第3話 ノイブン王国の聖女

 目の前で人がかれそうになって、その人の顔色が悪かったなら心配するのは当然だと思う。

都内で働くOLらしい、地味な格好。私には兄弟がいなくて一人っ子。かわりに歳の離れた従姉妹いとこがいた。過労で倒れて実家に戻った従姉あねの頬は痩せこけていた。

 目の前でトラックにかれて死ぬんだと気付いたOLさんかのじょから生気が消えてぞっとした。従姉あねの疲れた顔が重なって見えた。

気付いた時には飛び出していた。

(ダメ、死んじゃダメ!)

生きることを諦めて欲しくない。従姉あねだって、少し休めば前みたいに元気に出かけられるはずだ。一緒に買い物もできるはずだって。

諦めて欲しくなかった。諦めたくなかった。

OLさんの手を取った瞬間、私たちの足元が光った。

「え?」




 鼓膜が割れるほどの歓声で目が覚めた。手の先にはあのOLさんが。

(よかった、助かったんだ……!)

「二人いるぞ!?」

「ま、魔女だ! 魔女だー!」

(魔女? 何言ってるの?)

「どっちが魔女だ!?」

「魔女を殺せ! 早く!」

殺す? 何を言っているの? 私とこの人はさっき車にかれそうになって……。

目が合ったOLさんは顔が真っ青だった。

ここは危ない。

「あ、あの……!」

(一緒に逃げなきゃ!)

次の瞬間、私たちは兵士らしき男二人の手で引き離された。腕を乱暴につかまれる。痛い! 怖い!

「きゃあああー!!」

パニックになった私から、金色の光があふれ出た。

(これは何!? 私どうなっちゃったの!?)

「こっちが聖女さまだ!!」

「ならこいつか!!」

 今すぐにでも人を殺す。そういう目や態度、にじみ出る殺意が恐ろしかった。その人は何も悪いことをしていない、なのに殺すの?

 わけのわからない状況は続いた。

 次の瞬間には夜空のようなローブに身を包んだ、ゲームにでも出てきそうな魔法使いがOLさんを抱えて空中に浮いていた。魔法使いは「こちらの用は済んだ」と、OLさんと一緒に消えた。

(あの人、助かった……?)

安心したら気が抜けて、私の意識はすぐに落ちた。




「うん……」

 ふかふかの大きいベッド。肌触りのいい服。

「うーん……」

ふ、と目を開けるとお姫様のベッドの上にいた。おまけに周りにはゲームでしか見たことないようなメイドさんたち。

「お、お目覚めになりました!」

「お医者さま呼んで! 早く!」

「はい!」

慌ただしく出ていくメイドさんたちを見ながら体を起こす。豪華な部屋。本当にお姫様みたいな……。

(私、どうしたんだっけ……。ああそうだ、OLさんがかれそうになって……)

かれそうになった時、地面に手をついたのかもしれない。手の平は薬が塗られて大袈裟おおげさに包帯が巻かれていた。

(ただのり傷なのに……)

「聖女さま!!」

 寝室に慌ただしく現れたのはギラギラに光る服を着たおデコが脂でギラギラのオジサン。おでこ広……いやハゲ気味。

(は? 何このオジサン)

「エドマンド様! 突然のご訪問は!」

「ええい聖女さまが恐ろしい目にあったというのに黙っていられるか!」

(いや誰?)

おデコギラギラおじさんは低姿勢でシャーッと私に寄ると手を握ってきて、手の甲にちゅっちゅっとキスをした。

(きもっ)

「聖女さま……」

「え、ええと初めまして……」

その前に子犬のように目を輝かせるおでこ広すぎのあなたはどちら様ですか?

「あなたに何もなくてよかった……」

「あ、あはは……」

いや誰? エドマンド is 誰?

「エドマンド様、聖女さまが困っていらっしゃいます。どうぞそのくらいに」

「彼女は怖い思いをしたんだ! そばに居てやらねば……」

(いや、別にいいです。っていうか誰ですか?)

