20 鬼が笑う

「う、ううぅ…」

 ベッドの上で1人、背中を丸めながらシクシクと青鬼が泣く。


 僕ってやつはなんでいつもこうなんだろう


 また、相手の話を聞かず、相手の気持ちを聞かず、自分勝手に考えて、押しつけて、困らせて——————泣かせた。

 あの日から僕は何も変わってない。


 最悪だ。

 僕は最低だ。


 こんなの一生会えっこない。会えるわけない。

 最初から、分かってたじゃないか

 会える未来なんて存在しないって。


「はっ…ははは…」


 青鬼は1人、涙を浮かべ、伏せ目がちに力なく自分を笑う。



「馬鹿みたい」











『青鬼くん!』



 僕を呼ぶ幻聴まで聞こえてきた。

 そんな都合のいいこと起きるわけないのに。



「もう寝よう」



『青鬼くん!!!』



「………」



『青鬼くん起きてよ!!!』



 それにしてもやけに、鮮明に声が聞こえてくる。

これって…



「青鬼くん!!!!!」


「!!!」



 青鬼はベットから慌てて飛び起きる。

 ベランダから顔を出すと赤鬼くんがいた。

 青鬼は目を丸くする。


「お、おはよう青鬼くん…」


「どう、して…?」


 いや、これは夢だ、きっと夢に違いない。

 だって、こんなところに赤鬼くんがいるわけない。


 すると夕立は帽子を胸に当てて謝罪する。


「ごめん青鬼くん!酷いこと言ってごめん!!!」

「………!」


 別に、赤鬼くんが謝ることじゃないのに、どうして…。


「ず、ずっと青鬼くんに伝えれなかったことがあって…!本当は俺、君の友達の赤鬼くんじゃないんだ!!ただの人間なんだ…!」


「………」


「青鬼くんを騙したような形になって本当にごめんっ!!!」


 ああ…それを言いにわざわざここまで来てくれたのか。人間がここまでくるなんて、大変だっただろうに…あんなにおとぎの国を怖がっていたのに……君は、本当に優しい。

 

「僕もごめん、勝手に勘違いして、こんな…僕の空想に巻き込んで、ごめんね。君は赤鬼くんじゃないのに、赤鬼くんだって決めつけて、押しつけて、ごめん」


 すぐ考えれば赤鬼くんじゃないって分かるはずなのに。僕は最初から、心のどこかで分かっていたんだろうに。


「もし君が…夕立くんが、『赤鬼くんじゃなくて人間だよ』ってどれだけ僕に真実を伝えたとしても、僕は現実から目を逸らして絶対に信じなかったと思うし」


 迷惑、かけちゃったな。

 僕ってほんと、ダメな奴だな。







「妄想に付き合わせて、本当にごめんね」


————ああ…もうこれで、夢を見るのは終わりにしよう。


———————————————————————



 そう言って、青鬼くんはなんとも悲しそうに笑った。


「ここまで伝えにきてくれてありがとう、気をつけて帰ってね…あっ、1人で帰れる…?」


 心配そうに青鬼くんはベランダから聞いてくる。


「あっ…!いや、待って!まだ青鬼くんに言いたいことが…あって…」


「うん…?」


「その…俺と…!」


 決めたんだ赤鬼くんへの手紙を読んだ時から俺は


「とっ…」


 青鬼くんに伝えようって、決めたじゃないか


「と…ッ…!」


 ちゃんと、言葉にして、伝えるんだ



「とっ、友達にっ!!なってくっ、くれっないかな!!!!」



カミカミのセリフになりながら、勇気を出し、思いを伝える。

そして青鬼くんは俺に一言こう言った。


「えっ……。」 


長い沈黙が流れる


「……。」


「……。」





 俺は思わず下を向く。 


 終わった。

 終わりだ完全に。

 完全に、完全に引かれてる…。

 もっとサラッと「友達になってください」とか、カッコよく言えなかったんだろうか俺は。

 こんなに本音を出すのが恥ずかしいだなんて思わなかった。

 本当は…こんなはずじゃ…

 本当はもっと、もっと!かっこよく言いたかったんだ俺はっ!

