Ep.8『Notice』


★1

第三軍事基地 医務室

PM 14:58


基地に待機していたSHADEの隊員達は、エリーナ先輩を寝かせた専用の医務室に集まっていた。


衛生担当であるアイヴィーによれば、命に別状はないらしいが、いまだに先輩は目を覚まさず、彼女がつきっきりで先輩の看護に当たってくれていた。


「…監視者と呼ばれていた、仮面の男。そして、長官と呼ばれる白いスーツの男。仮面の男はまるで痕跡も残さずに消えてしまった。白スーツの方は、バロンが今衛星の記録と照合を掛けている最中だ。お前達は…ー」


レオンが医務室の隅で、カリンとアリスに指示を出している声が聞こえる。


彼らの会話にも耳を傾けつつ、俺はアイヴィーが先輩の世話をしているのを、すぐ側に置かれた椅子に腰掛けてただぼうっと見ていた。


「なぁアイヴィー。先輩は今、どう言う状態なんだ?」


いても経ってもいられなくり、俺は目の前のアイヴィーに何度目だろうかもわからない質問を投げかける。


眠っているようだが、呼び掛けても目を覚さないのだ。


アイヴィーは俺の声に振り向き、少し困惑したような表情を浮かべている。


「薬で眠らされているのは本当。だけど、やはりただの薬じゃない。…薬物兵器の類、だと思う。」


「普通の薬、例えば鎮静剤や睡眠薬なんかとはどう違うんだ?」


俺は更に質問を続けた。


今の俺にはそれしか出来ないからだ。


それを察してなのか、アイヴィーは口を引き結んだままゆっくり頷く。


「…わかりやすくいうと、薬は人体に対して作用するものだけど、この薬物兵器は彼女のナノマシンに直接作用しているみたい。薬物とは言うけれど、正確には、ナノマシンを攻撃するナノマシン。と言った方がわかりやすいわ。今、エリーナさんのナノマシンはエラーでオフラインになっている。」


ナノマシンを攻撃するナノマシン…。


コンピューターウイルスというものがあるように、その人の体内のナノマシンに作用するウイルスみたいなものなのだろうか?


俺たち帝国は、ナノマシンの技術によって世界最強の武力を得た。


それに対抗する為、確かにそんなものがあっても不思議では無い。


問題はこの薬物の出所だ。


アイヴィーが更に続ける。


「効果は様々な物があって、帝国内で実用化されてるものもあるにはあるのだけれど、大体の薬物兵器は、ナノマシンと身体に拒絶反応が出ないよう潤滑剤の役割を果たすものが多い。けどこれは、明らかにナノマシンの働きを阻害し、抑制している。ナノマシンがうまく働かないと、オフラインになりスタンドアローンになってしまう。場合によってはそれまでナノマシンが抑制していた痛みや恐怖などの感情が一気に心にのし掛かる。」


俺たちの体内を絶えず循環する軍用ナノマシンは、宿主である俺たちの体調や感情を常に管理し、戦場や作戦下での痛み、恐怖、不安等から心と体を守るために制御しているのだ。


それだけではなく、各隊員同士のナノマシンをリンクさせる事によって、情報をリアルタイムに共有したり、無線で通信したりと様々な恩恵を与え、俺たちを一つにしてくれる役割を担っていた。


それが全て無くなるという状況が一体どういうものなのか、俺には容易に想像ができた。


「今先輩の心には相当な負荷がかかっている可能性があるのか?それも、目覚めない程に大きな。」


その問いに、アイヴィーは言葉を選ぶように、一瞬言い淀みながらも、えぇ。とつぶやいた。


「…おそらく今、彼女は深層意識の中で今までナノマシンが、悪く言うと『誤魔化してきた』痛みや恐怖と戦っているのかもしれない。ナノマシンに依存しない、彼女自身の感情がそれに打ち勝たない限り、最悪の場合このまま目覚めないかもしれない。目覚めたとしても、極度のPTSDを発症して、もう兵士として戦えないかもしれないわ。」


そんな…。


俺は顔を覆いながら深く項垂れた。


俺はこの三ヶ月ちょっとをバディとしてやってきただけだったが、先輩のことはSHADEの誰よりもよく分かっているつもりだ。


いつも強気で、弱いところを見せたりしない気丈な性格だが、その内面は脆く傷つきやすい。


ナノマシンや先輩自身が隠していた弱い本当の自分。


そんな先輩が、あのシスタニアでの地獄の様なフラッシュバックに耐えられるのだろうか?


誰もいない、誰とも繋がっていない孤独な世界の中で。


そんな事を考えていると、レオンが話を切り上げて俺の後ろに歩み寄ってきた。


「ロック。今はエリーナを信じるほかない。彼女が目覚めるその時までに、我々は我々に出来ることをするんだ。」


そう言って俺の肩にそっと手を置いた。


もちろん信じているさ。


でも…。


「隊長!!」


慌ただしい様子で突然医務室の扉が開かれ、その声とともにバロンが入ってくる。


「何かわかったか?」


レオンが俺の肩から手を離し、慌てた様子のバロンを振り返った。


わかったなんてレベルの話じゃありません。と捲し立てながら、バロンが室内の全員を見回す。


「…長官と呼ばれていた、白いスーツの男の正体がわかりました。」


「誰なんだあいつは!?」


レオンよりも早く、反射的にバロンの言葉に反応した俺は、そう叫ぶなりすぐさま立ち上がった。


「ロック。落ち着け。」


まるで目の前の獲物に噛み付くような勢いでバロンに詰め寄る俺をレオンが制する。


俺は、ごめん。と力なく呟くと、再び先輩の寝るベッドの横の椅子に腰をかけ、話を聞く体制を取った。


「…でも、ロック君の読みは当たっていましたよ。ロック君のナノマシン内の記録の解析と、衛星からのトラッキングの結果を元に、この男が七貴人の一人、ユアン・バスクードであることが判明しました。」


ユアン・バスクード。


聞いたことのない名前だった。


この国を陰で操る七人のフィクサーの一人。


「長官と呼ばれていたが、まさか?」


バロンの言葉に対し、レオンが問いかける。


二人とも難しい表情を浮かべていた。


「…衛星から例の男をトラッキングしていたら、逆探知プログラムを流し込まれ、僕の所有している『隠れ蓑』が破壊されました。」


「なっ!?随分危ない橋を渡るじゃないか。無茶しすぎだよ。」


横で今まで俺たちの会話を黙って聞いていたカリンがそう口を挟む。


彼女の言葉にバロンはメガネの位置を直しながら深呼吸をした。


『隠れ蓑』は、バロンの様なハッカーが常用する防御デバイスだ。


ハッキングが相手に知られた際、逆探知等のカウンター攻撃を防ぐ為に使用する。


それが破壊された?


流石のバロンも、ここまで落ち着きがないのは無理も無い事だろう。


「えぇ。なので、更に詳しいところまでは潜れていません。ですが、危険を冒した甲斐はありましたよ。トラッキングの結果、ユアン・バスクードがあの廃工場を出て向かっていたのは帝都アルトリア北区アルカトラズ…。」


おいおい。


アルカトラズにはE.I.Aの本部がある。


レオンが目を細めるのが見える。


バロンは唾を飲み込みながら、たっぷり間を開けてからゆっくり口を開いた。


「…つまりあの男は、帝国情報局の長。E.I.A長官ユアン・バスクード…。」


室内が沈黙に包まれる。


E.I.A…。


レオンの予想が当たっていたのだろう。


彼は驚く様子を見せず、やはり。と言わんばかりに何かを思案している様子だった。


これでE.I.Aのトラブルリスト内でフロレイシアに関する情報が、クリアランスレベルSSSまで引き上げられていた事と繋がった。


俺達がトラブルリストからフロレイシアの素性を探る事を予期し、手を打っていたのだろう。


あの男ユアンがフロレイシアを使い委員会庁舎でのテロ事件を起こさせた。


そう考える事が出来る。


起爆装置の組み立てや設置、ガンシップやF.A.Sの手配。


死刑囚だったアドルフと共に西側諸国へフロレイシアを逃すことも、他国に諜報員を送り込んでいるE.I.Aならお手の物だろう。


俺たち軍務総省と同じく強大な力を持つとされるE.I.Aの長官が直々に裏で手を回していたと言うのなら、すべての説明がついてしまう。


帝国の内部から様々な手段を使い、自分の手を汚さずに鉤爪の刺青(クロウ)の様な連中を使役してテロ活動を行なっているのか?


奴は一体、何を企んでいるのだろう?


