「流行るだろう。使いやすそうだしな」

「あ、えと先生」

「何だ?」

土産が足りなかっただろうか? とアーサーが一瞬不安になるとウレイは照れた顔を見せた。

「プリン、できてますよ」

「! ああ」

そうだった、と魔導王は冷蔵庫を開けに向かった。

「……ほんと無自覚というか」

「何がですか?」

「何でもありません。こっちの話」

 プリンが特別甘いのはウレイが作ったからなのか、かけられた魔導術のせいか。アーサーは嬉しそうにプリンを頬張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る