第2話

 そこはまさに宝の山だった。


 古びたコンクリートでできた計3階建ての平べったい長方形の建物は、旧文明の栄華のひとつで、いつでもどんな時でも様々な人種でごった返していたらしい。家具家電に雑貨、洋服に飲食物……様々な店舗がひしめき合っていた『ショッピングモール』と呼ばれる場所は、ゾンビどころか人っ子一人おらずしんと静まりかえっている。

 天井が抜け落ちて、ところどころ光が差し込んでいるし、その近くにあるはめごろしだったであろう窓はとっくに風化し、全て割れていた。おまけにいたるところにコケや植物が生えている。

 とはいえ、ここまで形が残っているのは珍しい。大抵は経年劣化や大戦による攻撃で建物が崩壊している事が多いからだ。

 そんな崩落の危険があるショッピングモールという遺跡の中で、一人の人間が歩き回っていた。背丈は百五十センチ程で、安全靴をはき防塵用のコートを身に着け、ガスマスクを被っている。コートのせいで性別が分からない人間は、暫くうろうろしたかと思えば、何かを見つけ、飛びついた。

「あったー!!」

 厳つい格好から出たのは、随分と可愛らしい声が漏れ出る。

 ガスマスクの人間は、がれきの中からどうにかそれを発掘し、宝物のように天に掲げた。

 手にしているものは、暖色で纏められた紙の束……旧文明が残した遺産の一つでもある書籍だった。ところどころ、浸水により文字が滲んだりしているが、ここまで保存状態が良いのは、政府管轄の図書館以外では滅多にお目にかかれない。そもそも形が残っている方が稀である。

 早く読みたいとばかりにガスマスクを外すと、現れたのは十代半ば程度の少女だった。きれいに切りそろえられた赤い髪と緑色の眼が特徴的な、どこにでもいたであろう女の子。彼女はシュリンクを外すとわくわくとしながら本を開こうとして――急に飛んできた何かに慌てて飛びのいた。途端に埃が舞い散り、思わず鼻と口をふさぐ。


「こ、九重(ここのえ)さん!」

 少女が叫び、飛んできた何かに声をかける。現れたのは白い毛並みを持つ狐だった。否、狐と呼ぶには体格が大きく下手な狼よりも大きい。さらに尾は二つに別れていて両方とも不機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。狐は少女を視認すると呆れたように彼女にため息を着いたあと

「こんのおばか!!」

 と、ショッピングモール中に響き渡る勢いで叫んだのである。少女はぴえっと情けない悲鳴を上げるが、狐――九重は引かずに説教を始めたではないか。


「何処から有害物質が出ているか分からないから、遺跡内でガスマスクを外したらダメって僕は言ったよね!

 あと七瀬(ななせ)、君は人間……有機体なんだから、怪我をしたら僕みたいにすぐに修理できないの!」

「う、ぐぐう……」

「『私は不用意にガスマスクを外したりしません』」

 はい、復唱。と九重はイラついたように前足で地面を叩くと、七瀬と呼ばれた少女に返事を求める。彼女は渋々というように、ガスマスクをつけて九重が言った事を復唱する。少女がぎゅうっと大事そうに抱えた書籍を見た狐は、大きくため息をついて、七瀬を自分の背に乗るように促す。彼女は素直にそれに従うと白い狐に跨った。それを確認した九重はがれきを蹴って、風のようにショッピングモールを駆けていく。


 目指すは彼らの住む第十九都市「アメノウズメ」だ。

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