Ep.11『Tragic return』


★1

アシュレイ大聖堂

PM 17:26


けたたましい銃声と爆音が聞こえる。


俺は朦朧とした意識を振り払うかの様に頭を振ると、状態を起こして立ち上がろうと試みる。


身体中が悲鳴をあげている。


あの仮面の男に蹴られた脇腹が激しく痛む。


軽くさすると、やはり骨が折れている事が分かった。


やつの姿は既にない。


出血と痛みでほんの少しの間意識を失っていた様だ。


夢のようなものを見ていた気がする。


現実との境界が曖昧になっているみたいだ。


いつもふとした時に見る夢。


何者かもわからない、顔の見えない男に朝焼けの中こう言われる。


『…これは、お前の救済の物語だ。』と。


俺はなんとか立ち上がると、体を引きずりながら聖堂の扉へ向かって歩いた。


一歩踏み出す度に体に鈍痛が響き渡る。


まるで這うかの様に扉までたどり着くと、俺はノブに手を置きつつ、後ろを振り返った。


大理石の床に横たわるアルタイルの亡骸。


彼の口から語られた衝撃的な事実を振り返る。


俺たちSHADEは帝国のPlan V3という計画によって造られた兵器。


現在帝国との冷戦が続く西側諸国から拐われた哀れな子供達。


ダメだ。


痛みで思考が回らない。


とにかく俺はこの場所を離れる事を選んだ。


外が騒がしい。


一体この街で何が起こっているのだろう?


外の様子を伺うように、俺はゆっくり扉を開けた。


俺が扉の隙間から体を滑り込ませるように外に出たその瞬間とほぼ同時に激しい爆音と衝撃が俺の耳を嬲る。


爆発で生まれた衝撃波に、俺は聖堂広場の石畳に投げ出される。


強く背中を打ち、痛みにのたうち回る。


人々の叫ぶ声。


銃声と爆音。


巻き上がる煙が俺の視界を奪う。


「一体…何が…。」


港町を吹き抜ける海風が、黒い爆煙を少しづつ晴らしていく。


ー…アシュレイは戦場と化していた。


バカな。


俺が意識を失っている数分間で、一体何があったというのだ?


身の危険を感じた俺は、聖堂の壁伝いに広場を歩き、建物と建物の間に身を隠した。


状況を確認するべく、無線を仲間に繋ぐ。


「…こちら、ロック。アシュレイの聖堂広場にいる。一体何があった?」


俺の呼びかけに、無線はすぐに繋がった。


『…バロンです。ロック君、無事でしたか!!何度も無線を飛ばしたのですが、反応が無かったので心配していましたよ!』


心底安心した様なバロンの声が無線機から聞こえてくる。


『…今から数分前、例の鳥人間がアシュレイ上空に現れ、その聖堂広場を爆撃したんです。それによってパニックになった傭兵達が、ただ僕らの応援に駆けつけただけの軍を迎撃。彼らの間で突発的な戦闘状態に陥っています。』


