Ep.9『Separation 』


★1

SHADE専用輸送機リディア機内

PM 15:46


俺たちは、突如連絡の取れなくなった少佐とラクア達の安否を確認する為に、アシュレイ郊外に新設された新基地へ向かうべく動き出していた。


消えた委員会の面々と、改竄された予算記録。


軍務総省内部監査室のベルトリッチ。


七貴人の一人E.I.A長官のユアン・バスクード。


そして、監視者と呼ばれる仮面の男。


鉤爪の刺青(クロウ)による三ヶ月前の廃プラント事件と、先日の委員会庁舎での事件。


全ては国外から帝国に対して行われていたテロだと思われていた。


しかし、ユアンやベルトリッチの様な存在が明るみに出てきた事で、帝国内部で何かが起ころうとしていると言う予感を俺達は肌で感じることとなったのだ。


こうなって来ると俺たちの様な一小隊では判断が難しい。


俺達の銃口は、内ではなく常に外側に向けられているのだから。


SHADE専用輸送機リディア。


文字通り、俺たちのために母体である軍務総省がSHADE専用に作り出した輸送機だ。


俺たちのニーズをヒヤリングして、カリンが設計。


空軍の技術開発チームがそれを形にしたらしい。


カリン一人でも動かせる、自動操縦機能とナノマシンアシスト機能搭載のステルス機。


各隊員の装備品はもちろん、機内でブリーフィングを行う為の部屋やシャワー室なんかも完備されている。


まさに俺達専用の天空要塞だ。


俺たちは、操縦席後部のオペレーションルームで機体の揺れに身をまかせ、各々装備を整えながら静かに現地への到着を待っていた。


「…ダメですね。やはり、何度通信を試みても繋がりません。一種の通信防壁の様なものが展開されている様です。」


いつもは私服でデスクワークに勤しんでいるバロンが、現場に出るとあって珍しく戦闘服を着ている。


軍務総省のイメージカラーである黒い戦闘服だ。


zodiacも同じく黒い戦闘服なのだが、俺達の着ているものは全員が同じものに統一されている訳ではなく、隊員事にデザインや機能が違う。


少数で方々の実力者を集めた精鋭の部隊であるからこそ、戦闘服もそれに合わせて個々の個性を生かせる様なものになっているのだ。


その一例として、バロンの腕にはタッチパネル型のウェアラブル端末が装備されており、それを使うことによって現場でも基地にいる時と同じようなオペレーションを行うことが出来る。と言った具合だ。


「…バロン。皆。ちょっといい?」


様々な可能性を考慮し、色々な通信手段を試みているバロンとそれ以外の全員に向けて声が掛けられ、俺は俯かせていた顔を上げた。


先ほどから黙ってリディアを制御していたカリンが操縦席から顔を覗かせる。


自動操縦モードに切り替えたらしい。


発着陸さえちゃんと面倒を見てやれば、リディアは自動制御できる。


呼びかけに反応して注目したみんなに対し、カリンは思案げにゆっくり口を開いた。


「実は、この電波状況心当たりがあるんだよ。」


「…心当たり?」


俺たちの座っている備え付けのベンチの空いていた部分に腰を掛けたカリンを見ながら、レオンが復唱する。


こちらも珍しくいつもの役人然とした黒いスーツではなく、同じような戦闘服に身を包んでいる。


いやむしろ、レオンが戦闘服を着てる姿は初めて見るかもしれない。


見慣れていないせいか少し違和感があるな…。


しかし意外にシンプルな作りになっており、装備品は腰回りだけの様だ。


カリンはいつもと同じ、軍務総省のロゴがはいったメカニック用の繋を着ている。


そんな俺のどうでもいい考えを無視するかのように、カリンが俯き加減で口を開いた。


「…E.I.Aと聞いて思い出したんだよ。あたしがSHADEに来る前。まだ空軍の技術チームにいた時に、あたしがいた部署とは違うところで、とある兵器が開発されていたんだ。それも、例のE.I.Aからの依頼でね。」


カリンの言葉に、俺たち全員が固唾を飲んだ。


沈黙を破り、一人だけ冷静そうなレオンがカリンに質問を投げかける。


「兵器だと?」


カリンは頷くと立ち上がり、俺たちの周りをゆっくり歩きながら話を続けた。


「電子妨害兵器だよ。特殊な電磁波を放つ金属片をステルスドローンによって敵地にばら撒き、撒かれた地域一帯に電子防壁を作り出す兵器さ。全てのネットワークや通信システム、ナノマシンリンクでさえ無効化して、場合によっては電子機器を過負荷によって物理的に破壊することもできる。当時担当ではなかったし、完成する前にあたしはSHADEに移動になったから理論上の話しか知らないんだけどね。」


カリンの説明に、レオンとバロンが顔を見合わせた。


成る程。


ドローンを使用することによって敵地に潜入するリスクを抑えつつ、電子防壁の中敵を混乱させる兵器なのか。


通信手段を奪うことによって連携を取らせず、スタンドアローンの状態になった敵を一網打尽にする事も可能だろう。


しかも、それを開発依頼していたのがE.I.Aだったとは。


ますますE.I.Aに対する疑惑は深まるばかりだ。


「その兵器が現在少佐達がいる新基地に向けて使用されていると?」


レオンの質問に、カリンは、多分ね。と呟いた。


「それって、俺たちも危ないんじゃないか?防壁が展開されてるエリアに入ったら、俺たちまでスタンドアローンになるだろ。」


俺たちは現場の状況を把握していない。


その状態で飛び込むのは危険ではないのか?


