第8話 議会と協会
果ての塔一行は新入り魔女ウレイの杖を調達するために、
「昔ここの店主の怪我を通りすがりに治したことがあって……治療代を出すと言われたけど断って、そうしたらいつでも泊まってよいと」
「ああ、お世話になったお礼に?」
「そうなるな」
アーサーにまつわる話や周囲の人間の反応を見るに、
(先生、優しいもんね)
「しかし嬉しそうだなウレイ。そんなに米が美味いか?」
「おいしいです……感激……」
ふつう旅館では昼は周囲の店へ金を落とすよう外食をうながし、朝食と夕食のみ提供するものだが、アーサー一行という特別な客に対して旅館側が気を利かせてくれた。
白米と味噌汁、近くの川で朝捕れたばかりの焼き魚という質素な昼食ではあるものの、異世界へ来てから一切和食を口にしていなかったウレイには最高のご馳走であった。
「やっぱり地元の味というか……この何でもないネギと豆腐の味噌汁がうれしい……」
「そういうものか」
「はい……」
ウレイは味噌汁をズルズル、と
「はぁ〜……」
アーサーは幸せそうなウレイの顔をじっと見て箸を置いた。
「……最終日に食材を買って帰ろうか」
「いいんですか!?」
「ああ、君が好きなだけ」
「ありがとうございます!」
アーサーの弟子ミラは自分などいないがごとく繰り広げられる目の前の光景を、どこか遠い目でながめた。
(ケーキ食べるより甘いわ……)
いくら杖を待つからと言って職人タカヤの店を訪れるわけにもいかない。魔導王一行は観光と洒落込み、
そこでウレイが驚いたのは異世界だとしても日本、つまり
(本当に国に関係なく存在してるんだ魔導士って……)
ウレイはさらに自分が見習いにもかかわらず高級な生地が使われているローブを羽織り、長身のアーサーが引き連れていることで相当目立っていることに気付いた。周囲からは気付きを肯定するように視線がチラチラッと飛んでくる。
(お、おや……? もしや先生の弟子ってだけで目立つ……?)
さらにさらに、ウレイは何の気なしにアーサーと手を繋いで歩いてしまっている。旅館の敷居をまたぐ際に差し出された手を、嫌ではないからと握り返してそのままだ。
(こ、これは……いけないかも……)
「ウレイ?」
となりから声をかけてきたのはアーサーの弟子ミラ。ウレイは肩が跳ねたものの、冷静に「なに?」と返した。
「急に緊張してどうしたの?」
「いや、その、先生って結構目立つみたいで……」
「そりゃまあ」
「……先生と手を繋いでしまって……」
「今さら」
「う……」
顔がカッカと熱くなる。
(ど、どうしよう……。離した方がいいかな……)
となりを行くアーサーはまだウレイが照れていることに気付いていない。
(ど、どこかで手を離せるタイミングがあったら……)
「おーおー、もしかしてあれって魔導王さまじゃん?」
「有名人に会えるなんて嬉しいなぁー?」
と、いかにも不良ですといった態度の若い魔導士たちが五、六人で道を塞ぐ。
「ウレイこっちへ」
「あっ」
ミラはすぐさまウレイを抱き寄せて人混みに混ざった。
「せ、先生が……!」
「先生はお一人のほうが強いよ。それよりあいつら議会の若手だよ。覚えてる? 先生と敵対してる連中」
「ええっ」
「しーっ」
ミラはウレイをさらに引き寄せて
「見て、首にバッジ付けてるでしょ」
「あ、はい」
ミラの言う通り、議会派の魔導士たちはローブを留める襟元に同じデザインのバッジを付けていた。円形の枠に収まる鉱石特有の、キラキラっとした赤い輝き。
「あれが議会派の目印。あれ見たらウレイは真っ先に逃げて。わかった?」
「で、でも……」
「ウレイの正体がバレたらこの場にいる人みんな巻き込まれるよ」
ウレイは何の罪もない町の人が巻き込まれ、怪我をする想像をして背筋が冷たくなった。
「そんな……」
「だから静かにしてて。それにね、ああほら」
群衆が見ている前で別のローブの集団たちがアーサーの近くに現れた。彼らはアーサーの視界に入るようにしながら議会派ににらみを利かせる。
「いま先生に味方しようと出てきたのが魔導協会」
「議会と協会は違うんですか?」
「過激派と穏健派だと思って」
「なるほど」
人々が見守る中、アーサーは協会の面々をチラリと見てから杖を取り出した。
「これは個人的な問題だ。手を出さないでいてもらおう」
アーサーはその場にいる、ウレイ以外の、人間全てから声を借りて喋った。男でもなく女でもなく、老人でも若者でもない奇妙な声色。議会側の魔導士たちはいやらしく笑う。
「人から声を借りないと喋れない魔導王がなんか言ってるぜ」
「魔導王、町中で杖を振られては困ります。お納めください。ここは我々が」
「個人的な問題だと言った。議会の
「何用か?
「なるほど、駒として使われたか。可哀想に」
「あ!?」
「決闘なら一人ずつだ。そのくらい分かっておろう」
アーサーはさあ、と右手を差し出した。その気迫が、ただ長く生き延びただけではない男の
「誰から来る?」
普段柔らかいアーサーの声が、表情が、魔力が。氷のように冷たくなりその場にいる者の肌を突き刺す。
(先生が、こわい)
そんな顔をして欲しくない。そんな声色になって欲しくない。
ミラは思わず一歩踏み出しそうになったウレイをぐっと腕の中に収めた。
「先生はいつもあんなだよ」
「そんなはず……」
「ウレイには特別優しいんだって」
(そう、なの?)