バロンの言葉に、俺は影から広場の様子を伺った。


銃声はすぐ近くで聞こえている。


恐らく軍もすぐそばまで来ているのだろう。


「…ラクア達はどうなったんだ?無事なのか?」


『…よぉ。ガキンチョ。俺のこと覚えててくれて嬉しいぜ。』


バロンに投げかけた問いの返答が本人から帰ってきたことに、俺は少しだけ安心した。


『新基地は既に駆けつけた軍とzodiacによって制圧された。我々は今リディアでアシュレイ上空にいる。』


俺に状況を教えてくれたのはレオンだった。


どうやら皆無事のようだ。


「…そうか…よかった…。ー…ぐっ!」


安心したのも束の間、身体で再び痛みが暴れ出した。


『どうした?』


「…また、あの仮面の…男に会った…。あいつ、強すぎんだよ…。同じ場所にナイフ刺しやがって…。おまけに肋も何本かやられてる…。」


この状況で強がっても意味がないと思った俺は、素直に助けを求めるべく自分の悲惨な状況をレオンに伝えた。


『一人で無茶するからだ。何故応援を待たなかった?聖堂広場にいるのか?』


たしかにそうだな。と俺は思う。


何も検問まで超える必要はなかった。


まぁ、実際は途中で引き返せなくなっただけなんだけど。


「…そうだ。建物の影で身を潜めてる。」


それを聞いて、レオンは無線の向こう側で何かを思案しているようだった。


『…ロック。酷なことだが、リディアでは今聖堂広場までお前を回収に向かう事ができない。其処は傭兵部隊のベースキャンプになっている。用はこのパニックの中心地だ。例の鳥人間による爆撃で、傭兵達は広場に対空兵器を配備している。まだ近くをあの鳥人間が飛び回っているらしい。』


クソ。マジかよ。


俺を回収に来たら、リディアが対空砲の餌食になる可能性があるって事か。


それに、あの鳥人間自体にも攻撃される危険性がある。


そんな状況ではリディアをこの広場に下ろす事はまず出来ないだろう。


『そこから十数キロ離れた海岸近くの丘。そこまで来れば安全だ。そこで我々が降り、お前を迎えに行く。途中までは何とか自力で移動するんだ。出来るか?』


入隊以来ここまでの大怪我を負ったのは初めてだってのに、無茶言うぜ…。


いや、海上プラントのを含めると2回目か?


「…了解。何とか人目を避けながらそちらへ向かう。」


『…ロック。聞こえるか?』


レオンへの返事の後に返ってきたのはルカ少佐の声だった。


「…少佐!無事で良かったぜ…。あんたもリディアに居るのか?」


『私は今、ルノア、フリードリヒと共に新基地へ救助に来た軍と共に居る。これからzodiacの本隊と合流して全ての事後処理を行うためだ。』


相変わらず大変だな。


だが、その大変さを感じさせないいつもと同じ喋り口調は聞いていて安心できた。


『…ロック。軍は現在、騒動を鎮圧するために千人規模でお前のいるアシュレイ中心部へ進軍している。しかし、アシュレイは道が狭い。その数ゆえに軍は正面からアシュレイに入らざるを得ない。現在、お前の回収地点とは真逆の方向から聖堂広場に向かって傭兵共と交戦しつつ進軍している状況だ。つまり、お前は味方である軍を背にし、単独でレオン達と合流するしかないのだ。傭兵部隊は現在、通信網を例の爆撃で破壊され、我々の停戦命令に応じない程の混乱の最中にいる。』


つまり、最悪の条件が全て揃ってるって事だ。


応援に来た軍の協力は期待できない上、対空兵器によってリディアによる回収も不可。


俺は深傷を負った状態で、十数キロ先の回収地点まで誰にも見つからずに移動しなくてはならない。


途中までレオンが迎えに来てくれるのだけが唯一の救いか。


「…わかってる。大丈夫さ。みんなの声聞いたら、元気出た。幸い今俺は傭兵の格好をしてる。なんとかして離脱するさ。」


『…バロンです。あくまで予測ではありますが、安全性の高いルート情報をナノマシンリンクに共有しておきます。どうかご無事で!』


バロンの声を最後に無線は切られた。


同時にナノマシンにルート情報が共有され、俺は回収ポイントまでのルートを頭の中で確認した。


この混乱状況では、バイクでの脱出は困難だろう。


可哀想だが置いていくしか無い。


無事なら、きっと軍の人間が回収してくれるはずだ。


俺は痛む体を引きずりながら歩き始めた。


俺たちにのし掛かる『真実』という名のカルマを、ただ一人背負いながら。



★2

E.I.A本部

PM 17:36


無線が鳴っている。


暗い執務室で静かに報告を待っていた俺は、一息置いてからその無線を受信した。


「…俺だ。」


『ユアン。…アルタイルが死んだ。』


「…そうか。」


俺の返答に、しばらくの沈黙が流れる。


「…V-75では不可能だったか。わざわざ西に潜り込ませている諜報員を使って取り寄せたと言うのにな。エリーナ・マクスウェルの状況はどうだ?」


『…内部監査室を使ってあの女の状態を調べさせていたが、もう目が覚めたようだ。V-75の効力がどの程度効いているのかは分からんが、すぐにでもあの女が動き出すような事態になれば、計画を変更せざるを得ない。監視者達も本格的に動き始めているようだ。』