二次災害に成りかねない。


「そこで、SHADEの天才メカニック、カリンちゃんの出番ってわけよ。」


俺の不安そうな顔を見ながら、カリンは余裕に笑って見せた。


彼女は隅の方に置いてあったジュラルミンケースを手に取ると、みんなが集まっているちょうど真ん中の部分にそれを置き、開いた。


皆が一斉にケースの中を覗き込む。


そこには、手の平サイズの小さな端末が複数収められていた。


カリンがそのうちの一つを手に取る。


「…ウイルス兵器が、ワクチンとセットじゃないと買い手が付かないのと一緒さ。味方まで通信妨害を食らってたら元も子もないだろ?そこでコレ。元々は過酷な電波状況にも耐えられる大容量の通信方式を確立するために開発していたんだけど、今回はこいつが役に立つだろう。いくらナノマシンに圏外の概念がないと言っても、強力なノイズのせいで体内無線ですらままならない。空軍の元同僚に言ってかっぱらってきてもらった。」


かっぱらってもらったって、それは…カリンが天才とか以前の問題では…?


そんな事を考える俺を尻目に、試運転と行きますか。と、カリンは得意げに端末側面のスイッチを押してそれを起動させた。


デジタル表示で、standbyの文字が表示される。


ナノマシンに依存しない、独自の大容量通信方式をもつ端末か。


確かに準備はいいな。


「人数分あるから全部持っていってくれ。代用品だけどコイツを介してなら理論的には例の兵器に対抗して通常通信ぐらいは出来るはずさ。そうは言っても、ナノマシンによる感覚の制御や感情制御、ナノマシンリンクなんかは電磁波の影響をもろに受ける。心身のケアも怠るんじゃないよ。」


カリンはそう言いながら手にしていた端末を俺に手渡し、じゃあ、がんばれよ。と言い残して再び操縦席へ戻っていった。


俺たちは顔を見合わせ頷き合うと、カリンから支給された端末をそれぞれ腰のベルトに装備する。


「…そろそろだな。アリス、何か見えるか?」


機内後方にある窓の近くで外の景色をボーッと眺めていたアリスが、レオンに突然声を掛けられ、ビクリと体を震わせる。


「は、はい。」


彼女は腰のポーチにある双眼鏡を取り出すと、窓の外にレンズを向けて覗き込んだ。


そしてすぐに、アワアワしだし俺たちを振り返る。


「!?新基地が凄い量の兵士に包囲されています!」


「貸してくれ。」


俺は立ち上がってアリスの元に歩み寄ると、彼女の手から双眼鏡を借り、同じように窓の外の状況を確認した。


「…ラクアさん、大丈夫かなぁー?」


アリスがシュンとした様子でそう言っているのを聞きながら、俺は双眼鏡の倍率を上げた。


アリスが言った通り、遠くの荒野に佇む新基地を取り囲むように、謎の武装勢力が蠢いている。


双眼鏡で見える範囲の敵は皆ラフな装備を纏っていた。


まさか、敵は傭兵やら民兵なのか?


俺は、彼らが新基地に向かってくる道順を双眼鏡で辿る。


一般にも出回っているような四駆車に乗り、荒野の道無き道を新基地へと向かって進軍しているようだ。


その後方には、港町アシュレイ。


彼らは明らかにアシュレイから進軍してきている様だ。


「アシュレイから進軍した傭兵の様な奴らが新基地を攻撃してる様だ。本隊が居るとしたらアシュレイ市内か。どうするレオン?」


俺の呼び掛けに、レオンは顎に手を当て思案する。


「…よし。突入する前に、軍務総省へ応援を要請しておこう。私たちは二手に分かれる。新基地にリディアに積んである武器弾薬、そして私とアリスを降し、ロックはこのままリディアに乗って単身でアシュレイへ潜入しろ。まずは状況を把握する事が先決だ。バロンとカリンは上空からロックを支援。応援が来るまではくれぐれも無理をするな。」


レオンの指令に俺たちは全員で声を揃えて、了解。と返事をした。


徐々に近づいてくる新基地。


それにつれ、体内のナノマシンから何か得体の知れないノイズのようなものが発せられていることに気づく。


胸がざわざわするような感覚。


全身の皮膚がピリピリしてくる。


ナノマシンの異常は俺たちの感覚器にも影響を及ぼすようだ。


「どうやらもうすぐ防壁のエリアに入るようですね。ナノマシンリンクが切れかかり、オフラインになりそうだ。カリンさんの端末によって無線連絡だけは取れるでしょうが、ナノマシンが機能しない為色々な感覚が鈍ってしまうので皆さん気を付けて。この電波妨害が特殊な金属片を散布する事で行われているのなら、リディアは高度を上げれば問題ないはずです。」


バロンの呼びかけに、俺は頷く。


ナノマシンリンクによって俺たちはいつでも繋がっていた。


作戦行動においては、各隊員がどのような状況に置かれているのかを肌で感じることができていたが、防壁の中に居るといつも俺たちをサポートしているナノマシンがうまく作動しなくなってしまう。


