第3話
第十九都市「アメノウズメ」
ここはかつて『人々がすべての幸福を得るため』というとんでもない大義名分の大戦があったにも関わらず、いまだに自然を色濃く残す場所だ。木々が生い茂り、人々は自給自足で生活している。戦場からある程度離れていたせいか、旧文明の残したショッピングモールやビル群といった遺跡も多数残っており、時折愛好家も訪れる程。
そんな都市から少し離れた石畳でできた階段の先、鳥居と呼ばれた朱塗りの木造でできたシンボルの奥に七瀬と九重の住居はある。
神社という旧文明の建築物だが、木造でできたそれは、コンクリートや金属よりも遥かに修繕しやすい。問題があるとしたら隙間風が酷いのだが、それはご愛敬というやつだ。他の家と比較すると文明の利器も少ないので多少不便ではあるが、家賃もかからないし七瀬は気に入っている。
九重が七瀬を乗せて階段を駆け上がると、神社の前に着地する。そのまま彼女はガスマスクを外し九重から降りた。
「九重さん、ありがとう」
「お安い御用だよ」
大きな狐を模した九重を撫でると、ぱたりと二つの尾を揺らす。そのまま先導するように九重は神社の方に向かって歩き出した。
「今日は『お店』はどうするんだい?」
「勿論、開店するよ」
「人が来るといいねえ」
「う……」
九重の言葉に七瀬が返せば、けたけたと笑いながら痛いところをついてくる。店というのは七瀬がやっている料理店のことだ。メニューはなし、客が食べたいものを提供するというものなのだが、実のところ閑古鳥が鳴きっぱなしである。ただでさえ閉鎖的な場所にあるのだから、食べにくるのはせいぜい知り合いくらいなものだ。大きくため息をついて七瀬は自宅の戸を開け――ようとして、敷地内に何かが落ちているのに気が付いた。
落ちている、というのは語弊がある。
「な……」
自宅である神社の引き戸の目の前に、身長二メートル程の大男が倒れていたのだ。七瀬が慌てて男に近づこうとしたのを、九重がコートの袖口を噛んで引き留める。
「な、なにするの!」
「おばか! 相手が野党だったらどうするの!」
九重のいう事は最もだ。閉鎖的な都市のアメノウズメでも、決して平穏とは言い難い。時折ふらりと野党がやってきて、物を奪っていくなんて事はよくある話なのだ。だから九重のしたことは正しい。しかし、目の前にいる男を放っておく訳にもいかないのもまた事実。それであれば、このまま警ら隊を呼ぶべきだろうか、と七瀬が考えたところで「ぐぎゅるるるるるる……」と盛大な音が鳴り響く。
一瞬、九重は七瀬を見て、七瀬は九重を見た。お互いに「自分ではない」と主張しあい、倒れている男に視線を向ける。
「ねえ、九重さん」
七瀬の懇願するような一言に、彼女の自称お目付け役の狐は不機嫌そうに尾を揺らし、暫く考え込んだ後で実に……実に嫌だというように盛大なため息をついた。
「わかったよ……家にいれよう」
そう言って、九重は自分の体格の2倍はあろうかという男の腕をくわえ、ずるずると引きずりだす。顔がこすれて痛そうだと思ったのだが、非力な一般人である七瀬にはどうすることもできなかった。
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