8 悪い夢

『泣いた赤鬼』


むかしむかし、あるところに青鬼と赤鬼が住んでいました。


赤鬼は人間と仲良くなりたくて家の前に立て札をおき、人間を赤鬼の家に招待します。


「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」


しかし人間たちは、鬼を怖い化け物と思い、誰一人、赤鬼の家に遊びに行きませんでした。


赤鬼は誰一人として赤鬼を信用してくれなかったに悔しがり、腹を立て、悲しみます。


1人悲しみに暮れていた頃、友達の青鬼が赤鬼の元に訪れます。


赤鬼の話を聞いた青鬼はこう言います。


「僕が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこに赤鬼が出てきて僕をこらしめてくれれば…そうすれば人間たちは赤鬼くんが優しい鬼だとわかってくれるはずだよ」


しかしこれでは友人に申し訳ないと思う赤鬼でしたが、青鬼は強引に赤鬼を連れ、人間たちの住む村へと向かいました。


そして青鬼の作戦は実行され、青鬼が村の人を襲い、赤鬼は懸命に人間達を助けます。


作戦は成功し、青鬼のおかげで赤鬼は人間達と仲良くなり、村人達は赤鬼の家に遊びに来るようになりました。


人間の友達ができた赤鬼は、毎日毎日遊び続け、充実した毎日を送ります。


しかし、赤鬼には一つ気になることがありました。

親友である青鬼があれから一度も遊びにこないのです。


赤鬼は近況報告もかねて青鬼の家を訪れます。


しかし、青鬼の家の戸は硬くしまっており、戸の脇に青鬼からの置手紙を見つけます。


「赤鬼くん、人間たちのと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われてしまうかもしれません。それで、僕は旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」


という青鬼からの置手紙が貼ってありました。




赤鬼は黙ってそれを2度も3度も読み上げ、涙を流すのでした。




『泣いた赤鬼』 おわり




「ばあちゃん、この絵本よく分かんない」


 小学2年生の少年が「泣いた赤鬼」を読んでくれた祖母に話しかける。


「どこが分からないんだい?」

「青鬼くんはなんで赤鬼くんから離れていくの?」

「青鬼くんは人間にとって怖い鬼になってしまったからね、自分がいると赤鬼くんが人間たちと仲良くできないから、赤鬼くんの幸せを思って出て行ったんだろうね」

「赤鬼くん泣いてるじゃん!全然幸せになってないじゃん!」

「そうだねぇ」

「なんでこの絵本はこんな悲しい終わり方なの?なんでこんな悲しい終わり方にするの?」


 話の結末に納得できず、怒りながら少年は話を続ける。


「俺、嫌だよ。赤鬼くんも、青鬼くんも、人間たちもみんな仲良くなって終わりがいい!なんでばあちゃんは俺にこんな悲しい絵本をみせたのか分かんない。こんなの全然良い話じゃないっ!!」


 そう言い終えると少年は勢いよく絵本を閉じた。


「夕立がもっと大きくなったらこの絵本のことがもっとよく見えてくるさ」


 幼い夕立は「泣いた赤鬼」の本を見つめ、不満そうな顔をしながら「ふーん」と言った。


「ばあちゃんな、実はこの絵本に出てくる赤鬼くんの子孫なんだよ」

「子孫?」

「ばあちゃんには鬼の血が少し流れているんだよ、だから夕立にも鬼の血が流れとる」

「ええーーー!!す、すごいっ…!!じゃあ赤鬼くんって本当に存在したんだ!」


(赤鬼くんと青鬼くんが存在していたならこの後2人はどうなったんだろう…)




 夕立は泣いた赤鬼の続きを考えた。




「……。」



 しかしすぐに考えるのをやめ、祖母に話しかけ

る。


「でも俺、悲しい絵本より不思議の国のアリスみたいな時計うさぎが出てくる面白くっておかしい話がすき。」

「次読むなら『ピーターパン』みたいな子供だけのネバーランドに行く話が良いし、『シンデレラ』みたいなカボチャの馬車やガラスの靴を出してくれる魔法使いが出てくる話が良い!!」