無線の相手、D1の報告に、俺は思案した。


万が一この計画がうまくいかなかった場合に考えていたもう一つの計画がある。


しかしそれは我々がしようとしていた事と目的は一緒でも、それに至る経緯はまるで違う。


大幅な軌道修正が必要になるだろう。


『だが、悪い知らせばかりではない。お前の読み通り、七貴人が管理する極秘文書が保管されている、帝都皇宮情報室へ潜入した結果、監視者達に関する有力な情報を掴むことができた。』


「…やはり奴らはハザウェイの手先だったか。」


『…ああ。彼等は軍務総省長官であり七貴人議長のハザウェイ・ラングフォードが所有する私兵部隊だ。正式名は、帝国特殊兵装機動部隊SEED。例のコードネーム、Silver Wolf、Hawk Crow、Lady Leo、Hound Dogの4名からなる強化兵集団。』


我々は彼等を略称で呼んでいた。


S.W、H.C、L.L、H.Dと。


彼等もSHADEと同じく、帝国に弄ばれ、ナノマシンの檻に閉じ込められた愚かな強化兵達だったという事なのだろう。


我々E.I.Aが様々な工作を仕掛ける中、ハザウェイはこの様な部隊で我々を牽制してきている。


そう。


彼等は我々にとっての監視者だ。


そして、あのSHADEも監視しているのだろう。


かつてのイルーザ・ロドリゲスを作り出さない為に。


「もともとあった情報では、監視者は5名いたはずだが?」


俺の問いに、D1が怪訝そうな声を溢す。


『その筈なんだが、残りのもう一人の情報は何処を調べても出てこない。除名されたのか、あるいは…。』


「まあ今はいい。わかった情報だけ伝えろ。」


アルタイルの件で、真実を知ったSHADEがどう動くのか、それに対してPlan V3を計画したハザウェイとSEEDがどの様な決断を下すのか?


『彼等SEEDは、帝国技術局によるPlan V2によって生み出された第二世代のナノマシンを持つ者達。実験によって死んだ兵士達の中の数少ない生き残りだ。』


Plan V2か。


かつてこの国に極秘裏に存在していた機関、帝国技術局で勧められていたプロジェクト。


Plan V1によって編み出された『試作型ナノマシン』を元に、更なる軍事的改良を施された第二世代ナノマシン。


それを使った、最強の兵士を作り出し量産する為の人体実験計画だ。


ナノマシン制御下における強化兵士の創造。


そして量産。


その2つを主な目的に、Plan V2の人体実験の被験者となったのは、100名以上の若き帝国兵だったと言う。


実験は失敗だった。


被験者となった兵士達はナノマシンの制御が出来ず、心臓発作の様な症状を発症したそのすぐ後にそのほぼ全員が死亡した。との記録が残っている。


その大失敗は当時の七貴人や前皇帝ルクセンにまで知れ渡り、計画は技術局の解体とともに帝国の闇に葬られた。


E.I.Aのエージェント達には、その時に作られたナノマシンを肉体的に負担のない様改良したものが投与されている。


「…つまり、失敗に終わったと思われていたPlan V2は水面下で動いていたと?」


『…そうだ。100名近い被験者の中にたまたま第二世代ナノマシンに適合していた者がおり、危険すぎるが故に帝国の地下深くに幽閉されていたらしい。それがルクセン前皇帝の死で、サキュラスが皇帝に即位したタイミングで招集された。』