「…敵はやはりE.I.A…なのか。となると、状況はかなり厄介だな。」


レオンはそう言うと、アイヴィーを見た。


「父上…、ダグラス卿とは連絡は取れたのか?」


彼の問いかけに、アイヴィーが振り返る。


「いえ。それが、なかなか時間が作れない様で。ただ、E.I.Aは帝国の中でも一番と言っていいほどアンタッチャブルな存在。その全貌を知ることは幾ら父でも難しい様です。恐らく全てを知っているのは、彼らを私たち軍務総省と同じように使役している皇家の人間ぐらいかと。」


彼女の言葉に、レオンは腕を組んで何かを考えているようだった。


「そもそも、E.I.Aって本来何のためにある組織なんだ?」


俺は率直な疑問を口にした。


今の状況を整理するには、そこを固めておく必要があるだろう。


「…E.I.A(Empire Intelligence Agency)は帝国の諜報機関です。世界中に溢れるありとあらゆる情報を収集、分析することが本来の目的で、世界各国にエージェントを送り込み、その国の内情や情勢などの有益な情報を吸い上げさせて、帝国が世界の実権を握るために操作する。噂では、この国内においても邪魔になった要人等を口封じのために暗殺しているとか囁かれてますね。軍とは一切関わりのない人間だけで構成されているとされており、具体的な人数などの規模も一切が不明。」


そう答えてくれたのはバロンだった。


同じ帝国に有りながら、俺たち軍務総省とはまるで毛色の違う機関。


表の顔が軍務総省であるなら、裏の顔がE.I.Aと言うことになるのだろうか?


そのトップにいるのがあのユアン・バスクードという男なのか。


「では、奴らに監視者と呼ばれていた仮面の男は一体何者なのか。『監視者』というのは恐らく奴らの中だけの俗称だろう。我々からすると何のとっかかりもない。」


監視者。


あの仮面の男は、それだけではなくS.Wと呼ばれ、奴らから恐れられている様だった。


「…俺たち軍務総省でいう、内部監査室みたいな部隊なんじゃないか?E.I.Aも軍務総省と同じく特殊な機関だ。秩序を守るために不正や違法な捜査を取り締まる奴らがいても不思議じゃ無いだろ?『監視者』と言う名前からも、その可能性は高い。」


俺の意見に、皆が唸る。


当たらずも遠からずなはずだ。


「…だとしたら、その様な取締機関がユアンの様な危険人物を野放しにしておく理由はなんなんでしょう?それに、『S.W』と呼ばれる兵士は何故ロック君を攻撃したのか?E.I.Aの取締機関が軍務総省の部隊員に攻撃するなんて事ありますかね?」


そう言ったバロンの疑問も捨て置けない。


あれほどの戦闘技術を有した人間が更に他にもいると言うのであれば、幾らE.I.Aと言えど簡単にその目を掻い潜り、テロを起こすなど出来ないだろう。


俺は奴と対峙した時の感覚を思い出す。


『…少しだけ時間がある。遊んでやろう。』


あの寒気を感じる様な威圧感。


奴は何か目的があって俺を攻撃したのでは無い。


ただのお遊びだったのだろう。


俺が一人考える横で、仲間達の話が続く。


「…そもそもE.I.Aという組織の規模すら我々は把握出来ていない。トップであるユアンが七貴人の一人である以上、下手に手出しはできないのかもしれないな。」


レオンはそう言うと、頭を抱えながら深いため息をついた。


「…全ては私の憶測でしかない。これまでの情報から考えるに、恐らくこれは帝国内での覇権争いだ。世界大戦終結後、軍務総省より優位な地位に立つため、E.I.Aは帝国内部から我々軍務総省を崩そうとしてるのではないか?それこそ、手段は選ばないと言った体制でな。監視者は、そんな危険極まりないE.I.Aを監視するための、帝国の一機関。そう考えれば、一連の出来事の筋は概ね通る。」


レオンの推論に俺は背筋が凍りつく様な悪寒を覚えた。


覇権争い。


そんな事のために、ユアンは自国内でテロまで起こし、先輩をこんな目に?


恐ろしい男だ。


俺たちはただこの国の人々をテロの脅威から守りたい一心である。


そんな俺たちが何故、天下人の覇権争いなんかに利用されなければならないのか。


自分を通すなら出世しろ。か。


だが、一人の人間がここまでやりたい放題出来るなんて、この国で権力を握ると言うことが、俺には空恐ろしくてならない。


「どちらにせよ、我々だけでこれ以上の判断をするのは危険だ。バロン。ルカ少佐に連絡は取れたのか?」


レオンの質問に、バロンが不可解そうな表情を浮かべ、それが…。と曖昧に口を開いた。


「先ほどからずっと通信を試みているのですが、全く連絡がつきません。それどころか、ラクアさんにも、zodiacのルノア隊長やフリードリヒ副隊長にもです。新基地近辺の通信網に何か不具合がある様でして…。」


ナノマシン通信に、圏外という概念は無い。


通信革命を起こした程の技術なのだ。


リンクで繋がっている人間ならば、誰にでもリアルタイムで通信を繋げるシステムのはずだった。


「…何かおかしいな。今日は一度もラクアからの連絡が無い。バロン。早急に原因を探り、少佐と連絡を取るぞ。他の者は、いつでも対応できる様準備をしておけ。」


レオンはそう言いながら、バロンを伴って病室を後にした。


「エリーナさんはこのまま休ませてあげましょう。ロックくんも無理はしないでね。腕の傷、結構深いんだから。」


俺に優しく微笑みかけ、アイヴィーも病室を後にする。


自分の腕の傷の事など、言われるまで忘れてしまっていた。


部屋を出る瞬間、アイヴィーとカリンが目配せするのを俺は見た。


「ロック。何か進展があるまであんたはエリーナのそばに居てやりな。おいアリス。ボーッとしてないで行くよ。」


カリンが俺の肩を叩き、いつもの様な大柄な言葉遣いでそう言ってくれる。


ただ、叩かれたのが怪我をしている方だったので少し痛い。


「…あぁ。ありがとう。」


俺は小さな声でただそう言った。


「いつまでもそんなしょぼくれた顔してんじゃねーよ。エリーナが起きた時はあんたが元気付けてやるんだから。それに、あたしたちの敵は概ね見えた。だろ?あとはレオンが言う様にそれに向かって出来る事をやっていくだけだ。」


カリンがそう言い残して踵をかえし、アリスと共に病室を去ろうとした瞬間、今度はアリスが何かを思い立ったかのように、俺のもとに駆け寄って来た。


「…ロック。これ、あげる。」


彼女はそういうと、手作りらしい小さな熊のぬいぐるみを俺に手渡してきた。


「??これを、俺に?…あ、ありがとう。」


戸惑いながらも俺がそれを受け取ると、彼女は和かに微笑み、カリンとともに病室を去っていった。


手渡された熊のぬいぐるみを掌に置いて見つめながら、俺は少しだけ微笑む。


ありがとう。皆。


眠る先輩と医務室に残された俺。


俺は先輩の寝顔を見ると、やがて硬く目を閉じた。


今、先輩も戦ってるんだよな。


心の中で語りかける。


俺は彼女の白く細い手をそっと握りしめると、静かに記憶の扉を開くのだった。



ー 約半年前


俺と先輩の出会いは最悪だった。


それは、SHADEに入隊した時の俺が自信過剰で、自己中心的だった事にも原因はあるだろう。


今でもたまに先輩にその時の事をからかわれたりもする。


自分一人でどんなミッションでもこなせると思っていた。


バディなんていらない。


足手纏いになるだけ。


頑に自分の力を信じ、そう思い込んでいた…。



「今日から新しくSHADEに配属された、ロック・セブンス准尉と、アリス・ルクミン准尉だ。皆宜しくやってくれ。」


先ほど別室にて挨拶を済ませた、この隊の隊長レオン・ジークに雑な紹介をされ、俺は初めて第三軍事基地の地下にあるSHADEのオフィスに足を踏み入れる。


そこで俺を待っていた面々を見た時の最初の感想は、やたら女が多いな。だった。


俺がここに来る前に在籍していた、帝国軍陸上制圧部隊BELZEBZは男ばかりのむさ苦しいところだったからな。


別に差別しようってんじゃない。


男だろうが女だろうが、このチームに居るということが何よりそいつの実力を物語っている。


つまり、この俺が配属されたって事も含めてな。


ただ、俺の勝手なイメージではあったが、軍務総省は言わば役所だ。


普段から役人仕事ばかりやっている様な奴らに、現場での任務がこなせるのかと言う疑念は俺の中に確かに存在していた。


まぁ、そんな事は関係ない。


軍の特殊部隊とは違い、最新の装備や兵器を湯水の様に使えるという軍務総省の待遇の良さだけあれば、俺は今まで以上の活躍ができると自負していた。


SHADEに俺が入隊したんじゃない。


軍務総省が、俺のスポンサーになったって認識だ。


「アリスはスナイパーだ。ラクア、おまえが面倒を見ろ。」


レオン隊長が、隅の方で壁に寄りかかっていたハットの男に声をかける。


なるほど。


この男はそれなりに場数を踏んでそうだ。


ラクア・トライハーン。


確かこのSHADEの副隊長だったはず。


「…だろうな。まぁよろしく頼むわ。」


彼は適当に挨拶すると、もう用は無いと言わんばかりにオフィスを後にした。


アリスは、そんな世話係の副隊長様を追いかけるかどうか迷って変な動きをしている。


随分スカした野郎だな。


だが、やはり俺には関係ない。


SHADEは少数精鋭の部隊だと聞いている。


なら、どんな奴が隊にいようと俺は俺にできることをするだけだ。


「ロックの方は、エリーナ。おまえに任せる。お前たちにはポイントマンとしてバディになってもらう予定だ。精々仲良くやってくれ。」


隊長の言葉に、奥の方の応接用ソファーに深く座りながらつまらなそうに長い髪を指で弄んでいた女が顔を上げる。


年は俺と同い年ぐらいだろうか?