「ここからは、我々個人個人の判断力と生身のチームワークが試される。各員気を引き締めろ。」


レオンが皆の顔を見回しながらそう言った。


やがて、輸送機は新基地の上空へたどり着く。


その屋上を目掛けてゆっくりと降下する。


やがてリディアの存在を空に確認した敵の兵士達は、一斉に輸送機目掛けて射撃を始めた。


しかし、彼らの持っている銃器では特殊装甲に覆われたリディアには傷一つ付けることはできないだろう。


カリンは、降下する際にレオン達自身が狙い撃ちされない様、なるべく屋上の中央辺りに向かって輸送機の高度を下げて行った。


「早く降りて!電磁波で機体がイカれそうだよ!」


コクピットからカリンが叫ぶ。


基地屋上には、ヘリの残骸と思しき物が燃えていた。


一体、此処で何があったのか。


屋上の床面スレスレの位置まで高度が下がると、リディア後部のハッチが開かれた。


カリンの操作により、カタパルトに固定されていた武器装備の詰まったコンテナが屋上へと落とされる。


それを確認し、レオンはホルスターからMade in Heavenを抜くとともに立ち上がった。


「ロック。市内の方は任せる。いくぞアリス。」


レオンに促され、スナイパーライフルを背中に背負ったアリスも、拳銃を抜いて彼の背中に続く。


「ロック。頑張ってね。」


アリスは俺にそう言い残すと、リディアのハッチから現地へと降り立って行った。


アリスが着地に失敗し、ふぎゃぁ!と言いながら屋上の床に突っ伏すのを見て少し不安になったが、やがて二人が近くのコンテナに身を隠しながら屋上の様子を伺っている姿を確認すると、カリンはリディアの後部ハッチを閉じ、再び機体の高度を上げた。


「よし。アシュレイに向かうよ。街の上空を飛ぶと目立つ。少し手前で下ろすけど我慢して。」


操縦席から後ろを振り向き、カリンが俺にそう告げる。


俺は頷いて立ち上がると、武器のコンテナとともに積んであった自分のバイクに歩み寄った。


「海の見える街まで荒野のドライブを楽しませてもらうよ。」


俺はそう言いながらバイクに跨り、ハンドルを指でそっと撫でる。


「…アシュレイは坂道の多い港町です。所狭しと建物が密集していて、あれ程の大群が集まれる様な場所は一か所しかありません。メシエ通りを真っ直ぐ海の方へ走った先にある、聖堂広場です。」


「街中じゃ流石に奴らも襲っては来ないか?」


俺の疑問に答えるべく、バロンが端末で状況を再び確認する。


「…そうでも無いみたいです。現在アシュレイ全域に、帝国国防委員会より非常事態宣言が発令されています。民間人には外出禁止令が出ており、街中はどこも傭兵部隊で溢れています。」


委員会?


確か、委員会は今それどころでは無いのではなかったか?


アルタイル委員長を始めとした委員会幹部の総辞職と使途不明金問題。


それによって特別調査団が発足するにまで至っていたはず。


いや、これも全てE.I.A長官であるユアン・バスクードの仕業だとすれば、簡単に説明がついてしまう。


四年前シスタニア共和国を攻め落とし、全世界へ宣戦を布告した俺たちクローレンツ大帝国。


そしてそれを迎え撃つべく発足された西のクロヴィエラ・ヴィクトリエ連合軍。


世界は東西に二分され、まもなく世界大戦の時代がやって来る。


絶対的な軍事力を誇る俺たち帝国は、恐らく近い将来、世界を武力によって統一する事になるだろう。


サキュラス皇帝の言うように、それが『人類最後の聖戦』となるのだ。


そうして平和になった世界で実権を握るため、ユアンは今数々の『種』を巻いている。


全てはレオンの憶測でしか無いのかもしれない。


しかし、それが正しいのではないかということを俺たちは皆肌で感じていた。


これは俺たちと、外からやってきたテロリストの戦いでは無い。


帝国の二大機関、軍務総省とE.I.Aの戦争なのだ。


俺はバイクのハンドルを強く握りしめた。


「…俺はな、国や権力の道具になるために兵士になったんじゃない。」


様々な感情が錯綜し、自然とそんな言葉が口をついて出た。


死刑囚アドルフ・ストラドス、フロレイシア、ユアン・バスクード、ルカ少佐、仮面の男、そしてエリーナ先輩。


様々な人物の顔が俺の脳内を通り過ぎていく。


突然の俺の言葉に、バロンとカリンがそっと視線をこちらに向けた。


「上層部同士の覇権争いだと?そんなもん糞食らえだ。俺たちにはなんの関係もない。」


兵士としては間違っているのかも知れない。


兵士が任務を疑ってはいけないのかもしれない。


だが、俺は俺の口から漏れ出る言葉を抑えられなかった。


輸送機がゆっくり降下ポイントへ向けて高度を下げ始める。


アシュレイに近づくにつれ、電波防壁からは抜けたようだ。


ナノマシンキーの認証を行い、俺はバイクのエンジンを点火した。


スロットルを捻る。


まるで今の俺の感情を代弁するかの様にエンジン音が荒野の乾いた空気の中に溶けていく。


「だけどな。その関係ない奴らが、俺の仲間を傷つけたり、苦しめたりするってんなら、俺は許さねぇ。少なくとも、今俺が戦う理由はそれだ。気に入らない奴は皆ぶっ飛ばす。」


