第4話

 男を家の玄関先に連れ込み、うつ伏せになっていた体をどうにか動かす。ごろりと仰向けになった体。褐色の肌に、白い髪。先ほどは隠れて見えなかったが、彼の額には一対の赤い角が生えている。

「……この人、オニなんだ……」

 と七瀬は呟いた。先の大戦によって生まれた生体兵器とも呼ばれる彼らは、今では数少なくなった人と共に生活をしている種族だ。人の戯れで生まれた獣人やオニは、種に合わせた特性を持っているが、人を越えてはならないと何かしらの制限を課せられている者が多い。

 そんな目の前の男の額に触れると、べしりと九重から叩かれた。不用意に触るなということらしい。

「九重さんはいつも厳しい」

「僕がいなかったら、君はとっくに死んでたと思うよ」

「ちぇー……」

 九重の説教を躱し、履いていた安全靴と着ていた防塵コートを脱ぐ。ラフなパンツとシャツのみを身に着けた少女が中から現れた。纏めていた赤い髪はフードを被っていたせいか、乱れていて、一度髪紐を解いてから簡単にまとめ上げる。そのままコートをハンガーにかけると、今まで手にしながらも読めなかった本を取り出した。

「目が覚めるまでは、読んでていいよね」

「……まぁ、いいと思うよ。この人は僕が見ているし

 起きて事情を聞いた後で、問題なかったら食事を準備すればいいし」

 見張っているの間違いでは? という言葉は飲み込んだ。九重のよく回る口に、七瀬は一度も勝てたことがないのだ。言わぬが花というやつだろう。

「よいしょっと」

 別の部屋から適当にクッションを持ってきて、男のすぐそばに座り込む。そのまま保存状態の良い紙でできた本に触れる。つるりとした加工が施されていて、表紙は色鮮やかな見たことのない料理の写真が描かれている。

 ぱらりとめくると、優しそうな妙齢の女性が微笑んでいるページ。下には文字が書かれていて、辛うじて目次と読めた。ページをめくる度に、かつての生活や状況が見て取れる。料理はどれも美味しそうだし、生活雑貨も可愛らしいものが多い。


「よく読めるねぇ」

 本の世界に旅立っていたところで、急に声をかけられて意識が浮上する。白い毛並みの狐は少しだけ難しそうな表情をしているので、七瀬は本の内容なのだと理解した。

「あー……旧文明の文字は難しいからね

 でも、私よりも師匠の方が読めるんだよね」

「君の師匠って、君に料理を教えたって人?」

「そうそう」

 そう言って、再び少女は本に視線を向けた。九重は七瀬の師匠に会った事はないのだが、時折話を聞く限り、彼女は随分と師の事を尊敬しているようだった。どのような人物なのか聞こうとして、九重は口を閉ざした。折角七瀬が集中しているのだから、邪魔はしない方がいいだろう。


 暫く心地よい沈黙が続き、本も最後のページにまで差し掛かったところで、うめき声が聞こえた。

「う……」

 九重や七瀬とも異なる響くような低い声。起きたのだろうかと男の方を見ると、今まで閉じていた瞼が開かれ、赤い瞳がこちらを覗いていた。


「はら……へった」


 それと同時に、再び腹の虫が鳴く音が聞こえたのだ。

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しゅうまつ異世界のご飯屋さん 中華鍋 @chukanabe

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