17 結末

(やっぱり居ないか)


 森の中を探し回ったがやはりどこにもいない。


(いや、諦めるにはまだ早い、諦めるにはまだ早いぞ俺ー…)


 きっと青鬼くんはいるはずだ。

 あの日体験したことは夢なんかじゃなかった、現実なんだ。

 誰に言っても信じてくれないような体験を、あの日俺はしたんだ。

 夢と現実の区別ぐらい…きっと、…………分かる。

 あの日の出来事は嘘じゃない

 おとぎの国は確かに存在する


「チーチッチッ」


 どこからか小鳥の囀りが聞こえてきた。


 おとぎ話じゃ小鳥のさえずりがよく出てくるような…シンデレラとか小鳥に限らず動物たちとお話しできるし。


 上を見ると、木に止まっていたのはそれはそれは美しい真っ黒な小鳥だった。


「……なぁ、青鬼くんを知らないか」


 俺は小鳥に声をかけてみる。

 おとぎの国が存在するなら、意思疎通できる小鳥が存在してもおかしくない。


「チーチッチッ」


 俺が声をかけると小鳥は雨の中、バタバタと飛び去ってしまった。


「虚しい…」


(でも今みたいに、もう少し視点を変えて考えてもいいのかも知れない。)


 現実的な常識とおとぎの国の常識は違う。


 俺は一度木下に行き、びしょびしょなった顔をタオルで拭きながら、冷静になって考えてみる。


 おとぎの国に行く時、青鬼くんは、なにか鍵になるような動作はしていなかったはず…。いや………青鬼くんは首にかけてた懐中時計を、わざわざ一度手に持ちなおしていた? 



「もしかして時計がないとおとぎの国を行き来できない?」



でも、それじゃあダメだ、俺は懐中時計を持っていない。


「チーチッチ」


 みるとさっきの真っ黒い小鳥が、白い何かを咥えながら、こちらに向かってやってきた。

 そして小鳥は俺の肩に乗る。


「チッチ」

「…………えーと…。」


 ジッと離れるのを待つが、いつまで経っても肩から離れない。

 なんとなく俺は小鳥が加えている白い何かを手に取った。


「紙?」


 くしゃくしゃになった白い紙だった。紙を手に取ると小鳥はパタパタとどこかへ飛んでいった。


「一体なんだったんだ…?」


 くしゃくしゃの紙を開くとそこには【赤鬼くんへ】と書かれていた。


「!?」


(赤鬼くんへってことは、これって俺宛の手紙ってことか…?誰からの手紙?青鬼くんからの手紙か…?)


 1番下の行を見ても誰からの手紙かは書かれていなかった。


(あれ?)


 よく見ると紙が3枚重ねられている。

 上2枚の紙をずらすと1番下の紙が見え、1番下に『青鬼より』と書かれていた。


(やっぱり…!青鬼くんからの手紙だ…!だったらさっきの黒い小鳥はおとぎの国からの伝書鳩?もしかしたらこの手紙におとぎの国に行く方法が、ヒントが、書かれているのかも知れない)


そんな期待を胸に、俺は手紙を読んだ。





 赤鬼くんへ


 赤鬼くん!僕だよ、青鬼だよ!


 今日はミミィのお店に行く約束をしているんだ!

 ミミィがこの前、「新作の可愛い洋服たくさん揃えてるから今度遊びにきてねぇ〜〜〜〜☆」って誘ってくれたんだ!

 ミミィのデザインした服はどれもかわいくって面白くって素敵だから楽しみだなー!


 あとあとその後に、バグくんのお店の夢夢屋にも遊びに行こうと思ってるんだ。

 バグくんは滅多に外に出ようとしないから、お店に行かないと一緒に遊べないんだよね〜

 それで今日は、前にミミィのお店で買った面白いトランプを持っていこうと思ってるんだ!

 えへへ、すっごく面白いトランプだからバグくんがびっくりしてくれるといいな〜


 赤鬼くん!おとぎの国は本当にどこもかしこも楽しくって面白いものばかりなんだよ!!


だから早く赤鬼くんに会って一緒におとぎの国を回りたいよ!僕、おとぎの国にきてから毎日楽しいんだ!

 でも、楽しくなるたびに赤鬼くんのことを思い出す。


「あーあ、赤鬼くんがいたらもっと楽しいのに」って


 それで、寂しくなっちゃって人間の世界に行って赤鬼くんを探してた時に、たまたま図書館に行ったんだ。今はこんなにキラキラした本がたくさんあるのか〜て僕びっくりしちゃった。


 そしたら名作絵本の特集があって、その本の中に『泣いた赤鬼』があったんだ。


 気になって手に取って読んでみたらそこに僕と赤鬼くんの物語があるわけ!もうびっくりしちゃったよ!