後部ハッチが開く。


『…行ってこい。ロック。』


耳の無線にレオンからの通信が突如受信される。


カリンの開発した兵器のお陰で、新基地に散布された防壁の中からでも通信だけは出来るようだ。


『…こうなったらもう何も言わん。責任は全て私が取ってやる。』


レオンの頼もしい言葉が俺の背中を押す。


「無茶はしないでくださいね!エリーナさんが基地で待ってますから。」


「基地でエリーナが待ってる事忘れんなよ!安全第一!」


背後からかけられるバロンとカリンの励ましに、怒りに燃えていた俺の心が少しだけ穏やかになった。


「ああ、そうだな。行ってくる!」


俺は握ったスロットルを捻り、今度はギアを入れてバイクを発進させた。


後部ハッチから飛び出し、岩場の多い荒野に着地する。


渇いた風が身体中を嬲る。


しかし心地いい。


俺が発進したのを見計らい、リディアは再び高度を上げて上空へ飛び去っていく。


『あたし達は上空で、状況を確認しながら待機する!何度も言うけど無茶するなよ!』


無線でカリンの力強い言葉が響く。


俺はバイクをフルスロットルで走らせながら、上空へ上がっていくリディアに向けて親指を立てて見せた。


早速、バイクに取り付けられたナビにバロンからメシエ通りへの最短ルートが送られてくる。


通りに出れば、後は直線。


俺は仲間達の熱い言葉を胸にだき、たった一人での進軍を開始した。


いや違う。


一人だけど、独りじゃない。



★2

アシュレイ郊外新基地

PM 16:23


アシュレイ郊外新基地へ降り立ったレオンとアリスは、早速ラクアやルカ等と合流し、軍の増援が駆けつけるまでの間、基地屋上にて傭兵部隊との戦闘を余儀なくされていた。


しかし、リディアから投下した多数の支援物資により再武装した彼等は、下方から上がってくる一団に対し、攻勢を得ていた。


①レオンとラクア


あの鳥人間の爆撃を屋上で受けてから、数十分が経った。


俺たちは、駆けつけたレオン、アリスと合流し、現在軍務総省の要請によってzodiacが新基地へ侵入した敵を駆逐するべく進軍を開始していると言う話を聞いた。


レオンとアリスが、降下した屋上から三階会議室までの安全を確保してくれたので、俺達は立てこもっていた会議室から階段を使って屋上へ移動し、リディアから配給された武器装備で再武装。


増援が来るのを待っている。


敵をこの基地に放置してリディアで逃げることも可能だろうが、そうもいかないだろう。


奴らがこの新基地を拠点に武装しても困るからな。


「例の鳥人間に、アンチマテリアルライフルを軽々扱う怪力女だと?」


コンテナから顔と銃口を覗かせ、下方から屋上へ上がってくる敵を、Made in Heavenで撃ち倒しながらレオンが俺に怪訝な表情を向ける。


俺はリディアから落とされた武器ボックスの中に入っていたソウドオフショットガンを、レオンとは逆の側面から構えていた。


こちらに走り抜けてこようとする傭兵に、躊躇うことなく散弾を浴びせる。


ショットガンは結構好きだ。


普段狙撃兵として遠距離からの射撃を得意とする俺からすると、近距離や中短距離からの射撃の方が当てるのに苦労する。


散弾なら、俺のヘナチョコ近距離射撃技術を補って余りある成果を与えてくれるのだ。


「あぁ。女の方は、この屋上から傭兵どもをライフルの化物でぶっ殺してた。それに、鳥人間の事をH.Cと呼んでいたな。」


俺の言葉に、レオンがコンテナに身を隠したまま首を傾げる。


「H.C?もしかして、奴も監視者なのか?」


監視者?


ああ、確かにあの女がそう呼んでいたな。


どうやらレオンにはその名前に思い当たるところがあるらしい。


「…こっちも色々あってな。今、エリーナを第三基地に残してある。昏睡状態だ。その為、こちらの問題に気づくのが遅れてしまった。すまない。」


レオンの言葉に俺は驚愕した。


あの殺しても死ななそうなエリーナが、昏睡状態だと?


「なっ?!一体何があったってんだ。」


体を物陰に引っ込めて、俺はレオンに詰め寄った。


動揺する俺に、レオンは迫りくる敵をリボルバーで冷静に薙ぎ払いながらも、事の顛末を聞かせてくれた。


E.I.Aに抱きこまれた可能性の高い軍務総省内部監査室。


それはつまり、軍務総省の取締機関がE.I.Aに握られているということになる。


そして彼らの権限によって強制的に連行され、薬物兵器を投与されたエリーナ。


エリーナを助けに行ったロックの前に立ちはだかった、監視者、仮面の男S.W。


俺たちのまだ見えていない部分で、二つの強大な勢力が牽制しあっていると言うレオンの現実味を帯びた憶測。


その対立構造を、テロリストを使って裏で操っているのが、七貴人の一人、E.I.A長官のユアン・バスクードなのか?