「エド、その辺にしなさい」

 さらに現れたのは真っ白いヒゲのおじいさん。この人は何となくわかる。多分王さま。

 ベッドの上でお辞儀になったけど大丈夫かな? 深く頭を下げていると王さまが動いた気配がして一度は集まった人たちが出て行った。目だけ動かすとおでこギラギラエドマンドはまだいる。

(いやこの人はいらない)

「顔をあげなさい、異世界の旅人よ」

ゲームでしか聞かないような言い回しがおかしい。

 現実感がないまま頭を上げると優しそうなおじいちゃんがいた。

「名前を聞いてもよいかな?」

江井えい 花良はなよです。な、名前が花良です」

「聖女ハナヨ。我が国ノイブンへよくいらした」

「せ、聖女……? ですか?」

「あなたは我が王国の聖職者が呼んだ他世界の聖なる乙女」

マジでゲームみたいになってきた。っていうかこんなラノベを従姉あねに借りた気がする。

(あれ二行読んでやめちゃったよ……)

もっとちゃんと読んでおけば良かったなと思いながら、私の耳は王さまの声をとらえる。

「余はこの国の王、ユージーン・エル・フェレンス・ローレンティアと申す」

(名前なっが……)

「よ、よろしくお願いします国王さま……」

「ほっほ、可愛らしい聖女さんだ。なぁエド?」

「はい! まるで天使が歌うように愛らしい!」

エド誰? って思ったけどそろそろさすがに察した。多分王子だこの人。

「あの、エドマンド様は……」

「一番上の息子だ」

(よりによって第一王子ィーーー!!)

 どうして!? こういう感じで出てくるのって普通キラキラの若いイケメンじゃない!? おでこギラギラの中年は違うくない!?

「よ、よろしくお願いします王子さま……」

「ハナヨ! 僕に頭を下げる必要はないんだよ!」

(いや、おでこ見たくないので……)

おでこギラギラ……いや第一王子は私の様子を見に忙しいなか訪れてくれるそうだ。全力でお断りしたい。

「ハナヨに不便がないよう下の者にはよく申し付けておこう」

「あ、ありがとうございます……。お世話になります」

 王さまは満足そうにうんうんと頷いて出て行かれた。なんか王さま、って感じだ。慣れてる。

「ハナヨ! 気分転換に庭へ行こうか!」

(ええいおでこギラギラは向こう行け!!)




 ただの女子高生から一変してお姫さまみたいな生活が始まった。しばらくはスマホがないのが苦痛で、読みたくないけど他に娯楽がないから本を読みまくった。

 ノイブン王国では魔導、と呼ばれる魔法みたいなことをするのが禁じられている。口に出すことすら嫌がられる。男が魔導士、女が魔女。

 魔導は人を惑わす邪悪な術だって書いてあって、異世界から呼ばれても魔女は邪悪な存在らしい。歴史でチラッとやったけど、魔女って迫害された無罪の女性たちだった気がする。こっちでは違うのかもしれない。でも同じかもしれない。

 何が言いたいって、私の耳に入ってくるのは異世界の魔女に対するディス、ディス、ディスのオンパレード。魔導士と魔女がいかに邪悪か、いかにヤバい存在なのか一生懸命吹き込んでくる必死な人たち。


(週末に!! クタクタで!! 帰ってきて車にねられたOLさんが邪悪なわけないだろーーーーー!!!!!!)


 叫びたいのをグッと堪えておでこテカテカ王子とお茶会をする私を褒めてあげたい。そして王子は自分がいかに幸せな国にいるのか自慢してくる。頭お花畑か?

「僕はすでに結婚しているけど、ハナヨを側室に迎え入れたいと思っているよ! とっても可愛いからね!」

「そ、そくしつ……?」

「言い方が悪かったね! 第二夫人だ!」

(は? いやそれダメでしょ。女子高生に鼻の下を伸ばすなキモい)

「ハナヨにこの国を気に入ってもらえるよう頑張るよ!」

(ダメだこの王子……)

決意は早かった。国ごと見捨てよう。

OLさんをディスりまくる国のおでこテカテカ王子とかまっぴらだ。

 私はOLさんつまり魔女さんと同じ国、同じ世界で暮らしてた一般人。OLさんへのディスりは私へのディスり。そう思っていい。


 王子とのお茶会を終えた私は一人部屋の中で天井を見上げた。

(魔女さんを探そう。それから二人で暮らす!)

魔女さんは他人だけど、唯一の日本人だ。従姉あねともちょっと似てるし、価値観が近いはずだし一緒に過ごしやすいはず。

(待ってて魔女さん! 私、この国を飛び出してあなたと住みます!)

「江井家のファイト! えいえいおー!」

我が家伝統の決まり文句で気合を入れた私は、まだ見ぬ魔女さんとの同居のためまず一歩を踏み出した。

「まずこの国の歴史を学ぶぞ!!」

敵を知るには何とやら。

私は気合と共に図書室通いを決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る