夕立は目をキラキラ輝かせながら祖母に話した。


「夕立は本当に幸せなおとぎ話が好きなんだねぇ」

「うん!俺、将来『不思議の国のアリス』や『ピーターパン』や『シンデレラ』みたいな、面白おかしくて幸せな話を書ける人になりたいな!」

「じゃあ夕立の将来の夢は【作家さん】なんだねぇ」

「作家……?そう!作家!!」





「俺、将来作家になる!!」






———————————————————————


 小学2年生の夕立は昨日、祖母と話したことを1番早く、識斗に伝えようとワクワクしながら学校に行った。

 識斗は夕立の幼馴染で、学年で1番賢く、運動神経も良く、おまけにカッコいい。当然、クラスで1番の人気者だった。


「識斗くん!俺、将来作家になるよ!」

「作家?」

「うん!面白くって、ドキドキワクワクさせるような、読んでくれた人が笑顔になってくれるような、幸せな話を書ける人になりたいんだ!」

「へ〜…、変わってるねお前」

「変わってる?何が?」

「男なら普通、サッカー選手になりたいとか、野球選手になりたいとか思うだろ。なのに作家になることが夢なんて、なんか地味だし」

「地味?地味なんかじゃないよ!不思議のアリスなんておかしくて面白いことがたくさん起きるんだ!ピーターパンなんか子供だけのネバーランドに行ってフック船長と戦ったりドキドキワクワクする冒険を繰り広げるんだよ、シンデレラだって…!」

「お前、不思議の国のアリスとかシンデレラとか見てるの?あんな女みたいな話…?」


すると大きな声を出して識斗が笑い出した。



「気持ち悪いなお前!!あはははははは!!!」



「は、はあ!?気持ち悪くなんてない!!」

「しかもあんな子供騙しの馬鹿馬鹿しい話が好きなんて…変なやつ!あ、もしかして本当に不思議の国はある〜とかネバーランドは存在する〜とか魔法は存在する〜とか思ってんの?2年生にもなって夢見すぎだろ!!!」

「でも、俺は『泣いた赤鬼』に出てくる赤鬼くんの子孫なんだってばあちゃんが言ってたよ!!だから『泣いた赤鬼』は本当にある話なんだ!!!」

「…………」

「だから不思議の国だってネバーランドだって魔法だって存在しててもおかしくない!!!もしかしたら本当にあるかもしれない!!だから…!!!」


夕立がそう言うと、識斗から表情が消える。


「それ、マジで言っての夕立?」

「な、なんだよ!」

「うわぁ……夕立さぁ…フィクションって言葉知ってる?」

「フィク…ション…」 

「現実に存在しない話ってこと、パソコンで調べてみろよ、実際に存在しない話ってかかれてるからさっ!」

「でも、も、もしかしたらさ…!」

「あっ!でもお前パソコン使えないか!!おとぎ話なんかを夢見てる夢見がちな子供だもんな!!なんせ、自分が赤鬼の子孫とか言ってる…っははははははは!!!!少し考えれば嘘だって分かるだろ!!!!!馬鹿すぎる!!!!!」


「………」


「なあ!みんな!!聞いてくれよ!!!こいつ、赤鬼の子孫なんだって!!!!!!」

「えーなになに?」


クラスメイトが識斗の呼びかけを聞き集まってくる。


「夕立が俺は赤鬼の子孫だーて言い出したんだよ!おとぎ話は存在するーとか!なあ夕立!おとぎ話は存在するんだよなー!あ、あとなんだっけ?馬鹿みたいな話を作る作家になりたいんだっけ?夢見てるお前にお似合いだな!俺は応援するよ〜あははははははは!!」


識斗が夕立を見ながら無邪気に笑う。




(なにこれ…)


(き、気持ち悪い…)


(違う…気持ち悪いのは…俺…?)