なる程。


Plan V2による人体実験の生き残りである四人の強化兵。


それが監視者達の正体か。


些か5人目の存在が気になるところではあるが、常人では扱うことのできないとされたあの翼をつけて飛び回るH.Cの姿を見れば強化兵であると言う点は理解もできる。


「…監視者達…SEEDの詳しいスペックを引き続き調べろ。奴らは必ず我々の障害となる。俺の計画を邪魔するものは一人残らず排除する。くれぐれも気取られない様にな。」


現在D1の潜入している皇宮の情報室は言わずもがな、皇帝サキュラスの住うアルトリア宮殿の内部に位置している。


この世で一番と言ってもいいほど警備が厳重な場所である。


この世のあらゆる情報を網羅している我々E.I.Aすらも知らない情報はもはやそこにしか存在しないと言ってもいいだろう。


『…了解。』


「…『トールハンマー』の完成まで時間がない。サキュラスはそれの完成と同時に、この冷戦に終止符を打ち、西側諸国への攻撃を開始するつもりだ。アルタイルの作戦によって、少なくとも計画成功への決め手は得た。次脅威となるのはSEEDと軍務総省だろう。」


『…こちらは『例のシステム』についても調査を続ける。』


そう。


それこそ、我々の計画の最も重要な部分だ。


「『ゴッド・チャイルド計画』か。時期に全ては我々の手中に落ちる。A1がアシュレイから戻るまでの間、よろしく頼んだぞD1。」


俺の言葉に、D1の、御意。と言う返事が聞こえた後、無線は切られた。


「…アルタイル…先生…。」


俺は今まで、何もかもを捨ててここまで上り詰めてきた。


他人を欺き、裏切り、切り捨てながら。


これからもそうだ。


俺の覇道を邪魔するものは何人たりとも許しはしない。


神でさえ。



★3

アシュレイ西地区

PM :18:03


アシュレイ全域に対し、例の鳥人間による局所的な爆撃は依然と続いている。


一応、民間人に対する被害が広がらない様、攻撃は傭兵達の集まっている箇所に限定しているらしく、民家などの建物に対して直接的な攻撃が行われる事は無かった。


俺は怪我した体を引きずりながら、軍と戦闘が行われている地区へ駆けていく傭兵達の目を掻い潜り、レオン達との合流ポイントへ急いでいた。


「…一体、俺たちはなぜ攻撃されているんだ?!」


「わからない!あの空飛ぶ兵士と言い、軍はこの街と俺たちを使って新型兵器の実験を行おうとしてるのでは?」


「バカな!俺たちはその政府に雇われているんだろ?まさか、その為に…?」


突然、実害的な爆撃を受けた傭兵達は今の状況を理解できず、混乱に陥って俺たちの応援に来ただけの軍を攻撃している。


ここに駆けつけた帝国軍は、実際に傭兵たちに攻撃をしている鳥人間とは無関係なのだ。


アルタイルが引き起こしたこの事件を、この混乱に乗じてもみ消そうとしているのか?


物陰に隠れながら進むが、予想以上にすれ違う傭兵達の数が多い。


この街独特の狭い路地で見つからない様に進むのは至難の技だった。


『…ロック。無事か?』


レオンからの無線。


「…あぁ。今の所はな。」


『近くまで来ている。もう少しで合流できるぞ。』


彼の言葉に、俺は少し安心した。


アシュレイでの俺たちの出番は終わったのだ。


俺たちの応援に駆けつけた軍にとっては飛んだとばっちりだろうが、あとは彼らに事態の収拾を任せればいい。


「…国は、どう説明つけるつもりだ?ここまで来たら、傭兵や民間人の口にもう戸は建てられないぞ。」


『…わからん。だが、それは我々の仕事ではない。今はここから生きて脱出する事を考えろ。この事態は、本来我々が命令を受けて行なっているものではないのだ。』


確かにそうだな。


元々は、連絡の取れなくなった少佐達を案じて出動したのだから。


それに、今は考えることが多すぎてそんな事をいちいち気にしている余裕もない。


アルタイルが語った話をどう扱うべきか。


ここから脱出する事よりも、そちらの方が俺の頭の中を支配していた。


全てはあのユアン・バスクードの思うがまま。


俺たちは踊らされていただけなのだろうか?


