Ep.9『Fragment of Truth』


暗闇の中にいた。


まるで広い宇宙空間に一人放り出されてしまったかのような孤独感。


体が凍えるように寒い。


私は膝を抱えたままの体制で、闇の中を流浪している。


ーねぇ。


どこかで聞き覚えのある声が私に語りかけてくる。


懐かしいような、悲しいようなそんな声音で。


「あなたは…誰?」


暗闇に問いかける。


その声はまるで何かに反響するかのように、響いて聞こえた。


ー私はあなた。


その言葉に、私は首を傾げた。


私?


私は誰?


私はエリーナ。


そう。エリーナ・マクスウェル。


軍務総省所属帝国特殊機動部隊SHADEの隊員。


「ここは…どこ?」


何も見えない真っ暗闇にいた。


恐ろしく寒い。


このままだと死んでしまう。


ーあなたはね。負けたのよ。過去に。思い出に。そして背負った過ちに。


負けた?私が?


「なにを…言ってるの?」


ーあなたの人生は、絶望で満ち溢れていた。覚えているでしょう?Area51での事を。あなたの絶望の始まりとなったあの日々を。


Area51。


帝国の特殊兵士養成所。


物心ついた頃には既に其処にいた。


高い塀に覆われ、周りを深い森に囲まれた陸の孤島。


クローレンツ大陸北の北部自然保護区内に設立された、特殊部隊員として戦う兵士を育成するための極秘施設。


私たちは、それぞれの適正に合わせて区分され、区分されたもの同士、訓練を受けながら同じ部屋で生活する。


そこには色々な人がいた。


特殊部隊員として軍部で成り上がり、権力を手にしようとする者。


特殊部隊員の豊富な給金を狙う者。


その中には、人を殺す快感を得ようとする者までいた。


どんな人間だろうと関係ない。


力があるものだけが、全てを手に入れる事ができた。


そんな世界に放り出され、私は一人生きていた。


ーあなたは何のため?


私は…。


わからない。


私は何のためにあの地獄の様な生活を強いられていたの?


思えば苦しいことだけだった。


ーそう。あなたには何にもない。あなたには自我さえも無かった。あの日までは。


あの日?


そう。あの日だ。


忘れようとしても忘れられない。


私と同室の無口な女の子。


成績は私たちの区分の中でもトップクラスだった。


あの子には天性の才能があったのだ。


けどそれとは裏腹に争いを好まず、あの施設に居たのはただ国に見初められたから。


孤児だったあの子は、自らの意思とは関係なく戦う事を強要されたのだ。


それ故に疎まれ、彼女は虐げられていた。


私は其処で人の醜さに触れたのだ。


あの子とも、あの子を迫害する子達とも、私は違う。


こんな醜い人間にはならない。


こんな弱い人間にも。


そう自分に言い聞かせ自分の殻に閉じこもる日々。


彼女は、地獄の様な訓練で傷ついた体にさらに追い討ちをかける様な酷い迫害に遭っていた。


どうしてやり返さないの?


あなたは本当は強い。


なのにどうして?


そう問いかけた私に、彼女は言ったのだ。


『神様が、きっと助けてくれるから。』


ーそうして、あなたは見て見ぬフリをしたわ。


「違うっ!私は…!」


ー助けられたのに。次自分が標的にされる事を恐れたあなたは何もしなかった。最後まで。その子が嬲られ殺されるまで。


違う…。


私は…。


ーあなたがその近接戦闘術を身につけたのは、誰かを守るためなんかじゃない。自分を守るためだけでしか無かったのよ。


「それの何がいけないの?!あの地獄の様な場所で生き残るためには、強くならなければいけなかった!」


ー…へぇ。それであなたは強くなったの?その結果があのシスタニアでの出来事なのかしら?


心臓に杭を打たれた様な衝撃が走る。


ーあなた、特務執行員に選ばれた事を被害者面してのうのうと生きているけど、本心は違ったんじゃないの?