確かに、そう考えれば全ての説明がつく。


全ては軍務総省の権威を失墜させ、この国で最大の権力を握る為。


もはやこれは、反帝国の武装集団との戦いというだけの話じゃ済まされない。


ユアン・バスクードによる帝国内部からのクーデターなのだ。


「現在、ロックがカリンとバロンの支援を受けながら単身でアシュレイへ進軍している。此処にいる傭兵共は、皆アシュレイから流れてきているからだ。」


予想された事ではあったが、今俺たちを責めて来ている傭兵共はやはりアシュレイを根城とする賞金稼ぎの集団だったのか。


となれば、こいつらを指揮して居る何者かがユアンと繋がっている可能性は非常に高い。


「…だけどよ、あのガキンチョ一人で大丈夫なのか?エリーナが居ないと無茶を止めるやつがいないだろ?」


俺の心配に、レオンは微笑んで見せた。


「あいつは今キレてる。どちらにしろ手がつけられん。」


おいおい。


俺は呆れて肩を竦めた。


しかし、同時に笑みも溢れる。


出会った頃から思ってたが、あいつはマジでおもしれぇ奴だ。


そう思いながら俺の頭の中では、ロックと、かつての戦友レン・マッケンジーの姿が重ね合わせられていた。



⓶ルノアとフリードリヒ


前方のコンテナに隠れながら、屋上へ上がってくる敵を次々に撃ち倒すレオンとラクアの様子を後ろから見守りながら、俺とルノア隊長もアサルトライフルの速射性を生かし、敵がこちらに進めない様、牽制射を続けていた。


「一時はどうなる事かと思いましたが、ルカ少佐の読み通りSHADEは駆けつけてくれましたね。武器も弾薬も、これだけあれば応援が駆けつけるまで持ちそうだ。」


隣で物陰に身を隠しながら、空の弾倉を交換する隊長に俺は明るく話しかけた。


「…今忙しい。」


しかし、いつもの調子で返されてしまう。


痺れるねぇ。


さっきからずっと一緒に敵からの攻撃を凌いでいるが、隊長はルカ少佐のように表情一つ変えない。


「なぁ。隊長。これが終わったら1杯どうだ?たまには息抜きしようぜ。」


先程、忙しい。と言われたばかりだったが、俺は構わず話しかけた。


いつもはそこで睨まれて会話終了だったが、余裕が出来た今ならいいだろう。


「…お酒、飲めないから。」


こちらに目もくれず、隊長がそんな事を言うもんだから俺は驚いた。


そうか、飲めなかったのか。


俺は大声で笑った。


すかさず、うるさい。という単語が飛んでくる。


「別にジュースだってなんだっていいじゃねーか。あんたは普段文句もグチも言わず、与えられた任務を全うしてるんだ。そんな姿を、俺達部下はちゃんと見てるんだぜ。たまには奢らせてくれよ。」


「…。」


彼女は何も答え無いまま、一瞬だけ俺に視線を向けた。


ふとその横顔を見て、俺は前回の委員会での事件のことを思い出す。


国外査察に出ていた筈のルカ少佐が突然庁舎に設けられた作戦本部へ来て言った。


『これから死刑囚の執行を行う。』と。


いきなりの事に俺たちは驚いたが、ルノアはただ、『わかりました。』と言ったのだ。


「あの死刑囚の執行。本当はやりたくなかったんだろ?」


隊長に、俺は少しだけ真剣な顔で問いかけた。


ルノアが再び俺に視線を向ける。


今度は一瞬ではなかった。


彼女は静かに目を伏せると、口の端を緩めた。


「…任務だから。」


一言だけそう言い、でも。と繋ぐ。


俺は黙って聞いていた。


「ありがとう。」


初めてだった。


彼女からその言葉を聞いたのは。


普段から無口で無愛想な女だったが、誰よりも率先してどんな任務にも文句ひとつ言わずに当たる彼女に、俺たちzodiacの隊員達は黙ってついて行く。


確かに、SHADEの様に仲良く和気藹々と各々の個性生かして仕事をするのも悪くはない。


でも、皆が彼女の様な隊長に従い任務をこなす事で、俺たちの強い統率力が生まれているのも事実なのだ。


「ま、その前にここを切り抜けないとな!SHADEの隊長、副隊長に負けないようにがんばろうぜ。」


前方に向けて牽制射を続ける隊長にそう投げかけ、俺はそう意気込むのだった。



③ルカとアリス


屋上へ通じる扉はラクアさん達が守ってくれている。


私も、新基地へ侵入する敵の傭兵さん達を減らす為に、屋上からの狙撃を試みていました。


私は確かにラクアさんみたいには出来ないけど、一度狙った獲物は外さないんだから!


レティクルの中心に収まった傭兵さん。


私は躊躇わずに引き金を引く。


しかし、傭兵さんが突然石につまづいて転んでしまったせいで、私の撃った弾は荒野の何処かへ消えてしまいました。


「…はっ!まずい!」


マズルフラッシュか、スコープの反射光か。


私が狙っていた傭兵さんの付近に展開していた別の傭兵さんが私に気づいた様です。


スコープの中でこちらを指差しています。


位置がバレた?!


「馬鹿者。伏せろ。」


突然頭を手で押さえつけられ、私は屋上の床に蹲る様に屈む。


それから間を空けず、私の顔のあったすぐ近くの塀に下方から弾丸が撃ち込まれました。


「ひゃぁ!ごめんなさいっ!」


伏せているだけなのに、まるで土下座して謝っているかのような格好になってしまいました…。


私を助けてくれたのはルカ少佐。


少佐は私の双眼鏡を使って、観測士の役割をしてくれていました。


「…貴様、視野が狭すぎるぞ。敵はスコープに写っている以外にもいる。自分の使っている武器の有効射程もしっかり体に染み込ませろ。北風が少し強い。Leftクリック2、UPクリック1で補正。」