エリーナ・マクスウェル。


シスタニア侵攻作戦に出ていたって話だけは聞いてる。


と言うことは、SHADEのポイントマンはこの女なのか?


「なんで私?子守なんか出来ないわ。」


俺の顔を睨みながら、エリーナとか言う女はあからさまに嫌な顔をしやがった。


顔は確かに可愛いし、スタイルもいいが性格は最悪だな。


そう思いながら俺がエリーナを睨みつけていると、彼女は、プイッと俺から顔を背けた。


そんな様子に俺は肩を竦めながらため息を溢す。


「隊長。俺に面倒見役なんて必要ないぜ。本人も嫌がってるみたいだし、第一俺のバディがそんなカワイコちゃんじゃあ…。」


彼女を皮肉るかのように、わざとらしく隊長にそう進言すると、エリーナはあからさまに嫌な顔をして、俺にも聞こえる様に舌打ちをした。


「…あんた、長生き出来ないわよ。」


彼女はそう吐き捨てるように言うと、それ以上の口を閉ざしてしまったのだ…。



それが、先輩との出会いだった。


今思い返せば、やはりお互い最悪のファーストコンタクトだ。


だが、今なら先輩がその時抱えていた思いや傷を理解できると思う…。



まず、SHADEに入隊してから俺を待っていたのは、年に一回あるらしい、特殊兵士としての能力測定だった。


これは前にいたBELZEBZの時にもやっていた事だったのだが、初めての奴らと一緒にやるとなると話は変わってくる。


舐められたら終わりだからな。


二人一組となって、拳銃、重火器、アサルト、狙撃、投擲、近接戦闘等の基礎的な取扱能力を、軍務総省独自の基準で測定し記録する為のテストみたいなものだ。


そこでも俺とエリーナはお互い悶々と嫌な顔をしながら、隊長様に無理やりペアにさせられて、顔も合わせないような険悪なムードの中測定に臨んでいた。


確かにこのままの雰囲気じゃ居づらいな。


そう思いながら、俺は彼女が拳銃による射撃能力の測定をしているところを背後から腕を組んで眺めていた。


AVG280。


軍に在籍する一般兵士の平均AVGが90〜100ぐらいなので、エリーナの得点はなかなかだ。


だが、帝国の特殊部隊クラスになればザラだった。


「280か。まぁまぁだな。」


別に悪気は無かったんだが、今になって考えてみれば上から目線で腹立つ言い方だよな…。


ただ、まったく会話がないのもな。とその時の俺は思っていたから、何気なく話しかけたつもりだったんだが。


「は?」


そんな俺の思いに反して、エリーナはフレンドリーさのカケラもないめちゃくちゃ目つきの悪い顔で俺を睨みつけてきた。


凄むとなかなか様になっている。


そんなやりとりをしている間に次は俺の番だ。


「まぁ、見てなって。」


手元のタッチパネルでターゲットと距離を設定し、測定を開始する。


ナノマシンによって手ブレや照準をうまく補正制御すれば、それなりの点数が稼げる。


俺は躊躇う事なく、弾が切れるまで断続的に引き金を引き続けた。


エリーナは黙って、俺がそうしていたように腕を組みながら後でその様子を見ている。


測定の結果、俺の射撃AVGは350だった。


射撃では俺の方が断然上って事だ。


「どうだ?」


俺は、ニッと笑いながら得意げに振り返ってみたが、彼女は余計に不機嫌そうな表情を浮かべ、何も口を聞いてくれなかった。


ったく、愛想のねぇ女だな。


こっちが普通に話しかけてるんだから、せめて会話ぐらいしろよ。


心の中で毒づきながら、俺たちは無言で次の測定へと回る。


まあ結果から言えば、こんなものどっちが上とか言う事はない。


個としての能力が高いに越したことは無いが、大切なのは全体としての連携なのだ。


わかってはいたが、その時の俺はただ自分の力を見せつければきっと彼女も認めてくれると躍起になっていたんだろう。


まるで、それだけに囚われていたかのように。


そんな調子で俺たちは測定を終えていき、後は近接戦闘術の測定を残すのみとなった。


ペアの相手と組み手を行い、どれだけ効率的に相手を無力化できるかの測定だ。


測定の行われる第三基地の練兵場に行くと、そこには副隊長のラクアがおり、俺の顔を見つけるなり、よぉ。と、気さくに声をかけてきた。


「…調子はどうだ?ルーキー?」


ラクアは、最初こそスカした野郎だと思ったものだったが、彼とは一週間もしないうちに打ち解け、今では毎日の様に会話を交わす仲になっていた。


「絶好調だぜ、ラクア。まぁ、狙撃の測定ではさすがにスナイパーのあんたやアリスには及ばなかったけどな。」


俺の言葉にラクアは気を良くしたのか、ヘラヘラと笑って見せた。


「まぁ、あれだ。適材適所って奴?俺だって、狙撃と重火器の扱いは得意でも、投てきや近接戦闘はてんでダメだ。背中だけは守ってやるよ。だからお前は楽しく突撃だ。」


そんな馬鹿を言いながら、ラクアは俺の肩を軽くポンポンと叩いた。


「そんなもんか?平均的に全てこなせれば、一人でもなんとかなるだろ?」


俺の自信過剰とも取れる発言に対して、ラクアは肩を竦めながら、できる男は違うねぇ。と本気で思っているのかわからない様なトーンでそう返してくる。


「だけど、わからないもんだよな。あのハッカーのバロンが、SHADEでレオンに次ぐ射撃の名手だとは。」


「あぁ。あの大卒メガネは、v.r.e.aっていう陸軍のサイバー特殊部隊の出身で、普段はデスクワークばっかりだけどな。大学時代には射撃で帝国皇帝杯優勝までしてやがる。人は見かけによらないもんだぜ。」


ラクアから聞いた情報に、俺は素直に感心した。


やはり、SHADEはBELZEBZとは違う。


隊員一人一人の質が圧倒的に高いのだ。


「バロンの射撃のAVGが490。それに対して隊長のレオンは600越えだった。バケモンかよ。」


俺の感嘆の言葉に、ラクアは、あれは次元が違う。と手を振って見せた。


「レオンの場合は、オートマティックでやって見せたことをリボルバーでも出来るからな。ま、SHADE設立当初はさらにそれ以上の化け物ガンマンがいたんだがな。」


彼はそこまで言うと、何かを思い出したかのように、なぁなぁ。とやたらニヤニヤしながら俺の肩を突いてきた。


「そろそろ近接戦闘術の測定でもやれよ。女を待たせちゃいけないぜ。」


ラクアはそう言いながら、顎で練兵場の隅を指し示した。


その方向に視線をやると、エリーナが無表情で壁に寄りかかりながら佇んでいる。


ラクアと話していて、あいつが部屋に入ってきたのに全然気がつかなかった。


あの女、射撃では俺の方が勝っていたが、それ以外のAVGはどっこいぐらいだ。


女相手に組手ってのは少々抵抗があるが、ここらで力の差ってもんを見せつけといてやるか。


負けず嫌いだかなんだか知らないが、差を見せれば隊長も俺とあいつをバディにするのを諦めてくれるだろう。


そもそも無理矢理バディにする必要もないじゃないか。


ポイントマンが二人いるなら別々の場所で個々に動いた方が効率的なんじゃないか?


「恐いだろ?あいつ。この測定で奴に勝てたらなんでも奢ってやるよ。」


ヘラヘラしながらラクアに俺に耳打ちされ、俺は目を丸くした。


「なら肉がいいな。最高級のフルコースで。」


ラクアは、いいねぇ。肉。と首を大袈裟に上下させながら、俺に背を向け練兵場の扉に手をかけた。


そして去り際にこちらを振り向き、ニヤけたままの顔でゆっくり…やれるもんならな。と言った。


ラクアの意味深な言葉の余韻を残したまま、練兵場の扉が閉められる。


もちろんやってやるさ。


このままあの女に舐められたままじゃ溜まったもんじゃない。


俺が軽く呼吸をしてエリーナの方を見ると、彼女はそれを確認したようにスッとキレのある動作で寄りかけていた背中を壁から離して歩み出した。


俺たちは無言のまま睨み合い、練兵場の中心で向かい合う。


「悪いけど手加減はしねぇからな。」


挑発的な俺の言葉にも、彼女は無表情のままなにも答えなかった。


俺たちが定位置に着いたのをみて、軍務総省の測定員が奥の詰所から出てくる。


彼は俺たち二人の顔を順に見回すと、はじめ。とキレの良い声で号令をかけた。


近接戦闘はスピード勝負だ。


だが、いくらなんでも流石に女の顔は殴れねぇ。


だったらせめてみぞおち辺りに1発かまして、それで終わらせてやる。


俺は両腕を構えると同時に踏み込み、彼女の腹辺り目掛けて拳を突き上げた。


その一撃は空を切るが、俺の速攻にエリーナは対応しきれていない。


悪いが、このまま終わらせる。


連続で拳を送り込み、練兵場の壁際まで追い詰め、俺が勝ちを確信したその刹那だった。


彼女はその拳を掌で受け止めてパンチの軌道を逸らし、同時に俺の軸足を足払いで刈った。


俺の力を利用して、最小限の動きで、エリーナは俺を練兵場の床にねじ伏せたのだ。


そのまま彼女は俺の腕を捻り上げ、その上に馬乗りになった。


「…なっ!?」


床に押さえつけられた状態から脱出を試みるが、腕を決められており、もがけばもがくほど関節が軋む。


次の瞬間、近接戦闘術の測定で唯一使用が許されている擬似ナイフの刃先が俺の首筋にそっと当てられた。


馬鹿な。


全てが一瞬すぎて何が起きたのか全く理解が出来なかった。


「悪いわね。これでも手加減してあげたんだけど。」


まるで最初の俺の言葉を真似るかの様にそれだけ言い残すと、彼女は立ち上がりながらナイフを腰のホルダーに戻し、床に倒れたままの俺を残してそそくさと練兵場を後にした。


なんだよこれ?