『…そこから西に一キロ程行くと、少し開けた広場の様な場所がある。大きな市場の廃墟だ。そこで落ち合おう。』


レオンから合流ポイントの指示が飛ばされるとともに無線が切れた。


俺は、人一人がようやく通れる様な狭い路地に立ち入ると、壁に手を突きながら一歩一歩進んでいった。


少し離れたところからは、相変わらず爆音や銃声、怒号が響き渡っている。


あの仮面の男は一体何者なのだろう。


ラクアが遭遇した鳥人間も、やはりあの男の仲間なのだろうか?


あいつは俺のことを知っている人間なのか。


『…かつて私からお前が奪った様に…。』


俺があいつの何を奪った?


おそらく、これは考えても答えは出ないのだろう。


自分がArea51で兵士としての訓練を受けるより過去の記憶は、ナノマシンによって塗り固められ、封印されているのだから。


アルタイルの妄言だと信じたい。


しかし、過去の記憶の欠落と言う事象は、それが真実である事を暗に物語っていた。


「クソッ!」


痛みと想いが俺を苛立たせる。


俺が黙っていれば、全て丸く収まるんじゃないか?


一瞬そんな事を考えるが、それは本当に正解なのだろうか?


レオンも、そしてあのルノアも、イルーザ前隊長の死の真相を密かに、そして独自に追い続けているのを俺は先輩から聞いて知っていた。


そんな彼らの思いに応えられるのも俺だけだ。


そして何より、自らに隠された真実を知らないまま戦い続ける事を強いるのが正しい事だとは思えない。


「こんな時、先輩がいてくれたら…。」


お互い間違った考えに走ることはあっても、それが間違いであるとお互いにお互いを判断できるバディの存在。


しかし、不意に口をついて出た言葉を振り払う様に首を横に振った。


ダメだ。


全ては今じゃない。


ここで俺が死んだら、全ての真実が闇に身を潜めてしまう。


今は、この情報をしっかりと持ち帰ることが重要なのだ。


路地を抜けると、拓けた道にぶつかった。


この道を渡ればレオンとの集合場所は目と鼻の先だ。


『…A1と呼ばれる人物を探せ。』


アルタイルの死際の言葉。


全てを知る者であり、ユアンの腹心。


きっとこの件にはまだ何かある。


俺はそう確信していた。


「…おい。」


突然掛けられた声に俺の心臓が脈打つ。


建物の中に人がいる事を完全に失念していた。


ダメだ。


色々考えすぎていて頭が回ってない。


「…お前、ひどい怪我じゃないか。」


通りに面した建物の窓の内側から、傭兵がそう言いながら俺に歩み寄ってくる。


まずい。


その様子を見つけ、離れた場所にいた傭兵もこちらを伺っている。


幸い、最初に奪った服のおかげで負傷したただの傭兵だと思われている様だ。


クソ!クソッ!クソッッ!


後もう少しだってのに。


「…派手にやられちまってな…これから医者に診てもらう。しばらくは休業さ。」


苦し紛れではあったが、傭兵の男は心配そうな顔を俺に向けてくれた。


「…無理をするな。手を貸してやる。」


そう言ってこちらに手を伸ばすが、俺は大丈夫。とだけ言い残してその場を早々に立ち去る。


遠目にこちらを伺っていた傭兵がこちらに向かって歩いてくる。


集まられるのはまずい。


俺を心配してくれた傭兵と、歩いてきた傭兵が俺に視線を向けながら何かを話している姿を尻目に通りを渡ると、市場の廃墟へ続く細い道へ進んだ。


なんとかごまかせたか?