「どういう…意味?」


鼓動が早くなる。


ーあら。わからない?なら私が教えてあげる。あなたはね?本当は、殺戮を楽しんでいたのよ。心が壊れたフリをして、内心では残虐に人を殺す事が楽しくて仕方なかった。あのベルトリッチという男が言った通りよ。それなのに、思いを寄せていたレンや、イルーザ隊長からは優しくされて。


「違う!」


そんな訳ない…。


そんな訳…。


ー自分の強さに酔いしれていたんでしょ?弱いものを切り刻む快感に溺れていたんでしょう?でも、あなたは強くなんか無かった。だってそうよね?あなたが本当に守りたいと思っていた筈のレンやイルーザ隊長はあなたの前から消えていなくなってしまったのだから。


「やめて!」


私は体を丸めて、両手で耳を塞いだ。


しかし、声はまるで頭の中で響くかの様に鳴り止まない。


ーそんな自分がかわいそうだって思ってるのよね。わかって欲しい、どうしてわかってくれないの?あなたは仲間のためとか任務の為とか言いながら、いつだって自分が可愛いのよ。


「違うっ!」


私は精一杯の声を張り上げて叫んだ。


ゆっくり立ち上がり、おぼつかない足取りで暗闇をゆっくり歩き始める。


違う。


「確かに…。私は弱い。強がっているだけで、根の部分ではSHADEの誰よりも弱いかもしれない。大切な仲間を失い、自分が戦う理由すら見出せなかった。」


でも。と続ける。


声は何も言ってこない。


「大切なものを失ったからこそ、今の私にはわかる。私は『失わない為』に戦う!失ってから気づいても遅いって、レンやイルーザ隊長が教えてくれた。だから、どんな小さなものだって、私はもう失いたくない。私に居場所をくれたみんなを、今度は私が守る。それが私の戦う理由!」


叫びと共に暗闇に一筋の光がさした。


懐かしい二つの顔が、こちらを優しく微笑みながら見ている。


「恐れることはねぇよ。お前は弱くなんかない。みんな、お前の力が必要なんだ。言っただろう?嫌になったら辞めちまえばいいだけの話だ。」


「あなたの存在が、みんなに勇気を与えているのよ。だから、迷うことはない。自分がやりたい様に、正しいと思った事をやればいい。」


私が愛した二人の声。


それと共に差し伸ばされる手。


そう。


私はもう一人じゃない。


難しく考えることなんて何もない。


仲間のために戦う。


それだけわかってれば十分だよね。


レン。隊長。


ありがとう。


差し伸べられた手を取ると、私の体はまるで重力が無くなったかのように軽くなり、眩い光の中へ吸い込まれていった。



★1

帝都第三軍事基地 医務室

PM16:10


暖かい光に包まれた様な気がしていた。


目を開けると、そこは私が知っている基地の医務室。


「エリーナさん!よかった…。」


聞き覚えのある声に、私はベッドの傍に目をやった。


「…アイ…ヴィー。」


なんだかずっと会えなかった様な気がする。


ハッとして、私はベッドから上半身を起こした。


「みんなは?!ラクアは?!アシュレイが大変なことに!」


記憶が飛ぶ直前。


あの廃工場での出来事を思い出し、私は一気にまくし立てる。


頭がボーッとする。


ナノマシンはオンラインになっているようだけど、ザワザワとしたようなノイズが頭の中で鳴っているような感覚がする。


「落ち着いて。新基地に出向いていた少佐やラクアさんたちと連絡が取れなくなって、隊長たちが状況を確認する為にアシュレイに向かったの。どうやら新基地は今、何者かによる攻撃を受けているらしくて。現在、軍が到着するまでの間攻防戦が続いてるみたい。敵が陣を張っているアシュレイの街にはロックくんが一人で…。」


「ロックが?!」


私が聞き返したのに対し、アイヴィーは、しまった。という顔をした。


彼女は一度軽く息を吐くと、私に現状を教えてくれた。


「…バロンさんとカリンさんが、リディアからサポートしてるから、無茶はしてないと思うけど…。」


あのバカが、無茶をしてない訳が無い。


私は、自分が今までずっと寝ていた事を呪った。


「それより、ナノマシンの調子はどう?何か変なところは無いかしら?視界がぼやけて見えるとか、手足がうまく動かないとか。」


アイヴィーに問われ、私は改めて室内を見渡した。


ザワザワするような感覚はあるものの、これといって視界に異常はない。


また、手足もしっかり動く様だ。


最後意識が途切れる前、エラーメッセージを吐き出していたナノマシンも正常に動いている。


「…大丈夫…みたい。」


私の返答にアイヴィーは安心したかの様に胸を撫で下ろしている。


「よかった。相当なシェルショックがあった筈だから…。よく、目覚めてくれましたわ。」


彼女から向けられる笑顔に私は安心していた。


先ほどまで見ていた悪夢は、注射された薬物によって異常を来していた私のナノマシンによって見せられていたものなのだろうか?