組手にもなってやしない。


この俺が一瞬で?


あの女に?


負けた悔しさとかではなく、驚きが俺を支配していた。


その後、俺の近接戦闘AVGは200、あの女は倍の400という結果が出た。


後でこの結果を知ったラクアは腹を抱えて笑っていた。


奴はこうなる事が初めからわかっていて、俺をからかっていたのだ。



…あの能力測定の一件で、先輩の近接戦闘術の右に出るものがこの隊にはいなかったことを知った。


彼女は、Area51で叩き込まれた近接戦闘術を自分なりにアレンジして応用している様だった。


華奢な彼女が、屈強な相手を無力化するために自ら開発した技術。ということなのだろう。


俺たちは相変わらず悶々とした雰囲気のままそれからの数日を過ごし、やがてあの事件の当事者となる。


謎の武装勢力による海上プラント占拠事件。


ある日、帝国本土から千キロ程離れた海上に立つ、廃プラント付近で帝国海軍が謎の信号をキャッチし、調査に向かったところそのまま行方不明になった。


さらに、その隊員たちを捜索しに向かった海軍の特殊部隊Seal-20の隊員たちも、その廃プラント付近で消息を断つ。


事態を重く見た海軍上層部は、その案件を軍務総省と国防委員会に委託。


原因の究明と、行方不明になったSeal-20の隊員たちの行方を捜索するべく、俺たちSHADEが出動する事になったのだ。


そしてこれが、俺のSHADEでの初の潜入任務だった。


俺と先輩は、常日頃からの仲の悪さから、お互いに単独での任務を志願したのだったが、隊長であるレオンはそれを無視し、俺と先輩を強制的にプラントへ送り込んだ。


近くの島までカリンの操るヘリで移動。


そこからボートに乗り換え、海上プラントに接岸して俺たちはプラント内への潜入を試みたのだった。


思えばあの事件が、全ての始まりだったのかもしれない。



「なぁ、あの近接戦闘術はどこで覚えたんだ?」


二人で、薄暗い廃プラント内を捜索中に、俺はエリーナに何気なく問いかけた。


彼女は俺に顔も向けず、Area51。あとは戦場。と、それだけしか教えてくれなかった。


ったく。


仕事中までこの調子かよ。


実際、この女がこんな態度を取るのは俺に対してだけだった。


他の隊員たちとは笑顔で会話しているところを何度も基地で見ている。


「なぁ。先輩。」


俺は勇気を出して、その時初めて彼女をそう呼んだ。


エリーナは振り返ると、一瞬だけ驚いた様な表情を見せ、真っ直ぐ俺の目を見た。


その目は、いつもの俺を蔑むような目ではなかったのを覚えている。


「SHADEに入ってさ、あんたたちを見ていたらラクアの言ってた意味がわかってきた様な気がするんだ。」


俺の言葉を、彼女は黙って聞いていた。


「適材適所って奴だよ。俺は、自分の能力さえ高ければ、仲間なんて関係ないって思ってたんだ。だけどSHADEの奴らを見てたら、色々思うところがあってな。」


レオンの冷静で的確な判断力と、リーダーとしての決断力。


ラクアは普段おちゃらけてる様で、狙撃の腕は間違いないし、仲間たちへのフォローも忘れてない。


バロンは真面目でオタクだけど、SHADEの諜報能力や、情報戦に関して、彼無しでは語れない。


カリンは面倒見も良く、どんなメカにも詳しいし、あらゆる軍用機を動かせる。


アイヴィーは衛生担当だけど、心の面でもしっかり隊員を支えてる。


アリスはトロくてたまにイラッとくるけど、居ると和む。


「先輩は…」


俺が言いかけると、彼女は少しだけだけど優しく微笑んだ。


「私は?」


初めて俺に向けられた彼女の微笑に、俺は少しドキリとしてしまった。


「せ、先輩は、頑固で負けず嫌いだ。」


俺が咄嗟に出した言葉に彼女は一瞬、驚いた様な表情を浮かべてから、声を出して笑った。


今度は俺の方が呆気に取られてしまう。


「…あんた、この短期間でそこまでみんなの事見てたのね。なんか、少し嬉しい。」


先輩は本当に嬉しそうな表情を浮かべてから、そのあと少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「…ごめんねロック。私、別にあんたの事が嫌いなわけじゃないの。」


「え?」


意外な言葉に、俺は先輩の顔を覗き込んだ。


そこには何かまだ触れてはいけない過去の傷の様なものがある気がして、俺はただ彼女の次の言葉を待っていた。


「…怖いのよ。」


怖い?


「…怖いって?」


俺の問いかけに、先輩は俺に背を向けた。


まるで、表情から何かを悟られるのを隠すかのように。


「…近づきすぎると、居なくなったときに辛いから。」


そして彼女は、行こう。と言ったきり、いつもの無表情に戻ってしまった。


今なら、先輩の気持ちも少しはわかる気がする。


俺達は微妙な空気感のまま海上プラントの探索を続けた。


そして、施設の制御室と思われる場所を見つけ、其処でSeal-20の隊員と思われる兵士の死体を発見したのだった。


「…見ろ。両腕を後ろ手に縛られてる。捕らえられたんだ。」


手にしたライトで、苦悶の表情を浮かべる隊員の死体を照らしながら俺は先輩に状況を伝えた。


「…ここ、廃プラントのはずでしょ?でも、主要な動力部分は動いてる。一体…。」


彼女は俺の後方で、コントロールパネルの様なものを確認しながらそう言った。


プラントとしては機能していないが、必要最低限の電力は今でも生きている?


俺は立ち上がると先輩に歩み寄り、彼女が見るコントロールパネルの隅々に視線を滑らせた。


「…施設を運転している形跡は無いな。だが、電力さえ生きているならここを隠れ蓑として使う事も可能じゃ無いか?」


「…つまり、何者かが此処を拠点として使っているって事?」


先輩が怪訝な表情を浮かべてそう問いかけながら俺を見る。


「…少なくとも、帝国の優秀な海軍特殊部隊員を捕らえて殺すぐらいの何者かが此処にいるって事だ。」


俺が呟いたその瞬間だった。


「!ロック!危ない!」


叫ぶ先輩に突き飛ばされ、俺は体勢を崩す。


同時にアサルトライフルの掃射音が制御室に轟いた。


「正解だ!帝国の野良犬共!」


何者かが吠える声。


俺と先輩は、中腰になり部屋の中央に置いてある大きな机の影に身を潜める。


数人の足音が室内に次々と飛び込んでくる。


「…クソッ!何人いやがるんだ?!」


手にしたハンドガンを放ち、応戦しながら俺は叫んだ。


ふと背中を振り返ると、先輩の顔が苦痛に歪んでいる。


「…おい!大丈夫か?!」


良く見ると、脇腹の辺りから出血している。


先程いち早く敵の存在に気づき俺を突き飛ばした時に撃たれた様だった。


「…入り口は一つしかない…。」


しかし、先ほどから室内に雪崩れ込んでくる敵が塞いでしまっている。


そこを突破するのは至難の技だ。


いや、待て?


俺は咄嗟に制御室の窓の方を見た。


外に錆びた鉄製のダクトの様な物が建物の壁面に沿って伸びているのが見える。


俺は近くまで展開してきた敵兵を物陰から飛び出しながら迎撃する。


よし。


今ので二人は殺った。


しかし、怪我を負った先輩とここでこのまま撃ち合ってる訳にはいかない。


再び俺は頭を机の影に引っ込めると、傷を抑えながら手だけを出して銃を放っていた先輩へ中腰のまま駆け寄る。


「先輩。出入り口は塞がれてる。窓を破って体勢を低くしたままダクト伝いに建物の壁面を進むぞ。いけるか?」


俺の提案に、先輩は痛みを堪えた様な表情をしながらも頷いた。


「よし。俺が合図したら先輩は窓から脱出しろ。牽制射をしながら俺も続く。…いくぞ?いち、にのっ…!」


さん。のタイミングで俺は再び物陰から飛び出し、展開している敵に向かって拳銃を放った。


相手が怯んでいるこの隙に、先輩が立ち上がり、窓に向かって飛び込む。


俺もそれに続き、銃を放ったまま窓へと走った。


先輩が割った窓へ飛び込み、外のダクトへへばりつく。


「走って!」


少し先をゆく先輩がこちらへ叫ぶ。


同じように窓からこちらに来ようと顔を覗かせる敵を始末しながら、俺は先輩を追った。


「管制塔だ!あそこなら見晴らしがいい!行くぞ!」


傷を負った先輩を先に行かせ、背後に迫る敵に銃撃を浴びせながら俺も続く。


「今、レオンに増援と救助を頼んだ。それまで持ち堪えてね。」


先輩が後ろにいる俺に向かって掛けた言葉に、俺は少しだけ驚いた。


怪我をしてるのは自分だってのに。


彼らは廃墟となったその海上プラントで一体何を企んでいるのだろう?