最初は
「……誰も来ないようだな」
アーサーが一歩、移動のために出した足を踏み込みと勘違いした議会派の若手はくるっと身をひるがえし、
「……まあ子供だしな」
魔導王が杖を引っ込めるとその場に出くわした人々はほっと胸を撫で下ろした。
「先生ごめんなさいよ。若いのがご迷惑かけて」
「いや」
「先生こんど遊びにきてね。いつも同じ宿じゃやぁよ」
「ああ」
町の人それぞれが日常に戻っていきながらアーサーは声をかけられ続けた。
やっと無関係の人々がいなくなり、魔導王は弟子のミラとウレイ、魔導協会の顔を見渡した。
「……大きな騒ぎにはなっていないだろう。見逃せ」
「そうもいきませんのよ」
協会派の魔女が一歩、前へ進み出た。
「あちらでお話を。先生」
魔導王一行が協会の面々に連れられて向かったのは大通りを少し外れた住宅地の一画。武家屋敷のように広く立派な邸宅の門をくぐると、中は一転して祭でもやっているかのように華やかな雰囲気。
(あ、あれ? 外から見た時より広い……?)
魔導術により見た目より大きな空間を有したこの場所は、
ウレイはミラに肩を抱かれたままアーサーと共に奥の間へと招かれた。
「おおアーサー様! まぁ
「日中は飲まん」
「相変わらずつれないですね」
アーサーは
(えらい人……!)
ミラは緊張するウレイや協会のメンバーと共に部屋の端へ腰を下ろした。文化圏が違うミラやアーサーは正座が出来ないので、片膝を立てて座る。
「議会のチビどもがご迷惑をおかけなすったとか」
「白々しい。わざわざ聞くまでもなく見ていたのだろう?」
「監督官なんで仕方なく。では単刀直入に。異世界の魔女はどちらに?」
アーサーは無言によって
「お知り合いの元へお預けに?」
「答える義理はない」
「こちらとしては、勝手に異世界から魔女を召喚した騒ぎをしずめた褒美が欲しいところなんですがね」
「お前たちが勝手に動いただけだろう。私は五百年前も今も議会だの協会だのに興味はない。あくまで中立だ」
「とは言いつつ議会よりはこっちと仲がいいでしょう?」
「勘違いをしているなら今すぐにでも去る」
「すいません。でも一応支部長なので、言っておかないといけないんですよ。仕事だと思って割り切ってください」
支部長ホタルは太い二の腕を振って部下を退室させ、代わりにと
「
ウレイとミラの前にそれぞれ
「でもねぇ、アーサー様に本気で隠されるとこちらとしても足取りが掴めんのですよ。魔女さまを果ての塔にお連れになったのは予想がつきますが、そこから先を考えようとすると思考が散っちまう。ちょっと想像したら分かりそうなもんなんですけどねぇ。先生の術は厄介だ」
普通はこの時期に新しい弟子が増えたら真っ先に異世界の魔女ではと疑うところ。しかし術の影響で彼らはそこまで考えられなくなっているらしい。
(先生が守ってくれてる……)
ウレイは有り難さと一緒にあんこの甘さを噛み締めた。
アーサー一行は
「……疲れた」
「先生ごめんなさい、私のせい……」
「ああいや、そうじゃない。これは君の保護者として当然だ。気にするな。それより協会と議会に私の居場所が割れてしまったな……。ミラ、先にウレイと一緒に塔へ戻れ」
「いやですよ。せっかく可愛い妹弟子と観光できるのに」
「ミラ」
「あっあの……わたし杖が完成するまでは日本、じゃない
言ってしまった、とウレイは顔を真っ赤に染めた。
アーサーは彼女の表情を観察してから体を起こし、ウレイに向かって腕を広げる。
おいで、という彼の言葉なき誘いに、ウレイはさらに顔を赤くしながら近寄る。
「怖かったか?」
「い、いいえ」
アーサーに体を預けるとトントンと背中を叩かれ、緊張が
(こっちに来てからずっと甘えちゃってるなぁ……)
「君は何も心配しなくていいし、何も気に病む必要はない。全て私が勝手にやったことだし、周りも勝手に騒いでいるだけだ」
「で、でも私の存在って影響が大きいみたいで……」
「言っただろう、気にしなくていい。それに塔が君を守ってくれる」
「は、果ての塔が……?」
「果ての領域に着くためには塔が出してくる試練を克服しなければならない。私は長い悪夢と不眠に悩まされたし、リドやミラ、セルもそれぞれの試練を克服したから出入り出来ている。だが君は違うだろう?」
「試練……。思い当たるものは特に……」
「そう、その反応通り塔に着いた時きみは試練を越えてきた様子はなかった。そう言う人間は初めてだよ。これでも無駄に長く生きていて弟子は多い方でね。全員とはいかないが果ての塔へ来れるか? と難題を出した。乗り越えたのはあの三人だけだ」
ウレイは異世界へ来た最初の夜、夢の中で果ての塔が小鳥のように歌っていたのを思い出した。
「……金色の……」
「ん?」
「塔が、歌ったんです。夢の中で……金色の光の波がきれいで……」
「……ああ」
アーサーはやはり、とうなずいた。彼女は特別なのだと。
「やはりあそこは、君を迎え入れるための場所なんだな」
(塔が私を? どうして……)
体を離した二人は静かに向き合った。
「塔と私が君を守ろう。だから心配はいらない、何も」
安心できる場所があるのは嬉しい。しかし、
(それなら、私はどう役に立ったらいいの?)
自分を守ってくれる優しい人がいるのに、自分はまだ何も出来ないでいる。
(守られているだけなんて悔しい……)
早く魔導を使えるようになるといいのに。そうしたら、彼の役に立つのにと。今は虚しさと無力さと不甲斐なさを
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