 ああ…恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…

 過去に戻れるならやり直したい…。

 今の俺、きっと真っ赤な顔してみっともない顔になってるんだろうな…。


 長い、長い沈黙が続く中…

 痺れを切らしたのは俺だった……。


「じゃ、じゃあ…も、元の世界に帰るわ…もう、言いたいこと…全部言ったし…」


 嘘だ…

 俺はまた嘘をついた

 まだ俺は青鬼くんに伝えたいことを全部伝えていない。


 でも、恥ずかしすぎて、この沈黙が耐えられなくてつい「帰る」なんて言ってしまった。

 心なしか目からポロポロ涙が溢れる。


 最悪だ…。

 穴があったら入りたい…。


 夕立が1人で悶々と後悔していると青鬼くんが声をかける。


「あっえっと、待って!」


「……!」


「ごめん!もう一回言ってくれないかな!よく聞き取れなくって…」


「……。」


 青鬼くんの言葉に夕立は絶望する。


 う、嘘…だろ…あんなに頑張って…言ったのに…。

 俺なりに…結構大きな声で言ったはずなのに……?

 また、あの恥ずかしいこと言葉を言えって言ってるのか…??


 ……やっぱり鬼だ…鬼なんだこいつ…。


 夕立は視線を逸らしながら…青い顔で小さな乾いた笑いが溢れる。


「ハ、ハハ…」


 絶望しながらも「でも確かに聞き取りづらい声してたよな…」と心の中で思う。

 そうだ、今度こそかっこよく伝えるチャンスかもしれない。

 ポジティブに捉えることにした俺はまた青鬼くんに向き合って二度目の気持ちを伝えた。


「………と!…トモダチ、にっ………………なって、ください…。」


 さっきと変わらない、さっきと変わらない気がするなこれ…?

 さっきより声が小さくなったせいで余計伝わっていない気がする。

 いや、きっと伝わったはずだ…

『友達』というフレーズぐらいは伝わったはずだ……ポジティブに考えよう!!

 さっきよりかはマシなはずだ…!


————今度こそ青鬼くんの返事を聞こう。



 そして青鬼くんはこう言った。


「ごめん!はっきり聞こえなかったからもう一回っ!」


 二度目の絶望、そして、三度目の絶望が訪れる。


 嘘だろ…

 なんだこれ…


 そして夕立は頭が真っ白になり何も考えられなくなった。


「………」


 またしても沈黙が流れる。

 すると青鬼くんが俺にエールを送ってくれた。


「夕立くん!頑張って!」


「……………………………」


 容赦ない鬼のようなエールだった。


 もう嫌だよ俺…。

 頑張れってなんだよ!3回目だよ!俺本当に恥ずかしいよ!青鬼くん!!


 もういい、はっきりと言ってやる

 もう、大声で全部伝えてやる…!!!


「俺、本当は!青鬼くんと一緒におとぎの国で遊んで、本当はすっごく楽しかったんだ!また遊べたらなって!ずっと!遊べたらいいなって思ったんだ!」

「だから俺は青鬼くんと本当の友達になりたい」

「俺と!友達になってくれ!!!!!」


「!!」


 言った、言い切った…!

 もしもこれで、もう一回!…とか言い出したら流石に怒るぞ俺は…。


 そして、青鬼くんの方を再び見てみると、青鬼くんが2階から飛び降りようとしていた…。


「えっ…ちょっ…!」


 上から青鬼くんが落ちてくる

 目の前の至近距離で…見事な着地を決めて、青鬼くんは言った。



「もちろんだよ!!!!」



 俺の心臓はドキドキと飛び跳ねている。

「怖いよ青鬼くん…」

「あははっ!」


 青鬼くんは嬉しそうに笑った。


 ああ…あんなに頑張って勇気を出して、出した言葉がこんなサッパリとした結末になるなんて。

 ここにくるまで色々考えていたのが全部馬鹿みたいに見えてくる。

 はぁ…なんであんなに力んで3回も同じ内容の腑抜けたセリフを言っちゃったんだろう…。

 それでも…まあ…、いっか。

 だって、青鬼くんが笑っている。


「っ…あははっ…!」


俺もなんだか嬉しくなって耐えきれず笑ってしまった。



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