それをしっかりと調査したかったが、多勢に無勢だ。


ここで死んでは元も子もない。


俺達は迫りくる武装勢力の攻撃をかわしながら、救助のヘリが来るという管制塔屋上へと向かった。


本土から応援が来るまでには幾らヘリとはいえ数時間は掛かるだろう。


俺たちを近くの島まで送り届けてくれたカリンも、一度第三軍事基地へ帰投してしまっている。


海に囲まれた絶海のプラントなのだ。


そもそも戦闘が目的では無かったために、持っている装備の数も少ない俺たちは、敵の目を掻い潜って広いプラントの中を逃げ回るしかなかった。


追ってくる敵をなぎ払い、その武器を奪いながら俺達はただがむしゃらに駆け抜けた。


傷ついた先輩を庇いながら、必死の思いで管制塔の階段を駆け登る。


失血によって体力を消耗し、先輩は息を荒くしている。


そんな彼女を背負い、俺は後悔していた。


最初から下らない意地やプライドなんか捨てておけばよかった。


SHADEに入隊してからの期間の中で、俺は気づいていた筈だ。


俺たちに必要なのはチームワークなのだと。


そんな当たり前のことに、こんな状況になってからやっと俺は気が付いたのだった。


だから、ここで先輩を死なせるわけにも、俺が死ぬわけにもいかない。


先輩が何を怖れているのか。


それを知るまでは。



「ロック。もういい。私を守りながらじゃあなたが危ない。」


追撃を逃れ、辿り着いた階段の踊り場。


屋上に出る為の扉の横の壁に先輩を寄りかからせ、下を覗き込んで追手の様子を確認していると、突然先輩が弱々しくそう言ってきた。


振り返ると、先輩は血の流れる傷口を抑えながら苦しそうな表情を浮かべている。


「何言ってる。もうすぐ助けが来るんだ。ここで奴らを食い止めれば助かる。諦めるな。」


俺の呼びかけに、彼女は苦笑した。


「もう、いいのよ…。辛いことばかりだった…。」


「よくねぇ!俺はまだあんたの事をよく知らないんだ!なんて言ったらいいかわかんねぇけど、俺の中であんたは頑固で負けず嫌いなエリーナ・マクスウェルのままだ!俺に本当のあんたを見せるまでは死ぬな!」


俺の叫びとは裏腹に先輩の傷口から止めどなく流れ続ける血。


「…上だ!」


下方からまた追っ手が近づきつつある声と足音。


しかしそんな事よりも俺は、目の前で自分の命を諦めようとしている一人の女に対して訴えた。


「さっき、俺のこと、意外とよく見てるって言ってくれたよな?そうかも知れない。でも俺は、自分自身のことはなんもわからねぇ。…きっと俺には何にもないんだ。だから先輩が俺を見ててくれ。あんたが俺に、この隊での俺の在り方を示してくれよ!頼む!」


懇願するような俺の訴えに、先輩は口を引き結び硬く目を閉じた。


その頬に一筋の涙が溢れる。


「…自分が死ぬことよりも、目の前で仲間が傷付いたり、居なくなったりする事の方が私は怖い。だから、私はあなたを遠ざけようと思った。近づき過ぎて、また失った時に傷つく事が怖かったから。」


その言葉を聞いた瞬間俺の体が自然と動き、俺は彼女を強く抱きしめていた。


「大丈夫だ。先輩は死なない。俺だって、初任務で死んじまったらまたラクアに笑われるから死ねねぇよ。」


先輩を抱きしめる腕が、彼女の血で濡れる。


熱い。


そうだ。俺たちはまだ生きてる。


俺がそう思った瞬間だった。


まるでその感情を嘲笑うかの様に、屋上に続く扉の外側から、耳をなぶる様な爆音が鳴り響く。


激しい揺れと衝撃。


俺たちの隠れていた踊り場の天井が砕け落ちてくる。


凄まじい重さが一瞬、強く体にのし掛かり、意識が飛びかける。


「まずい!」


俺はすぐ様先輩の体を引き寄せ、自分の体と一緒に彼女を外へ引きずり出す。


砂埃が立ち、辺りは何も見えない。


遠くから何かエンジン音の様なものが聞こえる。


一体何が起きた?


「…うっ。」


俺は舞い上がる埃に咳をしながら、掴んだ先輩の手を手繰り彼女の姿を確認した。


「おい!無事か!?」


俺の呼びかけに先輩は、足が。と弱々しく言う。


徐々に砂埃が晴れ、俺は彼女の姿を目視した。


体を襲う痛みに辛そうな顔をしていたが彼女は生きている。


しかし足が、崩れた瓦礫に挟まれてしまっている。


必死に引っ張り出そうとしているが、どうやら抜けない様だ。


「…待ってろ!」


俺はすぐ様彼女の足元に駆け寄り、瓦礫を退かそうとした。


しかし、大きい破片と破片の隙間にちょうど入り込んでしまっており、びくともしなかった。


この様子では、下から迫っていた追手は階段が使えずに直ぐには近づいて来ないだろう。


そこは一先ず安心だが、俺を不安にさせる様な音が、徐々に近くなってくる。


さっきから聞こえているエンジンの稼働するような音だ。


救助のヘリが来るまでにはまだ時間がある筈。


俺は足を挟まれ天を仰ぐ様な形になってしまっている先輩を庇う様に立ちながら、その音のする方向へ目を凝らした。


何かが、こちらへ向かい飛んでくる。


見覚えのある黒い機体。


「…帝国のガンシップ?もう増援が来たのか?!待ってろ先輩!」


俺は先輩をその場に残し、崩れた瓦礫を飛び越えながら、屋上の中央部分にあるヘリポートまで駆けて行った。


大きく手を振り、こちらへ向かってくるガンシップへ合図を送る。


「待って!ロック!さっきの崩落は明かに爆撃によるものだった!あのガンシップは…!」


先輩が張り上げた声にハッと後ろを振り向いた瞬間だった。


けたたましい轟音と共に、ガンシップから機銃掃射が始まり、熱い弾丸が俺の腿を掠めた。


「なっ?!」


足に走った痛みと衝撃にバランスを崩し倒れるが、それと同時に俺は床を転がり、降り注ぐ弾丸の雨を交わす。


突然だったが、寸前のところでなんとか蜂の巣になることだけは避けたみたいだ。


俺に機銃攻撃を仕掛けた帝国のガンシップは、頭上を飛び去っていき、水平線の彼方へ再び距離を取る。


「おいおい。なんで味方のガンシップが俺たちを攻撃してくるんだ?!」


まるでその叫びに応えるかの様に、体内のナノマシンが謎の通信をキャッチする。


俺は、海上で対空しているガンシップを睨みつけながらその無線を受信した。


「…誰だ?」


その問いかけに、無線機の奥からくぐもった笑い声が聞こえてくる。


『…お前達には関係のない事だ。』


声は低い男の物だった。


『見せてもらおうか。帝国特殊機動部隊SHADEの力。』


無線から聞こえる声は、おそらくあのガンシップを操っている人間のものだろう。


ナノマシンを有した人間に、帝国のガンシップだと?


まさか、敵は同じ国の人間だとでもいうのか?


「やはりここはお前らの様な連中の住処になってたって事か。まさかそんなもんまで隠し持ってやがったとはな。ガンシップに飛び回られてたんじゃ、救助のヘリが到着したところで近付けねぇじゃねぇか。」