「そんなことよりアイヴィー。無茶を承知でお願いがあるの。」


「…ダメです。」


私が何を言いたいのかを察したアイヴィーが食い気味にそう言い放った。


「…まだ出撃させるわけにはいきません。薬の効果が完全に切れたとは限らない。薬物兵器はフラッシュバックを引き起こすもの。今は無理をしてはいけません。」


アイヴィーならそう言うと思っていた。


SHADEの最年長者である彼女は、隊員から影で裏隊長とまで呼ばれている。


私はこんなザマだ。


アイヴィーが私を出撃させたくないと思うのも無理はないだろう。


それが彼女の優しさである事もわかってる。


しかし、私も食い下がる気は無かった。


仲間が戦っているのに、わたしだけ眠っているわけにはいかない。


失わない為に戦う。


それが、私が銃を握る意味なのだから。


「…みんな戦ってる。もし私の知らないところで仲間が傷ついているのだとしたら私は、いま何もしないでこうしている私を許せない。」


そう訴える私の真剣な表情を、アイヴィーはただ静かに見つめていた。



★2

アシュレイ大聖堂

PM 16:50


夕方の光が大聖堂の壁一面に広がるステンドグラスを輝かせ、聖堂の中は美しく彩られていた。


外の雑踏とは無縁な厳かな空間。


「さて…何から話すべきか…。」


中央の通路を隔てた反対の長椅子に腰掛ける老人は、そう言って言葉を詰まらせている。


「…この事態は、一体なんなんだ。あんたの目的は?」


俺の問いかけに、アルタイルは言葉を探すかのように押し黙り、やがて重々しくその口を開いた。


「…全ては、帝国の影であるお前達SHADEを表舞台に引き摺り出す為の作戦だった。与えられた委員会予算の表面を削って得た資金でアシュレイの傭兵たちを蹶起させ、お前たちをここまで誘い出す算段だった。ここまでたどり着いたのがお前一人だけとは思わなかったがな。」


俺は、ここにくる途中の検問所を、傭兵がすんなり通してくれた事を思い出した。


「…俺たちをそこまでして誘い出す理由はなんだ?アンタもあのユアンとかいう奴の覇権争いに手を貸そうってんじゃないのか?テロリスト達を援助して、軍務総省を貶める為の作戦に。」


俺の問いに、アルタイルは鼻を鳴らした。


「…軍務総省とE.I.A。帝国の二大勢力による覇権争いか。成る程。お前達はそう考えたのだな。しかし、お前達が考えている程事態は単純ではないのだ。」


俺は黙ってアルタイルの言葉を聞いていた。


ハッキリしない物言いに、徐々に苛立ちが湧き上がってくる。


「…私もあの男も、世界大戦後の覇権などに興味は無い。強いて言うならば、そうだな。これは『贖罪』なのかもしれんな。少なくとも、私にとっては。」


老人の言葉に俺は眉を顰めた。


「贖罪…だと?わざわざこんな形で呼び出して迷惑かけてすいませんでしたってか?それで済まされる状況じゃねぇだろ。少なくともそう言う事なら、あのユアンとか言う奴をここに呼んでくれ。あいつに直接話を聞かなきゃ気がすまねぇぜ。何を企んでんのか、洗いざらい喋ってもらう。」


感情に任せたような俺の言葉に、アルタイルは再び沈黙した。


自分が持っている情報をどこまでこちらに曝け出すかを吟味するかのように。


贖罪。


それが一体何に対するものなのかわからない。


「…ユアン・バスクードは恐ろしい男だ。」


アルタイルが言ったのは、また別の話だった。


しかしそれはわかる。


『生還おめでとう…。』


庁舎のロビーと、あの廃工場で見た全てを見透かしたかのような冷笑。


見ているだけで背筋が凍りつきそうになる。


この国を支える一機関のトップでありながら、数々の裏工作を働いてまで目的を達成しようという執念も恐ろしい。


「ユアンは私の教え子であり、息子のような存在だった。」


驚いた。


そんな俺を横目に、老人はまるで過去を懐かしんでいるかのように言葉を紡いだ。


「二十年以上前の事だ。私がまだ軍にいた頃。ユアンは私の預かっていた陸軍小隊に配属されてきた。まだ十代半ばぐらいの子供だったがな。もともと奴は、帝国皇家に連なる名門貴族の出だった。それが親族の手酷い裏切りにあい没落。首都近郊のスラムへ流れ着いたのだ。幼少期から貧しい生活を強いられていたユアンは、出世欲、権力欲に取り憑かれ、軍で名を挙げることによって確実に国内での力を勝ち取っていった。その為には手段を選ばない。仲間を裏切り、見殺し、切り捨てる。そんな男だ。」


