19 勇気

 いつの間にかどこか見知らぬ部屋にいた。

 おっこちた先は鏡がたくさん置かれた部屋だった。


「……。」


 どうしよう、知らない場所に来てしまった。

 ある程度覚悟はしていたので、それ程パニックにはならず、夕立は冷静に考える。


(多分おとぎの国と似た世界だと思っても間違いない…よな?)


 黒いうさぎが逃げも隠れもせず、俺の膝上に座っている。

 俺は堂々と自分の膝上に座るウサギに話しかけてみる。


「君はどこから来たんだ、どうして俺をここまで案内してくれたんだ」


「それは君が素敵な夢を見ていたからだよ」

「!!?」




(うさぎが、喋った…!?こいつもしゃべれるのか…!?いや、けどこの声、どこかで聞き覚えがある…)


「久しぶり」



 前を見るとバグくんがいた。


「…っ!??いつの間に…!?」

「さ、さっき…」

「……そ、そっか」

「……」

「……」


バグくんとはまだ、どうも会話がうまく出来ない。


「このウサギはバグくんの…ペット?」

「この子達はその、えっと…、僕の……お願いを聞いてくれる…みたいな…」

「そうなんだ。じゃあ、バグくんがここに連れてきてくれたんだね、ありがとう」

「うん…」

「いきなりで申し訳ないんだけど、青鬼くんのところまで案内してくれないか」

「あっその前に、これ」


 よくわからないマークの書かれたカードをバグくんに渡される。


「これは?」

「許可証、一応人間さんは1人だと…持ってないと危ないです。今回は青鬼くんもそばにいないので、余計危ないです。」

「そ。そっか…人間が許可証なく、おとぎの国に入ると牢屋に入れられるって言ってたっけ…」


 俺はバグくんの発言に違和感を覚える。


(あれ…?)


「—————そういえば、俺、いつバグくんに『人間です』って教えた……?」


(いや、おとぎの国で誰にも人間だと打ち明けていないはずだ)


 バグくんは少し汗を流しながらこう言った。


「その、僕は夢を見ることができるので…夢を見せてもらった時に、人間さんだなって、この人は赤鬼くんじゃないなって、その時…分かりました」


 色々気になる点はあるが……俺はバグくんに一つだけ質問をする。


「本当に、人間の俺がおとぎの国に行っても大丈夫―…なのでしょうか?」

「少し鬼の血が混ざってるみたいなのでギリギリ…許可証をもってれば大丈夫かと」


「そ、そっか…!」


 俺は肩を撫で下ろすとバグくんが話を続けた。


「青鬼くんは、多分家にいると思うから…。あっ…もし、声をかけても家から出なかったら寝てる可能性があるから、諦めず声をかけて起こしてあげて。……あの鏡に入っていけば青鬼くんの家の前に着くよ」


 バグくんは一つの大きな鏡を指差しながら教えてくれる。


「そっか、ありがとうバグくん…本当にありがとう……」

「うん…」


 俺は早速、立ち上がって青鬼くんの元に行こうとする。


「あれ…?」 


————しかし、どうしてか足に力が入らない。


「………あれ…あはは…おかしいな、気が抜けて動けないや…」

「………」

「なんで…こんなに、足が、震えてるんだ」

「………」


バグくんは何も言わず、心配そうに俺を見守っている。

そんなバグくんに俺は……俺にとって今一番怖いことを聞いた。


「…………バグくんは…」

「…なに」

「バグくんは………あの時、どうして…『赤鬼くんじゃない』って青鬼くんに教えてあげなかったんだ」

「…………」


バグくんは少し黙ってから答えた。




「………本物の赤鬼くんじゃないって分かったら青鬼くんはきっと悲しむんだろうなって思ったからだよ」



—————そうだ、その通りだ


「………本当のこと知ったら、きっと、悲しむよな」


 夕立は自然と顔が俯き表情が暗くなる。


「………」


 夕立は、何も言わず、動かなくなる。

 そんな夕立にバグくんは声をかける。


「大丈夫だよ、君なら大丈夫。君は素敵な夢を持っているから。」


 よそよそしい、おどおどしい雰囲気からうって変わり、バグくんは俺に向かってはっきりと言葉を放つ。


「ここに来れたのも、君が素敵な夢を持っていたからだよ、どうか青鬼くんを笑顔にしてあげて」

「………」


 何も言わずに床に座って俯く夕立に、バグは手をかざす。すると暖かな風が夕立を包み込み、雨で泥だらけになった体やユニフォームが徐々に綺麗になっていく。


「きっと後は、勇気だけ」


完全に———自信のない自分の心の中を読まれていた。


「君なら出来るよ」



 優しく、強い言葉をかけられる。

 顔を上げると優しく微笑むバグくんの姿があった。


「………ははは…」


 俺は力なく小さく笑った後、ゆっくり立ち上がり、鏡の前に立つ。鏡の中に入る直前、バグくんの方に振り向き、気持ちを伝える。


「ありがとう、行ってくるよ」





 そうして、俺は晴れやかな気持ちで自ら鏡の中へと飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る