掌編小説・『男はつらいよ』

夢美瑠瑠

掌編小説・『男はつらいよ』

(これは、「「男はつらいよ」の日」にアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『男はつらいよ』


 車 寅次郎は長距離トラックの運転手だった。

 通称は「寅さん」だった。

 父親が山田洋次監督の例の映画のシリーズの熱狂的なファンだったので、主人公の名前をもらったのだが、テキ屋の遊び人にはならずに、真面目なドライバーになった。ドライバーには「トラ」はあまり縁起がいいことばでないが、トラックの「トラ」だと思えば、これほどどんぴしゃりのネーミングはあんまりない。

 非常に真面目で、雨にも負けず、風にも負けず、一日千キロ以上の道のりをひたすら安全運転した。寅さんは宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を愛誦していて、辛いときには思い浮かべて、頑張っていた。

 「サウイウモノニ ワタシハナリタイ…」という結語まで暗唱したところで、「なんていいやつだー!ウオーー!」と叫んで運転しながら号泣するのが常だった。

 コロナ禍で失職したので運転手をしているが、寅さんは実は国立大学の文学部卒で、数年前までは地方新聞のコラム書きなどをして糊口をしのいでいた。

 晴耕雨読、悠々自適、の暮らしぶりで、それまでは自転車にしか乗ったことがなかったが、ひょんなことからトラックの運転手になった。

 不景気や何やらで生活が貧窮してきて、働かざるを得なくなって、いろいろ求人票やらを覗いているうちに、一番できそうで、一番給料が高い、そういう兼ね合いで関数の方程式の答えとして割り出されたのが長距離トラックの運転という比較的難易度の高い仕事だった。

 なんとか貧乏から抜け出したかったのだ。毎日「貧すりゃ鈍す」という言葉ばかりを思い浮かべるような暮らしと決別したかったのだ。

 それまでは寅さんは「生活のために本気で頑張る」というような苦しい経験とは無縁で、映画の寅さんのように極楽とんぼな生活をしていたが、世相が暗くなってきて、老後貧乏などという嫌な言葉もささやかれるご時世で、四六時中皮肉な運命のように「男はつらいよなあ」などと自嘲する羽目に陥ってしまったのだ。

 

 で、ある夕方、疲れ切っていた寅さんは交差点の手前でついうとうとした。

 オーバーランしてしまい、ハッとした時には右脇から猛スピードで突っ込んできたスポーツカーと大激突してしまった。


 トラックは大破、炎上して、寅さんも呆気なく即死した。

 

 … …

 気が付くと、寅さんの周りの風景はすっかり様変わりしていた。

 夕暮れの幹線道路周辺の、深海のような色合いは一変して、ギラギラした太陽が「2つ」天空に輝いている真昼の明るいオレンジ色の世界が広がっていた。

 

 「あれ?ここは…?」

 数秒前から変わらずに連続しているのは意識のクオリアだけで、全てが一変していた。

 あっ!

 合点がいった。最近よくラノベなどのテーマになっている「異世界転生」というやつが、寅さんの身の上にも起こったのだ。

 「えええええ。なんだかご都合主義だけど…もしかしたらこれで貧乏生活から抜け出せるかも?だとしたら願っても無いけどな?」

 「男はつらいよ」という映画の主人公の名前を十字架のごとくに一生背負っていく運命は辛すぎたのだ。


 しかし見通しは甘かった。


 そこは南国の楽園のような離れ小島で、働かなくても食べていけそうではあったが、絶海の孤島で、しかも太陽が二つあるという過酷な暑熱の環境で、40度以上はありそうな猛暑の真昼間がいつまでも続き、その灼熱地獄から抜け出せる見込みは立たないところだったのだ。


 しかし「性転換」していたのが勿怪の幸いで、しかもグラマーな美女に転生していたので、確かに「男はつらいよ」という映画の呪縛からは抜け出せた?気もするのだった…

 

 浜辺には「パールハーバー」と書かれた板切れが落ちていて、島のどこかの地名らしかった。


 寅さんは今度はふざけて、やけくそで?今度は「トラトラトラのしまじろう」と名乗ることにしたのだった。


<了>


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掌編小説・『男はつらいよ』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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