あの若さでE.I.Aの長官にまで登り詰めた男の素顔を垣間見たような気がした。


まるで俺達とは真逆だ。


ー 自分を通すなら出世しろ。


少佐の言葉が頭の中を駆け巡る。


「…そのユアンとあんたが手を組んで、様々なテロを帝国内で企てていたんじゃないのか?過去の縁で。」


俺の詰問に対して、老人は否定も肯定もしなかった。


「確かに、委員会で管理していた兵器や資金を流したり、庁舎に爆薬を仕掛けるバックアップをしていたのは私だ。」


真実がつながっていく。


フロレイシアの引き起こした、庁舎占拠事件と爆破未遂事件。


それらは、一塊のテロリストだけでは明らかになし得ない規模の事件だった。


最新鋭のF.A.Sや、入念に計画されていたであろう爆薬の配置などを見れば明らかだ。


委員会庁舎を管理する国防委員長その人の協力あって初めて成し遂げられたのだろう。


占拠事件の時、突入した会議室にアルタイルの爺さんも人質として捕らえられていた。


俺たちの目を欺くために、自らが俺たちに掛けられた凍結を解除して出動させる為の生き餌となっていたのだ。


「…お前達を表舞台に引き摺り出し、直接の接触を試みる。その為にはまず、七貴人にSHADEの凍結を解除させ、お前達を出動させざるを得ない状況を作り出す必要があった。この国のあらゆる人間から見ても自然な形でな。我々は、お前たちの上がる舞台を作る為だけに、あの庁舎での事件を演じたのだ。お前たちSHADEの戦闘データを欲しがるユアンと、それを餌に死刑囚である兄を解放しようとしていたフロレイシア。私は、ユアンには逆らえなかった。息子同然の奴を国に売る事で国防委員長の座に着いた私には。しかし、奴はそんな私の負目ですら計画に利用した。そうして私達は、ユアンの提唱した作戦を実行するに至った。」


俺たちSHADEの凍結が解除されるきっかけとなった国防委員会庁舎での事件。


既にあそこでは、こいつらの様々な思惑が錯綜していた。


何も知らない俺たちが事件を阻止したかのように見えていた。


しかし、その裏で少なくともユアンの目的も同時に達せられていたことになる。


軍務総省とE.I.A。


決して交わらない二つの勢力を繋ぐ。


それが、アルタイルの役割だったのだろう。


そこまでして、俺たちと直接接触する目的とは一体なんだ?


『贖罪』。


そう言った老人の顔には脂汗が浮かんでいる。


酷く顔色が悪い。


「どうした?調子でも悪いのか?」


俺の問いかけには答えず、代わりに老人は激しく咳き込んだ。


「…いや、大丈夫だ。いいか。落ち着いて聞け。ここからが重要な事だ。」


アルタイルは呼吸を整えながら俺を制する。


俺は言われた通り彼の言葉を待った。


今目の前の老人は真剣に何かを俺に訴えようとしている。


俺たちの敵なのかもしれない人間ではあったが、それだけは伝わった。


「お前達を舞台上へ引き上げ、全ての真実を伝える。それこそが私のユアンの目的だった。…結論から…言おう。…お前たち、SHADEの隊員は…。帝国の人間ではない。」


何?


一瞬、何を言っているのかがわからなかった。


「どういうことだ?」


帝国の人間じゃない?


その言葉の意味が、徐々に俺の頭を侵食するように滲み出す。


じゃ無かったら一体何だというんだ?


「…Plan V3。計画はそう呼ばれていた…。」


まて、この爺さんは何を話している?