怒られてしまいました。


私は少佐に言われた通り、スコープの再調整を行います。


「ご、ごめんなさい。」


平謝りする私を、少佐は呆れたような顔で見つめてきました。


うう…、お腹が痛くなってきた…。


「…お前は何のためにラクアの下にいるんだ。」


場所を変えるぞ。という少佐に促され、私達は体制を低くしたまま違う場所から再度狙撃をするべく移動します。


「いいか。目だけで捉えようとするな。全身で獲物を感じるんだ。スコープの中だけが世界では無い。耳で聴き、体で感じろ。現場をよく見ろ。」


私は少佐のアドバイスに頷くと、体制を低くし、再びスコープを覗き込みます。


後方に指示を飛ばす人。


恐る恐る前に進む人。


隠れながらこちらの様子を伺っている人。


「ただ相手を黙らせるだけではダメだ。こちらが引き金を引く度に自分や仲間が撃たれるリスクが高まると思え。そこに向かって引き金を引く事で自分に、隊に、どんなリスクが降りかかるかを考えるのだ。スナイパーなら、戦場をコントロールしろ。敵を撹乱し誘導する。それこそがお前の務めだ。」


少佐の言葉を背中で聞きながら、私は静かにその時を待ちます。


ダメ。言ってることはなんとなくわかるけど、具体的にどうすればいいかわからないよー。


「…一時の方向を見ろ。離れた岩場に三人の兵士が隠れている。隠れていると言うことは、こちらの姿が見えていないと言うこと。様子を伺っているんだ。一人を殺れば、残りの二人は慌てて状況を把握しようとする。その隙に二人を殺る。他のチームとは離れた場所にいるから、奴らが倒れたとしても気づかれにくい。言っている意味がわかるか?前にいる敵を撃てば後ろにいる敵は気付きやすい。しかし、後方に離れた敵を撃っても、前に向かって進軍している兵士からは気づかれにくいと言う事だ。」


なるほど。


リスクを考えると言う意味が少し分かった気がします。


「了解。」


私は吸い込んだ息を吐き出し、ゆっくりと止めた。


私だって、みんなの役に立ちたい。


同期のロックだって頑張ってるんだから。



★3

アシュレイ市内

PM 16:34


俺はアシュレイの市街地にバイクを走らせていた。


バロンの言葉通り街に民間人の姿は無い。


そのかわり、ラフな装備に身を包んだ傭兵やらPMCの連中が街角の所々に立っている。


俺は彼等にわからないよう、建物と建物の狭い隙間にバイクを滑り込ませてエンジンを切った。


この中でいつもの戦闘服だと流石に目立つ。


俺はそのまま路地裏に沿って、あたりを偵察するべく歩き始めた。


海からの風が建物の間を駆け抜けており、心地がいい。


しばらく散策していると、角を曲がった先の方で男達の話し声が聞こえてきた。


傭兵の連中か?


建物の角に身を潜めながら、俺は聞き耳を立てた。


「…なぁ。やっぱり、おかしく無いか?」


「おかしいって何が?」


「街の封鎖もそうだし、あの郊外の新基地をテロリストが占拠したって話も。この状況おかしいだろ?」


「確かに、戦っているのは俺たちみたいな傭兵やPMCの連中だけで、肝心な帝国軍が全然居ないってのは変な話だよな。」


「それなんだよ。新基地での戦いが激化して、民間人にも危害が及ぶ可能性があるってのが封鎖の理由らしいが、それっきりで政府からはなんの音沙汰もない。軍の人間もいない。」


「でも、作戦に参加した傭兵には大金の報酬が国から支払われてる。なら、別にいいじゃねーか。きっと軍は世界大戦で頭がいっぱいになってて、こっちまで手が回らないんだよ。」


「まぁ、なんもなけりゃいいんだけどなぁ…。」


なる程。


そう言う話になってるのか。


新基地にいる少佐やラクア達がテロリストだと言うデマを流し、金を支払って傭兵達に攻撃させた。


この街の聖堂広場にそれを仕組んでる誰かがいる。


俺は考えを巡らせつつ、あのユアンの顔を思い浮かべた。


テロリスト、そして傭兵やPMC。


あらゆる手段を使って奴は自分の覇道を邪魔する全ての人間を潰そうとしているのか?


敵である軍務総省の飛び道具である俺たちもろとも。


いや、今考えても仕方がない。


先程話していたと思われる傭兵の一人がこちらに近づいてくる。


俺は路地裏に置かれている大きなダストボックスの脇に身を隠しながら、じっと息を潜めた。


傭兵が角を曲がり、傍に隠れている俺に気づかずそのまま進もうとした瞬間。 


俺はその傭兵を背後から襲い、一瞬で気道を塞いで気絶させた。


「…悪いな。」


銃撃戦になればなりふり構っては居られないが、殺さなくて済むなら無理に命を奪う必要もないだろう。


彼等はあくまでも帝国民なのだ。


俺は気絶した兵士を暗がりまで引きずっていくと、身ぐるみを剥ぎ、それに着替えた。


紺のパーカーに黒いスキニー。


その上に自分がいつも着けているハーネスをして、装備する。


「…ちょっとデカいな。」


文句を言いつつ、傭兵とはいえ民間人から服を奪うなんてやばいな。と思い自重気味に笑う。


だが、これでどっからどう見てもただの傭兵だろう。


「…借りてくぜ。」


俺はパンツ一丁で気絶している男をダストボックスの中に押し込めると、バイクを止めている場所まで戻った。


パーカーのフードを目深に被って、薄手のスカーフで口の辺りを覆った。


バイクまで戻ると、再びエンジンに火を灯し発進させる。


比較的に広い道に出て、標識を基にアシュレイの街中を走る。


メシエ通り。


そこに出れば後はまっすぐだとバロンが言っていた。


対向車とすれ違う。


もちろん、ただの車ではない。


傭兵が乗る、この荒野にあまりにも似つかわしい四駆車だ。


荷台には機銃が備え付けられている。


異常な街の雰囲気を肌で感じながら、俺は信号でバイクを止めた。


あまり派手な事は避けよう。


メシエ通りとぶつかる交差点。


この交差点を左に曲がり進んでいけば、聖堂広場が見えてくるはずだ。


交差点の角や建物の屋上にも、傭兵達がスタンバイしている。


まさに厳戒態勢という奴だ。


こいつらは、聖堂広場にいる何者かを何者ともわからずに守っているのだろうか?


