15 夕立
曇り空の下、夕立はグラウンドでいつも通りの練習メニューをこなしていく。
5往復校内を走り、ダッシュを10往復し、その他もろもろ地獄の練習。
汗が滝のようにこぼれ落ちる。
いつもなら『もう嫌だ、今すぐ家に帰りたい…』と心の中で弱音を吐いてる頃だった。
しかし今日はそんな弱音を吐くことはなく、淡々と太一と練習メニューをこなしていく。
「夕立―!一緒にキャッチボールしようぜ!」
「おう」
「夕立―!近くのスーパーでお昼ご飯買ってこようぜ!」
「おう」
「夕立…今日なんか、変じゃね…?いつもより口数が少ないって言うか…」
「おう」
「今日の夕立『おう』しか言わないなぁ!!?」
夕立はずっと心がモヤモヤしていた。
本当に、おとぎの国での出来事を夢で終わらせて良いのだろうかと。
朝からずっとそんなことばかり考えていると、いつのまにか昼の3時近くになっていた。
5、6年を混ぜた練習試合をグラウンドでしている中、その端で俺は先輩と肩ならしをする。
すると監督が俺を呼んだ。
なぜ監督が俺を呼んだのか、大体予想がついた。
「夕立、肩はならしたか」
「はい」
「じゃあ軽く投げてくれ」
「はい」
要するに「ピッチャーをしてくれ」と言うことだ。肩慣らしもそのためのものである。
そうして監督に言われるがまま、グラウンドのド真ん中に俺は立つ。
そして投げる。
投げる。
投げる。
投げる。
投げる。
何も考えずにひたすら投げる。
自分の居場所でただひたすら投げ続ける。
たまに自分の投げた球が打たれたり、牽制したりして、いつも通り、淡々と役目をこなしていく。
周りを見るといつのまにか満塁になっていた。
三塁満塁。
そして俺の前にいる打者は、我が野球クラブのキャプテンだった。
「……」
俺は帽子を深く被り、おおきく振りかぶって投げた球は『カッキーーーーン!』とキャプテンのバットに当たり、良い音がグラウンド全体に鳴り響く。
ボールは、遠く、遠くへ飛んでいく。
塁に出ていた人たちがホームベースに次々と帰ってくる。
俺には何もできることはなく、ただグラウンド全体を呆然と見ていた。
1点、2点、3点、キャプテンも戻ってきて4点取られた。
「……」
「気を取り直していけ夕立―!」
後ろから太一の声が聞こえてきた。
正気に戻り、呼吸を整えてまた投げようとした瞬間、ポツポツと雨が降り出した。
グラウンド全体がざわつく。
小雨だったので夕立は試合を続行しようとボールを投げる構えをするが、どんどん雨が強くなっていった。
「一体戻ってこい、道具を屋根の中に避難させろ」
「「「はい!!!」」」
コーチの呼びかけでみんなが一斉にグラウンドを降りていく。
「……」
そんな中、グラウンドのど真ん中で1人、雨に打たれながら俺は『泣いた赤鬼』のことを考えた。
赤鬼くんと青鬼くんが存在していたなら、その後2人はどうなったんだろう…
「……」
幼かった俺は、その後を考えて。悲しくなって、それで、どんなことを思ったんだっけ…
すると突然、記憶が鮮明に蘇り、夕立の目が徐々に開く。
(もし俺が赤鬼くんだったら、一目散に村を出て、どこまでも探し回って、走って青鬼くんに会いに行くのにな)
(青鬼くんに「離れ離れになりたくない」てちゃんと自分の気持ちを伝えて、村の人たちともちゃんと話し合って、全部、全部、ちゃんと謝って…そうすれば!みんな一緒にいられるはずなのに!)
(俺がおとぎ話の主人公だったら、こんな悲しい終わり方になんか絶対しないっ!)
そうだな。
きっと、答えは単純だ。
「夕立!ぼーと突っ立てなにしてるんだよ…いい加減切り替えろって!あとサボんな〜…!」
「道具避難させるの手伝えよ〜!」
太一や先輩たちの声が聞こえてくる。
俺はグラウンドから降り、一度、みんなの元に戻って太一にこう言った。
「ごめん」
「えっ!?真顔で急に何っ!?怖っ!」
「今すぐやらなきゃいけない用事を思い出したから、帰る」
「…はっ?……いや、まだ帰っちゃダメだろ!!」
太一の言葉を聞かず、俺は手際良くバックに、グローブ、タオル、日焼け止め、まだ半分ほどお茶の入ったデカい水筒などをバックの中に詰め込み、それを肩にかける
「監督、コーチ、俺、用事を思い出したので今日はもう帰ります。すみません、失礼します」
帽子を脱ぎ、監督たちに一礼し、俺は返事も聞かずに足早に堂々と出て行った。
夕立が去ったあと監督たちは心配そうに夕立のことを話す。
「夕立は一体どうしたんだ…?」
「今日の夕立くん、ぼーとしてましたし、何かあったんですかね」
「何があるのか知らんが、公式試合前に元の調子に戻ってくれりゃ良いがな」
———————————————————————
帽子を深く被り、俺は雨の中走った。
スパイクの音をカツカツと鳴らしながら、ただひたすら走った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ドキドキと心臓が鳴り止まない。
不安、焦り、動揺、息苦しさ。そんな自分に、なぜか分からないけど、どこか、少し嬉しかったり…心地良さすら感じていた。
「大丈夫、きっとまた会える」
前を見据えながら、俺は青鬼くんと初めて出会ったあの場所へ向かった。
————しかし、雨はどんどん強くなっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます