奇妙なアルバイト(その2)

「約束通りに一週間広尾に通ったのですが、絵のモデルと言われていたのに、肝心の絵描きさんはとうとう現れず、車椅子の老人が庭からじっと見つめるだけで薄気味悪いことこの上なしです」

「でも、それでモデルのアルバイトは終わったのでしょう?」

「ところがそうでもないのです」

「はあ」

「その車椅子の老人の誕生日のパーティーがあるので、どうしても出てほしいと・・・」

ここからが本題らしいので、聞き耳を立てた。

「さらにギャラが10倍になるというので、つい・・・」

高額のギャラにつられて、何でもする軽い女に見られるのを、百合子は恥じているようだ。


「ガーディンパーティーというのですか、有栖川宮記念公園近くのお屋敷の庭でパーティーがありました。私は和装して車椅子の老人の傍らでただ笑っていて、何を話しかけられても、ただ黙ってにこにこ笑っていればいいと言われました」

「そういった指図をしたのは誰ですか?」

「すごく品のいい中年の女性です。どういう立場のひとかまるで分かりません。ただ物の言いのすごくきつい方で、反論など絶対許さないという態度でした」

「それで、そのパーティーに出かけたのですね」

「ええ、ちょうど日曜日の昼下がりのおだやかな天気でした。ただ、・・・」

「ただ・・・」

「困ったことになりました。どうも老人の娘さんとか息子さんとその連れ合いたちといった身内だけの誕生パーティーのようで・・・。白い布を掛けたテーブルにシャンペンが何本も立ち、紅茶ポットとカップがサンドイッチやケーキといっしょに並べらえていました。私などにまるで縁のない、絵に描いたようなセレブな一族の集まりです」


私は、老人の車椅子を押す係でしたが、ちょうどパーティーがはじまって30分ほどすると、仕切り役の女性が、

「皆さんに父から話があります」

と口火を切り、うながされた老人が口をもごもごさせながら

「わしはこの娘と結婚する」

と、言ったのです。

パーティーの参加者の皆さんは、雷に打たれたように驚きました。

でも、いちばん驚いたのは私です。

そんなことは聞いていませんでしたし、もちろん見ず知らずの老人と結婚するなど考えられないことです。

・・・すると、背後に立った仕切り役の女性が、

「黙って笑っていなさい」

と、背中に刃物を突きつけるようにして、耳元で言ったのです。

どうしたらよいのか分からないので、黙って笑うしかありませんでした。

・・・きっと口元が引き攣ったような奇妙な笑い方になったと思います。

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