思考が追いつかない。


「…かつて…この国には、『帝国技術局』という機関があった。かなり昔の話だ。」


カリンがレオンに報告したというあれか。


ラクアが見た例の鳥人間。


その兵装を開発しようとしていたと言う、今は無き帝国の研究機関。


「現皇帝サキュラス・レム・クローレンツが、帝になる前。彼によって極秘裏に設けられた研究機関だ。そこでは、当初まだ実用化されていなかったナノマシン技術を確立するための研究が行われていた。」


「ナノマシン…。あの皇帝が?」


ここ数年で、当たり前のように普及した技術だ。


この国においては現在ほぼ全ての民間人にも普及しており、その生活の基盤となっている。


人と人を繋ぎ、個人のステータスを管理し、数値化する。


現在の帝国の社会を支える、なくてはならない技術。


そして、世界の覇権を圧倒的に変えてしまうような強大な軍事力を生み出した源。


「技術局の開局当初に研究されていたのは、軍用ではないナノマシンだった。今の民間人に普及している第四世代ナノマシンのようなものだ。しかし、Plan V1と言う人類初のナノマシン開発計画によって、研究の目的は大幅に修正。軍用ナノマシンの開発にシフトした。」


ナノマシンを作り出すための研究Plan V1…。


そこから全てが始まった。


まるで、今当たり前のように体を循環しているナノマシンの歴史を見ているかのようだ。


「Plan V1は、人類史上初となる人体実験だった。選ばれたのは2名の若き帝国兵。開発されたナノマシンが、人体にどの様な影響をもたらすのか、どの様に作用するのかを知るための実験だったそうだ。しかし、実験によって世界初のナノマシンである『試作型』を投与された兵士は、凄まじい『力』を偶然にも得たらしい。詳しい記録は残っていないが、それが軍用ナノマシン開発にシフトしていった原因だ。しかし、Plan V1の実験データをもとに新たに計画されたPlan V2によって編み出された第二世代ナノマシンは失敗の後廃棄された。試作型ナノマシンの時のような特殊な力を持った兵士を量産しようと考えたのだ。わかっているところでは、その実験によって何人もの兵士が死に、それが明るみに出ることによって、前皇帝ルクセンの命により、技術局は解体に追い込まれた。と言うことだ。」


Plan V1の被験者は凄まじい『力』とやらを得た。


そんな力を持つ兵士を量産しようと、何人もの兵士が実験体にされ、殺された?


それをやったのが今平然と玉座に座っている皇帝、サキュラス・レム・クローレンツだと言うのか。


言葉を失う俺を尻目に、アルタイルは時々咳き込みながらも話を続ける。


風邪でもひいているのだろうか?


たしかに、今の状況は老体にはなかなか堪えるだろう。


「…しかし、それから数年後。とある二人の人間によって、計画が極秘裏に受け継がれることとなった。それが、お前達の関わるPlan V3だ。」


「…その二人ってのは?」


老人は苦しそうに咳払いをすると、ゆっくり顔を上げ、真っ直ぐに俺を見据えた。


年寄りではあるが、その眼差しは様々な地獄を乗り越えてきた者が持つ気迫を帯びている。


「…一人はアルテミス・ドラクロワという人物だが、こちらは十五年ほど前に死亡しているという記録がE.I.Aに残っている。だが、もう一人は存命している。それも、お前達がよく知っている人物だ。」


そう言われ、俺は固唾を飲み込んだ。


アルタイルはゆっくり口を開く。


「…ハザウェイ・ラングフォード。現軍務総省長官であり、七貴人の議長も務めている男だ。お前達SHADE、zodiacの実質的オーナーでもある。」


あまりに強大な権力を持つ人物の名前が出てきたことに俺は言葉を失った。


この国を陰で操る機関の、それもトップの人間だ。


「俺たちが帝国の人間じゃないことと…ハザウェイ長官が行ったPlan V3との関係は一体…?あんたは一体何を俺に伝えようとしている!?ユアンの目的は?!俺たちの敵は一体誰なんだ!?」


吠える俺を、アルタイルは冷静に制した。


まずは黙って聞け。と言うことだろう。


「…Plan V3。Plan V2の失敗を元に新たに開発された第三世代のナノマシンによって最強の兵士を生み出す計画。Plan V1やPlan V2と大きく違う点は、使った被験体だった。技術局時代の初期二計画では、現役の帝国兵が被験体になったのに対し、ハザウェイ等が計画したPlan V3ではもっと無垢で純粋な被験体を使用した。第三世代のナノマシンを被験体に投与し、その成長と教育課程からの訓練を徹底することによって最強のキリングマシーンを作り出す計画だったのだ。」