このガンシップを何とかしないと、俺たちはここから脱出さえできない。


仮に今から空軍に戦闘機を飛ばしてもらったところで、到着前に俺たちがバラバラにされるだろう。


状況は最悪だった。


装備も無いに等しい上、地対空装備の様な大掛かりなものが、もともと軍用施設でも無いこんな場所にあるはずが無い。


持っているのは拳銃一丁。


百歩譲って射撃の届く距離に奴が近づいてきたとしても、ガンシップの装甲をこんな銃で貫けるわけもない。


なす術がないとはまさにこの事だった。


絶望的な考えが脳裏を過ぎる。


しかし、そんなことをしている間にも、ガンシップは再びこちらに向かい急接近してきた。


「クソっ!」


再び放たれる弾丸。


足を挟まれ動けない先輩は無防備だ。


俺は機銃による攻撃を全速力で掻い潜りながら先輩に駆け寄ると、その体に自分の体を覆いかぶせた。


「ロック!ダメ!」


そんな先輩の声をかき消すかの勢いで、機銃攻撃をしながらガンシップが俺たちの頭上を通り過ぎていく。


「ぐっ!」


肩や脇腹、腕などを弾丸が掠める。


まともに食らえば、人間の体など紙のようにバラバラになってしまうだろう。


「もうダメよ。生身の人間がガンシップに勝てるはずがない!」


先輩が俺にすがるように、泣きながらそう言った。


「何言ってる。何とかするさ!」


「それで何とかなるなら誰も死んだりしない!最初から…誰も…。」


彼女はそう吠えながら、俺の腕の中で泣いていた。


先輩の心に今でも残る傷。


その一端を見せられたかの様だった。


「…大丈夫だ。俺は死んだりしない。」


そうは言いつつも、確かに勝算はゼロだった。


こちらにはガンシップに通すだけのダメージが与えられる武器が無い。


しかし、俺も男なのだなとつくづく思ってしまう。


女にこうして泣かれると、馬鹿みたいに強がってしまう。


俺は周りを見渡した。


先ほど崩落した箇所の側、よく見ると何者かの死体が横たわっている。


戦闘服からして、海軍特殊部隊Seal-20の隊員のものだろう。


どこからか飛んできた大きな鳥が、その死肉を貪っている。


殺して海に投げ捨てる事もなく、そのまま放ったらかしとは。


だが、そのお陰で俺に一つの考えが浮かんだ。


死んだ兵士には気の毒だが、これを使わない手は無い。


俺は先輩の顔を両手で包み、真っ直ぐその目を見つめる。


「…信じろ。俺たちはバディだろ?」


それだけを言い残し、先輩の言葉を待たずに俺は駆け出した。


その姿を捕捉した敵が、すぐ様機体を前に傾ける。


『馬鹿が!蜂の巣にしてやるっ!こいつの凶暴さはお前たちがよく知っているだろう?』


ナノマシンを通し無線の声が吠えた。


走り出した俺を目掛け、先ほどの再現かの様に機銃が掃射される。


弾丸が自分のすぐ側を飛び交う音がヒュンヒュン聞こえ恐怖するが、俺はそれでも構わず走り続けた。


「へっ!飛び回って機銃ぶっ放すだけかよ!脳がねぇな!」


俺は、自分を鼓舞する意味も込めて不敵に笑いながら、そして走りながら大声で叫び、ガンシップに向かって中指を立てて見せた。


奴に見えたかどうかはわからないが、ガンシップは再び距離を取ったようだ。


「ロック!一体何をする気なの!?」


少し離れたところから、先輩が叫んでいる。


それを聞きながら、俺は横たわる兵士の死体の腰に付いていたものを回収した。


よかった。やはり、あった。


「悪いな。ちょっと借りるぜ。」


行方不明になっていた兵士の死体の腰から取り外したのは手榴弾。


少なくとも、拳銃なんかよりはよっぽど攻撃力があるだろう。


何しろ世界が誇る帝国製だ。


俺はそれを手に取り強く握りしめると、先輩へ向けて満面の笑みを見せた。


「言ったろ?何とかするって。今から奴を海の藻屑にしてやる。」


俺は手榴弾を持ったまま、見晴らしのいいヘリポートの中央まで歩み寄る。


「何やってんのよ、バカ!そんなとこに立ってたら的になるだけよ!」


悪いな、先輩。


叫ぶ先輩を尻目に、俺は水平線上に浮かぶガンシップを睨みつける。


コックピットに座る男の顔はもちろんこの距離では見えない。


だが、どうせブッサイクな顔してるに決まってる。


『ガンシップの正面に立つとは。抵抗を諦めたのか…?なら、望み通りバラバラにしてやるっ!!』


再び汚ねぇ声が聞こえてきたので、俺は強制的に無線をぶった切った。


何だかわからない。


しかし、今、オレは、


『楽シクテ、仕方ガナイ』


一瞬の沈黙の後、機体を傾けてガンシップがこちらに向かい全速力で発進した。


少しづつ距離が近づいてくる。


まだだ。


迫るガンシップの二対の機銃がオレに照準を合わせるのが見える。


しかし、まだ。もっと引きつけろ。


ナノマシンがガンシップにロックオンされた俺に警告を告げる。


奴はオレの仕掛けた挑発に、勝負に乗ったのだ。


条件は揃っている。


あとは女神が微笑むかと言う問題だけだ。


機銃のシリンダーが回転を始める。


パイロットの顔が目視で見える。


何かを叫んでいるようだ。


死ね。だろうか?


やはり不細工な顔をしてやがった。


今だ。


俺は手にした手榴弾のピンを抜くと、それを天高く放り投げた。


放たれる機銃。


それが俺に届くその刹那、俺は足をバネにして床を蹴り、高くジャンプしてそれを避ける。


尚も接近を続けながら放たれ続ける機銃。


俺は空中で体を回転させながらそれを避ける。


投げた手榴弾が落ちてくる。


「死ヌノハ、貴様ダ。」


俺は体を回転させた勢いを乗せたその足で榴弾を思い切り蹴飛ばした。


かかとに固い物が当たるのを感じる。


ジャストミートだ。


俺が空中で蹴り飛ばした手榴弾は、真っ直ぐこちらに突っ込んでくるガンシップのローターの軸の部分に、放たれた1発の弾丸のように飛んでいった。


それを見ていた先輩が後ろで何かを叫んでいたが、何も耳に入ってこない。


そして、爆発と衝撃。


着地に失敗した俺は、屋上の地面を転がり、そのまま大の字で仰向けになった。


視界一杯に広がる朝焼けの空に、機体の至るところから火を吹いたガンシップが横切り、やがてそれは力なく海の方へ落ちると、最後に大きな爆音を上げて吹き飛んだ。


頭が真っ白だ。


視界がぼやけていく。


ナノマシンが俺の過剰なアドレナリン放出に耐えられなくてイカれたのか?


ー…ック


誰かが俺を呼んでいる。


ーロ…ク


『これは、お前の救済の物語だ。』


かつて誰かに言われたような言葉が脳内を駆け抜ける。


「ロック!」


ハッキリと聞こえた先輩の声に、俺は飛び起きた。


「痛っ…!」


身体中が焼けるように熱く、痛い。


どうやら自分が思っていたよりも弾丸を食らってたようだ。


だが、奇跡的に致命傷はない。


「ロック!大丈夫なの!?」


瓦礫が死界になっていて、どうやら俺の姿が見えていないらしい。


俺はゆっくり立ち上がり、傷ついた足を庇うように引きずりながら、先輩が見えるところまで歩み寄った。


「…!ロック!」


「…よぉ。生きてるか?」


そう言いながら俺は彼女のすぐ側まで移動すると、そのまま力が抜けたように仰向けになって彼女の隣に倒れこんだ。


もうダメだ。


歩きたくない。


そばで横になる俺に、先輩はまた縋るように泣いていた。


ふと、瓦礫に挟まれた彼女の足元を見る。


そこには血で汚れたナイフが転がっていた。


先輩のナイフだ。


「…馬鹿。お前、自分の足を切り落としてまで脱出しようとしたのか?」


先輩のあまりの行動に、俺は痛みも忘れ体を起こす。


なんて馬鹿な事を。


もっと強く言ってやりたかったが、傷ついた俺の声は随分と弱々しかったと思う。


でもよかった。


本当に足を切り落としてたら、また一緒に作戦に来れなくなっちまう。


そんなことを考える俺の腕の中で、先輩は子供のように、だって。だって。と言いながら泣きじゃくっていた。


俺はそんな先輩の頭を自分の胸のあたりに抱き寄せ、その手で彼女の長い髪を無造作に撫でた。


「何とかするって言ったら何とかするさ。だから、信じろって言っただろ?」


俺たちはまるで、空を仰ぎながら添い寝をするかのように、無気力になっていた。


しかし、そんないいムードをぶち壊すかのように、突然プラントの下方から複数の足音が登ってくるのが聞こえた。


「?!ロック!下の方にいた奴らが登ってきたみたい!!どうしよう!?」


聞いたか?


あの鉄仮面がどうしよう!?だと。


こんな状況にも関わらず、俺は、かわいいとこあるな。とか能天気に考えてた。


あぁ、どうにかしなきゃな。


だが、体が言う事を聞かない。


頭も回らない。


まるで意識だけを置き去りにして全て燃え尽きてしまったかのようだ。


無慈悲に近づいてくる足音。


先ほどの戦いで、もう武器は先輩の足元に転がっているナイフぐらいしかない。


だが、彼女は依然として足を瓦礫に挟まれたままで動けない。


意識が遠くなる。


とうとう足音が屋上にまで迫る。


もうだめか。


視界がぼやけて何も見えない。


先輩が何かを叫んでいる。


俺たち二人を囲む足音。


複数の銃口が規則的に俺たちに向けられる気配。


最後はこんな幕切れなのか…。


俺は死を覚悟した。


兵士というもの、いつこうなってもおかしくはなかった。


ここで死んでいった兵士達も、きっと自分の死に場所が此処になるなんて思ってもいなかっただろう。


しかし銃口が向けられている気配はするものの、一向にその引き金が引かれる事はなかった。


銃声の代わりに、キビキビとした男たちの声が聞こえる。


「…ターゲット確認。双方とも生存しております。」


「瓦礫を撤去しろ!」


「ヘリも、もうすぐ到着する!誘導してくれ!お前たち、よくやった。」


突如聞こえた声に、俺はゆっくり目を開けた。


なんだ?


