第40話 はい。今でも、愛しています
よく眠れないうちに朝を迎えた。
「おっしゃ朝市だ。買い出し行くべ」
僕が後ろに乗ると、陽はスクーターのアクセルを蒸かした。慢性的な朝の渋滞の隙間をすり抜けてゆく。
「晴人さ、やっぱ今日行くべか」
「ああ、昼過ぎには行こうと思う。仮にも僕は
凜風の実家に顔を出そうと思っている。凜風が事故死でなく他殺だったのはニュースにもなった。犯人の林田圭司は自殺。
凜風の家族も顛末を知った。僕が顔を出さない訳にいかない。
「やり切れないだろうな、ヨシオさんも」
孫が殺されていた。どんなに悔しく悲しい事だろう。
「そうだ。マンゴーも買うべさ。今年のマンゴーは奇跡みたいに甘いって評判だからな」
陽は僕に隠し事をしている。僕は見てしまった、彼女のノートパソコンの中身を。
僕は、打ち明けられるだろうか。陽の心に気付いた事を。
十五分ほどで東門外市場に到着した。
「お。あれ、瀬里加じゃねえべか?」
瀬里加が屋台を物色していた。花柄のタンクトップにデニムのパンツ。小ぶりなストローハットを被っている。背中には大きなリュック。
おーい、と陽が手を振る。瀬里加も気付いたのか軽く会釈した。
「奇遇だな。アンタも買い物かい」
「今日で終わりだし、最後くらいは観光でもしようと思って」
瀬里加の目元が赤くなっている。昨夜は泣き明かしたのだろう。瀬里加は今日で帰国する。運良く夕方のLCCの便に空席があったらしい。
「前に来た時はリザに案内してもらったんですけどね。一人だったら、やっぱ雰囲気が違うなあ」
この街の至る所に凛風との思い出が染み込んでいるだろう。それを一人で見て回るのは、つらい。
「もしかしてなんだけどさ。アンタ、凛風の事を……」
瀬里加はじっと俯いた。そして口を開く。
「はい。今でも、愛しています」
やっぱりそういう事ね、陽は納得したように頷いた。
「親友に男がいるかもって理由だけで、わざわざ台湾まで確かめにくるかね。アンタの凛風に対する想いは友情のレベルを超えてたべ。なるほど、友情じゃなくて愛情だったか」
同じ部屋で二年も過ごすうちに、瀬里加は凛風に魅かれていったという。彼女に愛情を抱いていた。瀬里加が必死になって犯人探しをしていたのにも納得できる。瀬里加には友情を超えた気持ちがあるのだ。
「リザは私を友達としか見ていませんでしたが。きっとリザも私の気持ちに気付いていたでしょう。賢い子でしたから」
台湾は同性愛者やセクシャルマイノリティに寛容だ。だから凛風も違和感なく瀬里加の感情を受け入れていたのだろう。
瀬里加は遠い空を見上げる。その目が少し潤んでいるように見えた。
「ヨシオさんに頼んで、凜風さんの遺品を貰って来てあげる」
はっと顔を向ける瀬里加。
「瀬里加さんはたった一人で、凜風さんの死の真相を突き止めに台湾まで来たんだ。それほど大切な人だったんでしょ。君には彼女の形見を受け取る権利があるんじゃないかな」
「……ホントに?」
瀬里加の言葉が詰まった。目じりに涙が溜まってゆく。
はらりと零れた涙。瀬里加の頬を伝って顎先へと伝ってゆく。綻んでいた口元はきゅっと結ばれ、口唇が小刻みに震えている。
「ありがとう……ございました」
瀬里加は深く頭を下げた。
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