角を曲がる際、確認のために後ろを振り向く。


二人の兵士はまだその場所におり、未だに俺に視線を向けていた。


悪いが、お前達に構っている時間も余裕もないんだよ。


そう思いながら、崩壊した壁の間から俺は廃墟に入り込んだ。


廃墟とは言っても、もともと天井の無い構造になっていたようだ。


上から差す光のおかげで、転がる瓦礫に足を取られずになんとか前に進む事ができた。


こちとら武器もなにもない。


こんな見通しの良いとこで襲われたらひとたまりも無いだろう。


「…随分派手にやられたな。」


前方から掛けられた声に反応し、咄嗟に腿のホルスターに手が行くが、そこに銃はやはり収まっていない。


「武器も失ったか。よく生きていたな。上出来だぞルーキー。」


そう言って柱の影から現れたのは黒い戦闘服に身を包んだレオンだった。


彼の顔を見た瞬間、情けない事に腰のあたりから力が抜けて俺は地面に尻餅をつく。


「…レオン…。」


更にその背後からもう一人歩み寄ってくる。


「…おいおい俺を忘れんなよ。」


ラクアだ。


こっちは相変わらず、ラフなジャケットにハット姿である。


しかし、スナイパーライフルではなく手にはソウドオフのショットガンが握られていた。


新基地の完成検査に行く前に会ったきりだったので、なんだか懐かしい気すらしてくる。


「…わざわざ隊長と副隊長が迎えにきてくれるなんてな。」


心の底から嬉しかった。


「…動くな!」


しかし、俺の安心は突然聞こえたその怒号で再び奪われた。


二人が俺を庇うように、同じ動きで声の方向へ銃を向ける。


そこには数人の傭兵が立っていた。


「…やはりな。こっちの方向に医者なんていない。お前たち、軍の関係者だろう?」


先程、声をかけられている俺に歩み寄って来ていた傭兵だ。


その背後には、俺を心配してくれていた男もいる。


それに、俺を怪しんでいた男には見覚えがあった。


「…お前、あの時の検問にいた奴か。」


「その服装に、顔。やはりお前だった様だな。」


男はそう言うと、左手を挙げた。


それを合図に数十名の傭兵達が廃墟になだれ込んでくる。


俺たちは瞬く間に取り囲まれた。


「…この事態は全てお前たち軍の仕組んだ事だろう?俺たちを金で雇った振りをして、爆撃などとふざけた真似を…。新兵器の実戦演習をする為に俺たちを利用したのか?」


「…おいおい。確かに俺たちゃ自分達が何者なのかは明かせねぇ。怪しまれても当然だが、あの空爆は俺たちの仕業じゃねぇよ。そこに関しちゃこっちだって混乱してんだ。」


持論を展開している傭兵の男に対し、ラクアが諫める様に前に出た。


「軍による空爆じゃなかったら一体なんだ?!テロリストによるテロ攻撃か?!ならあの兵装をどう説明つける?兵士が空を自由に飛びながら空爆を仕掛けてくるなんて。テロリストにそんな事が可能だとでも?それともあれは共和国の寄越した戦闘マシンか?こんな何もない街を大海を渡って単機で攻撃する意味がないだろう。あんなおもちゃを作るのはいつだって帝国だ。実際街には軍が攻めてきているじゃないか。お前たちは裏で何かしようとしている工作員だろう?」


そう捲し立てると同時に、男は他の傭兵達に聞こえるように声を張り上げた。


「軍は新型兵器の演習をするためにアシュレイと俺たち傭兵を実験台にした!終わった後は全てをもみ消すつもりだ!俺たち傭兵は皆口封じのために殺されるぞ!」


バカな。


物凄い誤解だ。


だが、訳の分からないままアルタイルに政府からの仕事だと委員会の裏金で雇われ、訳の分からないまま軍や鳥人間による攻撃を受けている彼らからしたら無理もないのかもしれない。