首だけを何とか動かして状況を確認する。


すると、俺の傍らには黒い戦闘服を身に纏った屈強な男がしゃがみながら俺の顔を覗き込んでいた。


意識が徐々に鮮明になっていく。


「…よぉ。無事か?」


聞き覚えのあるその声に、俺は目を見開いた。


「フリード…リヒ…兄貴?」


力なく俺が発した言葉に、男は白い歯を見せて微笑んだ。


フリードリヒ・スタンフォード


SHADEに来る前に所属していたBELZEBZで共に闘っていた俺の先輩兵士の一人だ。


彼が先に移動してからというもの、全く連絡が途絶えてしまっていたのだが、まさかこんな所で再会するとは。


ん?という事は…。


「お前達が救援要請をしてるってんでな。Seal-20にいる知り合いが、自分たちの問題を最後まで他の隊に押し付けるわけにはいかないから自分たちで救助に向かうってんで、ルノア隊長の命令を無視して俺も来ちまった。もともと、お前達が失敗したらzodiacでここに来ることになってたからな。」


そういう事か。


兄貴はそこに来ていた兵士の中で一人だけ身につけている装備が違った。


そこで俺は、兄貴がzodiacに移動になっていたことを初めて知ったのだった。


兄貴は俺にここまでの経緯を一通り説明すると、良くやったよ、お前ら。といい、また微笑んでくれた。


その微笑みに安心した俺は再び目を閉じる。


意識が、心地の良い海風とともに微睡んでいく。


次に目を開けた時、俺は第三軍事基地の医務室でベッドに寝かされていた。


隣には空のベッド。


どうやら先輩が使っていたらしい。


だが、俺が目を開ける頃にはもう先輩は先に元気になっており、俺が目覚めたのを知ると彼女は一番に俺の元に駆けつけてくれた。


「本当に、あんな無茶はもう二度とやめてよね。幾らなす術がないからってガンシップに生身で挑むなんて狂気じみてるわよ。」


開口一番先輩にそう言われ、俺は力なく笑った。


こんなに明るく喋る人だったんだな。と彼女の顔を見ながらふとそう思う。


「何とかなったんだし、もういいだろ。」


「ちょっとした伝説になってるわよ。落ちてた手榴弾を100mは先にいるガンシップに投げつけて墜落させた奴が居るって。」


まぁ実際は投げつけたんじゃなくて、蹴っ飛ばしたらたまたま良いところに当っちまってタイミング良く爆発したってだけの話なんだけど…。


「…あんた、あの時笑ってたわよ。」


俺が困ったような顔をしていると、先輩はいやらしいものを見るかのような目で俺を見てそう言った。


しかし必死だった俺にそんな記憶はない。


確かに何か大事な血管のようなものが切れたみたいな感じはしていたが。


やはり、ナノマシンがアドレナリンの過剰分泌で異常をきたしていたのだろうか?


「まぁ、逆に見ていてこっちまでスカッとしたけどね。」


「そういう先輩は泣いてたけどな。」


俺があの時の先輩の様子を論ってそう言うと、彼女は徐々に顔を赤らめながら俺の肩の辺りをど突いた。


衝撃が傷口に響いて痛い。


「…ていうか、あんたに先輩なんて言われるとなんかムズムズするわ。」


「じゃあ名前の方がよかったか?」


「それもなんか嫌。まぁ、別になんでも良いけど。」


そう言って頬を膨らます先輩は、可愛らしい普通の少女に見えた気がした。


そうして俺たちは正式にバディとなったのだ。



…zodiacとSeal-20の調査により、あの海上プラントが武装勢力の武器や、兵器の隠し場所になっていたこと、そしてそこを拠点として本土へ何かしらの攻撃を仕掛ける計画があった事が分かる。


そこで見つかったテロリスト達の遺体にあの鉤爪の刺青が掘られていたことも。


俺と先輩を襲った帝国のガンシップ。


今思えば、全てあのユアンという男が膳立てした事だったのかもしれない。


それからしばらくして俺たちSHADEは凍結された。


帝国報道局の情報規制の遅れにより、俺たちの存在が世間に明るみになるのを防ぐためと言うのもあったが、俺と先輩の怪我の治癒に思ったより時間が掛かったって言うのも少なからずあるだろう。


俺は記憶の扉を閉じて、目の前で眠る先輩を見つめた。


「…負けるなよ、エリーナ。」


どれくらい時間が経っていたのだろうか?


一人物思いに耽っていると、背後で医務室の扉が開かれ、バロンとアイヴィー、そしてレオンが中に入ってきた。


何か普通ではない様子だ。


「どうした?やはり何かあったのか?」


俺の問いかけに、レオンが頷く。


「ロック。悪いが直ぐに出れるか?」


レオンからの確認に、突然連絡のつかなくなった新基地の一行の事について考えが巡る。


「あぁ。俺は大丈夫だ。」


まだあの仮面の男にやられた腕の傷が少し痛むが、別に俺は平気だった。


むしろ、今は体を動かしていないと、心が安定しない気がする。


「緊急事態です。恐らく現在、アシュレイ郊外の新基地は何者かの攻撃を受けています。ネットワーク障害、ナノマシンリンク障害など様々な電波障害が起きており、それらが全て人為的に行われている可能性が。」


厳しい表情でバロンが俺に状況を説明してくれる。


俺は拳を強く握った。


これ以上、仲間をよくわからない奴等の都合で傷つけられてたまるか。


「現在新基地はブラックボックスになってしまっており、外部からでは状況が分からない。何もなければ良い。だが、何かあってからでは遅い。エリーナはアイヴィーに任せ、それ以外の全員で出動する。」


レオンの言葉に俺は力強く頷いた。


「わかった。行こう、アシュレイへ。」


そう言っては見たものの、俺は後ろ髪を引かれるような気持ちで先輩の眠るベッドを振り返っていた。


ごめんな。行ってくる。


俺はアイヴィーに、先輩を頼む。と一言言い残すと、レオンとバロンに着いて医務室を後にした。


俺たちを取り巻いている、底知れない悪意と闘うために。



★2

アシュレイ郊外新基地

PM 15:20


「クソ!また増援だ!敵が多すぎる!隊長!これ以上は!」


三階奥の会議室内で、フリードリヒが叫ぶ。


「…うるさい。」


俺たちの必死の攻防虚しく、敵は更にその数を増していた。


上階からの狙撃も、基地の建屋まで接近されたら意味がない。


弾薬にも限界があり、俺と少佐でカバーできる人数も然程は多くなかった。


下の階を固めていたルノアとフリードリヒは、増え続ける敵にじりじりと上階へ追い詰められ、とうとう俺と少佐のいた三階まで後退を余儀なくされていた。


これ以上の退路はない。


唯一の救いは、この会議室の作りが堅牢であったことだけだ。


情報漏洩対策の為なのか窓もないので、外から侵入されることもないだろう。


しかし、敵は休む間も無く増援を送り続け、既にこの基地内の至る所に侵入している。


上空を飛び回って通信妨害のための電子片を散布していたドローンを何機か撃墜はしたものの、そちらも新しい機体が直ぐにやってきてキリがない。


依然としてプロトン・ディスターバーの効果は持続しており、外部に連絡を取ることもできなければ、この基地ご自慢であるはずの新型防壁システムを使うこともできなかった。


この激しいドンパチに巻き込まれ、何人か居た兵士は死亡。


今残っているのは、少佐とルノア、フリードリヒと俺、そして運悪く居合わせちまった技術者のにーちゃんだけだ。


俺たちは会議室の一つしかない出入り口の扉の前に、椅子やテーブルなどを積み上げてバリケードを作り、その内側で身動きが取れなくなっていた。


次々に上階に上がってくる敵を、バリケードの隙間から、ルノアとフリードリヒがアサルトライフルで迎え撃つ。


その脇には、彼等が敵から奪って回収してきた武器が少量だが積み上げられている。


俺とルカ少佐は、一度スナイパーライフルを壁に立てかけ、状況の整理に努めていた。


「もう使える武器も少ない。これ以上長引いたらヤバいぜ。どうする少佐?」


俺の問いかけに、彼女は葉巻を吹かしながら何かを黙って考えているようだった。


俺も楽観的かもしれないが、少佐も相変わらずと言って良いほど慌てている様子は無い。


どんな場数を踏んだらこんなクソ度胸が身につくんだ?


「そろそろSHADEの連中も気づいている頃だろう。輸送機で飛ばせばここまで1時間も掛からない。それまで耐え凌ぐことができれば我々の勝利だ。」


一体その自信はどこからくるんだ?


あいつらがまだ気づいてない可能性だって有るだろうに。


「ところで、この天井の通気ダクトはどこまで繋がっている?」


会議室の天井を仰ぎながら、少佐が隅の方でオドオドしていた技術者の男に問いかける。


彼は憔悴しきったような青ざめた顔をしながら少佐に駆け寄ると、手にしていた紙の図面を会議室のテーブルに広げて見せた。


図面上を指でなぞりながら、ダクトの構造を確認している。


「ここが、現在地です。この赤い点線の部分が通気ダクトを表しておりますので、図面上ではこの基地の屋上に繋がっていますね。」


なんだ?少佐は何を考えている?


