9 素敵な夢




「………?」




 目を開けると見知らぬ天井があった。

 なんだか…悪い夢でも見ていた気がする。


「おはよう赤鬼くん!」

「おは…よ———-」




『気持ち悪い…』




「…っ!」

「赤鬼くん!?大丈夫!!!??」

「うっ……」

「バグくん赤鬼くんが…!!」


 ドタバタと青鬼くんが部屋から出ていく。



 気持ち悪い…胸が苦しい…



「バグくん連れてきたよ…!もう大丈夫だよ…!」



 痛い…痛い…



「ハァ…ハァ…」



気持ち悪い…苦しい…息が…息が…



「うう…」


 目を閉じている夕立の目元から涙がポタポタと流れる。

 バグは頭を抱える夕立の背中さすりながらこう呼びかけた。



「起きて」

「………」



 気がつくとバクくん横に立っていた。

 夕立は驚く。


(いつの間に横に??びっくりした…)


 そして、バグくんに「おはよう」と小さく声をかけられる。


「お、おはよ」

「うわあああああ!!大丈夫赤鬼くん!!?」

「いきなり…ゆするなーーー…」


 青鬼くんは夕立の肩をしっかり掴み、前後に体を揺する。

 そして、それを見ていたバグくんが夕立に体調を尋ねる。


「あの…気分はどう…?」

「えっ?えっと、すっきりしてる…かな?」


 俺は自分の肩をグルグルと軽く回す。

 妙に体が軽いし頭も冴えている。こんなに目覚めのいい日は久しぶりだった。

 そして、いつの間にか自分の目から涙がポタポタと落ちていたことに今、気づく。


(なんで泣いてたんだ俺…?)


 夕立は自分が泣いてることに困惑してると、バグくんがなんの脈絡なく、よく分からないことを言い始めた。



「あのね、ボクは、【素敵な夢】だと思うよ」



「えっ?な、なにが…?」

「えっと………」


 しかしバグくんはすぐに何も言わなくなってしまった。


「…?(一体どういうことだ…?)」


 バグくんの言った言葉を理解出来ず、夕立が疑問に思っていると、と奥の部屋から執事さんが何かを持ってやってきた。


「お加減はいかがでしょうか」

「ああ…元気です」

「お水をどうぞ」

「ありがとうございます」


 ちょうど喉が渇いていたところだったのでとても嬉しい。

 ぐっと飲んで夕立はホッと一息つく。


「紅茶もご用意致しましょうか?」

「あぁ……いえ、大丈夫です。」


 俺は先ほど出された黒い墨のような紅茶を思い出す。美味しいのかもしれないがあまり飲みたいものではない。

 だけど、気遣ってくれてるのか伝わってくるので、気持ちはとても嬉しかった。


「あの、お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうですか」


(最初は怖かったし、丁寧な口調は慣れないけど、執事さんってなんだかんだ優しいな。執事さんに限らず、おとぎの国に来てから色んな個性的な人たちに会ったけど、みんな良い人だったな…)


「あっ、ていうかなんで俺寝てたんですか」





「審査の為です」



「———————。」





 嫌な記憶がフラッシュバックする。



「おとぎの国入国許可証を持っていない方は、危険者、もしくは人間ではないか審査することになっております。」



 頭が真っ白になった。



「審査にご協力して頂く際、お客様には一度お眠りになって頂きました」



 サラサラと体の原型が砂のように消えていく気持ちになる。



「赤鬼くん!?なんだか様子がおかしいよ!大丈夫…!?」


 今日何回『大丈夫』という言葉を聞いただろうか…。


「大丈夫じゃない…」

「わわわっ!!気をしっかり持って!!」


(牢屋に入れられるのに気をしっかり持てるわけがない…ああ、おわった…)


 俺が力なく倒れそうになる体を青鬼くんが支えて、また俺の体を揺すった。

 その光景を執事さんがジッと見つめ、バグくんはアワアワとしている。

 なんとも言えない時間が流れた。

 そして、そんな中、またバグくんが俺に向かってよく分からないことを言い始める。




「あ、の、許可証は作るのに少し時間がかかるから、また取りに来て」




(許可証を作る…?取りに来て…??俺人間なのに???)