「…無垢で純粋な…つまり…子供か…。」


俺の中の嫌な予感が一つ一つ確信になっていく。


俺たちの雇い主であるハザウェイ長官が、幼い子供にまで手を出してそんなものを作り上げようとしていたなんて。


「…そう。察しがついたか?Plan V3の被験体となった子供は全部で八名。彼らは、大海を隔てた西大陸クロヴィエラ領海の孤島セントリーガス島から拉致された。アルテミス・ドラクロワ発案による、因子回収作戦によってな。セントリーガス島から回収された八名の子供たちは帝国の地へ連れ拐われ、第三世代ナノマシンを投与された。その後、戦闘の技術を徹底的に叩き込む為に皆Area51へ収容されたのだよ。」


「その被験体の子供が、俺たちだってのか?!そんなバカな話があるか?!俺がArea51に入ったのはたったの十年前だぞ!?十歳ぐらいの時の記憶が無いわけ…ー」


……。


…………?


あれ?


自分で言っていてわからなくなる。


俺は、Area51に入る前は何をしていた?


頭の中が痺れるような感覚…。


まるでナノマシンが記憶にベールをかけているかのように思い出せない。


「自分がどこの出身で、両親は何者で、どう言う幼少期を過ごしたのか、答えられるまい。それが何よりの証拠だ。第三世代ナノマシンによって、お前達が帝国に来る前の記憶は脳の深い場所に封印され、上書きされるかのように帝国兵としての記憶を植え付けられた。」


「…そんな…バカな…。」


記憶を消され、戦うことをプログラムされた存在。


それが俺たちSHADEだと言うのか。


「この帝国軍において、お前たちだけが特に若いのはその為でもある。」


アルタイルはそう言ってから、少しだけ俯き、悲しそうな顔をした。


「…イルーザ・ロドリゲス…。彼女も被験体の一人だった…。人一倍高い知能を持つ彼女は、自らの出生や生い立ち、存在そのものに疑問を持ち、そしてその真実を知ってしまったのだ。彼女は本来の祖国である西のクロヴィエラ領、悲劇とも呼べる因子回収作戦の行われたセントリーガス島への亡命を企て、その計画を悟った七貴人の決定によりこの世から抹消された。」


俺は再び言葉を失う。


イルーザ隊長には会ったことがない。


だが、その死については聞かされていた。


未だに解明されていない、初代SHADE隊長の死の謎。


その真相にも、俺はたどり着いてしまったのだろうか?


ナノマシンによって洗脳された、最強の兵士を生み出す計画Plan V3。


その技術が他国に漏洩することを恐れた七貴人の手によってイルーザは消された…と言うことなのだろう。


一体誰が?


七貴人全員?


Plan V3を計画したハザウェイ?


それともユアン?


いや、そもそも彼らがその時の七貴人のメンバーだったのかすらわからない。


この国の上層部は、闇に包まれている。


強大な闇に。


「誰がイルーザ・ロドリゲスを消したのかは私にはわからない。記録では、サキュラスの命で現地を調査し、因子回収作戦の為の被験者リストを作成したのはE.I.Aであるユアン。そして、そのリストに載った子供達を実際に回収したのは、ハザウェイとされている。アルテミスは計画の発案者であり、その時には既に死亡していた筈だ。」


その三人のうちの一人がイルーザ隊長を?


しかし、アルテミス・ドラクロワという人物が記録上十年以上前に死んでいることを考えれば、残るのはユアンとハザウェイの二人ではないか。


俺は、ユアンのあの冷たい表情を思い浮かべた。


ハザウェイ・ラングフォードは腐っても俺たち軍務総省側の人間のはずだ。


俺が思考を巡らせていると、老人は言葉を紡いだ。


「ユアン…。あの男をあそこまで凶悪な人間にしてしまったのは私だ。私はユアンが恐ろしかったのだ。師である私を遥かに超える権力を手に入れたあの男が。利用価値のない者は即座に消される。だから、私は言われるがまま、彼らに武器や兵器を横流し、庁舎に爆薬を仕掛けた。」


利用できる者はなんでも利用する。


それが例えフロレイシアのような危険な男でも、かつての恩師であっても。


「私は、かつてあの男を国に売った。仕方がなかったのだ。この国で、権力に逆らう事は出来ない!わかるだろう?!ユアンは私を恨んでいる。私にはあの男に逆らう事は出来ない。」


老人は必死な様子で俺に訴える。


だがそんな事、今俺に言われても困る。


それが俺の正直な感想だった。


それが全ての真実だと言うのなら、俺たちが命をかけて守ろうとしていたものは一体なんだったんだ?