恐慌が始まる…。


殺される…。


殺される…。


怯えたような声が口々に聞こえてくる。


「…まずいな…。」


レオンが銃を構えながら一歩下がった。


状況が、俺たちを話し合わせる事を拒んでいる。


沈黙。


傭兵達の視線が徐々にこちらに集まってくる。


「ラクア。ロックを守れ。」


レオンがラクアに目で合図をしながら言った瞬間。


「…殺せッ!!」


誰かが発した叫びを発端に、手にした銃での掃射が始まった。


すぐ様散開するレオン。


俺はラクアに抱えられ、瓦礫の影に身を隠す。


「ったく!なんなんだよこいつら!いい迷惑だぜ。こんなことなら助けになんて来てやるんじゃなかったな!」


ラクアはそうぼやきながら、迫りくる敵をショットガンで牽制する。


相手は民間人だ。


流石にヘッドショットは避けていた。


確かに、ラクアにしてみたら訳もわからず踊らされたような感覚だろう。


普段しない役人仕事をする為に検査に赴いた辺境の基地で謎の傭兵部隊に襲われる。


その傭兵達は自分たちの雇主であるはずの国から攻撃を受けていると完全に思い込んでいる。


この混乱の収束は容易ではない。


そして、俺からした状況はまた違う。


この出来事が全て、ルカ少佐の動きを止め、俺たちを誘き出すために行われているのだと知っているから。


見える場所では、レオンも同じように拳銃での牽制射を行っていた。


近づいてくる傭兵、こちらに撃ち返してくる傭兵の足や腕を狙う。


だが、多勢に無勢だった。


いくらSHADEの隊長、副隊長とはいえ、傭兵達のその物量に圧倒されてしまう。


クソ。


俺は生き残らなければいけない。


爺さんから伝えられた真実を知っているのは今SHADEで俺だけなんだ。


「回り込めッ!」


傭兵の誰かが叫び、その指示通り徐々に傭兵達が俺たちの後ろに回り込もうとする。


この状況で後ろを取られるのはまずい。


いま、ここで死ぬわけにはいかないんだ。


俺が先輩の顔を思い浮かべ、強く拳を握り締めた瞬間だった。


何も遮るもののない天井部分から差す光を何かが遮り、真下にいる俺たちに影を落とす。


なんだ?!


その場にいた全員がそれに気づき一斉に上空を見上げる。


ヘリだ。


一機のヘリが下にいる俺たちの様子を覗き込むように真上に滞空している。


「くっ!増援だ!」


傭兵達は、今度は俺たちそっちのけでヘリに向かって銃撃を始めた。


その隙を見て、レオンが数人の傭兵の足を撃ち抜く。


「一体ありゃなんだ?!誰が乗ってる?」


軍か?


いや違う。


軍にあの型のヘリは無いはずだ。


見覚えのある黒い機体。


まさにそれは軍務総省の専用機だった。


俺が思案していると、ヘリ側面のハッチが内側からゆっくりと開かれる。


そこから顔を出したのは…。


俺は怪我の痛みなど忘れ、叫びながら立ち上がっていた。


無線が入電し、俺はすぐにそれを受信する。


『…ごめん。お待たせ。』


間違いない。


それは紛れもなく先輩の声だった。


「…おせぇよ。」


俺の返事を聞くと、彼女はヘリの上から俺に微笑みかけてくれた。


『私が上から援護する。その隙に逃げて!』


彼女は俺たちに無線を通してそう告げると、ヘリの両翼に搭載されている機銃を起動させ、そのレバーを握り、傭兵達へ向けて撃ちおろした。


「…クソ!戦闘ヘリだ!散開しろ!」


上空からの掃射を雨のように受け、彼らはちりじりに散開した。


銃を放ちながらも少しづつ撤退していく。


「今のうちだ!いくぞ。」


レオンに肩を叩かれ、俺はラクアの肩を借りながら廃墟を脱出するべく歩み出す。


先輩が。


俺のバディーが戻ってきた。


その事実は俺にとって、隠された暗い真実さえ照らす光だった。


まるで身体中から力がみなぎってくるようだ。


「…操縦しているのはアイヴィーか?よくエリーナを出撃させたな。」


拳銃を構え、周囲の安全を確保しながらレオンが言う。


彼の表情も、少しだけ綻んでいた。


その言葉に応えるように、無線が再びヘリと繋がる。


『…無理言ってヘリを飛ばしてもらったのよ。すっごい怒られたけど…。』


先輩らしいな。


「…もう何ともないのか?」


俺の問いかけに、先輩は少しだけ答えを言い淀んだ。


『…正直ちょっとだけ怖いのかも。…機銃を握る手が震えてる。』


薬物兵器によって制御されていた感情が爆発した後遺症だろうか?


しかし、先輩はそれを乗り越え、自らの意思で戻ってきた。


その事実に俺は胸が熱くなる。


『…みんなのいるところにちゃんと戻って来れたから私は大丈夫だよ。…傭兵達は一時撤退して、近くの建物内に身を潜めたわ。今のうちにここを離れて。』


廃墟を抜け、回収ポイントまで進む俺たちの頭上を先輩たちが見守るように旋回している。


「…まだあの鳥人間が飛び回ってるかもしれねぇ。お前達もある程度援護したら離脱しろよ。」


ラクアが珍しく他人を心配するようなことを言っている。


あの鳥人間の脅威を目の当たりにしているからだろうか。


『…流石に病み上がりでそんな無茶はしないわ。ロックじゃないんだしね。』


先輩の普段の調子に、俺たち三人は顔を見合わせて笑った。


行ける。


体が軽い。


これでいい。


帝国も、Plan V3も関係ない。


俺は自分が信じた仲間たちと共にいる。


今はそれだけで十分だった。



★4


駆け付けた先輩の援護により、俺たちは無事リディアが待機していた西海岸近くの丘まで辿り着いた。


それを見計らって、先輩とアイヴィーは一足先に、乗っていたヘリで第三軍事基地へ帰投したようだ。


俺とレオン、ラクア、そしてバロンとカリン、アリスがリディアで基地に帰ると、先輩とアイヴィーが俺たちを迎え、労ってくれた。


先輩は俺の顔を見るなり怪我でボロボロになった俺に容赦なく飛びついて泣いていた。


お帰り。


ただ今。


それだけの言葉を交わしただけだったけど、再び一緒に戦えた事を喜び合うのには十分だった。


俺たちがリディアでアシュレイを発ってしばらくした頃、戦場となった街は軍によって制圧された。


後の話ではあるが、アルタイルが委員会を辞職した事が民間に向けて報道される前だった為に、事件の発端である新基地への攻撃を政府による委託ミッションだと思い込んでいた傭兵やPMCに対しては、カバーストーリーと補償が約束される等寛大な措置が取られる事となる。


まぁ、彼らに対しては同時に事件に対する厳しい箝口令も敷かれる事にはなるのだが。


新基地は今回の事件を受けて大幅な見直しが迫られ、アルタイル等が使用したプロトン・ディスターバーに対する新たな防御策も、空軍の技術チームによって計画が立ち上がった。


色んな人間の思惑が絡んだこの事件。


帝国報道局により、表向きには、新基地で開発されていた無人兵器が暴走した事による事故だという報道が民間にはされるようだった。


言ってしまうのは簡単だ。


委員会を辞職すると同時に、そこから持ち出した裏金で大量の傭兵、PMCを雇ったアルタイル。


傭兵達はアルタイルに、新基地がテロ集団によって占拠されたと聞かされ、完成検査をしていたルカ少佐達は包囲されてしまった。


アシュレイでその作戦の指揮を取っていたアルタイル本人は、死病(インキュアブル)によって死亡。


彼の目的は、ルカ少佐、ひいては軍務総省の目を逃れた場所で俺たちSHADE隊員に直接Plan V3という計画の存在を伝える事だった。


俺の前に再び現れた仮面の男S.W、そして空爆を行う事によって傭兵達の混乱を招きアシュレイを戦場にした鳥人間H.C。


彼らの思惑は未だにわからないままだ。


アルタイルが死際に残した言葉。


『ユアン…まさか、あの薬は?』


『A1を探せ。』


アルタイルにとどめを刺したのは仮面の男であったが、彼はその前に死病(インキュアブル)を発症している。


前者の言葉はそのときに彼が放った言葉だ。


まさか、国内で多くの死者を出している死病(インキュアブル)も、ユアンによる仕業なのだろうか?


そして、軍務総省内に潜んでいるというA1とは一体何者なのか?


Plan V3によって因子回収作戦の名の下に西側から帝国にさらわれてきたという俺たち。


そんな俺たちがこの国のために戦い続ける理由はあるのか?


この事件は、そして俺たちの戦いはまだ終わっていない。



To be continued...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る