「い、言ってる意味がよく分からないんだけど…。」

「あっ…えっと、君の入国許可証を渡したいけど、すぐに作れないから…」

「…??ええーと…それってつまり」


「審査に通ったから、安心して」


夕立は言葉が詰まる。

そして夕立は混乱した頭の中でバグくんに聞いた。


「バグくん、一つ、聴きたいことがあるんだけど————俺って、人間じゃないの……?」


「それは…えっと………えっと…」


 俺の言葉に今度はバグくんが言葉を詰まらせた。

バグくんはチラリと一瞬青鬼くんをみたあと、こう言った。



「そ、それは、ボクに聞かなくても分かるでしょ…?」


「…えっ?」



 思っても見なかったバグくんの返答に夕立は驚く。そして夕立にバグくんは追い討ちの言葉をかけた。


「どうしてボクにそんなこと聞くの…?」

「えっ…た、たしかにおっしゃる通りです…。」


 確かに、バグくんの視点から考えてみると、よく考えてみれば変な質問をしてしまってたと夕立は思う。


 そもそもここは夢なんだから、人間だろうが鬼だろうがなんだっていいだろう。

 いつの間にかここが現実だと思っていた自分が怖くなった。


 兎にも角にも、もう牢屋に入れられずに済むらしい。


 夕立はホッと胸を撫で下ろすが、一連の会話でドッと疲れが溜まった。


「青鬼くん、次行く場所はゆっくり休憩できる場所がいいな…」

「僕は十分休憩したけど、赤鬼くんはちょっと疲れてるみたいだね…?そうだ!じゃあカフェとかどうかな?」

「カフェ…落ち着ける場所なら文句ないよ…」

「よし!決定!じゃあそろそろお暇しようか赤鬼くん。バグくん!また後で赤鬼くんの入国許可証取りに来るね!バイバイ!」

「うん。ばいばい」


 夕立と青鬼くんは当然のように鏡の中に入り消えていった。


 そして、バグと執事は鏡に入っていく二人を見送ったあと、残った2人は静かにこんな会話をし始める。


「本当に、入国許可証をお作りになられるのですか?」

「うん」

「彼は『人間』です」

「危険な夢を持ってないから、大丈夫だよ」

「しかし、人間はいけません」

「少し鬼の血も混じってるし…ギリギリ大丈夫だよ、多分…。ボクがちゃんと父さんに言っておくから」

「しかしこの国の法律では———」


 執事はバグの決定に納得いかず、否定的な言葉を投げ続ける。


 そして、とうとう————バグは怒った。



「この国は、父さんがボクのために作ってくれた国だよ。おとぎの国の法律は、ボクのための法律だ。ボクのための法律じゃないなら、それは父さんの意図に反してるよ」


 

 バグは執事に対して、はっきりと自分の考えを伝える。それを聞き、執事は潔く諦めた。


「分かりました。理解が及ばず申し訳ございません。」

「……うん」

「しかし私は貴方様が、何故人間をそれほどまで庇うのかが理解できません」

「べ、別に、彼の為に嘘をついた訳じゃないよ。どちらかというと青鬼くんのためで、彼はむしろ、人間の世界に帰りたいって思ってる。嘘をついておとぎの国に残したのは、ボクのわがまま」

「………」


 一呼吸置いて、バグがまた話し出す。


「それに彼なら、ボクには出来ないことが、出来るかも」

「平凡なただの人間に、貴方様が出来ないことを出来るお方には到底思えません。」

「そんなことない」






「彼は【素敵な夢】を持ってるからね」

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