クラスの笑い声が頭の中で痛く響く。






(……胸が…苦しい。)






 その日から夕立は、どんなことより大好きだったおとぎ話や絵本を、一切見ることがなくなった。

 二度と夢を見なく無くなった。

 識斗と遊ばなくなった。

 休み時間は一切遊ばず一人で授業の復習をした。

 人と最小限の会話しかしなくなった。

 終いには話しかけてくる人たち全員を、自分を馬鹿にする敵だと思い込み睨みつけた。





 結果、小学2年生にして夕立は自らの意思で孤立した。


———————————————————————



 夕立が小学3年生になる頃


 休み時間、いつも通り授業の復習をしていると知らない少年が夕立の座ってる席にやってきた。

 また昔みたいに自分を馬鹿にする奴がやってきたのかと思い込み、夕立は目の前にいる男を睨みつけながら強い言葉を放つ。


「あっちいけよ」

「…えっ?」

「どうせお前も、俺を馬鹿馬鹿しい子供騙しの物語を信じる馬鹿な奴だって思ってるだろ」


 すると同じ背丈くらいの男はキョトンとした顔でこう言った。



「何言ってるかよく分かんないけど…えっ、お前馬鹿なの?」


「………」



 はいともいいえとも言いたくなくて夕立は口をつぐんだ。

 短い沈黙が流れる中、男は勢いよく前にのめり込みこう言った。



「俺も馬鹿なんだよ!この前テストで0点とってさ〜…かーちゃんにすげ〜怒られたの!」


「————はっ…?ぜ、ぜろっ…てん…!?」



 思ってもみなかった言葉が飛び込み夕立は驚く。


(マジかこいつ、0点なんてとる方が難しいだろ…)


「だから馬鹿同士仲良くしようぜ!!」

「はぁ!?てかお前誰だよっ!」

「隣のクラスの太一!はーよかった!暇そうな奴がいて!丁度1人人数足りなくてさ、野球できなかったんだよね!」


 いつのまにか夕立の横にきていた太一は馴れ馴れしく腕を組んでくる。


「や、野球?俺野球とかしたことな…」

「教えてやるって!だから大丈夫!ちょーーー楽しいからっ!」


————そんな出来事があった日から、夕立は太一と一緒に遊ぶことが多くなった。


「夕立野球超うまいじゃん!プロ野球選手になれるんじゃね!」

「大袈裟だろ…」

「いや、マジで…!」

「……そっか…ありがとう」


『…』


「夕立さ、一緒に野球クラブ入る気ない?」

「野球クラブか。太一と一緒なら…楽しそうだし、興味あるかも」

「まじで!?やったー!!」


『……』


「4年でベンチ入りとかすげーよ夕立!」

「そうか……?」

「しかも投手として抜擢されてるだろ!!うわあ!いいなーー!さすが夕立!将来は『プロ野球選手』確定だな!!」

「………は?俺プロ野球選手になんてならないけど…」

「照れんなって!」

「照れてねぇよ…」


『………』


「お疲れさん夕立、ほれ、バナナとエネルギーゼリー」

「ありがとうございます…」

「それにしても凄かったな夕立!あの強豪校をたった2点で抑えるなんて、しかもホームランも打ってくれたし、ありがとう、最高にかっこよかったよ」

「でも2点も取られえるし、初戦敗退したから…なにも偉くはないです…。」

「全国大会の強豪校相手に4年生のお前が、それだけ成果を残してくれたら、十分すぎる活躍だ。ただ先輩の俺たちの力が足りなかっただけ。4年でその実力なら、本当に『プロ野球選手』になれるかもな」

「先輩…俺はプロ野球選手になりたくないです…」

「落ち込むなよ夕立!みんながなりたがってる夢だ。恥ずかしい夢じゃないぜ」

「——————————そうですね」





(あれ、なんでまた…痛いんだ…?)





『…………』





「一緒にプロ野球選手になろうな!夕立!」


「みんなお前に期待してるぞ夕立」





苦しいな…。


苦しい…なんで…どうして……?























ああ…また、気持ち悪い…。

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