奇妙なアルバイト(その9)
「百合子さんが屋敷の外へ逃れた時、すでに犯人は室内にいました。逃げたのを見届けてから凶行に及んだ。百合子さんに疑いがかからないように、事前に打ち合わせをして発煙筒の細工をした」
「おいおい」
「門と玄関の鍵はどうなっていたかです」
「古い家だと、内側から鍵を掛けるタイプがほとんだろう。来客があれば、ふつう鍵は掛けない」
「いや、掛けたかもしれない。百合子さんがトイレに行った時に開けた可能性があります」
「やれやれ」
あれやこれやと可能性について話をしたが、
「どうやって侵入して退去したかは、寺崎だけが正解を持っている」
などと、寺崎の自白待ちみたいな話になった。
・・・これは、長い時間話し合った割りには、呆れるほど当たり前すぎる結論だった。
寺崎浩司は、菱田百合子への脅迫とゴミ集積場への放火という微罪で逮捕され、自白したが、義父の吉岡徳三への重過失傷害と柳原美知子殺害の本件は、頑として口を割らなかった。
ところが、事件のあった日曜日は、妻にはゴルフに行くと偽り、秘密の愛人と熱海方面にドライブに行ったと、寺崎は今になって告白した。
当の愛人がそれを証明し、寺崎の車は熱海方面のあちこちの防犯カメラに記録されているのが判明した。
寺崎の指紋のついた凶器のゴルフクラブと発煙筒の説明はなかったが、傷害殺人の罪には問われなかった。
やがて、寺崎は微罪のみで書類送検され、直後に保釈となった。
・・・事件は振り出しにもどった。
日曜日の午後、事件があった時間帯にオンボロ車に可不可を乗せて広尾へ出かけた。
五月晴れの空の下、有栖川記念公園一帯を散策するひとも車の通りもそれなりにあった。
𠮷岡徳三の屋敷の前の道路も、ひとの通りがないことはなかった。
「これでは、脚立を立てて塀を越える訳にはいかないね」
可不可にぼやいたように、ひとの目もあるが、𠮷岡家の鉄のネットのフェンスは胸の高さまであり、その内側には背の高さの樹木が立ち並んでいるので、侵入は容易ではなかった。
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