国への忠誠心は?


人類に平和が訪れると信じ戦い続けてきた誇りは?俺たちを突き動かしていたイデオロギーは?


全てが俺の中で崩れ去っていく。


『お前達は殺戮のために、信じる国家に作り上げられた殺戮兵器だ。』


突然そう言われ、その現実を叩きつけられ、理解できる兵士が居るとでも?


居るはずがない。


存在価値が、理由が見えない。


ずっと信じていたものに裏切られたような、そんな気分だった。


俺たちは自分の意思で戦っていたのではない。


機械のように戦わさせられていたのだ。


仲間を思うこの気持ちですら、ナノマシンによってプログラムされたものなのかもしれない。


「少佐は…。この事を知っているのか?知っていて俺たちを…?」


失意の中、やっとの事で俺はそれだけを老人に問いかけた。


「わからん。だが、この作戦であの女の動きを封じたのには意味がある。幾らお前達にとって信頼のおける人間だとしても、彼女は軍務総省の役人であり、あのハザウェイの副官でもある。イルーザが計画を知り七貴人によって消されてしまった様に、彼女がその真実を知ることによって今度はお前達が暗殺の対象になるリスクが高まってしまう。お前たちには選択権がある。帝国の兵器として死ぬまで戦いに身を投じるか、自ら自由を手にするか。それは、お前たち自身で決めるがいい。」


…あんまりだ。


口をついて出たのは、子供のような陳腐なセリフだった。


そんなとんでもない話をされ、後は自分たちで決めろだと?


「…ユアンが真に何を目的にしているのかは私にも分からん。帝国の暗部とも言えるお前達の存在を抹消したいのか、あるいは何かに利用するつもりなのか。しかし、その為にお前達をわざわざ壇上に引き摺り出した。この私すら利用して。…私はもう疲れたのだ。権力に頭を押さえつけられるのも、ユアンに怯えながら過ごすのも。この事態も、全てユアンの計画だ。しかし、私はお前達にせめてもの真実を…ー」


