16 晴れるまで

「青鬼くん!」 



 青鬼くんと初めて出会った庭にたどり着き何度も大きな声を出して名前を呼ぶ。


「青鬼くん!どこかにいるんだろ!」


 森の奥に進み、同じように大きな声で青鬼くんの名前を呼ぶ。


「青鬼くん!!!」


 しかし青鬼くんも、うさぎの穴も、どこを探しても見つからない。


「青鬼くん!!!俺が悪かったよ!!出てきてよ青鬼くん!!!!」


 雨はどんどん、どんどん、どんどん、強くなって、いつの間にか土砂降りの雨になっていた。

 どれだけ大きな声を出してもその声を掻き消すほど強い、土砂降りの雨だった。


「………」


 雨が俺を笑っている気がする。


(バカな奴だな、おとぎの国なんて存在するはずないだろ、全部君の夢だよ)


 鬱陶しい心配の声も聞こえてくる。


(そろそろ現実に戻ったらどう?夢ばっか見てないでさ、親が心配するよ?)


 痛い痛いナイフのような言葉が、次から次へと聞こえきた。




(大人になりなよ)




「………ッ!」

 

 思わず夕立は下を向く。


「うるさいな…分かってるよそんなこと」

「全部、全部、言われなくたって…分かってるよ」


 俺は、何になりたいんだろう。

 子供のままでいたいわけじゃない。

 夢ばかり見ていたいわけじゃない。


『泣いた赤鬼』は

 赤鬼は、村の人たちと仲良くなりたかった。

 でも、村の人たちと仲良くなった代わりに大切な親友を失った。


『大切なものはどっちらかしか手に入れることは出来ない』


 それが、現実的な考え方で、大人になるってことなのか…?

 両方欲しがるのは欲張りなことなのか。

『泣いた赤鬼』はそういうことを伝えたかったのか。


 幼き頃の夕立の声がまた聞こえてくる。



(もし俺が赤鬼くんだったら、一目散に村を出て、どこまでも探し回って、走って青鬼くんに会いに行くのにな)


(青鬼くんに「離れ離れになりたくない」てちゃんと自分の気持ちを伝えて、村の人たちともちゃんと話し合って、全部、全部、ちゃんと謝って…そうすれば!みんな一緒にいられるはずなのに!)


「………現実は、そんなに簡単じゃない、残酷だ」


(俺がおとぎ話の主人公だったら、こんな悲しい終わり方になんか絶対しないっ!)


「結局、俺は赤鬼くんと同じだったよ」


 帰る家があるのに、何もせずただ俯く

 どこかに行くこともなく、声を出すこともなく、じっと、土砂降りの雨の中、ただじっとそこに立つ。



 意味のない無駄な時間をただ過ごす。



(なんで俺は家に帰らないの?)


「……」


(家に帰るなり、野球するなり好きにすれば良いじゃん)


「………」


(なんで幼い頃の俺を何度も思い出すの?夢みがちな俺のことなんか嫌いなくせにさ)


「…………。」




(やっぱりさ、俺はおとぎ話がすきだよ。おとぎの国に行って思ったんだ。面白おかしなことが起きてとても楽しかった!また行きたいな!)


(青鬼くんともまた、遊びたいなー!おとぎの国じゃなくていいからまた遊びたい。きっと、もっと仲良くなったらもっと楽しいんだろうな)







(———君にとっては全部、悪い夢なんだろうけどね)






「…違うよ」


(悪い夢だろ。馬鹿な夢だ)


「違う」


(じゃあどうして今まで悪い夢だと思ったんだよ?)


「………おとぎ話みたいな夢を見ることや、作家になることは、他の人達にとって馬鹿らしい夢だったんだ。それが恥ずかしかって、誰かに夢を馬鹿にされるのが嫌で、みんなとは違う自分が嫌で、それで、夢を見る自分自身を…夢自体をいつの間にか嫌いになっていた。」


「だから『作家になること』『おとぎ話みたいな夢を見ること』は悪い夢だと思ってた。」


「けど本当は、心の中ではずっと『作家になりたい』って思ってたんだ。周りから『プロの野球選手になること』を期待され始めてからずっと胸が苦しかった。それはきっと、心の奥底でずっと、『本当は作家になりたい』ていう夢があったから」



「本当は、俺にとって、どちらもずっと前から素敵な夢だったよ」



 夢を見ることは悪いことじゃない。

 だけど、自分の夢が自分以外の人達にとって素晴らしいものとは限らない。


 人はそれぞれ考え方が違う。


 馬鹿にしてくる人がいるのも、理解してもらえない人がいるのも仕方ない。


 不思議の国のアリスやシンデレラみたいな女の子がよく好んで読む話も、自分が好きなら好きでいていいんだ。馬鹿にされるのが嫌なら、誰もいない場所で、一人で読めばいい。


 夢の形は人それぞれなんだから、人から自分の夢をバカにされたって誰かに迷惑をかけなければ、それで良かったんだ。


(きっと答えは単純だ)


 もっと前向きに捉えれば良かったんだ。


 俺は今、夢を見ているのかも知れない。

 こんな森の中におとぎの国に繋がるうさぎの穴があると思ってる。青鬼くんだって存在するって思ってる。そんな、誰かが聞いたら馬鹿にされるような馬鹿げた夢を。


 でも誰かに迷惑をかけるような夢じゃない。

 まあ、監督たちや野球クラブのみんなには、心配はかけてるかも知れないけど………ちょっとぐらいならきっと大丈夫。

 次からは野球の練習がない時に一人で夢を見るとしよう。



 もう大丈夫。

 青鬼くんを探そう。

 考えてみれば、まだ探し始めたばかりだ。



 いつの間にか嫌な雨の声も聞こえなくなっていた。心地よくパラパラと雨が降る。


 これは全部俺の夢かも知れない。

 青鬼くんなんて存在しないのかも知れない。

 でも、それでもいいから探したい。


 もし夢でも少し時間が無駄になるだけのことだ、別に悪いことをしようとしているわけじゃない。

 ただ青鬼くんにあってもう一度話したいだけだ。

 夢だとしても、可能性があるなら。






 好き勝手探し回ってやろう 

 この気が晴れるまで。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る