信号が青になると同時に、ギアを入れ再び俺はバイクを走らせる。


「こちらロック。今メシエ通りに入った。聖堂広場までもう少しだ。」


俺は自然と小声になりながら無線で呼びかけた。


バイクのエンジン音で会話を聞かれることはないだろうが、念のためだ。


『バロンです。順調ですね。状況はどうですか?』


ハッカーであるバロンの問いかけに、目線だけで周りの状況を確認する。


「傭兵の服を掻っ払ったからな。今のところ怪しまれてる様子はない。だが街は相変わらず厳戒態勢だ。新基地をテロリストが占拠した事になってて、傭兵達は自分たちが政府からの依頼を受けてそいつらと戦っていると思い込んでいる。」


俺の言葉に無線機の奥でバロンが大きなため息をついた。


「…はぁ。ラクアさん達からすれば完成検査中に突然仕掛けてきたのは彼等の方だったんですけどね。まだ、彼等と今回の事象についてちゃんと擦り合わせが出来ていないので、ロック君はこのまま行けるところまで行って情報を集めておいてください。時期に軍からの応援が新基地とアシュレイに到着するはずです。それまでは無理をなさらずに。」


「あぁ。こっちは敵の本陣に一人だからな。」


自分でそう言って、先輩の顔を思い出す。


そうだ。


無理はできない。


また先輩と顔を合わせるまでは。


俺は、引き続きよろしく頼む。と言って無線を切ると、そのままメシエ通りを直進した。


普段は様々な人が往来して賑わっている通りなのだろう。


様々な屋台や出店が軒を連ねているが、今は全てカバーのようなもので覆われてしまっている。


アシュレイで一番大きな通りだと言うだけあり、代わりにどこよりも傭兵やPMCの連中で溢れていた。


しばらく直線道路を走っていると、数百メートル先に人だかりが出来ているのを発見し、俺はバイクの速度を少しだけ落とした。


あそこが例の聖堂広場か?とも思ったが、近づくにつれそうでは無いことがわかった。


俺はすぐ様バロンに無線を飛ばす。


「バロンまずい。検問だ。」


俺の呼びかけに、バロンがすぐ様無線を繋いでくる。


『検問?そんな情報は無かったのですが。そこを通るのは避けた方がよさそうですね…。』


そうは言っても、この道は一本道だ。


変なところで曲がったり、引き返そうものなら確実に怪しまれる。


「…いや、もう無理そうだ。」


検問所にいる兵士と目があってしまった。


ここで引き返して、いきなり撃たれるなんて事は無いだろうが、追いかけっこになるのは間違い無いだろう。


『そうですか…。確認してみたところ、その検問は現在傭兵以外通れない様になっているようです。例え軍務総省の兵士と言っても入れてくれないでしょう。でも何とかしますよ。検問ということは恐らくIDチェックが有るはずです。ロック君のナノマシンにそれらしい情報を送っておきますので、それを利用して切り抜けてください。何度も言いますが、多勢に無勢です。無理はしないように。』


バロンの言葉と共に無線が切れる。


それと同時に、俺のナノマシンにバロンから情報が送られてきた。


脳のストレージ内でファイルを解凍すると、どこかの傭兵の所属や照会番号などのデータらしい。


なるほど。


こいつに成り済ましてうまく切り抜けろって事だな。


そんなことを考えていると、やがて俺は検問に差し掛かり、バイクを止めた。


見張りをしていた傭兵が俺に歩み寄ってくる。


焦るな。


俺はそう自分に言い聞かせながら、バイクに跨ったまま静かにその傭兵を待った。


「ここから先の聖堂広場には帝国国防委員会の対テロ作戦本部が設置されている。見たところお前も傭兵のようだが?」


こんな傭兵だらけの対テロ作戦本部があるかっての。


「…あぁ。今このアシュレイが熱いっていうんでわざわざアルトリアから来たんだよ。稼ぎどきだと思ってな。ちょいとここを仕切ってる奴に挨拶でもと思ってよ。」


これはまぁ、ある意味嘘では無い。


俺たちSHADEの根城である第三軍事基地は帝都アルトリアにある。


「わざわざ帝都から?ご苦労だったな。済まないが、IDカードを見せてくれるか?委員会から言われているんだ。」


そう来たか…。


予想はしていたが一番まずいパターンだ。


この国では、賞金稼ぎや傭兵、PMCとして働くには専用の資格が必要になる。


言うまでもなく俺は軍務総省所属部隊の隊員なので、そんなものは持っていない。


身バレを防ぐために、そもそも身分証明書など俺たちには無いのだ。


「…あぁ。」


内心は焦っていたが、俺は何の問題もないようにそれだけ答えると、装備品のポーチの中を探るフリをした。


クソ。どうする?