アルタイルが言葉を紡ごうとしたその刹那。


彼は激しく咳き込み、床に膝を突きながら床に伏していった。


胸を押さえ、苦しそうに床をのたうち回る。


さっきから顔色が悪かったが、尋常じゃない汗をかいている。


「おい!?どうした!?」


すぐさま駆け寄る俺。


しかし、まるで俺の手を振り払うかのように老人が落ち着く様子はない。


「アンタ…!まさか!?」


いや、間違い無いだろう。


足元を苦しそうに転げる老人を見て確信する。


「…死病(インキュアブル)か…!」


この国内において多数の死者を出している原因不明の病。


発症者はまもなく死亡する。


なす術は…無い。


アルタイルは縋るかのように俺に手を伸ばして苦しむ。


「…ユ、ユアン…っ!…まさか…あの…薬は…!」


そう叫びながら、アルタイルは俺の足を必死な様子で掴む。


老人の力とはとてもじゃ無いが思えない。


「…セブ…ンス…。A1と呼ばれる兵士を…探せ…。全てを知っている。お前達の…行く末も…A1はユアンの側近…軍務総省の中に潜伏している…。奴を…ー」


その瞬間。


大聖堂に1発の銃声が鳴り響いた。


大聖堂の高い天井に反響する1発の銃声が。


「バカな…!?」


俺は驚愕した。


撃たれたのは、目の前で苦しんでいたアルタイルだった。


老人はこめかみから血を流し、先ほどまでの生に縋るような断末魔の気迫は霧散していた。


そこに確かに居たものが、今はただ有るだけだ。


俺は即座に銃を引き抜き、同時に背後を振り返る。


銃口を向けたその先で、見覚えのある無機質な白い仮面が微笑んでいた。


「…てめぇ…!」


仮面の男はゆっくり、手にした銀色の銃をホルスターに収めた。


「…死病(インキュアブル)の苦しみから解き放ってやったまでだ。相応の罪を犯したものに与えられる相応の罰。」


男の銀髪は、大聖堂のステンドグラスから差し込む光を受け、神々しく輝いている。


体のラインが浮き出るほどタイトな純白の戦闘服と共に。


「…お前は…何者なんだ!」


構えた銃を握る手に力が入る。


だめだ。


俺は今日、初めてこの男と対峙した時のことを思い出す。


こいつは人の心が読める。


感情に任せたのでは絶対に勝てない。


しかし、仮面の男を再び前にして、俺は焦るとともに怒り、恐怖し、慄いている。


さまざまな感情が入り組んで、頭の中を駆け回っている。


「…私は私だ。お前はどうなんだロック・セブンス?お前は何者だ?祖国に裏切られた哀れな子供よ。」


「黙れぇっ!!」


俺は躊躇うことなく引き金を引いた。


2発、3発。


続けて。


しかし、まるで男はダンスでも踊っているかのように、俺が放った弾丸を全てスレスレのところで避けていく。


弾道が全て読まれていた。


それでも俺は引き金を引きつづけ、やがて銃は乾いた音を立てて鳴り止んだ。


奴は俺の銃の弾が切れるタイミングがわかっていたかのように、それと同時にナイフを投げてくる。


まただ。


投げた。と思った瞬間にはその刃は今日の廃工場でやられた全く同じ場所に突き刺さっていた。


「…ぐっ!…てめぇ…!」


「感情が制御できていないぞ?ロック。それは果たして何に向けた怒りなのか。いや、怒りではないな。私が怖いのだろう?」


クソが…。


俺は、腕に刺さったナイフを無理やり引き抜くと同時に、男に向かって鋭く投げつけた。


しかしやはり読まれている。


男は俺の投げたナイフを、体を回転させるようにしてキャッチすると、何事もなかったかのように元々収まっていた腕のナイフポケットにそれを戻した。


「俺が何者だって関係ねぇよ。俺の考えは何も変わっちゃいねぇ。」


空になった拳銃を床に放り投げると、俺は腰のホルダーからナイフを抜いた。


投げるためのものでは無い、近接戦闘用のサバイバルナイフだ。


銃がダメなら白兵戦。


一度目の時から何も学んでいないが、ダメだろうと分かっていても今の俺にはそれしかないと言う様な名案に思えた。


「…俺は、気に入らない奴や、くだらない事に仲間を巻き込むような奴をぶっ飛ばす。任務や権力に踊らされる気は、今の俺には毛頭無い。」


言葉と同時に俺は踏み込んだ。


素早くナイフをその仮面のある位置へ突き出す。


男はそれを最小限の動きで交わすと、ナイフを突き出している俺の腕を取り、同時に俺の懐へ踏み込んで俺を後方へ投げ飛ばした。


背中から、大聖堂の大理石で出来た床に思い切り叩きつけられる。


だが諦めるわけにはいかない。


そのまま床で体を横に回転させると、手にしたナイフを振り、その勢いで男の足を狩りにかかった。


しかしそれも届かない。


いや、正確には届いていた。


だがナイフの刃は男の足首ではなく、その硬いタクティカルブーツの靴底によって受け止められていた。


奴はそのままナイフ共々俺の腕を床に踏みつける。


「…ぐっ!」


武器と片腕を封じられた俺は、空いている方の手で男の腿の辺りを殴りつけようとするが、ねじ伏せられ、片腕が踏みつけられている状態ではその拳に力が入らない。


「哀れだな。ロック。今のお前から、奪えるものは何もない。」


彼はそどこか悲しそうな声音でそう言い捨てると、俺の腕を踏みつけているのとは逆の足で思い切り俺の脇腹を蹴り飛ばした。


「…ガッッッッ!」


胃液と共に吐き出される叫び。


強烈な蹴りに、俺のあばらの何本かが砕かれ、聖堂中央の通路に跳ね飛ばされる。


「…私にも奪う喜びをくれ。私は…お前が強く光り輝いた時のその光が欲しいのだ…。かつて、お前が私から奪った時のように…。」


そう言いながら男はゆっくりと、椅子の残骸にもたれ掛かる俺のすぐそばを歩いて通り過ぎていった。


まるで何事もなかったかの様に。


奴が開けた扉から夕日の光が差し込む。


男は扉に手をかけたままこちらを振り返ると、ゆっくりとあの仮面を外した。


銀色の、シスタニア人の持つものとはまた違う髪が光り輝いている。


開いた扉から差し込む光と、男の姿が逆光になり、その顔はシルエットでしか捉えられない。


まるでいつも見ていたあの夢と同じ光景だ。


黒いシルエットの口がゆっくり開く。


まるで、夢の続きのように。


「…これは…お前の救済の物語だ。」



To be continued...

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