技術者の言葉に少佐は頷くと、俺の方を見て言った。


「ラクア。お前はこのダクトを伝って屋上に出ろ。」


突然の命令に、俺は首を傾げた。


惚けている俺の顔を少佐が呆れたような顔で見る。


「…さっきから銃声に混じって聞こえているこの音。お前には聞こえないか?」


彼女の問いかけに、俺は目を閉じ、耳を済ませた。


ルノア達が側で撃ち合っている音に混じって、微かに鈍い機械の駆動音のようなものが聞こえる。


少佐も俺も、おそらく此処にいる誰よりも耳がいいのだ。


この音は…。


「…ヘリか?」


俺の問いかけに、少佐は頷いた。


「そうだ。恐らく奴らは、我々がこの三階会議室に立て籠もっていることを知り、屋上からも兵を送り込むつもりなのだろう。そのヘリを奪い、ここから脱出する。お前は屋上に向かい、ヘリを奪取した後、階段でこのフロアへ降りながら我々の脱出経路を確保しろ。武器はそのハンドガンで十分だな?必要が有れば敵から奪え。」


成る程、な。


普段待つことが仕事の俺になかなか無茶言ってくれる。


適任はルノアだと思うが、彼女はこの会議室をなんとしても死守しなきゃならねぇ。


そっちの戦力は外せないだろう。


いま手が空いてるのは俺だけだしな。


「わかった。行ってくる。」


俺はそれ以上は何も言わず、黙って少佐に従うことにした。


壁に立てかけてあった弾切れのライフルを手にして、椅子の上に登り、ストック部分で天井の通風口を思い切り叩く。


すると、ガチャン。という音とともに通風口は簡単に外れた。


それを確認して俺はライフルを下に置くと、通風口の縁にジャンプして捕まり、懸垂の要領で持ち上げた体を天井裏のダクト内に足からねじ込んだ。


常備しているライトを腰のケースから取り出し、身をかがめたまま暗いダクト内を中腰で進んでいく。


意外と広いし、新しいだけあってまだ綺麗だった。


逆にここから侵入されたりしちまうんじゃねーかと心配にもなったが、この際どうでも良いだろう。


もう侵入されてるしな。


そうは思ったが、どうやら会議室のダクトだけは他の箇所の通気ダクトとは独立して作られてるようで、外部からの侵入経路になりうる事も事前考えられていたのか、壁面の至る所に何かセンサーの様なものが取り付けられているのが確認できた。


無論、しっかりしてるのかなんなのか今はプロトン・ディスターバーのせいでその役割を果たしてはいない様だが。


そのまま進んでいくと、ダクトが枝分かれして垂直に伸びている箇所があった。


「クソ。こいつは骨が折れるな。」


無駄口を叩きながら、何もない壁面を手と足を器用に使いながら少しづつ登っていくと、徐々に外の光が見えてきた。


ん?なんだ?


上に登るにつれ、屋上の方からやたらデカイ音が鳴り響いているのが聞こえる。


銃声?にしてもデカイ。


大砲でもぶっ放しているかの勢いだ。


上に誰かいるのか?


屋上に突き出ている排気部分まで登ると、そこに取り付けられたルーバーから俺は外の様子を伺った。


ここからでは何も見えないな。


しかし、確実にそのデカイ音はその先から聞こえていた。


やはり、銃声だ。


俺はあまり大きな音を立てないよう、ルーバーの部分を足で押して外すと、ゆっくりと外に踊り出た。


ライトをしまい、普段あまり抜くことのないハンドガンを腿のホルスターから抜いて、それを構えながら銃声の聞こえる方へ慎重に進んでいく。


少佐の読み通り、屋上ヘリポートには一機のヘリが留まっている。


しかし、人のいる気配はない。


警戒しながら音の聞こえている方へ進んでいくと、そこに音の発生源だと思われる人物を発見した。


建物の端に一人の女。


肩までの赤髪を風になびかせ、屋上の縁から下へ向けて銃を撃ち下ろしている。


服装自体はかなりの軽装だが、手にしている武器は異様とも言えるものだった。


アンチマテリアル・ライフル。


戦車やガンシップの装甲を貫通するほどの大口径弾を放つ、いわゆる対物ライフルだ。


人に向かって放てば、体が真っ二つになるぐらいの威力を誇るライフルの化け物。


シスタニア侵攻作戦のとき遊び半分で人に向かって撃った帝国兵が軍法会議に掛けられ密かに処罰されたとも聞いたことがある。


先ほど屋上に近づくにつれて聞こえていた大きな銃声の正体はこいつか。


その女は、15キロ以上有るはずのライフルを、スタンディングで軽々と撃ちまくっていた。


普通のライフルでさえ、立って撃つのは至難の技だ。


速い獲物を追う時などに立って狙う事はあるが、スナイパーとしては位置が特定されやすくなる上、通常より手ブレがひどいので、できれば這った状態で狙撃したいものだ。


この女はそんな化け物ライフルをいとも簡単に扱っていた。


「動くな。ねぇちゃん。」


俺は女の背中に拳銃を向けながら鋭く声を掛けた。


よく見れば、女の足元には数人の死体が転がっている。


俺たちが今戦ってる連中のものだろう。


ラフな装備に身を包んだ傭兵達だ。


一瞬、味方?とも思ったが、俺の直感がそれとは違う雰囲気を女から感じ取っていた。


不意に背後からかけられた声に、女の動きがピタリと止まる。


「とりあえず武器を置けよ。そんな化け物で撃たれたら月まで吹っ飛んじまうぜ。」


彼女は俺に背中を向けたまま、手にしていたライフルを屋上の床に片手で放り投げた。


まるでただの鉄パイプでも投げるかのようにだ。


その異様に空恐ろしくなるような感じもしたが、動揺を悟られるわけにもいかない。


狩りってのは、獲物を追い詰めていると思っている時程危険な物だ。


「ゆっくりこっち向け。変な気は起こすなよ?女は撃ちたくねぇ。」


俺の呼びかけに、彼女は無言のまま静止していた。


そんな様子を見て、もう一歩女に近づこうとしたその時。


女は俺の意表をついて素早くこちらを振り向き、それと同時にいつの間にやら抜いていたハンドガンを俺に突きつけた。


一瞬の出来事に、対応が遅れる。


「…クソッ。」


俺たちはお互いに銃を向けながら睨み合う。


「…こいつら全員お前が、殺ったのか?」


彼女の近くに横たわる死体を顎で指して問いかける。


女は口の端に笑みを浮かべながら口を開いた。


「…そうだ。我々の救済の為の愚かな生贄だ。お前は何を恐れている?」


ふと、彼女は俺にそう問いかけた。


突拍子のない質問だ。


恐れている?


俺が?


「何者だ?見たところ仲間でも、傭兵連中でもなさそうだな。」


俺はあえてその質問には答えず、逆に女に質問を投げかけた。


すると女は、銃を構えたまま呆れたように肩を竦めてみせる。


「意味のない質問をするな。こちらも作戦中。話せる時間は限られている。」


取り止めのない会話。


しかし、なんだ?


この女が発している、目には見えないオーラのようなものが、危険だという事を俺に伝えている。


「時間が無いだと?一体これ以上何が起こるっていうんだ?」


俺の問いかけに女は構えていた銃をゆっくり下ろし、空いている方の手で遠くの空を指さした。


「『奴』が。H.Cが来る。邪魔者よ。」


H.C?


俺は女が指をさした方向に、照準は女に合わせたまま視線だけを向けた。


その指が差す空の遥か彼方。


そこに俺は、何処かで見た覚えのある機影がこちらに近づいてくる姿を確認して驚いた。


背に鋼の翼を背負った、委員会庁舎の屋上で見たあの兵装。


「…あれは!庁舎屋上に現れた鳥人間か?!お前、あれの正体を知っているのか?!」


俺が捲し立てた質問に対し、女は首を横に振った。


「正体?さぁ。一体なんなんだろうな?『監視者』と呼ばれている。」


女ははぐらかす様にそう言った。


何もわからない。


鳥人間がこちらに向かい、スピードを上げて近づいてくる。


「クソっ!」


俺は銃の照準を女から外し、近づいてくる鳥人間に向けた。


何をしでかす気だ?


嫌な予感が全身を駆け巡る。


鳥人間はやがて直線距離で上空二百メートルを切るぐらいまで近づいてくると、その背中に背負った羽に装備していたミサイルをなんの躊躇いもない様子で放った。


爆撃だ。


「…奴め。ここでも暴れる気なのか?」


女はそういうと、手にしていた拳銃を胸のホルスターに納め、床に放り投げた対物ライフルを軽々と持ち上げると、それを肩に背負いながら屋上の縁に飛び乗った。


「おいっ!待て!」


俺は上空の鳥人間と目の前の女を交互に見ながら女を制した。


「巻き込まれるぞ。死にたくないなら伏せていろ。」


そう言い残し、次の瞬間赤髪の女は躊躇する事なく屋上から飛び降りた。


「なっ!?嘘だろ?そんな馬鹿な…!」


奴は一体?!


しかし、そんな事を悠長に考えている暇も女がどうなったかを確認する時間も俺にはなかった。


鳥人間から放たれたミサイルが、屋上に止めてあったヘリを木っ端微塵に爆散させる。


「くっ!」


激しい衝撃。


俺は近くにあったコンテナの裏に飛び込み、飛んでくる瓦礫やヘリの破片から身を守るように体を屈めた。


もう何がなんだか分からない。


一体俺たちの敵はどこのどいつなんだ?


何度目かもわからないその問いの答えはいまだに出ない。


鳥人間は攻撃を終えると、そのまま逆の空に飛び去っていった。


俺は炎のあがる屋上で、あの時と同じく、何事もなかったかのように飛び去っていく機影を見えなくなるまで睨みつけていた。



To be continued ...

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