奇妙なアルバイト(その4)


まず弁護士と会って吉岡家の財産の話を聞いてほしいと美知子に言われ、半ば強引に恵比寿の弁護士事務所へ連れて行かれた。

背伸びして入った私立大学の授業料を払うだけでかつかつの生活の百合子からしたら、吉岡家の資産の額は天文学的数字だった。

そのあと、駅ビルのカフェでランチをご馳走になった。


義理の父親の吉岡徳三は、全身の癌で余命6ヶ月だと美知子は声を潜めて言った。

「義父は亡くなった母をそれはもう心底愛していた。余命6ヶ月と知り、母の面影を狂ったように求めている・・・。それで、絵のモデルと偽って、母に似ているあなたを広尾のお屋敷へ連れて来て会わせたの。あなたを若い時の母と混同して、義父はあなたにプロポーズしたの」


美知子は連れ子で、戸籍上は徳三の養女にはなってはいないが、ずっと3人で実の親子のように暮らしてきた。

母の死後は徳三とふたりで暮らし、寄り付こうとしない実の娘たちに代って病に冒された老人を介護してきたと美知子は言った。

「母が先に死ぬとは思っていなかったし、義父は遺言書など書いていないので、おそらく私には法的な相続権はないと思う」

と美知子は長い溜息をもらした。


「父があなたに公開プロポーズするとは思ってもみなかった。・・・でも、私があなたを連れて来たからこんな話になったのよ。・・・6ヶ月、たったの6ヶ月だけ、形だけの結婚をしてほしい。それで、・・・そんなに多くなくてもいいから、遺産相続したあなたから謝礼金をいただきたいの」

テーブルに身を乗り出して顔を寄せた美知子が、低い声でそう囁いた。

これには驚いた。

『なんて身勝手な女だろう!』

百合子は逃げるようにしてカフェを後にした。


数日すると、百合子は、通学の途中でプラットフォームから突き落されそうなった。

それだけではなく、剃刀の入った匿名の手紙が届いたり、アパートの前のゴミの集積所に放火されたり、不審な出来事が続いた。

そんなことをあれこれ考えると、百合子は勉強に身が入らなくなった。

それで、ボディーガードをしてほしいというのが百合子の依頼だった。

ギャラは、来年就職してから分割で払うという。


まだ授業があるという百合子と別れて、坂道の下の校門から見返すと、空に向かって伸びた総コンクリートの校舎が夕日に輝いていた。

あまりに立派で堂々としているので、一匹の蟻すら這入る隙間もないように思えて打ちのめされた。

蟻とは引きこもりのじぶんのことだ。

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