…僕は、赤鬼くんが人間たちと楽しく過ごしてるんだろうなって思ってた。僕がいなくなっても赤鬼くんは人間たちと楽しく過ごしてるんだろうなってそう思ってた。

 絵本にも書かれてる通り、赤鬼くんは心優しい鬼だから。赤鬼くんは村の人たちから愛されて幸せ暮らしているんだろうなって思ってた。

 僕と一緒に過ごす日々とは比べ物にならないほど、楽しそうに、幸せに暮らしんでるんだろうなって思ってた。


でも、絵本の中の赤鬼くんは、泣いてた。


 僕は、僕の置いていった置手紙を読んで、僕がいなくなったことを知って泣いてしまうほど、大切な友達だと思われていたなんて、知らなかったんだ。

 だって「君は僕の大切な友達だから、ずっと仲良く一緒にいたい」なんて、一度も言ってくれなかっただろ?

 僕は、赤鬼くんを泣かせたかったわけじゃなかったんだよ。ずっと笑顔でいてほしかった。ずっと幸せでいて欲しかっただけだったんだよ。


 それでさ!!赤鬼くんに会って僕の気持ちを伝えたくって人間の世界を探し回ってみたんだけど、僕、赤鬼くんは今どこにいるのか僕全く分からないんだ!


 まあ、僕が全部悪いんだけどね。


 あーあ、こんなことになるなら行方なんて眩ませるんじゃなかった。

 あの日ちゃんと赤鬼くんに会って話し合えば良かったな。


 今なら絵本の中で泣いていた君の気持ちが痛いほどよく分かる。


 自分勝手な僕を許して欲しい。

 また君に会いたいよ。




 あの日突然いなくなってごめんね。




青鬼より






「……」


 これは俺に宛てた手紙じゃない。

 本物の赤鬼くんに宛てた手紙だ。

 青鬼くんの友達の赤鬼くんに宛てた手紙だ。

——————偽者の俺に宛てた手紙じゃない。


 一番下の紙の文字が滲んでいる。

 泣きながら青鬼くんはこの手紙を書いたのだろうか…明るい青鬼くんからは想像できない、したくない姿だ。


 感情がぐちゃぐちゃになる。

 夕立は泣きそうな、悔しそうな顔になった。


 どうしてあの黒い小鳥は俺にこの手紙を持ってきたんだろう。


 どうして、どうして、どうして、どうして…




「どうして……偽者の俺に、こんな手紙を俺に持ってきたんだよ…」




 何にもできないよ。俺は青鬼くんにしてやれることはない。

 本物の赤鬼くんの居場所なんて知らない。

 青鬼くんを、助けてあげられない。


「だめだ…こんな結末は、だめだ。」


 青鬼くんを幸せにしたい。

 泣いた赤鬼のその後はハッピーエンドがいい。

 でも方法が———————


 考えろ

 頭を回せ

 記憶を辿れ


 きっと、いつだって、答えは単純なはずなんだ。


「…………」


 夕立は立ち尽くし、考える


 考える

 考える

 考える

 考える

 考える

 考える

 考える


「………ッ」


 考えろ

 考えろ

 考えろ

 考えろ

 考えろ









「………そうだ…あるじゃないか…」 




 夕立は思いついた方法に呆然とする。


「赤鬼くんも、青鬼くんも、2人とも幸せになれる結末が、ちゃんとある…」


「赤鬼くんも、青鬼くんも、笑顔になれる。また2人が出会えるかもしれない方法が、残ってる…」


(でも、あくまで会える可能性があるだけだ) 


 それに、その方法を試すまで、きっと、長い時間が—————かかる。けど、当てもなく赤鬼くんを探し回るよりもいい方法だ。


 ただの自己満足な夢かもしれない、青鬼くんに、馬鹿げた夢だと笑われるかもしれない


 それでも、いい。


 馬鹿げた夢ぐらいが俺にはお似合いだ。


 夢を見よう。泣いてる青鬼くんが笑ってくれるような、そんな素敵な夢を、素敵な結末を……!





 ザッッ…

 ガサッ



「……!!」




 木の影から視線を感じる。

 それは、おびただしい数のおぞましい視線だった。


(正直……今すぐこの場から離れたい…。でも、少しでも可能性があるなら)


 俺は、勇気を持って声をかける。


「青鬼…くん…?」



 ひょこり



 出てきたのはたった一匹の可愛い真っ黒いうさぎだった。そしてなんと…黒いうさぎの首には懐中時計がかけられている。



「あっ!!!」


 ピョン



 黒いうさぎは軽快に飛び跳ねながらどこかにいってしまう。


「まって!!!」


 俺は懐中時計首にかけた黒いうさぎを、不思議の国のアリスの如く追いかけた。


 追いかけた先にはうさぎが通れるほどの黒い、黒い穴があった。


 うさぎは迷わず真っ黒い穴の中に入っていく。

 俺も迷わず、うさぎを追いかけ、真っ黒な穴の中へと飛び込んだ。

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