「…ん?あれ?おかしいな。IDが見当たらない。」


「おいおい。名前と、所属、照会番号は?」


なんとかなるか?


俺はバロンから送られてきた、情報を視界に表示させてそのまま読み上げた。


「…カイル・ローレン。アルトリアクラン所属。照会番号は、2270153だ。」


あたかも自分の登録情報かのようにスラスラ伝えると、傭兵は傍の端末で俺の言った情報を照会し始めた。


「ん?」


画面に表示された情報を見て、男が訝しげな表情でこちらをチラチラ見てくる。


「…どうした?」


俺が心配になって尋ねると、ちょっと待て。と男に手で制された。


こちらを見ながらヘッドセットのマイクに小声で何かを話しかけている。


まずい。


焦っていると、横に設置された簡易の監視所のような場所から更に二人の傭兵が現れ、こちらに歩み寄ってきた。


手にはライフルが握られている。


まるで俺を牽制するかのように、二人の傭兵は俺の背後に立った。


これはもう逃げられないぞ。


「…お前、傭兵じゃ無いな。」


無線でやりとりをしていた傭兵が、そう言いながら俺にゆっくり銃を向けた。


背後に立つ二人もそれに倣い、俺に銃を向ける。


クソ。何故バレた?!バロンのやつ、珍しくポカやりやがったな?


こんなところで…。


俺はゆっくりと腿のホルスターに収まる拳銃に手を添えた。


しかし次の瞬間、目の前の男が突如銃を下ろし、こちらに背を向けた。


緊急無線が入ったようだ。


背後に立つ二人は未だに俺に銃を向けているようだったが、サイドミラーで確認すると、二人とも顔を合わせて怪訝な顔をしている。


「はい。…はい。え?…わ、わかりました。」


無線の主と、低姿勢でやり取りをする傭兵。


彼は無線を切りこちらを振り向くと、俺を忌々しそうに睨みつけた。


「…行っていい。」


意味がわからない。


「どういうことだ?」


「さぁな。お前の正体が誰なのかは知らんが、政府のお偉いさんは何を考えてるかわからん。この先の大聖堂に居るはずだ。」


男はそう言うと、監視所内にいる傭兵の一人に目で合図を送った。


ゲートがゆっくりと開いていく。


「そうかい。ごくろーさん。」


俺は気のない労いを傭兵達に言い残し、バイクのエンジンを掛けてゲートの先へ進んだ。


解せない。


一体何だってんだ?


まあ、それは何も知らずに警備をさせられているさっきの傭兵達も同じ気持ちだろうが。


検問所の先にはそこかしこにテントが張られており、傭兵やPMCの連中が所狭しとひしめいていた。


鋭い視線が色々な方向から俺に向けられる。


クソ。ギラギラしてやがるな。


周りの視線を気にしつつも少し走ると、中央に噴水のある広場にぶつかった。


ここが例の聖堂広場らしい。


普段は市民の憩いの場になっているのだろう。


しかし、今は至るところに資材コンテナやテント、機銃などが並んでおり、その風情はない。


傭兵達のベースキャンプ。


と言った感じである。


俺は噴水に沿ってバイクを走らせると、一番奥にある立派な造りの建物の近くでバイクを停めた。


建物の側面に寄せてバイクを駐車し、傭兵達の鋭い視線を掻い潜りながら大聖堂の入り口前まで歩み寄る。


扉の前に立つ傭兵が俺をつま先から頭の天辺までをジトっと見回す。


「…中でお待ちだ。入れ。」


ぶっきらぼうな口調で男は大聖堂の扉を開ける。


誰が。という部分は会ってからのお楽しみってわけか。


俺は無言でその扉を潜る。


大聖堂の中は巨大な吹き抜けになっていた。


前方には美しい装飾で彩られた祭壇と、色とりどりのステンドグラスが散りばめられた巨大な窓。


横に規則的に並ぶ柱には、火のついた燭台が掛けられ、厳かな雰囲気が漂っている。


外の物々しい雰囲気とは違う、静かな時間が流れていた。


俺は中央の通路をゆっくり歩いた。


足音が高い天井に反響するように響く。


祭壇と向かい合わせになるように置かれた多くの長椅子。


規則的に並べられた一番前の列に、その人物は座っていた。


それ以外、この聖堂に人はいない。


俺は、こちらに背を向けて座るその人物にゆっくり歩み寄る。


ある程度の距離に近づくと、俺にはその人物が誰なのか分かった。


「…この状況は、全てあんたの仕業なのか。」


俺の問いかけに、男は首を少しだけ横に捻った。


後ろにいる俺の存在を確認するかのように。


「まさか、お前が来るとはな。ロック・セブンス。」


低く嗄れた声。


「俺じゃ役不足だったか?」


俺は肩を竦めて見せた。


「いや?…検問所の様子はこちらでモニターしていた。傭兵以外通すなと言ってあったが、お前が来たのがわかったから通すように言ってやった。歓迎するよ。」


やはりな。


「…そうかい。」


こうしてこの人と個人的に接するのは久しぶりだったが、庁舎での事件の時よりは元気そうだ。


「まあいい。座りたまえ。」


男にそう言われ、俺は通路を挟んで反対の長椅子に腰掛けた。


二人、正面の祭壇を眺めるような形になる。


しばらくの沈黙。


俺はそれを破るかのようにゆっくり口を開いた。


「…色々話を聞かせてもらうぜ。アルタイル元国防委員長さんよ。」



To be continued...

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